シュメール人 (アフリカの黒人フツリ人から生まれた)=エラモ・ドラヴィダ人とアナトリア民族(エラム人)
ウンマのルーガルザグギシ は、
中国の『史記』では約4350年前に黄帝(サルゴン)と戦って敗れた シユウ にあたります。
ウンマ・ウルク・ウルというのは、バビロン第二王朝(海の国)をたてた
カルデア人でエラモ・ドラヴィダ系の海人でした。
その後、彼らはナイルに侵入し、約5000年前にはエジプト古王朝を築きました。
これよりファラオ(王)の権力が強大となり、4650年前から100年間、ギゼーの
大ピラミッドをはじめ多くのピラミッドがつくられるようになりました。
この頃、古代エジプトの象形文字であるヒエログリフや太陽暦が使用され始めました。
同じ頃、地中海の東、レバノン山脈の沿岸地帯に海人族のエブス人(プロと・フェニキア人)
が住み着き、レバノン杉(造船材)の原産地付近をアルワド(旧い港)として、港南都市を
形成していました。エブス人は、エジプトのファラオに雇われて、ピラミッド造りに
必要な奴隷や資材を運んでいましたが、これがタルシシ船団へと成長しました。
タルシシ船は、釘を使わず、嵌め込みと紐によって結合させた複合船で
解体して陸地を運び、海辺で組み立てて出港するという奇跡的な
”山を越える船”でした。
やがて、タルシシ船の各船団は地中海、アラビア海、インド洋、
アセアン海域(インドネシアの島々)を制覇し、後には大西洋を越えてアメリカ大陸
へ到達し、奴隷貿易を行うようになりました。インド亜大陸の西部にインダス文明が
起こったのもこの頃であり、その起源を証明するような遺跡が、2000年になって
発見されました。
エブス人は、約1万5000年前にセレベス島のマカッサル周辺において、ヒクソス人の
系統から生まれました。彼らはプロト(原)・フェニキア人(海人族)とも呼ぶべき人種
でした。ビュルム氷期の終末期に起こった大洪水の時、彼らは、いち早くシュメール人
の王族(ナーガ族)たちを「ノアの方舟」に乗せて脱出し、東南アジアへ運びました。
また、この後、セレベス島から苗族を脱出させていますが、これらの船の主な漕ぎ手は
ドラヴィダ人やフツリ人でした。後のパレスチナのカナ-ン人もプロト・フェニキア人と
呼ぶべき海人族の仲間でした。