現在形の批評

現在形の批評

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

現在形の批評

現在形の批評

Category

Comments

コメントに書き込みはありません。
Sep 26, 2005
XML
カテゴリ: 劇評
現在形の批評 #3(舞台)

燐光群 「上演されなかった『三人姉妹』」


捕われの身になった観客


『CVR』や『ときはなたれて』といったセミドキュメント劇を上演し『だるまさんがころんだ』では現代の戦争状況を笑いの要素も巧みに盛り込んで批評してみせた坂手洋二は今最も脂が乗っている劇作家・演出家である。これらの作品が上演された彼が率いる劇団燐光群は20年を越える歴史があり、精力的に海外ツアーも敢行するなど主宰者と集団は最高の舞台創造状況を築いている。


今回の新作「上演されなかった『三人姉妹』」を7月22日、兵庫県立ピッコロシアター・大ホールで観た。


見所はやはり何といってもその演出力の見事さである。通常、関西公演ではAI・HALLや精華小劇場といった場所で上演することが常な為、「大ホール」で上演することを知らなかった私は少々戸惑った。


席に着くと舞台には大きな暗幕が掛けられており見えなくなっている。そして前から3列目までは空席になっており、観客は座ることができない。この空席の意味は何? なんてことをぼんやり考えていると客電も落ちず始まり、俳優が一人、また一人とやってきてぽつぽつ語る。内容は『三人姉妹』を上演していた劇場に突然、反政府ゲリラが乱入し場内を占拠したことを証言する、その舞台を観劇していた観客の回想であった。


その後、暗幕が落ちるとオーリガ・マーシャ・イリーナが現れ台詞を発する。すると突然、サイレンが鳴り響き、反武装ゲリラ達が客席後方や舞台袖からも多数やってくる。約3年前にロシアで 武装派勢力がモスクワの劇場を占拠し、多くの観客が犠牲となった事件が下敷きとなっていることを我々は了解する。


ここで全ての設定が了解する。前列3列の客席は、冒頭に回想する観客役の俳優の席だったものであり、舞台装置として扱っているということ。それと同時に私たち「本当の観客」も反武装ゲリラに扮した役者達によって包囲され、事件に巻き込まれてしまった当事者であること。坂手は巧みに劇場機構内にメタ位相を持ち込んだのだ。


母国から軍隊の撤退を要求するため乗り込んだ「虚構」のゲリラ達によって、「本物」の劇場と「虚構」の役を演じる俳優、そして「本物」の観客がんだに占拠される。そこに、チェーホフ『三人姉妹』の、出来を希求しながら実行できない人間模様がこの現実状況に重ね合わされて進行する。劇設定と劇内容の2つが虚実入り混じり展開することで、虚構が現実に侵入して反転させる暴力的な劇性がここに発生する。もちろんそれらをひっくるめての舞台上演であるためことは理解している。実際に生命の危機を覚え逃げ惑う混乱は生じはしない。だが、進行する芝居を見守り理解しようと、今いるこの席に踏み留まることは、舞台が上演される劇場の公共空間を死守しようとする闘いと同義の想像力が生まれる。


この舞台の入れ子構造は複雑で、『三人姉妹』を深く理解していないとはっきり言って細部までどう絡んでいるかが明瞭に見えてこない。かく言う私もその一人であり、完全に理解はできなかった。しかし、大劇場の空間を見事に利用して、舞台を観るという行為自体が能動性を孕んでいること、その維持が公共空間におけるテロとの闘いという我々の問題として突きつけた導入の演出は見事だ。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Apr 11, 2009 02:52:30 PM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: