2011年より開催都市が東京から横浜へと移行したTPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜 )。東京時代は舞台の見本市としてささやかに行われていたが、横浜での開催にともなって、制作者、プロデューサー、ドラマトゥルクなどがセレクションした作品を上演するようになった。今年はタン・フクエン(シンガポール/バンコク)、コ・ジュヨン(ソウル)、加藤弓奈(横浜)、中島那奈子(大阪/東京 /ベルリン)、恩田晃(ニューヨーク)の面々が、それぞれの視点からディレクションした。他に、舞台制作者たちが出会い討議するTPAM ミーティングや、TPAM開催期間中に横浜・東京エリアで上演される舞台を紹介するTPAMショーケースがある。さらに近年はアジアにフォーカスを当てており、 今年は国際共同制作(ピチェ・クランチェン『Dancing with Death』、マーク・テ『Baling』)も行った。アジアを中心とした舞台芸術の関係者が出会うプラットフォームとして、TPAMは焦点を定めつつ規模を拡大しつつある。
バンコクを拠点にアジアとヨーロッパで活動を行うドラマトゥルク、キュレーター、プロデューサーのタン・フクエンがセレクションしたホー・ルイ・アン(シンガポール)の『Solar: A Meltdown』は、いくつか観た今年のTPAM作品の中で、最も刺激的な作品であった。本作はマイクを手にしたホー・ルイ・アン自身が語り、適宜スライドや映像資料を使用しながら進行する。レクチャーパフォーマンスと呼ばれる形式だ。舞台上手には、アムステルダムの熱帯博物館で目にしたというCharles le Rouxのマネキンを撮影したパネルがある。こちらに背を向け、原住民がカヤックで川を渡っている絵を見ているCharles le Roux。その背中にはびっしょりと汗が滲んでいる。ホー・ルイ・アンのレクチャーはこの汗を手がかりとして、植民地に入植した先進国の横暴さを語ることから始まった。続いて、白人男性が現地女性に入れ込むことで植民地支配の効率が下がらないように、白人女性を呼び込んだことを語る。彼女たちは、入植した白人男性の妻たちだ。白人家族が現地に住み込むことは、文字通り西欧国家の拡張を意味するだろう。そのことに関連した様々な映画が引用される。特に『王様と私』 (1956年)の独自の分析はユニークだ。そこから英国女王・エリザベス2世に触れて、蔓延したグローバリズムの精神を解き明かす。最後に、グローバリズムの欺瞞性から脱却するために、Charles le Rouxのパネルに立ち返り、太陽という大自然によって、人間皆が格差なく等しく汗をかくことの重要性を語ってレクチャーは終わる。
以上見てきたように、本作はレクチャーパフォーマンスの形式であるがゆえに、素材をいかに扱うかというクリエイターの手つきそのものが提示されている。Charles le Rouxに始まり、『王様と私』やエリザベス2世といった素材を独自に導入しながら、グローバル社会というテーマへと展開しつつ焦点が絞られてゆく道筋。 観客はそれを共に巡ることで、テーマにいかに接近し独自の切り口を入れたのかという、創作者のアプローチにダイレクトに触れることが可能になる。ここによりフィクショナルな加工を施し、登場人物の台詞として対話に仕立て上げることで、一般的な演劇作品は創作されるのだろう。そういう意味では、レクチャーパフォーマンスの形式は、明確な物語を持つ演劇作品の手前の状態、プロットとも言える。だからこそ、本作は演劇が演劇として成り立つ骨子が剥き出しになっている。演劇創造の手の内を開示したような趣があるのだ。ホー・ルイ・アンはまだ25歳だという。しっかりとした声で語り、笑いが起こる場面ではそれが収まるまでしばらく待つといった、余裕のある堂々とした立ち振る舞いを見せた。語り手としても十分な魅力を持ったクリエイターであることを示した。段階的に論理が展開してゆく独特の筋道を、ユーモラスに語るホー・ルイ・アンは、確かに日本の若手演劇人には見られないタイプだ。日本人にはできない作風、とまでは言うまい。本作のユニークさは、今世界で起こっている問題をどのように扱うか、その手つきを模索した結果に生まれたものである。日本の演劇人も、同様の試行を行えば、ユニークな表現形態が出来するはずだ。
私個人としては、このレクチャーパフォーマンスを、一級の論考や論文としても受け取った。そして、文章を面白く書くとはどういうことなのかを考えさせられた。読者を突き動かし、社会を変革する可能性を帯びたパフォーマティブな文章のあり方というものを。そして創作物はそれだけで完結することなく、受け取った者によって多様な思考が涵養される。本作は、創作物の生まれる秘密だけでなく、受け手との有機的な関係がいかにして生まれるかについても踏み込んでいる。それは、創作物を共有する「場」を巡る問題である。『Solar: A Meltdown』間違いなく、今年の収穫となった作品である。