January 18, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧くださいえんぴつ
      ※登場人物の紹介もあります

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 朝目覚めると紗英がいる。
 僕はこの状況を決して快く受け入れたわけではなかった。
 しかし、これまでは僕が開けない限り朝の光りを遮っていたリビングとキッチンのカーテンも、紗英が来てからは僕が目覚める前に開かれ、僕が起きる頃にはキッチンは温かい朝食の香りで包まれていた。普段は慌ててかじるトーストとコーヒーしかなかったテーブルの上には、サラダやスープ、そして時には果物まで並んでいたりする。卵はハムエッグだったり、チーズが入ったオムレツだったり、毎日姿を変えて現れた。
 こんなのも、悪くはないな。いや、ちょっと待て。僕は何を考えてるんだ。
「こういうことしないでくれって言ったじゃないか」
 ちらっと顔を覗かせた感情を打ち消すように僕は紗英に言った。
「ダメダメ、朝はしっかり食べなきゃね」
 新しいエプロンを身に着けた紗英は、せっせとテーブルを朝食で彩っていく。
「いいよ、僕は。これまでだって朝はトーストだけだったし。昨日も言っただろ?」
 僕の話にはお構いなしに、紗英は温かいスープをよそった。
「さあ、食べて。せっかく作ったんだから、もったいないでしょ?」
 何でこいつはこうなんだ。僕はテーブルに着くと、コーヒーとトーストだけを引き寄せた。
「ちょっと、ちゃんと食べてよ」
「いらないってば」
「あのね、食べてくれないと、私と吾朗ちゃんは本当は従兄妹じゃないし、今一緒に暮らしてるのよって、くるみさんに話すよ」
 思わずむせそうになって、僕は飲んでいたコーヒーをテーブルに戻した。何だよ、その言い分。ここで暮らしたいって無理を言い出したのは自分の方だろう?そりゃあ、承諾せざるを得なかったのは僕に落ち度があったからだけど。
「わかったよ、食べりゃいいんだろ。食べれば。だけど明日からは本当にもういらないから」
「そんなのダメ。私、朝はしっかり栄養を摂らないと一日中元気が出ないんだもの」
「じゃあ自分の分だけ作ればいいだろう?」
「だって、一緒に味わって食べたいんだもの」
 何なんだ、こいつは。確かに付き合っていた頃は、紗英のこんなわがままが可愛く思えてたときもあった。だが僕は今、そのわがままこそが離婚の原因だったんじゃないのか?と紗英に言ってやりたいくらいだった。

 「ここで暮らす」と言い放った時の紗英の睨みつけるような瞳。昔から僕は、あの瞳に逆らうことができなかった。あの瞳に睨まれたら、素直に従うしかない。一種の条件反射のようなもの。僕はパブロフの犬か?情けない。
 紗英は実家を売却して、二ヶ月後には留学するつもりだと言った。同居を承諾してしまった以上、それまでは辛抱するしかないと、僕は自分に言い聞かせていた。
 ふと紗英の視線に気がついて僕は紗英の顔を見た。くすくす笑っているような表情。何がおかしい?
「何だよ、人の顔見て」
「だって吾朗ちゃん、毎朝いらないって言っといて、毎朝おいしそうによく食べるなぁと思って。ねえ、美味しい?」
「あぁ」
 美味しいかと聞かれればそう答えるしかなかった。実際、紗英の料理は美味かった。さすがにしばらく主婦をやっていただけある。
「ね、同居して良かったでしょ?」
「まぁ、料理の点で言えばそうかもしれないけど」
「夕飯も楽しみにしててね」
 にこにこと機嫌のいい時の紗英はかわいかった。昔から美人だったが、三十を過ぎた今も変わらない。
 怒った時に僕を睨むあの目に、逆らわずにいればこの笑顔が見れる。僕はこの笑顔が見たくていつも紗英の意見に従ってしまうのかもしれない。
 シンプルと言えば聞こえはいいが、実際男の一人暮らしはどこか殺伐としていた。くるみも働いているので毎日来るわけじゃないし、週末も外で会うことが多かった。今回突然降った雨は、そんな僕の日常に潤いをもたらし、一輪の華を咲かせたのかもしれない。
 だが、この華は咲く場所を間違えている。僕たちは十年も昔の元恋人。今は他人。僕はくるみとは結婚まで考えているというのに、別の女と同居してたらまずいだろう。
 だいたい、家族とかにこの状況を知られたら、なんて言い訳すりゃいいんだ。
 ともすれば雰囲気に流されそうになる自分がいた。だからこそ、僕は紗英を警戒して身構えていた。いや、紗英に心を許してしまいそうな自分に対して警戒が必要だった。(つづく)



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Last updated  May 7, 2008 11:40:05 AM
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