October 31, 2009
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 横浜の親戚に連絡をとる、母の入院先の病院に電話をかける、弟に電話して様子を知る、夫に知らせて相談する、横浜に行く手配をする…。やるべき事があれこれと浮かんできて、優先順位がつけられずにいた。これではいつまで経っても行動に移せない。
 とりあえず落ち着かなくちゃ、そう思ってパソコンの横に置いてあったマグカップを手に取った。ココアがまだ三分の一程残っている。先ずこれを飲もう。ゆっくりと一口飲んで、「ふう」とため息をついたら少しは落ち着くかもしれない。そう思って口をつけたはずだった。
 それなのに私は、カップに残っていたぬるいココアを一気に飲んでしまった。飲んでしまってから自分でも驚いた。何だか思考と身体が同じ所にはなく、バラバラになった気がした。
 こんな時は頭で考えていては駄目だ。じっとしていても始まらない。動かなくちゃ、動けば何かしら風が吹く。
 今思えば、風が吹き始めたらもう止めることはできないと、私はどこかで感じていたのかもしれない。何かしなければという思いと、逃げたいという思い。その二つがそれぞれ右と左から同等の力で引っ張り合い、私を動けなくしていた。
 動揺する自分を「抑えて」というよりは「無視して」、最初に弟の孝之に電話をかけた。
 プルルルルル、プルルルル…、コールを一回、二回と数える。どうして出ないの? 外出中、それとも電話に出られる状態じゃない? 回数が増していくにつれて不安が募る。
 だいたい孝之からの連絡が何もないというのは、彼がどうしていいのか分からず、取り乱している証拠かもしれない。
 早く電話に出て、そう強く願った瞬間、孝之が電話に出た。
「はい、谷山です」
「孝之?」
「姉ちゃん?」
 思っていたより力のある声が返ってきた。
「今さっき瀬賀浦病院から電話あって、お母さんが入院したって聞いたんだけど」
「あぁ、あのね、昨日の夜、お母さんがさ、お腹が痛いって言って、救急車を呼んでさ、それでね、それで…」
 孝之は少し興奮気味だった。
「それで入院することになって、落ち着いたら電話するからって言っててさ、僕も家に帰ったんだけど、まだ電話がなくてさ、それで今日お母さんは、瀬賀浦には行かれないからさ、僕がお父さんに電話したの」
「お父さんとは直接話したの?」
「いや、それがね、お父さんに取り次ぎはできないって言われてさ、病院の人に、お父さんに伝えてくださいって、頼んだ」
 ショックで口も聞けなくなっているのではないかと心配したが、孝之は予想に反して饒舌になっていた。それはそれでとても気が張っているのが伝わってきて怖かった。張りつめた心はあとほんの少し何かが触れただけで、パシッと音を立てて粉々に砕け散ってしまいそうだった。
「あとさ、さっき時雄おじさんから、電話があった」
「おじさん、何て言っていた?」
「お父さんの病院からね、電話があったって。大丈夫かって聞かれたから、大丈夫だって言った」
 瀬賀浦中央病院の看護師長さんは、横浜に住む母の弟にも電話をかけてくれたらしい。恐らく、父が頼んだのであろう。あちこち電話をかけさせるなんて、父は余程心配しているに違いない。普段は大風呂敷を広げるようなことばかり言っているくせに、いざとなるとノミの心臓なんだから。きっと看護師長さんも、見るに見かねて電話してくれたのだろう。
 自分の狼狽ぶりは棚に上げてそう思った。そう思ったら、本当にさっきまでの狼狽が私から離れて棚に上がったみたいに、少しだけ落ち着いてきた。時雄おじさんが、この緊急事態を知ってくれたということも、私の気持ちを軽くした。
 自分がしっかりしなければいけない。やっと自覚できた。
「孝之も大変だけど、ちゃんとご飯食べるんだよ。コンビニやスーパーでおにぎりとかお弁当買って、あ、あと野菜不足にならないように、きゅうりとかトマトとか、そうそう野菜ジュースだっていいんだから。それから出かける時と寝る時は戸締りと火の後始末には十分気をつけて。それから…」
 まるで子供にでも言い聞かせているようだった。結婚してから弟のことは両親に任せきりで、たまに実家に遊びに行った時に話す程度になっていた私は、弟がどの程度一人でできるのか見当もつかなかった。
「うん、分かっている。大丈夫」
 孝之の気が緩んだ時が怖かったが、気が張っている間は何とか大丈夫。その間に一刻も早く実家に帰らなければならない。
「できるだけ早く、そっちに行けるようにするからね。何かあったら電話して」
 そう言って、受話器を置いた。(つづく)

※この作品はフィクションです。登場人物や団体等、実在するものとは一切関係はありません。


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先週は何かと忙しくて、皆様のところへも
ほとんどお伺いすることができなくてすみません

更新のお知らせもかなり遅くなったり、できなかったりで…
とにかく更新することを第一目標としていますので、
何卒ご了承くださいませ。m(__)m

でもできるだけを作って
皆様のところにお邪魔できるよう頑張ります。

…というか、ホントはものすご~くお邪魔したいんです。^^;
ブログって書くのも楽しいけれど、読むのも面白くって
ん~、頑張って作らねば~

さてさて、この話、どこまでが実話という
コメントやメールをいくつかいただいたのですが、
今のところ人名や病院名の他はほぼ実話です。

心配してくださった方もいらっしゃいまして、
その優しさに心から感謝…
でも私にとっては何とか乗り越えた過去の話なのでご安心を。^^

当時は辛くて苦しくて、神様から罰を受けた気分でしたが、
今となってはとても貴重な日々。神様からの贈り物だったと思っています。

ウチの息子のお気に入りの本、 「雨の日も、晴れ男」
「神様は人を不幸にも幸福にもしない。ただ出来事を起こすだけ」
といった内容のことが書かれています。

ホントにそうだと思います。
私にもただ出来事が起きただけ。
それをどう受け止めるかで、幸か不幸か違ってくる…。

今だからこそ、そう言えるようになったんですけどね。^^;
そんなふうに思えるようになった“今”に感謝です


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Last updated  October 31, 2009 02:07:05 AM
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