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2022/09/27
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カテゴリ: 病気の事
うつ病(3)毒になる親 / 自己破産 ​の続き

ある日、総務部長から、
「由起子さんの社保・給与の仕事を覚えてくれないか」
そう命令が下りました。

総務部の中で 「社保・給与」 の業務は、
抱えている仕事範囲も広く、
前任の先輩が早期退職で急に辞めてしまい、
由起子さんが急遽担当になったものの、
覚える量・仕事量が多すぎて、

代わりに業務をこなせる人がいなければ、
由起子さんは休む事も出来ない状態でした。

私は了承して、
「社保・給与」を教えてもらうことになりました。
「急がなければ、由起子さんが倒れてしまう」
そう思い、必死で覚えていきました。
覚えていくうちに、
ある1つの業務がおかしい事に気付きました。

職安から本社人事部へ送られて来て、
本社人事部から大阪支店関係者のみに送られて来る
「育児休業給付金支給」の報告書
です。
「○○日に指定口座に○○円振り込みます」
という内容のものです。

何度も家に送られて来たことのある書類です。
私も、育休を取っていた頃送られて来ていました。
本社人事部からも、
「すぐに関係者に送ってください」
と書いてあります。
これを、他の何かを送ることが起きる時が来るまで、


「振り込みます」 という書類が、
「振り込まれた後に」 送られるのは、
どう考えてもやってはいけない行為です。

すぐに由起子さんに、
「これ、すぐに送らないとマズいでしょ」
そう言いました。
すると由起子さんは、
「前任の先輩からそう習ったんでいいんです!」
そう言ってきました。
「振り込まれた後に送られても意味無いでしょ。
本社もすぐ送れと書いてるし」
何度言っても、返ってくる答えは、
「私はこう習ったんです!」
この一点張りでした…。

結果、私は由起子さんを説得することを諦めました。
「この子に何を言っても無駄だ」
そう思ったからです。
私の方が由起子さんに教えてもらっている身分なので、
私が引くことにしました。
勿論、私自身は納得はしていませんが。
「わかった。由起子さんの言う通りにするわ」
そう言いました。

それからです。
由起子さんの態度が豹変したのは…。
私に教えこそするものの、
私には一切仕事をさせませんでした。
「私の仕事に触らないでください!」
そういう態度になりました。
私にだけ、キツく当たるようになりました。
でももうこの頃には、
私は「社保・給与」の業務を
ほとんど覚えてしまっていました。

由起子さんの私への対応のほんの一部を書きます。

由起子さんが夏休みに入る前、私に、
「仕事は絶対に触らないでくださいね!」
と言ってきました。
でも、夏休み中に解決しないといけない仕事もあります。
迷いましたが、
急ぎの仕事はやる事に決めました。
由起子さんが夏休みから復帰すると、
「何で仕事をしたんですか!
あれほど触るな!と言ったのに!」
こんな感じです。

由起子さんに、
「社保・給与の電話は絶対に取らないでくださいね!」
とも言われました。

ある日、営業部の社員に、
「昼休み中に病院へ行くから「仮保険証」を発行してくれ!」
と言われました。
健康保険証が無いと診療代は実費になってしまいます。
その為の 「仮保険証」の発行 です。
営業部の社員なので、
取引の後場までに会社に戻ってこなければいけません。
由起子さんは丁度お昼休み中で居ませんでした。
この「仮保険証」を発行出来るのは私だけです。
社員さんはとても急いでいます。
私は「仮保険証」を発行しました。
しばらくして、由起子さんがお昼休みから帰ってきました。
「仮保険証」を発行した私に、
「何で発行したんですか!
触るな!と言ったじゃないですか!」
そう怒鳴ってきました。

また別の日に同じ事が起きました。
「仮保険証」の発行 です。
私は後輩に 「仮保険証の発行の仕方」を1から教え、
後輩に発行させました。
由起子さんがお昼休みから帰ってきました。
「まあ!○○ちゃんがやってくれたの?
助かったわ!ありがとうね~」
私の場合と態度が全然違っていました。

他にもいろいろありますが、この辺で。
この時点で私はもう、
  • 「社保・給与」の仕事に触るのが怖くなっていました。
  • 電話も怖くて取れなくなっていました。
  • 当然、由起子さんとしゃべらなくなりました。
  • 毎日、家に帰って泣いていました。
ただ 「このままにしてはおけない!」
そう思っていた私は、直属の上司に、
毎日あった事を全部話をしていました。
その上司は笑顔で、
「僕が何とかしよう」
そう口で言うだけで、
実際は何もやってくれてはいませんでした…。
後から分かった事ですが。

何があったかはもう忘れてしまいましたが、
いつものように由起子さんに怒鳴られて、
この時はもう耐えられなくて、
その場で大泣きしてしまいました。

それを見た由起子さんが来て、こう言いました。

「仕事で余裕が無くて、
​​ 他人に 気を使えなくなっていました。​
泣いている原因が私だったらごめんなさい」

いや、違うやろ!
「他人」 というのは、
自分以外の ​全員​​ を指す言葉だ。
上述の通り、 ターゲットは私だけ だ!
「他人」 という言葉は間違っている!
こんなのは謝った内には入らない!
そう思った私は、
由起子さんの言葉には一切返答しませんでした。

私はその上司に、
「社保・給与」を他の人に変えてくれるように頼みました。
「勤怠管理(出勤簿)」 「健康診断」
受け持つようになりました。
「社保・給与」は他の人の担当になりました。
由起子さんは、その人とは仲良く仕事をしていました。

由起子さんは、
「役員付秘書」 から異動で 「総務部」 へ来ました。
私の推測ですが、
職業柄、 プライドがめっちゃ高い んでしょうね。
他の先輩からも 「プライドが高い性格」
というのは聞いていました。
「私が一番」 という性格なんだと思います。
頑固で、人の意見には耳を貸さないタイプなんだと思います。
多分、由起子さんも私に言われて、
「育児休業給付金支給」の報告書はすぐに送らないといけない
のは理解したんだと思います。
でも自分のミスを認めたくなかったんでしょう。
指摘されたことで、
プライドが傷ついたんだと思います。
それも認めたくなかったからイジメに走ってしまった。
今なら、そう思えます。

ある夏の出来事でした。
ほんの些細な出来事だったんです。
「勝手にエアコンの電源を切られる」
という事件が発生しました。
汗だくになって、ふとエアコンのリモコンを見てみると、
電源が切られていました。
私はエアコンの電源を入れました。
数分後、また電源が切られていました。
毎日、これが繰り返されました。
調べた結果、
「人事関係の事務社員」 がやっている事が判明しました。
「人事関係の事務社員」全員 が応接室に呼ばれました。
ちなみに「社保・給与」も「勤怠管理・健康診断」も
「人事関係の事務社員」です。
「暑い派」 「寒い派」
真っ二つに分かれました。
「寒い派」 は、
「エアコンが寒いから切っただけ」
と言いました。
私は 「暑い派」 です。
なので、こう言いました。
「寒い人は着込めばしのげるけど、
暑い人は裸になれと言うんですか?」
これを言った瞬間、上司から、
私に対してめっちゃ!大きな怒鳴り声が上がりました。

「今まで下手になって聞いてやってたら、
わがまま放題言いやがって!!」

私は言葉を失いました…。
ああ、そうなんだ…。
この人は、私が今までずっと訴え続けていたものを、
ただ ​​​ 下手になって ​聞いてやっていた​ なんだ…。
親身になって聞いていたわけじゃないんだ…。
解決しようとか、一切考えてはいなかったんだ…。

この人も、私が営業部にいた時と同じ
笑顔しか作れない、
「無能な上司」
だったんだ…。
何て人を信用してしまっていたんだろう…。
私はまた 「上司」 という化け物に 潰されたんだ…。

私は黙って会社を出て行きました。
何故か行先は 「阪急百貨店」 「包丁売り場」 でした…。
そして、包丁を手に取りました。
そこでハッと、主人と娘の顔が脳裏をよぎりました。
我に返った私はもう、包丁を捨て、
その場で大声で泣くしか出来ませんでした…。

そこで私は二度と職場に戻ることは
ありませんでした…。

家では、家事なんて到底出来るはずもなく、
ただただ 「食っちゃ寝」 を繰り返し、
(だから82kgまで太ったんですが(苦笑))
お笑い番組を見ても、笑えるはずもなく、
しゃべることも無くなり、
十数サイトを運営しアフィリエイトをする事にも疲れ果て、
サイトを全部閉鎖 しました…。
娘はまだ保育園の年長さん。
このままではいけないのは、
頭ではわかっていたけれど、
どうすることも出来ませんでした…。
この時も、実母には散々迷惑をかけてしまいました。
休職扱いになっていたので、
給料は全額入ってきます。
主人の給料と合わせたら、
生活費はとりあえず回ります。
私は 「考える事」 全て停止 させました。
それしか自分の身を守る方法が無かったからです…。
そんな日々がどれぐらい続いたでしょうか。
更に最悪の事態が起きました。

主人が職場で倒れました。
診断の結果、
「不安障害・パニック障害」
と、判明しました。
主人までもが、外へ働きに行くことが出来なくなってしまいました。
主人の場合はもう給料が入ってくる事はありません。
私の給料だけでは、家を回していく事は到底無理です。
手持ちのお金はどんどん減っていきました。
「自己破産」 をしてからまだ、そんなに日は経っていません。
家には 「資産」が一切無い 状態です。
手持ちのお金にお札が1枚も無くなってしまった時、
私は1つの決心をしました。

「生活保護」 です。
「自己破産」 したてなので、
「資産」も「負債」も一切無い のは
調べるまでも無い事です。
なので、申請はすぐに通りました。
娘が小学生になるタイミングで、
今よりも安い家賃の所に引っ越しました。
若い家族が生活保護に入ると、
大概「働け!」とプレッシャーをかけられますが、
私達夫婦は精神疾患なので、
一切言われることはありませんでした。
ただ、まだ若い私達にとって生活保護は
「一時的な逃げ場所」 にしか過ぎません。
「完全停止」していた思考回路が、
少しずつ動くようになっていきました。

私はもう一度、今までとは全く違う形で、
会社へ足を向ける決心をしました!



うつ病(1)何か身体がおかしい
うつ病(2)治ったはずなのに
うつ病(3)毒になる親 / 自己破産
うつ病(5)労災に出来ない… ​に続く





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Last updated  2025/04/08 05:15:15 PM
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