りゅうちゃんミストラル

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2011.02.14
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カテゴリ: ニュース

この本は、正義について3人が語る。

正義ってなんだろう?

正義ってなんだろう?
価格:1,680円(税込、送料別)


3人というのは 久美沙織 氏、 中村敦夫 氏、 那須正幹 氏。
「10代の哲学」と銘打っているが、その内容は侮れない。

最初に登場するのは久美沙織氏。
私はこの方について名前さえ知らなかった。
ヒットしたゲーム「ファイナルファンタジー」を小説化した方。

「サソリとカメ」「サソリとカエル」の話で始まる。
サソリは刺すようにできている。
逆に言えば、それがサソリ。

この寓話を読んで、私はアメリカの銃規制を思い出した。
銃規制反対派はこう言う。

「銃が人を殺すのではない。人が殺す」

もしサソリが尾に針を持っていなければ刺すことができない。
人も銃がなければ銃による事故は起きない。

本書でも出てくるように、銃所持の権利を訴える人。
その意見を「間違い」として葬り去ること。
それはファシズムにつながる。

しかし、「意見の相違」で済む問題と済まない問題がある。
「違う意見だから」で大切なことが置き去りにされていないだろうか?

次に中村敦夫氏。
ある年代以上の人は「木枯らし門次郎」の彼を知っている。
その後キャスターや国会議員としても活躍した。

中村氏の父親についてのエピソードは初めて知った。
新聞記者であった彼の父。
小学校で起きた生徒暴行事件を記事にせず解雇となる。

その父親を「間違っている」と批判した若い記者も村八分に。
雪印乳業事件や警察の裏金で告発した人を思い出す。

キャスター時代には金大中氏へのインタビュー問題があった。
宗教の原理主義化など、かなり深い問題も言及。
10代には荷が重いんじゃないかと感じた。

ひとつ気になった点。それは以下の記述。

大むかしの戦争について、現代のわたしたちが論評することはあまり意味がないことでしょう。
正義も悪も、あくまで今生きている人びとの価値観からでしか判断できないからです。
(本書79ページから引用)

本当にそうなのだろうか?
私は違うと考える。

人が歴史を学ぶのは、現代や未来に通じるから。
過去起きたことは今後起きる可能性がある。

大昔の戦争について、人は大いに語るべきではないか。
もし、大昔の戦争について論評しなくなることがあれば。

それは歴史を古典の世界に置き去りにする行為だと私は考える。
この件はもう少し考えたいが、私が間違っているとは思えない。

最後に児童文学の那須正幹氏。
私が興味深かったのは戦争中に餓死した判事のこと。
その判事はいわゆる「ヤミ食料」を口にしなかった。
それがために栄養失調に。

大塩平八郎と「人に注意すること」の難しさ。
この問題は10代のみならず、すべての年代にとっての課題。

文字が大きいので自分が速読をマスターしたかのように読める。
だがその内容はすぐに咀嚼できないほど。

この本は古いので、上のリンクから注文できない。
売り切れになっている。
読みたい人は図書館で探してみよう。

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最終更新日  2011.02.14 16:58:22


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