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包丁で先日指を切った後、包丁を使うのが怖くなりました。やっぱり左手の指2本を切って、切るとき押さえる力が不安定になるようで、また切らないかなと心配です。そこで2,3日は包丁を使わないメニューにしました。ようやく指に薄皮が張りました。線で切ったのでなく面で切っているので面積が広くて。なかなか出血も止まらず,止まったつもりでも包帯や傷テープにジワジワ血がにじんできました。でもようやく出血も止まっていますが、また指先が当たると出血しそうなので一応傷テープはつけています。今日のお昼は冷麺にしました。薄焼き卵とハムは恐る恐る大きく切りました。キュウリはスライサーがあるのを思い出してそれでスライスしました。おおめに切って晩御飯のサラダにも使おうと置いています。昨日の編み物教室も指に違和感があってなかなかうまくできなかったけど、来週はもう少し指が動くと思います。あ、これは3回だけの初心者対象の編み物教室です・私が編み物をしていたのは20代30代のころでもう長い間やっていません。私はほぼ初心者、糸を指にどう掛けるかというところから丁寧に教えてくれました。その後鎖編み、細編み、細長編み、長編みと教えてもらいましたが、ついて行けたのは細編みまで(笑)、細長編み、長編みでもう躓きました(笑)まあ涼しくなるし、色々チャレンジしていきます(^^♪
2026.09.06
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1日、火曜日、パソコン同好会に行って帰って来てから晩御飯準備中左手の指を包丁で切った。左手の中指、結構深くて今血栓の治療のために血液がさらさらに流れる薬を服用中なので出血がなかなか止まらなかった。夫が横でオロナインをつけろという。いや止血が先だろう、そんなの塗っても止血にはならないとこっちも興奮して言い返す。夫のアドバイスは的外れでイライラする。傷テープもどんどん赤くなっていくから、伸縮包帯に取り替える。こちらの方が止血効果がありそうだ。ようやく止血。でも時々包帯を取り換える。夫が何で切ったりするかなとお説教。うざいわ。何で切ったかなんてわからない。考え事をしていて指を引っ込めるのが遅かったのかもしれない。何が理由でも切れるときは切れる。事故みたいなもんだ。主婦業40年以上でもあるある。わたしだけかな?そして昨日。カラオケ&ランチでたのしかった。しばらくひざが悪くて休んでいた人が参加して5名。久しぶりに盛り上がる。膝よくなったの?と聞いてみたらよくなってないけど、ライングループに2日にやりますというメッセージが流れて来たら我慢できなかったららしい(笑)ずっと家に引きこもっていたからストレスもたまっていたという。その人は80代だけど車で来る。車もいつまで乗れるかというところ。乗れるうちに行きたいところへ行きたいということだろう。その人の家からカラオケに来るのは車以外ではバスの乗り継ぎになり不便。まあ来られるうちは来て盛り上げてほしい。その人は演歌と民謡が得意。昨日も花笠音頭をうたうから合いの手と手拍子を入れてくれという注文。まあ盛り上がるならいいかなと思って協力する。次はみんな知っているやろ?これを一緒に歌おうという提案。フランク永井の「公園の手品師」という曲。知らんがな(笑)私はこの中で最年少。まだ「有楽町で逢いましょう」なら少しは知っているかも。70代は3人いたけどみんな前半なので首をかしげる。なかなか年代が幅広いので全員が知っていて歌える歌は少ない。でも年齢差を越えて何とか盛り上がってたのしかった。そして今日、お昼ごはんの準備中、また事件が。右手で包丁を持って左手で切るものを押さえているけど中指をかばってあんまりちゃんと抑えられなかったのか、人参がくるっと回って左手親指を切る。でもこれは火曜日より小さな傷で大した出欠ではないので傷テープで止血。左手2か所の重症(笑)夫に洗物を全面委託。野菜を切るのが大変だからカット野菜を買って来ようかな?これ以上切りたくないし。後、蜂窩織炎の右足。乾燥して皮がめくれてきているから保湿剤を毎日塗っている。新しくできた皮が薄いのかポロリと取れて身が見えているところがあったのでここもテープを貼っておく。またここからばい菌が入ったら大変だ。こんな思いは二度としたくない。せっかく痛みもほぼ取れてきて。触ったり押したりしないと痛くない。昨日のランチの店で掘りごたつ式の座敷の出入りで痛いところがあたらように出入りするのが大変だった。テープ2か所、包帯一か所満身創痍。誕生月の初めからなんということだ。なんとかこれ以上けがのないよう9月を終えられますように。
2026.09.03
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朝からやらかしちゃいました。今日の予定は10時から整形外科受診予定で9時半くらいに家を出ました。整形外科について診察券を出してよく見たら9月3日とは書いていない。あれ?今日じゃなかった?受付の人と確認したら9月10日木曜日と書いてある。最初9月5日の土曜日に予約を入れていたのが、家に帰って予定を見返したら5日は別の予定があったので変更してもらった。なぜか私は9月3日の木曜日と思い込んできょう来た。確認後、受付の人が申し訳なさそうに、せっかく来ていただいたのに今日は予約が一杯で飛び込みでは無理なんですという。いやいや日にちを間違えた私のミスだから。本当の予約は来週の木曜日だった。こんなことは初めて。しっかりしろ。私。せっかく車を出してきたから用事を一件済ませてきた。今月は13日の読書会に行くので本を借りて、百均にもよってきた。読書会のために本を借りて読むなんてちょっと変だけど、最近本は忙しくて読む暇がない。パソコン同好会の夏の課題プリントの復習もしたいし。1日の授業で先生は課題プリントをやる予定だったと思うけど、私のメールアドレスの件で時間がつぶれてしまい、先生にも他のメンバーにも申し訳ない。ゲームばかりしていないで掃除もしたいし。(笑)やることは一杯ある。明日は体操に行く予定。体操の月謝を払うために百均で一万円札で支払って用意する。まだ足は完全に治ったとは言えないけど、完全に治るまで待っていたら体がなまってします。今も階段で足が上がりにくいし、立ち上がるときすんなり立てない。転ばないようにそろそろ歩くから、気分は80代。そういえば昨日のカラオケの時にある人が言った。その人は70代。早くこっちへおいで(笑)。あんまり積極的には行きたくないな(笑)出来れば時を止めてあるいは逆戻ししたい気分(笑)それができたらなあ。いやでも時間は進むし、体力気力は年々衰える。悲しいけど現実。
2026.09.03
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7月後半から8月にかけてウオーキングも家でのストレッチも、通っている体操もヨガもすべてお休みにしていた。蜂窩織炎の痛みがあったので通院と夫と車で買い物以外はずっと家に引きこもり。家にいるとどうしても食べてしまう。結果4キロ近く体重が増えてえらいことになっている。まずはこれを元に戻さないと。今日はバスで駅前に行って買い物してまたバスで帰ってくる。歩くのは買い物とウインドーショッピングを兼ねて冷房の効いた駅前のお店を見て歩いて歩数を稼ぐ計画。結果4千歩ちょっと歩けた。足も痛まない。なんちゃってウオーキング最高(笑)以前は歩いて行って歩いて帰ってきた。もっと歩けたらと思うけどまだまだスタートしたばかりだからリハビリのつもりでぼつぼつ増やしていこう。家でのストレッチも再開しよう。今週から体操にも行くつもり。家でばかりいたら階段や段差躓きやすくなっているし、お風呂に入るとき湯船をまたぐのさえ大変になってきた。これでは先が思いやられる。転ばないように気を付けて歩く。外を歩けば段差が一杯。当分は慎重に歩かないと、けがのない安全なウオーキングをしないと。駅までのバスは古くて乗り口の階段が高くて足が上がりにくい。これも立派なリハビリだね。両手で手すりをもってようやく上がる。私より年上に見える方もすいすい上がるのに情けない。まずは階段をすんなり上がるのも目標にくわえよう。今週から通常運転開始するつもり。明日火曜日は9月一回目のパソコン同好会。午前中夫と買い物。水曜日は久しぶりのカラオケランチ。木曜日は整形外科受診、金曜日は体操、7,8月休んでいるから多分以前出来ていたこともできないと思うけどのんびりリハビリのつもりでやろう。土曜日は市民講座の前から申し込んでいた編み物講座。今月の通院は整形外科と歯科定期健診のみ。パソコンと体操とヨガに復帰する予定。徐々に戻していこう。体を動かさないとなかなか寝付けない。今日のなんちゃってウオーキングで前から欲しかったリュックを買いました。思いきらないとなかなか買えない。蜂窩織炎の治療を頑張った自分へのご褒美と自分への誕生プレゼントとして。9月は私の生まれ月だから。暑さもだんだんましになってくるだろうか?ウオーキングで行ってみたいコースもあるけどしばらくはなんちゃってウオーキングで。(^^♪無理をしないでゆっくり
2026.08.31
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今日は朝から全然ダメな日。私は最近朝早く起きる必要のない日は携帯の目覚ましをセットしないで、携帯の電源も落としておく。あまりに充電がきれるのがはやくてその対策も兼ねて。今朝起きて携帯の電源を入れる。暗証番号を入力するのに何度も間違えてエラーになり、25秒後にまた入力してくださいのメッセージが出る。よく間違えるけど25秒後にというメッセージが出たのは初めて。暗証番号を知らない第三者が携帯を盗み見ようとしたりするのを防ぐためにそういうことになっているのはわかる。でも朝から自分の携帯に拒否されるのはあまりいい気分ではない。午前中夫と買い物に行く。まず百均に行く。いつものように何軒も百均を回る元気はない。あしも痛くなるし。何とか買いたいものがそろった。しかし今日の買い物は失敗。部屋の外のものを掛けるフックが粘着が弱くなったのか、ぼろりと落ちているので代わりのを買った。間違えて磁石付きのを買ってしまった。冷蔵庫とか金属のところにしか使えない。百均を出ようとしたら夫が隣の衣料品店に行きたいという。別に欲しいものもないのにうろうろするから待たされる。あんたは足がなんともないから歩けるだろう、これも足の運動と言ってすましているから腹立たしい。階下に降りたらそこは家電量販店、いつものように複数の携帯会社が景品を置いて勧誘中。大体日本人のほとんどの人はすでに携帯を持っているだろう。持っていないのは寝たきりの人とかよほどの高齢者で操作が難しい人だけだろう。一部買い替えして安くしようという人がいるかもだけど。この前夫はここで引っ掛かった。くじにつられて(大した景品もないのに(笑))携帯やさんと少し話した。携帯はどこの?持っているけどもっていないとするりとうそをつく。家の人に持っていてほしいと言われませんか?と聞いてくる。夫は言われないし興味もない。勧誘を見事に擦り抜けて無事帰還(笑)家に来たセールスマンの口車に乗って、外壁の塗り替え契約を勝手にしてしまって私がクーリングオフした過去や、新聞の勧誘を断り切れずに2社契約した人とは思えない。一応ちゃんと断れるようになったのは進歩かな?帰宅し昼食後、パソコン教室の夏休みの課題プリントに取り掛かる。先ほどようやく完成。あくまでそれらしいもの、たぶん先生に一杯突っ込まれること間違いなし(笑)ほとんど基本的なことばかりでできるはずと先生は言うけど、人は忘れる動物だ。こういうprintは一年前にもやったけどもうすっかり記憶のかなた(笑)年取ると覚えるスピードより忘れるスピードの方が速い気がする。教室で一番最年少なのに一番物覚えが悪いかもしれない。でも脳活だと思って頑張る。冷房を入れた部屋なのに汗いっぱいかきながら完成したからもう火曜日まで、見たくない
2026.08.29
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高齢者や障碍者に付き添って介護付きの旅行を提案するNPO法人。「還暦」をエーゲ海で迎えたい」人、「生き別れの兄を見つけたい。など7800人の依頼者。代表理事の男性は旅をあきらめないをモットーにみんなの夢をかなえようと奔走してきた。車いすでの旅行は旅行社もなかなか引き受けてくれない。祖父の夢である故郷徳島への旅行を自らハンドルを握って連れて行った。楽しそうな祖父を見て「行きたい場所や目的があれば人は元気になるんだ」と思った。その後2006年介護付きオーダーメード旅行を提案するNPOを設立した。コロナ禍で利用者が激減してやめようかと思ったこともあるけど、利用者やその家族の人たちに支えられて今もNPOは続いている。娯楽だけが旅行じゃない、人を探したい、思い出の場所に行きたいと言うのも旅の形の一つ。これからも不可能の「不」を取るために最大限の準備を尽くしていく。と彼は語る。
2026.08.27
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夫はときどき洗濯物を干してくれる。私が大学病院に行くから時間のないときとか、あるいは体調の悪いとき。それはいいんだけど夫がやるとやり方が違って困ることもある。私は効率がいいように洗濯ばさみを竿にいくつも止めている。干しながら止めていくのに洗濯ばさみがあると早くできる。夫がやった翌朝見たら竿の洗濯ばさみを全部回収してしまう。するといちいち洗濯ばさみを取りに中に入らないといけない。効率が悪いからイラっとする。そして洗濯物をハンガーに止めるのに私は両肩2個止める。夫はなぜか一個、これだと風が強いと落ちたりはしないけど一個の洗濯ばさみにぶら下がっていて乾きが悪いときもある。二個の方が安定するのに。そして私はいつもハンガーに二個洗濯ばさみをつけているのに、自分は一個しか使わないので残りの一個を取って中に入れる。私がやるときは残りの一個を探さないといけなくなる。部屋の中には洗濯ばさみを入れないから入れ物も置いていない。夫が洗濯物を干したら床に洗濯ばさみが散らばっている。踏んだら危ない。今は足が悪くて歩き方も不安定なので洗濯ばさみが散らばっていたら迷惑だ。歩きながら隅によせる。手伝ってくれるのはうれしいし、感謝するところだけど、夫には正直手伝ってもらわないほうがいいと思う。だから体調がよくなればすぐに手伝いは断ることにしている。
2026.08.24
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長女が生まれる前に親せきに言われたことがある。こいつは子供なんて大嫌いやでと。まさかそんなことはないだろうと思っていた。本当にそうだった。機嫌のいいときはペットのようにかわいがる?わざと泣かせておもしろがる?ありえない。機嫌が悪いと当たり散らして暴言を吐く。挙句に小学生だった娘たちにお前たちは居候だといった。実の親が子供にそんなことを言うなんてますますあり得ない。大人になってからも一時次女親子が我が家に住んでいたときも孫にまで居候という夫。そんな大人がいるのは信じられない。血を分けたこどもやまごにそんなことを言うなんて。いくら興奮していても機嫌が悪かったとしても自分で自分の言葉を押さえることができない。結果娘たちは夫を嫌って家を出てしまった。お正月にも寄り付かない。お正月子供や孫が集まる家がうらやましくて仕方ない。お正月子供や孫が来て大変だったでしょ?と聞かれても娘たちの仕事はお正月休みでない仕事なのでと答える私。実際次女は病院関係で(看護師ではない)のでお正月も休みがない。年末年始もほとんど休みがないので旦那さんが大掃除から保育園も休みなので子供のお守りも全部やってくれている。長女も工場自体は年中無休。休もうと思えば休めるけど出勤してくれたら時給割り増しと言われてそっちを取ることが多い。どちらも顔を出そうと思えばそれくらいの暇はありそうだけど、夫の顔なんて見たくないので寄り付かない。こういうのは異常だと思うけど夫は全く気にしない.来たくないなら来なくていいと言っている。どんな親でも親は親なのにと時々怒っていることもあるけど、娘たちはそうは思っていない。あんまりひどい毒親だとこうなるというのを夫は信じない。老後寝たきりにでもなったら娘たちがほっておかないと信じている。はっきり娘たちには老後の面倒は見ないと宣言されている。子供時代かわいがってもらった記憶がない。休みは自分のやりたいことが優先で子供たちを喜ばせるためにどこかへ連れて行こうとか夏休みのいい思い出を作ってやろうという意識は皆無。遊園地に行きたいという娘たちに遊園地なんてないと言っていた夫、年に何度か家族サービスということで出かけても、自分が退屈したら子供たちが帰りたくないと言ってもお構いなく帰ろうとする。そんな風に子供と向き合うことを避けて、子供の話に耳を傾けることもなくしているうちにあっという間に子供たちの子供時代は通り過ぎた。子供の子供時代にいい関係を築けなかった親はその後挽回することは難しい。夫の迷言がある。まだ今はお父さんの出番じゃない、その出番が来たら僕も頑張る。(笑)もう笑うしかない。子供時代にかかわらないでいつ子供と関わるのだろう?私の亡くなった父もギャンブルに明け暮れていい父親ではなかった。それでも定年後はそのことを少しは反省したのか、よく孫の面倒を見てくれて当時働いていた私のために孫を病院に連れて行ってくれたりよく協力してくれた。戦前生まれの父でさえ、いいおじいちゃんに変われた。夫の場合はもう手遅れで上の孫には怖いおじいちゃんと嫌われているし、下の孫に逢わせてももらえない。突然怒って怒鳴るおじいちゃんは嫌われて当然だろう。私も次女一家から食事の誘いがあっても夫には声を掛けない。何時という約束があっても平気でパチンコで遅れていくだろうし、(前科多数)例えちゃんと時間通りに来ても何を言うかわからない、突然噴火するようなおじいちゃんの姿は孫たちに見せたくない。夫は人生の優先順位を間違えたことにいつ気づくのだろう?多分このまま気づかないのだろう。これから自分の失ったものの大きさに気づくことはないと思う。家庭や子供たちを最優先にしないで自分のやりたいことを長年最優先で来たつけは大きい。もしも私が先だったら、子供も孫も寄り付かない寂しい老後になるのは間違いない。また夫から連絡を取ろうにも夫の携帯には娘たちの携帯番号が載っていない。私の携帯には載っているけど、長女が以前来た時に自分の連絡先は消していった。夫からの連絡も拒否する姿勢。私はいつも思う。こういう人は結婚することも子供を持つこともやめたほうがよかった。ずっと実家に住んで好きなようにパチンコをして一生結婚しないでほしかった。夫は多分親を安心させるために結婚し、親に後継ぎが生まれたと喜ばせるために結婚したと思う。だから家庭も大事にしないし、子供もかわいがらないのだろう。私はお正月になるたびに思う。夫のせいで子供たちが実家に寄り付かない。寂しく思っているけど、それを今更どうしようもない。私は娘たちの連絡先も知っているし、会おうと思えば会える。私は子供たちと孫たちとの関係を大事にしていこう。
2026.08.22
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数年前から北海道に行きたいと思っている。少しでも足腰がしっかりしていて、夫も寝込んでなくて留守番できるようなうちに。でもなかなか一緒に行ってくれる人がいない。先日北海道のテレビを見ていてああ、北海道に行きたいなと言ったら夫が、北海道に行きたいの?と聞く。北海道に行きたいという話は何度もしているが夫は、嫁の希望で一緒に旅行なんて行く気はまるでない。昔から自分の行きたいところでないと行かない人、子供たちが小学生くらいのころ「遊園地に行きたい」と言った「遊園地なんてない」と言い切った人。休みは自分の好きなようにする人で、家族サービスというかどこか日帰りでも行きたいというっても却下される。若しくは近場に1,2時間出かけても昼から自分のやりたい将棋をするからと早々に帰る。子供たちがまだ遊びたいとブーイングしても気にしない。お前が説得して連れてこいという。私は夫と出かけるのはあきらめて、ママ友とその子供たちと夏休みとかにあちらこちら出かけた。そこの旦那さんたちは土日休みでない仕事なので、もちろん家族サービスは別にやっているけど、土日は空いている。だから近場で子供の喜びそうなところを探して行っていた。一度だけデイズニーランドに一泊で出かけたけど、それもママ友親子と。夫は多分乗り物に何時間も待つとか耐えられないだろうなと思ったから。子供に合わせる気が丸でなく、自分がお子様(笑)実家の両親が元気だったころ一泊であちらこちら一緒に出掛けたけど、それは本当は行きたくないけど、行きたくないという勇気が多分なかったから。実家の両親のどう思われるかと思ったのだろう。それに父と一緒なら宿に着いたら将棋ができるから。話を戻すと、夫は常々旅行に行きたいなら友達と行けと言っていた。だから私は友達と一緒に行っていた。今年はいろいろ不調が続いてどこへも行けていない。昨日夫は言った。じゃあMさんと言ったら?Mさんはもともと行動的で私とも出かけるけど一人旅もする人、でも去年の夏の脳出血で倒れて今リハビリ中。この話も何度もしているけど夫はまるで覚えていなかった.嫁の友達の話なんて聞き流しているんだよね。もう一人いつも遺書に出掛けていたHさんは?と夫が聞く。Hさんは姑さんが倒れてそれどころじゃない、それも話したけどやっぱり聞いていない。夫と話すとストレスがたまる。北海道に行きたいなんて言う話を出すんじゃなかった。この夏どこへも行けなかったうえに、知人が東北、北海道の10日間の旅行に旦那さんと行ってきて、ラインに写メを一杯送ってきたら余計に思う。旦那さんと喧嘩しながら行ってきたというけど、10日も付き合ってくれるいい旦那さんじゃないか?うちは一泊でも無理だと思う。大体家でもストレスがあるのに旅行も一緒に行くなんてうちの場合は罰ゲーム(笑)ストレス源と一緒に旅行しても余計にストレスがたまるだけ。友達と行って一瞬でも家の事や夫のことを忘れるような旅がしたいのに。私はこの夏すっかり足腰が弱ってしまって回復しないと旅行は無理だと思う。まずはリハビリだね。体操やヨガに復帰してある程度体力が戻らないとどこへも行けない。北海道でなくてもどこかへ旅行に行けるよう頑張ろう。
2026.08.19
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今日もいろいろありました。通常の前から予定していた泌尿器科、腎臓内科、総合内科の受診。まず血液検査でようやく順番が回ってきたら、いつもは泌尿器科と腎臓内科の両方から検査オーダーが出るはずなのに、腎臓内科の試験管3本しかオーダーがない。おかしいと思って聞いてみたら、確認してみますということで待たされる"(-""-)"ようやく検査が終わって結果待ちの間にモーニングに行く。ここはいつも通り。ようやく泌尿器科に呼ばれる。先生に血液検査のことを言ってもいや、忘れてないよと否定される。いや実際に私がい適してから泌尿器科の試験管3本が追加されている。検査の人が確認して追加したのだろう、でも認めない。ちょっとがっかりした。泌尿器科の先生はいつもフレンドリーで親しみやすい先生だと思っていたのに。まあいい、泌尿器科の先生も腎臓内科の先生もわたしのあしをみてびっくり。6月の受診以来2か月ぶりで、私の蜂窩織炎の話は報告は聞いていたかもしれないけど実際に私の足を見て想像以上にむくんでいることにびっくりした。そしてむくみの少ない薬に切り替えられるものは切り替えようと言って先生同士電話で相談して今日の薬は変更が多い。あれはこれと変える。これは中止、何種類もの薬の話を私がちゃんとメモを取ればよかったけど、頭で覚えようとした。変更点を薬局で伝えないといけない。必死で質問しながら覚えた。帰りに自宅最寄り駅前の薬局に寄って説明する。お薬手帳の前回の処方と今日の処方を並べてチェックする。あまりのややこしさに薬剤師さんもメモを取る。先生たち電話会談をしたけどどちらにも処方が出ていない薬が見つかった。これは中止なのかそれともどちらからも忘れられて出ていないのか?確認しようにももう先生は大学にはいなかった。何とか伝えて帰宅。確認は明日ということで明日の午後薬を受け取ることに。でもお薬は大幅に減った。お昼と夜の薬はなくなって朝だけになった。これなら忘れなくていい。一包化してもらったら、そこに別に追加する薬もない。以前よりはるかにわかりやすい。ただいつものように夕方処方箋を持って行ったからこれを今から一包化してほしいというのはちょっと無理だと思って明日午後に取りに行くと言った。帰ってから思った。今晩の痛み止めと明日の朝の薬がない。明日の朝一で相談してみよう。痛み止めは何とかなる。朝の薬は免疫抑制剤とかははいっていて飲み忘れないように言われている。一日分だけ先に欲しいというのもあまり現実的ではない。いつもは一日くらいもらうのが遅れても残っている薬を飲めばよかった。今回は変更が多いから今ある朝の薬をそのまま飲めない。どうしようかな?朝の薬を昼に飲む?いつも受診日は血液検査のために朝食抜きで行って、モーニングを食べるときに朝の薬を飲む。昼に飲んでも問題ないか聞いてみよう。もう今頃は薬局の人も帰っているし後は明日の朝だな。今日は3科受診で帰ってきたのは5時前。疲れた。今日は行きの新快速も帰りの快速も遅れて余計に疲れた。まあ多少の遅れは仕方ないし、帰りの快速が送れたのは電車内で転倒してけがをした人がいたからその搬送のためだからしかたない。でも見ていてあまりに要領が悪いなと思ってしまった。ホームを電話しながら走っていく駅員さん。しばらくいたらまた走って戻って来て、今度は車いすをもって走ってくる。その次は倒れた人を車いすに乗せて搬送。最初に報告を受けた時に車いすはいるか?救急車を呼ぶか?と状況を確認してから車いすを持って行ったらよかったのに。こういう時のマニュアルとか訓練とかしていないのかな?一刻を争うような搬送者だったら大変だし、早くテキパキやらないと。ちょっと厳しい指摘かな?言いたいこと言い過ぎかな?まあいろいろ盛りだくさんな一日。今日は早く寝よう。明日は薬局に電話して薬を取りに行く。
2026.08.19
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今朝認知症外来に行ってきました。もともと予約のあった日でなく、市の認知症患者に対する医療費補助の書類を主治医に書いてもらうため。夫、朝さあ行こうと言ったら「どこへ?」脱力です。説明して出かけたけど。なぜか先生と会話中テンションが上がって(何で上がるか意味不明)ご機嫌。先生が夫の市に出す証明書に書き込みながら、次に公安委員会に診断書を提出したら多分もう免許返上になるだろうと言ったけど、他人事みたいに聞いている。夫、もしかしたら免許提出命令が来てもまだ乗ると言い張るかもしれない"(-""-)"免許返上したら身分証がないから、資格証明書はぜひもらいたいけど夫はわかってない。帰ってから市に提出する書類を書いた。夫は初期の認知症らしい。今朝もよれよれのTシャツを着て行こうとするから、着換えてと言ったらこれでいい、これがいいという。そこで私は認知症になったら服装を構わなくなって変な服を着るようになるらしいよと言ったら、着換えた。しばらくこの手で行こう。いつまで通用するかわからないけど。そして帰って来て1週間ほど前から夫が咳をしていてだんだんそれがひどくなっている。私に移りたくないので病院へ行けと再三言うものの聞く耳がない。夫は病院嫌いなのでなるべく近くてあまり待たないクリニックを探した。うちの近くのあんまり患者のいないクリニックに行こうと思っている。夫は多分一人で行ったら咳の事などちゃんと言わないかもしれないのでついていく。咳が出ていない時ならどれ程の咳が出ているか申告しないとわからない。夫は風邪ではないという。風邪でないなら大ごとかもしれない。調べてみたらそこの午後診察は4時からだったからそれまで待機。逃げられないようにしないと(笑)保険証を確認したら見当たらない。夫は後期高齢者医療保険証は持っている。国民保険資格証明書が見当たらない。夫がなくした?昨日行った眼科に連絡してみる。ないと言われた。あちらこちら見たものないから市役所に電話する。再発行してもらおうとさっき出かけてきた。市役所でも夫が自分の車を止めた場所がわからなくていろいろあったんだけど。市役所で聞いてみたら、そもそも発行していないという。そんな7月に確かに送られてきたと言うと、それは奥さんの分ですという。夫は77歳になったから国民保険資格証明書は出していない。後期高齢者医療保険証に資格証と書いてあるからこれ一枚で受診できるという。だからもともと7月には新しい夫のは送られてきていないという。後期高齢者医療保険証で資格証も兼ねているからそれで受診できるはずらしい。市役所からの手紙にそんなことを書いてあったのか記憶にない。とにかく午後の診察には行かせる。私も市役所に認知症患者への補助金とかの申請書をそろえて出す。今振込先とか記入して、今日の認知症クリニックで証明書を書いてもらった領収書と診療明細書をコピーしてつけるのでコンビニに行かないと。うちのプリンターにはコピー機能はついていないから。それでやっと申請ができる。あまりややこしいから頭がパニックになる。耳鳴りがしてきた。コピー取って郵送したら少し休もう。なんと言うか、疲れる一日だった。早めに休んで明日の大学病院受診に備えよう。
2026.08.18
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今週は病院week。第1弾、乳がん検診。病院は地元の総合病院。でもうちから離れていてバスと電車を乗り継いでいくところ。昨日夫に病院まで車で連れて行ってくれるよう交渉。夫はいつも最寄り駅までだけど、乗り換えで手間取ったr予約時間に間に合わないかもしれないからと。そして時間通りに着いた。夫は帰ると思いきや終わるまで待っているという。いや1時間やそこらでは終わらない。検査2つと診察で2時間はかかると思うよ。そういったけど着いて来た。夫待ち時間が長い長いと文句を言う。だから待つからと言ったじゃない。私は待ち時間に読むつもりで文庫本を持ってきたけど読めなかった。夫、長い長いと文句を言うか居眠り。椅子に座っても寝られるなんて特技だね(笑)大学病院何てこんなもんじゃないよ、朝から2時3時は普通になる。会計機は4時までで終了するけど終了した後窓口で会計したこともある。こんなもん待つうちには入らないよ。そして終了したのはお昼前、2時間まで無料の駐車場では100円払った。それからお腹が空いたから何か食べて帰ろうと提案。夫が知っているおかずを自分で選べる食堂に行こうとした。ここへ行くのは何年ぶりだろう、店が見当たらない。いつの間にか閉店したらしい。其れらしい店はない。帰り道、昔夫がよく行っていた、私も行ったことのある喫茶店もなくなっていた。色んなものが値上がりして、古くからある店も生き残れなかったのだろう。帰り道、いろんな店があるけど夫は食べたいと言わず。中華、マクドナルド、どんぶりやうどんの店、イタリアンの店。みんなパス。このまま帰るのかと夫に聞いたらスーパーとかで弁当を買って帰ろうというから、そんなの飽きたと返答したら、家から近いてんぷらの店にしようという。中華やイタリアンはいらないと言っておきながらてんぷらですか?(笑)エビとアナゴの天ぷら貝汁月のランチ、1350円だったかな。結局高くついたね。もちろん夫のおごり。夫は昭和の男なので割り勘なんてしない。どこでも外食はすべて自分がだす。昭和の亭主関白気取りで結婚した時、亭主関白で行くと宣言していたけど、外食は出してくれるのはうれしいな。他の面の亭主関白はすっかり影を潜めて、洗濯機も回すし、洗物もしてくれるようになった。段々私の思ういい方に変わってきたね(笑)というわけで第1弾は終了しました。今週まだ3つあるよ"(-""-)"これはね、もともとの予定は水曜日の大学病院1個だけだった。10日に乳がん検診の予定だったのが、お坊さんが来るというので今日に変更した。それから明日の認知症外来はうちの市の認知症患者への治療費を申請するんだけど、そのために先生の証明書がいる。そういうことでここに急遽予約を入れてもらった。だから3連続通院になってしまったわけ。暑いけど乗り切らないと、(^^♪
2026.08.17
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8月なかなか終わらない。ようやく半分終わった。前半の通院は3回。後半の通院は5回。来週は乳がん検診、認知症外来の夫に付き添い、大学病院の定期受診で前半は3回。そして木金は何もないけど週末22日は整形外科。そして翌週27日は大学病院形成外科。これが終わらないと8月は終わらない。足の痛みがまだあるのに病院内は広くて歩き回る。形成外科なんてあんまり待たないけど、特に治療とか処方もなくて、足を一応見て指示されたのは足を高くして寝ることと腫れを氷嚢で冷やすこと。次回の27日も多分特別な治療とかは何もないと思う。これを交通費JR往復千円、最寄り駅と大学病院の間は足が痛いのでタクシーに乗ると往復2000円、正直行く意味があるのかなと思う。でも大学病院の通院は今後も続くのでキャンセルとかは考えていない。通院は大変だけど、最近はウオーキングや習い事の外出もないからずっと家なので気晴らし位にはなるかも。来月になれば足の痛みも少しは良くなるかな。日にち薬と言われても気持ちがせく。早く良くなってウオーキングや習い事の外出したい。体重が増えてやばいことになっている。増えるのはすぐに増えるけど痩せるのはなかなか大変。ウオーキングやヨガや体操に行ってようやく現状維持していたのが今は3キロ増。これを元に戻すだけでも大変だ。家にいて運動量が少ない上に暑いからアイスとかを食べているからと原因はわかっている。足の痛みが引いて来て涼しくなれば日常生活に戻して、体重も戻したい。通院以外家にいる生活は私にとっては安静でなく×ゲームだ"(-""-)"
2026.08.16
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今日は終戦の日。婚家の舅は終戦前後某飛行機を作っているメーカーに動員?でいた。そこで女学生で動員で来ていた姑に一目ぼれ、あとをつけて行って実家を確認。兄を連れて結婚話を持ち込んだ。一番上の義姉が生まれたのは終戦の8月。多分結婚したのは昭和19年と思われる。軍需工場に働いていて舅も姑も空襲に巻き込まれることなく、無事だったから義姉も夫も生まれてきた。戦死したり、あるいは空襲で一家全滅した家も日本中にたくさんあるだろう。実家の父も特攻隊に志願して三重の航空隊で終戦を迎えた。一緒に志願した小学校の親友と神戸の街に帰ってきた。父の実家も親友の家も焼けてなかった。父の実家は神戸の空襲の前に疎開して父母と妹たちは無事だった。でも親友の家族は全員空襲で亡くなっていた。親友は東北電力に勤めるおじを頼って仙台に行くという。父はその親友のために旅費を工面して渡したという。父はギャンブル三昧で母や私たちを散々な目に合わせた。でもその父が親友のために旅費を工面したという話は生前父が自分で語ることはなかった。亡くなった後母がその仙台の親友に(毎年年賀状だけは交換していた)父の死を知らせた時、香典と一緒に添えられた手紙で知った。私たち家族は父の嫌な面しか見てきていなかったけどそんな面があるのを父の死後初めて知った。その後母と結婚して私と弟が生まれた。婚家や私の実家が戦争を乗り越えて続いて来たのは決して偶然じゃないと思う。いろんな奇跡が重なって家族が続いて来たと思う。義父母が空襲を逃げ延びて無事に結婚したこと、もう少し終戦が遅かったら私の父は特攻隊で戦死していたと思う。色んな奇跡があって夫や私が生まれてきたと思っている。そんな話を今朝夫にしたら夫、義両親のなれそめを初めて聞いたように驚いた。お前そんなことを何で知っているという。いや、嫁いで40年以上たてばいろいろ聞いている。知らないほうがおかしい。多分夫は人の話はきちんと聞かない人だからそんな話も聞き流していたのだろう。若しくは聞いていても忘れているとか。自分の関係ないと思う話は耳をスルーするようなので(笑)そんなこんなの終戦前後の婚家と実家のお話でした。
2026.08.15
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お盆やお正月に旦那さんの実家に帰省するお嫁さんも多いだろう。私は義実家が同じ市内なので一度だけお正月に夫が酔いつぶれて仕方なく一泊したことしかない。連泊なんてぞっとする。その時は次の日夫が初出だった。朝姑が起こしに来て朝ごはんだという。しかし用意されていたのは夫の朝ご飯だけ。私と子供は後で送らせるからゆっくりしていきという。夫がいないのに義実家にいるなんて絶対に嫌だと思った。夫は車で来ていたのでいったん家に帰ってから出勤する。私は夫と一緒に帰ると宣言した。ゆっくりって姑と一緒ではゆっくり何てできないし、帰りたいときに帰れない。まだ赤ちゃんだった長女のおしめやミルクも初めから泊まるつもりで用意していないからそれも困るし。平成に結婚した親せきの夫婦は初めから別々に帰省していたからびっくりした。つまり夫は夫の家へ、妻は妻の実家へそれぞれ帰省した。確かに夫の家では気づまりだろうけど結婚直後からそれをやるお嫁さん強いなと思った。そして令和のお嫁さんは一応帰省はする。お嫁さんとおしゅうとめさんの仲も悪くない。私は姑さんの知り合いだけど、お嫁さんは働いていて、旦那さんと子供だけで帰省してお嫁さんは仕事終わりで義実家へ行く。着くなりお嫁さんは「お母さん、ビールもらっていいですか」というと冷蔵庫を開けてビールをグビグビ。飲みっぷりにあっけにとられたという。そして姑さんの料理や運んだりするお手伝いもしないで座り込んで、料理をパクパク。まったく遠慮がない。最後にたくさん残った洗物だけど、知人はお嫁さんに手伝ってと言いにくかったので息子を呼んで、洗い物を手伝ってと言った。すると息子は「僕は毎日洗い物をしているから実家に帰ったときくらいのんびりさせて」という。これ、昔のお嫁さんが実家に帰ったときのセリフじゃない?(笑)お嫁さんの立場や態度も様変わりしたもんだと驚く。ここで姑さんが料理を手伝ってとか洗い物をやってとか言えばもう二度と来ないかもしれない。多少我慢しても孫の顔が見たいなら我慢するしかない?最近は姑さんの方がお嫁さんに気を使う用だ。私には息子はいないからわからないけど。
2026.08.12
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以前入院した時同室だった女性。認知症の義理のお父さんが離れに住んでいて介護中だという。その人に聞いた話。お父さんは急に激高してお前、二度と来るな。とか暴言を吐く。そういわれたら素直に帰る。1時間くらいして様子を見に行ったらなぜか上機嫌、おう、久しぶりやな、どないしてたんや?などと親しげに話しかけてくると言う。機嫌のいいときは普通に話せる。なぜか急に激高したりする。でもすぐに元に戻る。こんな機嫌の波のある人と付き合っていくのは本当に大変だと思う。私には無理だな。入院してしばらく離れているものの、またそこへ戻っていく。別居とか離婚とかの選択肢はないらしい。どうしてそんな人を介護できるのか?いいところもあるとか、いい思い出もあるとかかな?暴言も何もかも病気のせいだからと受け入れられるのかな?その時はただ聞き流していたけど、今は私も認知症の夫と暮らす身。その人が目の前にいたら詳しく聞いてみたいくらい。認知症だった実母を見ていたとはいえ、夫は全く違っている。多分一口に認知症と言っても人により、もともとの性格によりだいぶ違うのだろう。母は割とおとなしい方で、世話になるヘルパーさんにもお世話になりますと言って穏やかに接する。でも中にはヘルパーさんに暴言を吐いたりする人もいるらしい。ヘルパーさんはそういう時どう対処するのだろう?夫と話が全く通じない時がある。でも普通に話せるときもある。俗にいうまだらボケというのだろうか?いろいろ悩ましい。
2026.08.11
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夫が今私の部屋に来て、エアコンがつけっぱなしだったと文句を。夫が言うには昨日長女が来た時にエアコンをつけてそのまま私が消さなかったから朝までつけっぱなしだったという。そんなことはない。ちゃんと消してから出かけたし、帰ってきたときも消えていた。いつつけたか記憶をたどる。私が昨夜お風呂に行こうと階下に降りた時エアコンをつけていなかったから、暑くないの?と夫に言った。夫がつけるなら付けたらいいというのでつけた。その後お風呂から上がって部屋に戻るとき夫がいたから、お風呂上りにエアコンがあったほうがいいかなと思ってそのまま二階に上がった。夫はそのあと上ってきたのにエアコンを消していなかった。最期に上がってきた人が消すべきだと思うし、それはおかしいとわたしは言った。夫は点けた者の責任だから消していくのが当たり前という。部屋に人がいてもつけた人が消していくのが当たり前という夫の言い分。おかしいと思うけど夫は言いたいことだけ行って、降りて行った。おかしくても認知症の人に言い返しても仕方ないと思った。夫が自分の言い分を引っ込めて謝るということはないと思ったし。エアコンは一晩中ついていたらしい。これからは夫がいても消していこう。夫は家の中ではランニングなのでエアコンはなくても大丈夫だろうし、お風呂に入ったらすぐに二階に行くだろうし。夫に正論は通らない。こんな場面が今後も増えていくのかな?以前私が子供が寝た後内職をしていたときがあった。子供が小さくて2人も保育園に預けると保育園でパートに行っても保育園代で終わりになると思って内職をしていた。夫は自分が寝るときにストーブも、こたつも消して上がる。私がいてもお構いなく。夫は自分で消さないと私が消すのは信用できなかったようだ。それで風邪をひくなと言い残して先に寝た。暖房をすべて消して風邪をひくなとはおかしなことを言うなと内心思った。もちろん夫が寝た後こたつはつけた。そんな寒い部屋にはいられない。仕事に行っていたときも、最後に職場から出るときに湯沸かし器を消していなかったと言われてつけた人が消すべきとの理論を展開していたらしい。僕はつけてないから責任はないと主張した。いや最後の人がすべて点検するべきだろうと思う。多分職場ではうるさくてややこしい人と思われていたと思う。納得できない夫は家に帰って私にも同意を求めたけど私も同意できないと言ったら怒った。夫の言い分はわかった、私が寝るときにはエアコンも扇風機も消して上がる。夫の理論は変わらないので私が変わるしかない。たとえおかしくても少々のことは私が妥協するしかないな。それでもし夫が文句を言ったらわたしは言うつもり。点けた者の責任だから消していくのが当たり前なんでしょう?と。(笑)
2026.08.11
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今日はお坊さんが来る日。カレンダーにも書いて色々準備をしている。仏壇のある部屋の掃除、お布施の用意。お茶とお茶菓子の用意。夫は何度言っても他人事のように聞いている。今年は夫の実家でのお坊さんが来る日もかぶって今日来る。夫が一応どうしよう?というから、あんたは義実家へ行ったらいい。うちから誰も行かないわけにはいかないしと返事した。長女に話したら月曜日は休みだから、午前中来るお坊さんに合わせて早くから来てくれるという。私と長女がいたら十分。亡くなった母に冷たく接していて、僕の親はもう死んだと言っていたような夫にはむしろいてほしくない。夫にとって生前世話になったことも覚えていないようで、嫁の親なんて義理親とも思っていないようなので。諸事情でうちに位牌も仏壇も置いているけど夫はそれも気に入らないから、早く仏壇じまいと納骨をと急かす。夫が何もしないのもしゃくなので、昨夜お布施の表書きを頼んだ。すると夫はきょとんとして、これどこに持っていくの?と聞く。明日家にお坊さんが来るから渡すと答えたら、まるで初めて聞いたようにびっくりする。いや何度も話しているし、認知症のせいもあるだろうけど、もともと自分には関係ないと聞き流す癖もあったからどちらかわからないけど、他人事のように聞いていたから覚えていないだけだろう。明日は9時に義実家集合と言われているけど、夫はその時間に合わせて用意をして間に合わせるつもりは全くない。別にあわてていく必要はないと言っている。多分いつもどおり、また遅刻するだろう。よくあれで定年まで無事に勤められたと思う。当時は目覚ましを掛けてちゃんと起きられていた。長女が来てお坊さんが帰ったら、二人でランチをするつもり。夫は義実家に行ったら何時に帰るかわからない。義姉とランチするときもあるし、買い物に付き合わされるときもある。だから長女と二人でランチだけど、夫がいないほうが数倍楽しい。いつもいつも相手の立場やきもちを考えず言いたいことを言う夫といると不愉快になるのは長女も同じ。せっかくの休みをつぶしてきてくれたからランチは夫が参加しない方向で。お坊さんは十日の午前中とだけ知らせるハガキが来た。詳しい時間や順番はわからないから、何時に来てもいいように用意しておかないと。
2026.08.10
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今日は野菜の安い店に買い出し、百均でお買い物。夫の車で行った。両方とも久しぶりに行く店だったけど、夫はすっかり道を忘れていて私がナビしながらようやくついた。過去に行ったところでも覚えていないということはやっぱり認知症なんだなと改めて思った。百均はこの辺りでは一番大きな店。欲しかったのはS字フックと霧吹き。この前夫が買ってきてくれたウオーターなんとかという商品は霧状に出てくるのではなくて、一本の水流が飛び出るもので、使ってみたら水流が強すぎて、私のサボテンが倒れてしまった。ウオーター何とかでなく霧吹き、アイロンをかけるときに使う霧吹きと言って探してみようと思った。百均で探してもない、仕方ないのでペットボトルの空き瓶に取り付けたら霧吹きになるという商品を買ってみた。S字フック。夫はどんなものかイメージできなくて何度もどんなもの?と聞いてくる。洗濯用品のあたりにあるかなと思ったけど見当たらず。見たらフックを集めた棚があってそこで見つけた。これをベランダの竿受けにつけて竿を少し下に下ろしたいと思って。私は背が低いので竿が高くて干すのが結構大変。以前母が一人暮らしをしていたとき、やはり物干しが高すぎて母が苦労していたのを見てS字フックを買って来たのを思い出した。これを使えばいいと思った。母はS字フックを喜ばず。竿を下げたらおひさまから遠くなって乾きが悪くなるという。いやいや、太陽との距離からして20センチや30センチ竿を下げたところで大して変わらないよと言っても母、納得せず。仕方なく元に戻した。母はなかなか乾きにくかった昔の洗濯機のことを言っているのだろうか?昔の洗濯機は脱水があまりよくなくかったと思うから母は竿を高く上げないとかわかないと思い込んでいるのかもしれない。早速竿にS字フックを取り付ける。少し竿が下がって干しやすくなる。ただし台風や風の強い日は竿が落ちる心配があるから竿をおろしておく必要がある。一度台風の時だったか竿がベランダの外に落ちて、隣との境界のブロックの上に落ちたことがあった。竿が真っ二つに折れた。竿が落ちてお隣の壁に傷がついたり何か迷惑をかけてはたいへんなので天気のいい日はいいけど、風が強いときは竿をおろして室内干しがいいと思う。というわけで今日のお買い物は終了。明日はお坊さんがお盆のお参りに来ます。用意しなくちゃ。!
2026.08.09
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私は病院との付き合いが長い。今は移植して大学病院との付き合いが中心だけど、その前は15年透析をしていた。その間諸事情により移植をして透析を離れるまで、透析の病院を3回変わって最後は4か所目の病院で移植の連絡が来た。透析を始めるまでも膠原病で通院していた。そのまま一か所目の病院で透析を始めた。その間いろんな病院スタッフのユニフォームが変わってきたのを見てきた。最初のころは白衣が多かった、ワンピース型の白衣と下がパンツになっているくらいの種類しかなかった。今はカラフルになって、科に寄るのか職種に寄るのかわからないけど実にいろんな色、デザインのものが出てきた。種類も何種類かあって自分で選ぶようだ。びっくりしたのは大学病院の小児科の看護師のユニフォーム。ドラえもんとか子供の喜びそうな柄の付いたユニフォームだった。子供の嫌がる注射や点滴をするのに、一瞬針を刺すときほらドラえもんだよとか言いながら気をそらして作業するのだろうか?と想像する。それも一人一人キャラクターの柄が違う。あれは多分自分で選んでいるんだろうな。小児科ナースのユニフォームは種類が多かった。お掃除スタッフのユニフォームもおしゃれなものが増えた。その結果お掃除スタッフは高齢者が多いというイメージがあったけど結構若い人も増えてきた。ユニフォームがおしゃれでかっこいいと求人をしても若い人が集まりやすくなるのかもしれない。出産前のスタッフ用のユニフォームもあるようだ。お腹を締め付けないようデザインを工夫している。病院での待ち時間に行き交うスタッフの色んなカラフルでいろんなデザインのユニフォームを見ていると飽きない。もちろん地元に比べてここは都会なので、通院患者の着ているものもおしゃれで高齢者もかっこいい服の人が多い。見習って私もおしゃれなおばあちゃんを目指したい。
2026.08.08
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今足が悪いからウオーキングはずっと休んでいる。早くウオーキングを再開したいと思っている。足腰が弱ってきつつあるから余計にそう思う。私のストレス発散の手段であり、いろんな日常の発見の場でもある。時には日記のネタも見つけられる。ウオーキング再開に備えて新しい靴、サングラス、熱中症予防のなんていうのかな凍らせて首に巻く首輪みたいなのを用意した。でも足の治療にはまだまだかかりそうだ。無理をしたら余計に長引きそうだし。今日大学病院で体操とか運動の再開はどうでしょうかと聞いてみたら、いや今は暑いしやめておいた方がいい、家の中でできるような運動をと言われた。やっぱりまだ早いか?来月になったら少しは過ごしやすくなるかもしれない。私の心境に近い童謡の歌詞を書いておきます。春よ来い、早く来い、歩き始めたみいちゃんが赤い花緒のじょじょはいて おんもにでたいとまっている。早く外に出たい、引きこもりは退屈。一日中夫としか話さない。先日友達と3時間ラインで電話した、その時の結論。夫はときどき面倒で邪魔な存在だけど、いないと困ることもある。(笑)いないと困ると言っても高いところの電球を取り換えてくれるとか、ごみを出してくれるとかお風呂掃除とかそんなこと、いないと自分でやらないといけなくなるから困る(笑)結婚して数十年も経てば本音はこんなもんかな(笑)きっと賛同するマイミクさんもいるんじゃないかな?数十年たってもラブラブだというご夫婦はお互い努力しているんだと思う。愛の花はちゃんと水をやり、肥料をやって大事に育てないと枯れてしまう。うちはもう枯れ果てています(笑)ラブラブなご夫婦は、仲のいいのはいいことだと思うけど、枯れたものはどうしようもない。"(-""-)"
2026.08.07
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30分くらい前に大学病院から戻ってきました。疲れたー。まず血液検査をしてから皮膚科へ。血液検査の結果を見た皮膚科の先生。CRPは少し高いけど白血球は増えていません。感染症だと白血球も増えるはずなので私の今の腫れと痛みはリンパ浮腫と思われるという。ということで午前中の予定終了。13時からCT検査ののち血栓内科へ。血栓は薬が効いてよくなっている、薬は続けようという先生。リンパ浮腫は形成外科で診てもらって。形成外科も大学病院にある。今もむくみで受診中。でも次の診察は11月なので形成外科に行って受付で事情を話して今月受診の予定を入れてもらう。13日形成外科、19日泌尿器科、腎臓内科、血栓内科の3本だて、今月も病院三昧。"(-""-)"病院は2回までの通院は一回6百円×2で月の支払いは1200円が上限、それはありがたいけど、交通費がね。JRだけで往復千円。大学病院は山の上にあるので大体タクシーで行く。片道千円。帰りはなるべくバスに乗るけど、ここんとこ足が痛いのでバスのステップをあがるのも大変なので今日もタクシー代×2で2000円。帰りに薬局に寄って600円。本日の支出交通費3000円、医療費1200円。病院の喫茶店でモーニングを食べた分はDポイントを使ってただ。午後の検査までの待ち時間が長かったから途中でコンビニでおにぎり×2。今回も結構かかった。それにしても今日はつかれた。帰り道であれ?いつもは右足、腫れている方の足が痛いのに今日は左足が痛い。なんで?と思ってズボンをあげてみてみたら今日できたひざ下の打ち身。一体どこで?ぶつけないように細心の注意で歩いているのに。待っている間に、体操でよくやる片方の足を太ももの上に上げて足首を回す運動ができるかなと思って片足をふともものうえにあげようとした。まだ右足は腫れているからしっかり乗らないで滑り落ちて、左足のひざ下を右足の靴が直撃した。それだろう、全くついていない。今年は大殺界か厄年か。とりあえず今日の打ち身は湿布で対策しよう。血管がもろいので(透析をしていたせいらしい)知らないうちに打ち身青あざは昔からよく出ていた。今はリンパ浮腫で足のひざ下がパンパン、とりあえず、今日は痛み止めと血栓の薬はもらって来た。感染症でないので抗生剤はもうでない。この痛みだけ何とかしてほしい。痛み止めは寝る前に一個と言われている。確かにこれを飲んだらよく眠れる、けれど朝起きて薬の効果が切れたらやっぱり痛い。先生に一日2錠に増やしてもらえませんか?と聞いたもののウンと言ってもらえず。こんな暑さだからとりあえず快眠を優先して寝る前に一個飲むことにする。効き始めるまで1時間くらいかかるから私は寝る前1時間くらいに飲んで効き始めたら寝ることにしている。最初は蜂窩織炎だったらしい、そういう診断が下りていた。もともとむくみのある足だったので、蜂窩織炎が抗生剤で治ってもむくみが残っていてリンパ浮腫という診断に変わったということかな?とにかく片足を太ももに上げて足首回しは体操のオープニングだからこれができないことには始まらない。もちろんいつもは普通にできている。今日も足がパンパンなので皮膚科の先生に象の足みたいと言われる。気にしているのに患者にそういうことを言わないでほしい。女医さんだけど自分がもしこんな状態で象の足とか言われたらどう思うか想像がつかないのか?若くて優秀なお医者さんなのかもしれないが、患者の気持ちを推し量れないようではまだまだだな。今はうち身の左足と、痛み止めの効果が切れて右足もいつものように痛み出した。痛みが続くから心が折れそうだ、今朝は4時から目が覚めていたから早く寝よう。明日は整形外科、整形の先生も今日の大学病院でどういう診断で血液検査の結果はどうなのか見せてほしいと言われている。少なくてもこの整形外科の先生は私の痛みに寄り添ってくれている。私が待ち合の椅子からもたもたしてなかなか立てないと、ゆっくりでいいよと声を掛けてくれる。整形外科だから歩くのが大変な高齢者も多いからこんな風に患者に優しいのだろう。うちの夫に爪の垢をもらいたいものだ。足が痛いと言っているのに通せんぼして遠回りさせるありえない夫、いまだに帰ってこない。今朝は私を送ってゴミ出しをして、洗濯物を干してくれた、でも基本的なやさしさが足りない。大型台風に吹き飛ばしてもらえばいい。少しは人間の中身が変わるかも。変わらないだろうな。もう77にもなってはもう変わりようがない"(-""-)"
2026.08.07
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朝トイレに行って何気なく上を見上げたらずいぶんトイレの電球が高いところにある。あの電球が切れたら背の低い私は踏み台を持って来ても届かないと思う。今なら夫が替えてくれるけどもしおひとり様ならどうする?母が一人暮らしだったころトイレの電球が切れていたことがある。私が行ったら日用品たとえばトイレットペーパーとかが切れかかっているのをチェックして買ってきたりするけど、行くのは昼間だったので気づかず。たまたま訪問した介護福祉士の人が気付いて、この人は女性だけど170センチくらい身長があって簡単に取り換えてくれて助かった。こういう時一人暮らしは困るだろう。うちもトイレの電球、階段の電球、お風呂の電球、あるいは部屋の蛍光灯。すべて高すぎて手が届かない。こういう日常の不便は誰に頼んだらいいんだろう?以前テレビで見た電気屋さん、地方の小さな町の電気屋さんだけどそれにしては従業員が多い。そして各自担当の家があり、そこから電話で電球が切れたと言われたらすぐに配達してつけ直すまでやる。その代わりそこではすべての電化製品が街の大きな電機やさんより高い。それでも重宝がられて売り上げは右肩上がり。各自担当の一軒一軒のどの部屋にはどのメーカーのどの電球を使っているかとか電化製品の種類、何年に購入されたかすべて記録している。サービスがきめ細かいので高くてもみんなそこに頼む。街の頼りになる電気屋さんなのだ。電化製品にしても高齢者には使いこなせないことが多い。ビデオ録画どうするんだった?とかそういう細かい質問にも対応する。だから人気がある。こういう店はなかなかない。ヘルパーさんが出入りしていてもそこまではしてもらえない。やってもらえたとしても、ヘルパーさんの滞在時間とやったことは報告書で書くからもしかしたらそこまでやる必要はないと上から言われるかもしれない。高齢になって一人暮らしだとトイレの電球を変えるのも一苦労。万一踏み台から落ちたりしたら大けがをする。そういうのを気軽に頼める人が身近にいればいいけど。うちも次女が近くに住んでるけど共働きで忙しそうだから頼みにくいだろうな。そういう身近な困りごとを頼めるところがあれば、ホームに行かなくても何とかおひとりさまの生活が回っていく可能性がある。ホームも経済的な問題とか、あるいは順番待ちが多くてなかなか入れないだろうし。一人一人が自立して住み慣れた家で一日でも長く住み続けることができたなら理想的だけどなかなか難しい。
2026.08.04
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ずっと病院以外家にいるから足がすっかり衰えた。なんとか足の痛みが治まって歩けるようにはなったけど、すっかり筋肉が落ちてふらふらする。しっかり歩けない。これではいけないと思って今日は近くをお散歩。っていうか近くの文具店と薬局に買い物に行ってきた。やっぱり暑くて休み休み歩いて来た。汗びっしょりになった。少しでも歩いて筋肉をつけないと今休んでいるヨガにも体操にも復帰できない。8月復帰のつもりだったけど蜂窩織炎がなかなか治らなくて今は目標は9月復帰だな。体操に行ってもヨガに行っても筋肉がなくてふらふらしていたら話にならない。朝晩の涼しい時間に少しずつ歩こう。暑いからと言って家にばかりいてはどんどん老化するばかり。5日の水曜日はカラオケとランチの予定。もちろん行くつもり。けれどカラオケはうちから歩いて5分だけどランチは10分くらい歩く。いつもなら車で来ている人がいて車で連れて行ってくれる。今回はその人は来ないので歩くしかない。いつもならそれくらい歩いてもどうということはない。でも今は違う。足の痛みはないけど、最近歩いていないからなかなかうまく歩けない。体操の先生の言われるように80歳になっても歩ける足になりたい。歩いて行きたいところへ行けないと人生楽しくない。完全に足が治ったらどんどん出かけるつもり。早く完全に治りますように!ほ
2026.08.02
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昨日私がエアコンのリモコンを紛失した事件で、夫が本棚を動かしてその壁との間に落ちているのを見つけてくれた。その時本棚の上のものを私のベッドの上に仮置きした。棚の上に置いていたのは次女の結婚式の写真とか2人の孫ちゃんの赤ちゃんの時の写真と亡くなった実父の写真・なんだかごちゃごちゃしているので模様替えをすることにした。本棚の上には次女の結婚式と2人の孫の写真だけを置いて父の写真を移動することに。けれど父の写真はガラスの写真立に入っていて重い。昨夜はとりあえず棚の下の段に置いておいた。今朝、父の写真を整理ダンスの上に置こうと思って模様替えを始めた。ガラスの写真立だからもし地震とかの時に落ちてきて割れたら困るので。後ろに支えのあるもの置いても垂れるように置く。でも前にも落ちてこないように写真立の前に重くて滑り止めになるようなものを置かないと。結局前に本を積んで滑り止めにしたら父が上半身しか見えないが、このほうが安全。狭い部屋だから父もわかってくれるだろうと私的には納得。模様替えを終了した。父の写真は私の支えなので目に付くところに置きたい。何かあったら写真の父に聞いてみる。元気なころの父はマラソンが趣味でマラソンで走っているときの写真。そんな父が心臓が悪くなって最後は肺がん、マラソンができるくらい元気だったのに。肺がんは長年タバコを吸ってきていたから仕方ないけど心臓は強いと思っていたのに。今はあちらで父と母が私を見守ってくれていると思う。一度両親の夢を見た。夢で母が父に会いに行こうという。父も母も亡くなっているのにと思ったけど母と一緒にバスに乗ってどこかに着いた。バスを降りたら父がいて母のことはわしがついているから大丈夫、お前は帰れと言われたので乗ってきたバスに乗って帰った。そんな夢。母が迷わないで父のところへ行けたのだと安心した。色々あった結婚生活だったけど、父母は50年以上添い遂げた。今はあちらで穏やかに暮らしていると思うことにする。それから整形外科を受診してきた。整形外科から抗生剤をもらっていたけどあまり効かない久手痛みが取れなかった。火曜日に大学病院を受診して別の抗生剤をもらってきたら、痛みがほぼなくなって歩くのは痛くなくなった。ただ抗生剤で下痢をしているというと抗生剤の副作用の下痢は止めないほうがいいと言わrた。わたしはここで下痢止めをもらえないかなと思ったけど先生がそう言うのでやめた。脱水に気を付けるようにと先生が言う。それから大学病院に行って血液検査をして結果を教えてほしいという。それで次の受診は9日になった。先生は大学病院に薬をもらいに行ったのに、気を悪くしたような様子はなく、血液検査の結果をみたいという。無事炎症反応が収まったか知りたいらしい。最後によくなったかまで気にしてくれる優しい先生だった。来週は5日にカラオケランチ。7日大学病院受診。8日整形外科受診。その次の週の月曜日はお盆参りでお寺さんが来るから、掃除とかお布施の用意とかもある。今度の蜂窩織炎で安静にしていたせいで足がすっかり弱ってしまった。ぼちぼち家の中で運動とか、近くまで歩くとかして鍛え直さないと。筋力がすっかり弱って歩くのも一苦労。少し歩くと腰痛が出る。少し鍛えないと体操にもヨガにも復帰できない。ついて行けそうもない。ぼちぼちリハビリしないと。自主練。
2026.08.01
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暑い。ベランダで洗濯物を干すだけでめまいがする。出来るだけベランダにいる時間を短くするよう、ハンガーにかけるもの、小物干しに掛けるものすべて室内でやってから、ハンガーと小物干しを掛ける。ベランダ滞在時間最短。夫はふざけて私のことを奥方様というけど、奥方様は洗濯物を干したりしない、ご飯も作らない。夫は今回トイレ以外安静と言われた数日は洗濯物を干してくれたけど今はほぼ私。まあ家事もリハビリの一環と思ってぼちぼちやろう。今日は洗濯を二回した。夜汗をかいてパジャマとシャツを着替える。お風呂上りに着たパジャマが汗でびっしょりになるから風邪予防。しかし二回毎日パジャマを着替えると枚数が足りない。それで今日は二回干し。新しいパジャマ欲しいな。冬のパジャマは二枚新調した。夏パジャマは透析していたときのまま。移植して9年目、透析は15年だからパジャマも相当くたびれている。何回もゴムを入れなおした。母が生きていたらそろそろお暇をやらんとというだろう。お暇をやるというのは買い替えの事。古いパジャマを処分して新しいのを買うということ。二回目に干したパジャマ乾くかな。6時ごろまで干しておこう。忘れないよう取り入れないと。夜寝るときに汗をかくのは亡くなった母似。母も汗かきでホームでも夜夜勤の人にパジャマを着替えさせてもらっていたという。夫に夜汗をかかないのか聞いてみた。夫は僕は夜汗をかかないという。そんなことはないだろう、夜もきっと知らないうちに汗が蒸発しているのだろう。それにしても夫、下着は毎日着替えるのに上に着るTシャツは何日も着る。夏だから全部取り換えたほうがいい、Tシャツもたぶん汗をかいている。夫は結婚した時下着も毎日取り換えなかった。匂いをかいでまだ行けると言って2,3日履いていた。わたしが下着を毎日変えるよううるさく言ってようやく下着は替えるようになった。働いているころYシャツも毎日着替えない、何日も経って首のところが黄色くなってからようやく洗濯に回ってくる。そして首のところの黄色が取れていないと文句を言う。だからそこまで着ないですぐ出してくれたらきれいになるとこれも何度も説得した。ダラダラ思いつくまま書いた。そろそろこの辺で。
2026.08.01
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つぶやきに体重計の調子が悪いと書いていた。今朝も体重を測ってみたら急に体重が急増している。体脂肪率も昨日より減っている。何も運動していないのにへるはずがない、体脂肪率一桁なんてありえない。体重もあてにならないようだ。電池を変えてみる。普段は電池を変えるのは私は苦手なので、夫に頼むけどまだ寝ているんを起こすのもなあと思って自分で変えた。でもやっぱりおかしい、昨日から急増している。裏を見たら買ったのは2018年。8年前そろそろ寿命かな?電池以外の故障ならもう買い換えしかないな。夫が起きたら体重計を買いに行こうと提案してみよう。痛い出費だけど健康管理には必須。昨日電池を変えてみようか?と夫に提案したら「この間かえたばかりやろ?」という。この間っていつだよ。この間と思っても結構前かもしれない。正確に電池を変えた日を覚えているわけでない。夫はすぐにそういういい方をするから、ちょっとイラっとする。電池を変えるのは体重計だけでなく私の血圧計もある。夫は血圧計の電池を変える時にも同じようにこの間買えたばかりだろうという。単に面倒くさいだけか?我が家では電池を変えるのは夫の仕事になっている。わたしはどうも苦手。でも体重計の電池を変えたら日付とか再設定しないといけない。夫は逆にそういうのが苦手、覚えようとはしない。設定は私の担当。いちいち西暦から日付、時間まで設定する。電池入れたら自動的に設定されたらいいのに。結構面倒。体重計、あんまり高くないのでいいのがあればいいな。車で行ってついでにパン屋さんにもよってもらおう。昨日買い物のついでに寄ってもらったら何と休みだった。そうだった。この店は月水金しか営業していないのだった。きょうで7月は終わり。7月限定の枝豆パンを買いたいいつもは7月中何回か買いに来るけど、今年は足が痛いし病院通いで忙しかったので一回だけしか行けていない。枝豆パンは今日で終わりだから来年までは食べられないそう思うとどうしても今日行きたい。今足が悪いからどこに行くにも夫の車。本当は夫の免許返上をずっと言っていたけど、本音を言えば今は困る。幸い公安委員会からはとりあえず乗っていいよ、半年後にまた診断書を出してねという手紙が来ていた。認知症外来の先生は多分免許返上になるよと言っていたけど半年伸びた。実際に免許を返上したら、夫は自転車で行ける範囲を徘徊することだろう。とにかく出かけるのが好きだから。何が欲しいということなくホームセンターとか百均とかを見て歩くのが好き。そして無駄な買い物をしてくる。先日も一人でホームセンターに行って車用の扇風機を買って来た。夫、前にも買ってきてトランクに放置している。風が弱くて気に入らなかったようだ。そして今回は風が強い、売り場で展示品を見てきたと言う。でもこれは充電式。夫に充電できるのかな?見たら片方コンセントに入れる形でなく、なんて言ったらいいんだろう、両方ともプラグ?みたいな四角い形。これをどこで充電できるのだろう。モバイルバッテリ-かな。わたしは持っているけど貸したくない。実は私もよくわからない。夫の携帯の充電器も片方はコンセントにつなぐ形。これは使えないだろうな。私も詳しくない。携帯から写真をパソコンに移すときに使う線を買いに行ったときも電気屋さんで携帯を見せてこれとパソコンをつなぐ線が欲しいと言ってみてもらって買った。あの線なんて言うんだったかな?カタカナ語は覚えにくい(笑)またこれも使えないかもしれない。夫は全く無駄な買い物が多い。買っても使えない、使わないものが結構多い。まあ私は家計から出さないから、お小遣いで買う分には好きにしたらいい。わたしの抗生剤による下痢は相変わらず続いている。それが憂鬱。でも足の痛みにはよく効いているし、次の受診まで出ている。途中で飲むのをやめないでとも言われているし。中途半端にもういいだろうとやめたりしたら、逆にウイルスが耐性菌になってしまうらしい。とにかく今は足を治すことが一番大事。蜂窩織炎は繰り返すこともあるらしいけどこの痛みを繰り返したくない。実際移植仲間の一人は2回目を経験している。連休中だったから救急外来に行ったそうだ。別の移植仲間は蜂窩織炎から化膿して骨にまで達して何か月も入院している。移植した私たちには結構怖い病気らしい。普通の人は数日抗生剤をもらって飲んだらすぐによくなるらしい。移植患者は免疫力が低いし、むくみやすい人はかかりやすいし、年齢的にも高齢者がかかりやすいというから該当する条件が多い。これから何に気を付けたら再発を防げるのか?やっぱり自分の体の状態をよく見ることしかないかな。小さな傷でもウイルスの侵入経路になる。傷に気づいたら消毒してそれ以上広がらないようにする。蚊に噛まれてもそこからウイルスが侵入することがあるらしい・
2026.07.31
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新しくもらってきた薬が効いてきて、ずいぶん楽になった。足の腫れはまだ続いているけど、痛みがぐんと減って歩きやすくなった。これ以上怪我のないように階段も慎重に上り下りしている。ところが昨夜から下痢が始まった。わたしは抗生剤でよく下痢をする。下痢止めを飲んだら夜はいったん止まって朝からまた下痢。夫に下痢しているというと、夫が「ゲイリークーパー」とかいう。人の気持ちに寄り添わない人だな。いつもながら"(-""-)"冷蔵庫を開けたら買った覚えのない桃が入っている。夫に「桃どうしたん?」と聞いたら昨日の月命日に桃を買って持って行ったら、義姉が他の人が持って来て桃はあるから持って帰れと言われて返されたという。お供えに持って行ったものを返す?私は非常識に思えた。以前にも義姉はうちが持って行ったお菓子が気に入らなくて、たぶんいったんあけて味見をしたのだろう、箱がなくてバラのまま袋に入って返されたことがある。こういうのはうちは食べないから孫ちゃんにでもあげてという。いやいったん受け取って、味見したうえ突っ返すってあり得ないんですけど?こういうことが度々あると常識のない人だなと思う。夫は持って行った桃が返されても全くなんとも思わない。怒りもしない。普段つまらないことで怒る癖に義姉には頭が上がらないらしい。何も言わない、言えないから余計言いたい放題言われるのかもしれない。いっぺん言い返したらおとなしくなるかも。私はもうすでに疎遠だから何も言うつもりはないけどね。夫もそんな風にずっと言い放題言われて黙って聞いてくる関係でいいのか?と思うけどこればかりは夫がその気にならないとどうしようもない。夫は免許返上して車がなくなったら、義実家へはもう行かないと言っている。車がなければ義実家へはバスを2路線乗り継いでいくか?それともタクシーで行くかしかない。そこまでしていきたくないという。車がなければだんだん義実家とも疎遠になるかもしれない。私は全然かまわない。義姉も若いころから言いたい放題、今一人暮らしになってあまり訪ねてくる人もいないらしいし、寂しく思っているだろうけど、だからと言って今までのことを水に流して仲良くやっていこうとは到底思えない。言った方はとっくに忘れていても言われた方はいつまでもとげが刺さったように覚えている。普段は忘れていても何かあれば思い出す。義姉は私が行かない理由に思い当たることがないらしく、夫にまた遊びに来てと伝えてきた。でも行く気はないし、夫もああいっていたから行こうとは言わない。夫は私が行かないことを何とも思っていないらしい。以前はしつこく一緒に行こうと言っていたけど、最近は私が行かないのが当たり前になっている。多分夫は私がどうして義実家に行きたくないのかという理由に興味がないのだろう。夫のように何も物事を深く考えないで、なるようになると言って、やりたくないことを避けてやりたいことだけをやって気楽に生きられたらどんなにか生きるのが楽だろうね。
2026.07.30
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ネタの宝庫夫が帰ってきた(笑)今日は機嫌が良くて昼食にソーメンをゆでてくれる。今回は量もちょうどよかった。夫が甘酒を買ってきたと言う。夫が冷蔵庫を探してもみつからない。わたし、疑惑の目。本当に買ってきたの?夢でも見たの?(笑)夫冷蔵庫を探し、自分のカバンも空けてみる。いや確かに買って来たという夫。結局冷蔵庫の引き出しに会った。そこにはビールのほか夫の買って来たいろんな飲み物が色々入っている。買ってきたまま飲まないでいるものも多数ある。そこに甘酒の缶は確かに2缶会った。夫はどうせお前は飲まへんやろ?という。わたしは私の分と2缶買ってきてくれたんやないの?甘酒は飲む点滴と言われていて熱中症にイイらしいよと言ったら。夫は1缶では足りないから次また買ってくるという。もう一つの話題。夫は来月の十日に義実家でお盆のお参りにお坊さんが来るらしい。その日はうちにお坊さんが参ってくれる日。だから私は予定を空けた。夫は覚えていなかったようで、どうしよう?かえてもらう?いやお坊さんが来る日なら変えられないやろとわたし。こっちはいいから義実家に行って。その日は長女が来てくれることになっている。どうせ親戚何て来ないから当主?がいなくても同ということはない。こっちの仏壇の話をしたら義姉にどうして弟がいるのにあんたの家で仏壇を見ているのかと嫌味の一つも言われると思うから、黙ってそちらに行ってくれた方がいい。大体夫はうちの両親、特に母には冷たかった。母がまだ一人暮らしのころ、通院とかいろんな用事で夫に車を出すのを頼んでもいやそうにしていた。母が車の乗り降りに時間がかかることにも文句を言ったりしてやさしさのない対応だった。わたしが昔子育て中は実家の両親に散々世話になっているのにそんな態度はないやろ?大体夫が子供たちのことに無関心だったから実家の両親を頼らざるを得なかった。子供たちを病院に連れて行ったり、長い休みには面倒を見てくれたり。だから私は元気なころはパートに行くことができた。そんなことは夫には関係ないらしい。義理でも親なのに。というと夫は僕の親は死んだからという。夫の定義では嫁親は親には入らないらしい。ちょっとびっくりした。でも夫は何に関しても独自の解釈、考えに沿って行動する。わたしが意見を言っても聞き入れない。何事に関しても自分の意見を押し通す。そんな人がお盆にお坊さんがうちに来た時手を合わせても気持ちが伴っていない。それなら自分の実家に行ってくれた方がいい。というわけで今年のお盆は夫婦別々にお参りに行くことが決定した。ロ
2026.07.29
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夜寝る前に飲んだ新しい痛み止めがよく効いて爆睡。よく眠れたのはいいけど、起きたらいきなり足が攣る。すぐに治ったけど多分爆睡して水分を取れなかったから脱水だと思う。爆睡したら夜中起きなくて水分を取れない。寝る前に取りすぎるとトイレに起きて睡眠が中断する。暑いのもあってなかなか爆睡できない。今日のように爆睡はひさしぶり。今日は義実家の月命日。と言っても義両親の月命日ではなく義姉の都合のいい日で毎月違っているし、時には忙しいからか月命日がないこともある。要するに月命日を口実に義姉が弟と妹を招集して会いたい、時には外食をして3姉弟でたのしい時間を過ごしたいからだと思っている。だから私は行かない。というか本当は行かないのは水入らずですごしてほしいということではなくて私が上の義姉に会いたくないからだけどね。そこまでの本音は言えない。多分もしそのことを言ったら、義姉は私にそこまでひどい言動があったとは自覚していないと思うから激怒することだろう。今更あの時のこれと、このときのこれとと過去のあれこれをあげて義姉に言ってもなにもはじまらない。本人に自覚がない以上この問題は私が義姉に会うを避ける形でわたしは納得している。こんな人は結構どこにでもいる。相手がどう思うか全く考えないで言いたいことを言う。いやなことを言われたらスルーして聞こえないふりをしたり、なるべくその人に会う機会を減らす以外の方法は思いつかない。義両親が亡くなった今、無理に付き合いを続けたくない。それでも3姉弟のうちの誰かが欠けたらお葬式とかで会うのは避けられないけど。それより私の悩みは月命日に行くときの夫の服装。何度言っても普段着のよれよれのお気に入りのTシャツに半ズボンで行く。一応よその家に行くならもう少しきちんとしたポロシャツとか綿パンくらいは着てほしい。持っていないわけでないのにわざわざそんな恰好で行ったら嫁の私が笑われる。そう言ってもそんなことはないと言って自分のお気に入りを着ていく。また持っていくお供えも義姉は文句ばかり言うのでもう私は用意しないことにした。何を持っていくかも買うのも夫に丸投げした。一度など地元の高い和菓子店で買ってきてほしいと言われてわざわざ買いに行ったら高すぎるから来る人数に合わせた小箱を買って持って行かせた。なんと箱が小さすぎると文句を言っていたらしい。人の持ってきたお供えにケチをつけるとは呆れた。どうせ何を持って行っても文句を言うならと夫に丸投げすることにした。夫が選ぶと安売りのドーナツとかリンゴ一個とかあり得ない選択。リンゴならせめて2,3個は持って行かないと格好がつかない。でも服装やお供えに無頓着で自分の家族、身内が自分を悪く言うはずがないと思っているのだろう。わたしは行かなくても服装やお供えを見て義姉が何というか想像はつく。服装やお供えは嫁の配慮が足りないと思うだろう。まあいい、どうせ気が利かない嫁と思われているからこれ以上評価がことはないだろう会わない義姉の機嫌を気にしていてもしかたがない。そっちはそっちでたのしくやってほしい。実はこの会を夫も嫌がっている。はっきりとは言わないけどその場の話題は夫の聞きたくないような話題、たぶん嫁の悪口とか人のうわさ話とかなんだろう。それを持って帰って義姉が私のことをどう言っているかを私に言わないだけでもまだましだ。以前なら義母や義姉が私をどう言っているかを私に言うことが多かったのでそれで喧嘩になっていた。夫も少しは賢くなったのかもしれない。これは言わなくていいことだと思っているのか、それとも何を言っていたか忘れていたのかわからないけど。さてそろそろ朝ごはんを食べて夫を送り出そう。9時半義実家集合だけど、たぶん夫は途中でお供えを買うつもりだから今回も遅刻決定だろうな。前はよく義姉から夫が忘れているのかと思って電話がかかったけど最近はこういう時間にルーズな弟だと分かったのか(笑)電話はかからない。夫が出かけたら私はのんびりできるしわたしは快適(^^♪
2026.07.29
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朝から体操の代表さんからメールが来た。足の蜂窩織炎で体操を7月は一か月お休みしている。なかなか良くならないのは日記にも書いている通り。家の中でもゆっくり伝い歩きしている状態で、最低限の食事の用意と、洗濯だけしている。掃除をするほどの元気はないので家の中は荒れている。けさ思いついて私の部屋の鏡台の上と周りだけ少し片づけた。そんな時体操の代表さんからのメール。8月から来られそうですか?一回目の8月7日は私が掃除当番に当たっている。体操が始まる少し前に来られますか?というもの。正直掃除当番は忘れていた。8月7日は大学病院皮膚科の受診になっていて体操に行くのも掃除当番をするのも無理。掃除当番を一緒にする相手に申し訳ないと思うけど代表さんにはそう伝えた。掃除当番の相手には後で電話を入れておこう。掃除当番は今まで何度かやったけど、私は普段はきちんとやっているけど、中には連絡もなく休んで掃除当番を忘れているのか連絡もなかった人もいる。そういう時は代表さんには連絡があったようで私と一緒に掃除当番をしてもらったことがある。今回私が休んだら当番は代表さんが代わりにやってくれると思うけど。今度行ったらお礼を言っておこう。わたしの蜂窩織炎は普通の人はあんまり重症化しないし、あんまり知られていない。私の知人の移植仲間では3人もかかっていてその人たちは長期間入院したり、何か月も治療にかかっていた。わたしの見通しが甘かったなと思う。私は幸い入院するほどの高熱も出なかったけど思ったより長引いている。それを超健康体の代表さんに説明してもどれだけわかってもらえたのか心配だ。暑いからずる休みと思われていないかと思う。実際暑いから7,8月は夏休みにしている人もいるから。実際わたしは病院と車での買い物以外は外出もしていないのだけど。一応お大事にとは言ってもらえたけど。8月も行けるかな?今までコロナやインフルエンザで休んだことはあるけど一か月も休んだことはない。健康な人には何でもない病気が免疫抑制剤を飲んでいる私のような移植患者には結構大変な病気になることをいちいち説明するのは難しい。というわけで朝から憂鬱になっている。
2026.07.27
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朝から整形外科受診。木曜日の血液検査の結果を教えてもらう。大学病院での血液検査では炎症反応が標準値ないで低いから薬も出せないし何もできないと言われたのに、ここでの血液検査結果では標準値を越えていて、抗生剤をもらっって来た。何でこれほど診断結果が違う?検査日や条件が違うとしても。この次整形外科に行くのは8月1日。再度血液検査をして経過を見てもらう。次の大学病院皮膚科、血栓内科の受診は8月7日。前回の緊急の予約外受診の時の先生とは違う先生の予約。その時の先生から聞いているかもだけど今の経過、整形外科で薬をもらっていることも話すつもり。わたしとしてはその時夜もよく眠れないほど痛いと訴えても、薬は出せない、何もできることはないと言われたのは納得できていない。多分皮膚科の受診は蜂窩織炎の治療が終わる確認だと思うので、今後はしばらく受診はしないと思う。だから納得できない点をしっかり聞いて来ようと思う。わたしは大学病院で腎臓移植をしているので、移植患者は移植した病院とは一生の付き合いになる。移植した人のその後の管理はどこの病院でもできないので、(免疫抑制剤の管理が難しいらしいから)一生の付き合いなら疑問に思うことはきちんと聞いて解決しておきたい。信頼関係を持てない医師と一生の付き合いはできない。大学病院では転勤とかで主治医が変わることもあるけど。医師となんでも話せる信頼関係を築きたいと思っている。
2026.07.25
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先日つぶやきに書いたうちの階段の下の手すりのない3段分に手すりを付けてくれるよう夫に頼んでいた。介護保険が使えるようになったら安くつけられるけど今はまだ業者に頼むのは高いので。今日は夫の整形外科受診の後ホームセンターで手すりを買って来た。って言うか夫なぜかパイプにこだわってパイプのコーナーへ。そこにいたスタッフさんに手すりを探していると言ったら手すり用のを使った方が滑らなくていいと教えられて別のコーナーへ。手すりは木製のと金属製がある。私は今ついている金属製の手すりは冬場には冷たいので持ちにくいと木製を頼んでいたのに、夫が私の意見を無視して金属製がいいと言い張る。何度言っても私の意見を聞く気がないから私も腹が立って出口の椅子に移動する。足も痛かったし。夫は金属製の手すりと取り付け部品を買って出口に来た。暑さのせいや足の痛みのせいもあるけど最近は夫にイライラする。人の話を聞いていなかったり、何度も聞いてきたり、私の意見をスルーしたりするから。ずっと家に引きこもって夫以外の人と話すことがないから余計にイライラするのかもしれない。夫の嫌なところがどんどん目立って来てイライラマックス。とりあえず帰宅後は手すりを付けてくれた。わたしは一応ありがとうとは言ったもののまだもやもやしている。いつか介護保険が使えるようになったら夫の手すりを木製に総とっかえしよう。夫は自分のつけた手すりの耐久力に自信がない。あまり力を入れないで持つようにしないと危ないという。力を入れてしっかり持ったら危ないような手すりは困る。特に下から上がるときは手すりを力を入れて持って体を引き上げる感じになるから、体重をかけるなと言われてもね。当分また夫は手すりに力を入れるなと何度も言うことだろう。夫はいろんなことにこだわりが強いので一度言い出したら何度も同じことをしつこく言い続ける。ただでさえ暑いのに夫の説教モードは勘弁してくれ。
2026.07.24
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朝、リビングで夫に腹が立って二階に昼まで籠城していた。お昼なので仕方なく下りて行って昼食。夫が今日買い物に行く?と聞くので行くことになった。夫はテレビを見てなかなか行こうとしない。挙句マッサージいすで寝だした。しばらく二階でわたしは準備して一階に下りたら夫が今からパチンコに行くという。え?買い物に行くって言ってたやん?パチンコ?もうええわ!と本日二回目の怒り。夫は本当に買い物に行くのを忘れていつものようにパチンコに行こうとした。悪気はないのはわかっている。認知症だから5分前に話したことも忘れてしまうのは仕方ない。そう思おうと努力はするけど腹が立つ。何とか買い物に行くことになったけど、夫全くマイペースで車の中でも、お店の中でハイテンションでうるさい。足も痛いしイライラっとして夫に言った。「ついてこんといて、恥ずかしいから離れて歩いて」いつもはそんなことは言わないけど、今日は我慢できなかった。そこまで言われても、夫は自分のしゃべりが私をイライラさせていることに気づかない。今日は特にイライラする。今月は出かけるところと言えば買い物と病院ばかり。夫は毎日好きなパチンコに出掛けているのに私は今月、カラオケも行けなかったしランチも行けなかった。わたしの体調もあって足も痛いので家にこもりがちだった。それもあってイライラしていた。これからもこんな風に夫に振り回されるだろう。夫の認知症は治らない。いつまでこんな日が続くのか?いつまで夫の面倒を見るのか?今日は暗い気持ちになった。アラジンの魔法のランプの精みたいに、私が何か頼みたいときだけ出てきてくれたらそれでいい。普段のお守りはしたくない。憂鬱"(-""-)"
2026.07.20
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新婚当時はせまい2DKのアパートに住んでいた。子供も生まれるし早く一戸建てを買いたいと思っていた。もちろん買った当時は張り切って掃除していた。でも私はもともと掃除や片付けが苦手。広いと思った家もだんだん子供が生まれて物が増えて狭く感じるようになった。ローンで苦労して買った家を、娘たちはもっと広い家がよかったなどと言う。親が苦労して買ったから自分の部屋も持てた。少しはありがたいとは思わないものかね。わたしなんて自分の部屋はなかった。弟と同じ部屋で2段ベッドを置いてその空間だけが私の部屋だった。そして今は年取ってますます掃除がおっくうになり、また今は足が痛いから家の中を移動するだけで大変。そんな豪邸でもないのに。リビングがこんなに遠かったかな?と思う。いつもはすたすた歩けるのに。あの狭いアパートが懐かしい。当時家賃は3万円。不動産屋さんに毎月台帳をもって支払いに行っていた。昭和だね(笑)今もそのアパートはあるみたいだけど家賃は駅近だから値上がりしているだろう。でもこんな風に体調が良くない時、あるいは年末で大掃除しなくちゃというとき家なんていらなかったな、狭いアパートなら掃除も楽だったのにと勝手なことを思っている。夫は子育てて大変だった時も今のように体調が良くなくても家事なんてほぼ手伝わない人。掃除機なんてほぼかけたことがない。もしかしたら掃除機をどこにしまっているかも知らないかも(笑)夫、おととしの年末から宣言した。大掃除僕は何もするつもりはない。夫の掃除担当はお風呂、それでも新婚当時は何もしなかったのだから一応進歩カナと思うけど、夫が掃除するのは浴槽だけ。浴槽の蓋とか洗い場のタイルは汚れたまま。それを指摘したらそれはお前がやったらいいってそれではお風呂掃除を担当してちゃんとやっているとは言えない。よく平気でそういうことを言えるなと思う。要するに面倒なだけ。独身で義実家にいたころは義姉たちに大掃除くらいやりなさいと言われてお風呂掃除を担当していたらしい。こんな風に浴槽しか掃除していないと、義姉にめちゃくちゃ言われているだろうな。そして自分の片付け、部屋の掃除もやらない。夫は自分の布団も干さない。わたしが以前見かねて布団を干したら、勝手に部屋に入るなと怒るからそれからはノータッチ。夫の部屋はほこりまみれで布団も万年床。使いもしないのに、娘たちが高校を卒業して机を処分すると言ったら、僕がもらうと言って机を部屋に入れた。でも机で書き物とかもしないし、机の天板にはほこりが積もっている。年末、ぞうきんを渡してそこだけでも拭いたらと言ったこともある。汚い部屋が落ち着くのか、年末でさえ何もやらないでパチンコだけは皆勤。それでも本人がいいなら勝手にしたらいい。あれで喘息とかならないのが不思議だ。娘たちには家の中で一番汚い部屋と言われている。去年夫が大掃除何もやらない宣言をしたから私もやる気をなくした。わたしもやらないと言って本当にほぼやらなかった。家中の部屋の掃除機をかけただけ、こたつの上とかテーブルの上を少し片づけただけ。リビングのこたつの上には夫の私物が一杯。うちはご飯はリビングのこたつの上で食べるけど2人なのに食器を置く場所が狭すぎておけない。お正月くらいはと夫の私物を片付けようとすると夫は文句を言う。目の前に時計や眼鏡、ペンとかはさみとか自分が使いたいときに目の前にないといやらしい。わがままだ。時計や眼鏡は夫の席の前でいいとしてもペンやハサミの文房具はペン立てに入れるべきとわたしが言っても聞く耳がない。お正月くらいは片づけたいという私の意見は私のわがままと一刀両断。もうつける薬がない。もし私が先だったらこの家は間違いなくゴミ屋敷になるだろう。夫の唯一の家事、ゴミ出しもゴミ袋が一杯じゃないから出さないとか、多いから出さないとか言ってごねる。特に夏場は生ごみが匂ってコバエとかわくからたとえゴミ袋いっぱいでなくても毎回出してほしい。そしてコバエがゴミ袋から出てこないように口を閉めてといくら言ってもわいたらスプレーを振ったらいいというばかり。いやわく前の予防の方が大事。わいたらスプレーという話ではない。話が通じない。"(-""-)"暑いのに毎回同じことを言うのも疲れた。夫が非協力なので私もかたづけをやる気にならない。今は足も痛いから私も片付けや掃除ができない。動かない夫、リビングのマッサージいすが定位置で動かない。まるで置物(笑)電話が鳴っても取らない。置物だから期待するほうが無理か?(笑)といつものように夫の愚痴を吐きかけたら止まらなくなるので今日はここらへんで。早く足を治して掃除機を掛けたい。今は洗濯とご飯を作るだけしかできない。それも休み休み。思うように動けないからイラっとする。イライラしたら余計に暑くなる"(-""-)"
2026.07.19
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以前私がひざを悪くしたとき、歩くのも大変だった。その頃は今より10キロ以上体重が重かったから痩せたら治るかと思っても、急には痩せられない。その時夫が言った。車いすを買おうという。まあ夫なりに私のことを考えてくれたのだろうと思ったけど。夫は1台車いすを買って義実家と一緒に使おうというもの。夫に聞いた。一緒に使うってどこに置いておくの?使うときはいちいち義実家にとりにいくの? うちに合ったら義実家が使うときは持っていくの?2台買うのはもったいないと思って1台で済ませようと夫が名案を考えたつもり。でも私がそれを指摘したら結局自分が車いすを運搬する用事が増えるだけだと気づいたらしい。義実家にあるのを夫がもらいに行ったら、どこかへ遊びに行くのかとか遊んでばかりだなとか嫌味を言われるのが落ち。それに今後一生車いすを使うわけではないから。まだ買わなくていいよね?ということで立ち消え。そういえば結婚直後にボーナスでマッサージいすを義実家と私の実家に2台買って贈ろうと言われて面食らったこともある。マッサージいすは結構高価でそれを2台も買ったら結構な値段がする。わたしは私の実家は狭いからそんなの要らないと返事した。置く場所がない。あきらめきれない夫は義実家に話したら、なんと旧式だけど義実家にはすでにマッサージいすがあるから二台もいらないという返事。まずあるかどうか確認してから提案したらよかったのに。マッサージいすはリビングの物置になっているから、夫は忘れていたらしい(笑)わたしが移植した直後、トイレの回数が激増して夜中も何回もトイレに行っていた。透析中はほぼ無尿だったから私の膀胱は小さくなっていたため回数は一日30回以上になり、夜も7,8回行って眠れない。夫はまたひらめいた。私の部屋におマルを置いたらいい。私の部屋は2階の一番奥でトイレは一階の階段の下。夜中に階段を上がり降りするのは危ないからという。わたしは夫に言った。朝それをもってトイレに流すのは私?そんなの余計な仕事が増えるだけ。そして階段を物をもって降りるのは帰って危ないし。そんなのは必要ない。いよいよおマルが必要な高齢者になればわたしは一階で寝るから必要ない。夫は何も考えないで思い付きで提案する。まだ暴走して勝手に買ってこなくて不幸中の幸い。ただでさえ、場所を取るマッサージ機や車いすを勝手に買ってこないでね。
2026.07.19
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足の痛みが変わらないので今日は整形外科を受診した。前から通っている整形外科で今回の足の経過も話している。木曜日の大学病院での受診結果も話した。先生は痛みが続いているから、抗生剤を出そうと言ってくれた。私のような移植患者は飲めない抗生剤や鎮痛剤が多い。先月大学病院で出たのと同じ抗生剤を処方された。今お昼ごはんを食べて飲んだところ。今回大学病院の診断とはいえ、薬も出ないし何もできることはないと言われて本当にがっかりした。痛いのに何もしてもらえない。それがここでは痛みを納めるために抗生剤を出しましょうと言ってもらえた。以前地元の病院の整形外科を受診した時の話を思い出した。その時は外反母趾、結構ひどかったので先生は手術が必要と言われた。それで私は腎臓移植をして大学病院に掛かっているから相談してきますと答えた。大学病院では診断書を書いてもらってきてと言われた。次回の診察時にそのことを医師に伝えたらなぜか怒り出した。手術が絶対に必要だなんて言っていないという。もし私の聞き間違いだったとしてもそんなに怒ることはない。そして次の予約もリハビリの予約もしてもらえなかった。大学病院を出したから医師のプライドを刺激したのか、気を悪くしたのか?大学病院ではもしも何かの手術するときは必ず相談してほしい、何ならここで受けてほしいと言われている。大学病院に報告して指示を仰ぐのは当たり前だと思うのに。患者の立場から言わせてもらえば、紹介状とか診断書は今はインフォームコンセントということもあるから、患者が望めば気持ちよく出してほしい。ちなみに透析患者の知人は転院のために紹介状を依頼したら出してもらえず、医師会を巻き込んだちょっとした騒動になったという。患者会の上の人から透析医会の偉い人に話が行って結局その先生はしぶしぶ紹介状を書いたということだ。転院に必要な紹介状は患者の権利だけど、それを理解しない先生もいるんだろうね。それからそこの整形外科には行っていない。地域で評判が良くていつも長時間待つところだったけど、私には合わない。結局外反母趾はそこでのリハビリでよくなって今は痛みもない。リハビリ担当の理学療法士の人は手術何て必要ないと思うけどと言ってた。それから今日行った整形外科はネットで調べた。先生は信用できそうで説明も丁寧。待合室には椅子は10脚しかなくてあんまりたくさん予約も入れていない様子。受付や看護師さんの対応も親切で、少し遠いのが難点と言えば難点だけど、私は市からもらっているタクシー券もあるからタクシーで通ってもいい。病院も医師もいろいろ。自分に合う人を選ばないとね。信頼関係を持てない医師とはいい治療ができない。
2026.07.18
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ここまでの経緯を簡単に説明すると、ちょっとした交通違反(進入禁止)をして罰金を払った後、公安委員会から認知症講習を受けるようにと言われて受ける。そして認知症外来に行って今の状態を調べてもらって診断書をもらってくるようにと言われた。それで去年から認知症外来に通うことになった。夫は免許返上を渋って、診断書提出とか公安委員会の嫌がらせとか言う。公安委員会に主治医の診断書を送ったら免許返上、もしくは次回も診断書提出になるかもしれないけど、先生は多分今回が最後だろうという。いよいよ返上になるかも。わたしは前々から夫は道を間違えたりするのでそろそろ返上してほしいと言っているけど聞く耳がない。今77歳だけど、夜は乗らない,高速には載らない、近所への買い物だけなら80歳くらいまで大丈夫と根拠のない自信がある。亡くなった私の父は87歳まで乗っていたとかも言う。何歳まで乗るか、乗れるかというのは一人一人違う話。認知症も若年性認知症というのもあるから、若いから大丈夫ということもないようだし。夫の免許返上に向けて買い物を宅配スーパーに移行しつつある。車がなければないように暮らすしかない。最初は不便だと思うかもしれないけどすぐに慣れる。認知症の人間が車を運転しているなんて言うのは怖いこと。事故でも起こせば取り返しがつかない。いくら言っても夫には他人ごと、今日も主治医にぼくは認知症とは思っていないと発言していた。自分で自分が認知症と認める人は少ないらしい。むしろ認めたくない人がほとんどだと思う。今日夫は、主治医に車を捨てないとと言っていたけど、まだまだ揺れ動くと思う。実際に免許返上するまでにまだまだかかりそうだ。夫は19歳で免許を取って60年近く乗ってきた。なかなか決心がつかないだろう。免許を返上したら少なくとも事故の加害者になることはないだろう。車検代や保険料も年金生活には負担が大きい。免許を返上したら近くは歩くか自転車。あるいはバスや電車。わたしは市からタクシー券ももらっているし。なんとかなると思っている。うちは駅にも近くて便利なところだし。なんとかするしかない。
2026.07.17
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透析をしていたころ、いろいろな食事制限があったけど一番つらかったのは水分制限。一日に飲めるのは500ミリリットル。これって3回の食事あとのお茶だけしか飲めない計算。冬場はまだいい。夏は熱中症の心配がある。熱中症にならないように水分を制限するのは難しい。透析をしていた知人が熱中症で意識不明になりICUに長期間入っていた。本人はけろっとして退院してきて、おかげで苦労しなくて禁煙できた。意識不明の間タバコを吸わなかったので禁断症状なく楽にタバコを止められたという。彼は厳格に水分制限を守っていた。でも夏場は考えないと。わたしは夏場は勝手に水分制限を緩めていた。汗もかくからそんなの守っていられない。透析患者の中にはほぼ家では寝たきりで汗もかかない人もいる。そういう人は500ミリリットルでも足りるかもしれないけどわたしは無理だと思った。でも水分を取りすぎると透析の時に足が攣ったり、血圧が下がったりして透析が大変になる。今はベッドの下にペットボトルにお茶を入れておいている。夜中目が覚めたらそれを飲む。でも透析のころはのどが渇いて夜中に目が覚めても、階下に行って水分をとろうかどうかしばらく悩む。今の乾き具合と透析の時の不調を天秤にかけて我慢しようとする。出先でお茶や飲み物を勧められても制限があるからと断る。透析患者の水分制限をしらない人も大勢いて、食事の制限は知っていても、水分は尿で出るから飲んでも大丈夫という人がいる。遠慮だと思って無責任に飲み物や食べ物を勧めてくる人もいる。なかなか人には理解されない。私も自分が透析を始めるまで食事が制限があるのを知っていたけど、水分の制限があるのは知らなかった。透析を始めた後何でだったか忘れたけど、入院した時に検査か何かで食事が遅くなったことがあった。病室に戻ると、私の食事にラップが掛けられていて、コップにはすでにお茶がいれてあった。お茶はコップに半分ほど。食事を持ってきた看護師さんがお茶も入れてくれていた。寒い時期だったので食事はすっかり冷めていて、お茶も冷たい。それを食べながら悲しい気持ちになったのを覚えている。これからずっとこの水分制限が続くのかと気持ちが落ち込んだ。そんな水分制限のある透析を15年やった後、思いがけず移植の機会に恵まれて今は水分制限は全くない生活。逆に水分をたくさんとらないと水分摂取を奨励される。一日に2リットルと言われる。そんなに飲めない。でも夏場は水分を制限なしに取れるのはうれしい。移植した腎臓は水分を取らなくて脱水になると、機能しなくなるという。移植した腎臓が機能しなくなるということは、その腎臓を取り出してまた透析に戻るということ。それは絶対に避けたい。移植した患者はたぶん皆絶対に透析には戻りたくないと思っていると思う。だから今は逆に脱水や熱中症に気を付けて水分を十分とらないといけない。他の食事制限もほぼなくなって自由に飲食できる。ある移植患者の人は毎日が幸せでありがたいですという。水分制限がなくなって自由に飲食ができる当たり前の生活が帰ってきた。彼女は移植が実現したのは旦那さんが自分の腎臓を移植しようと言ってくれたからだから旦那さんにはいつも感謝しかないという。わたしは献腎移植でどこのどなたかわからないし、教えてもらえない誰かの腎臓をいただいた。もちろん私も毎日飲食を自由にできることを毎日腎臓をくださった方に感謝している。時間的にも週3回の透析がなくなって、毎日を自分の好きなように過ごせる。これも大きな喜びだ。朝起きて、ああ今日は透析だと思うのは憂鬱だった。透析は一回4時間で前後の移動時間や、透析後不調だったから病院で休むこともあるから6時間くらいは拘束されることもある。それが完全に自由に自分の好きなように出掛けたり、家で好きなことをできる。今年も例年以上の酷暑だけど、全国の透析患者の方々には水分制限で大変な夏だと思う。何とか今年の夏も乗り越えてほしい。長生きしたら移植の機会やその他の別の水分とかの制限の少ない治療法が発見されるかもしれない。最近は移植の機会も増えてきたけど、高齢の方や持病が他にもある方にはなかなか難しい。移植以外の体に負担の少ない治療法が出来てほしい。すべての透析患者が飲食の制限のない毎日を取り戻せることを願っている。
2026.07.15
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昨日の日記に体調不良というのを書いた。一番困っっているのは足の痛み。蜂窩織炎の足の痛みはほぼ良くなったところだったのにまた新しくけがをしてしまった。二階に行こうと階段を上がっていたとき、最後の段をもう上がったと勘違いして階段の一番上の横板に思い切り足をぶつけた。金曜日の事。それからシップを貼っているけど全く痛みも腫れも引かない。わたしは普段からおっちょこちょいなのでよくぶつけたり転んだりして、よく青あざができている。中には結構大きな青あざができているのに、どうしてできたのか自分でもわからないこともある。血管がもろいから青あざができやすいようで、大きな青あざでも痛くなかったりする。でも今回の青あざは腫れて痛みが強く今までのとはまるで違う。湿布をしても全く変わらないのでもしかしたら骨折と思って朝から整形外科を受診した。今日の午後の予約を取ったら、その後クリニックから電話が来て、どんな様子ですか?痛みが強いようならすぐに来ますかといわれて午前中になった。あわてて夫の車で行ってきた。レントゲンの結果幸い骨に異常はなくて痛み止めだけもらって来た。わたしは腎臓移植をしているので痛み止めや抗生剤も使えない薬が多い。先生がくれた痛み止めは多分余り効かないと思う。でも飲まないよりはましだろう。とりあえず今日は家でゆっくりします。整形外科次の受診は18日土曜日。今日のもう一つの決断は腎移植の会の役員をやめる件。春頃からずっと考えていた。私の体調不良が続いて今は大学病院の5つの科に通院中。夫も認知症と糖尿病で診察や検査に付き添ったりということも増えている。もう私には気持ちの余裕がなく役員は続けられない。いつ言おうか?とタイミングをうかがっていた。この月末にもオンライン役員会があるけど、それで秋のイベントが決まればもっといいだしにくくなる。やめるタイミングは今しかないと思って思い切って役員のライングループに今朝メールした。本当はちゃんと顔を会わせてやめる話をするのがすじだとは思うけど、なかなか顔を合わせるタイミングがなくやむを得ず、こういう形になった。一応了承しましたというメールが来てやめられたらしい。ほっ。とりあえず肩の荷が下りたというか、役員の仕事は終わったので気が楽だ。わたしは私の治療に専念しよう。
2026.07.13
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以前野菜ジュースを3ケースもらった。長女と次女に1ケースずつあげた。残りは1ケース。夫は飲まないみたいなので次女のところへもっていこうとしたら夫が文句を言う。いやかわいい孫の飲ませたいと思うのをなぜ怒る?夫が飲むからというので最後の一ケースはうちに置くことになった。しかし飲まないから消費期限が迫ってくる。夫にこれどうするの?と聞いたら夫は賞味期限が過ぎていても飲めるから僕が飲むと言い張る。だから冷蔵庫で冷やしていた。少しは飲んでいるようで残り4缶になった。今日夫と買い物に行ったら別の紙パックの野菜ジュースを箱ごと買おうとする。まだ家にあるからいらないと言っても僕が出すからと言って聞かない。夫のビールと野菜ジュースで千円出すというからそれでは足りないと言った。夫は野菜ジュース何て1箱でも500円くらいのもんだろうという?そんな値段では多分ないよ。とわたし。夫は千五百円と値を上げる。私は二千円と言った。結局二千円もらった。もともとビールとあては夫が出すことになっている。お小遣いの値下げの代わりにそういうことになった。夫にいくらお小遣いを渡してもきりがない。パチンコなんてどぶに捨てるようなもの。わたしは甘い顔はしない(笑)特に今日はもう11日だから無駄なものは買わない。年金生活だからね。今月も締まって行こう(笑)ということで夫は帰ってから約束通りに冷蔵庫にあった野菜ジュース4缶あるうちの2缶を飲んだ。夫は大丈夫というけどそれ、去年末で賞味期限が切れているよ。まあ夫が大丈夫というなら夫は大丈夫なのだろう。わたしは飲まないけどね。
2026.07.11
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夫はエアコンをつけたがらない。さすがに7月に入ってからはめちゃくちゃ暑い。湿気もあってムシムシしている。わたしは朝起きてリビングに下りたら、まずエアコンをつける。夫はしばらくしたらエアコンを勝手に切ってしまう。わたしは暑いと思ったら5月でも6月でもエアコンをつける。夫はエアコンはまだ早いと文句を言う。いや何月だからまだつけない。何月になったからつけるというものではない。気温と湿度でつけるものだ。何度言っても理解しない。エアコンをつけないと熱中症になる。寝ている間に熱中症になることもあると言っても夫は自分流。朝起きても暑くて眠れないというからエアコンをつけているのかというとつけているという。タイマーにしているのか聞くと寝る前5分くらいつけて冷えたと思ったら切って扇風機に切り替えると言う。扇風機何て暑い空気を回しているだけで、涼しくならない。エアコンも5分くらいではすぐに暑くなる。一応寝るときには水分補給のために寝室に水筒を持っていく。水分は取っているようだけど、暑さには強いと妙な自信があるのか?それとも認知症のせいで暑さもわからないのだろうか?毎年夏になると高齢者がかたくなにエアコンをつけないで熱中症で亡くなるニュースがある。それを見ても夫は自分のことだとは思わないようだ。亡くなった母も認知症だった。いくら言っても暑くないと言ってエアコンはつけない。扇風機もつけないこともある、窓からいい風が入っているからそれで十分だという。無理にエアコンをつけて帰ってもすぐに消してしまう。エアコンを消さないようにリモコンのチャイルドロックにしていたら、踏み台を持って来て高いところにあるコンセントを抜いてしまう。母の頑固さには手を焼いていた。認知症になると暑さも感じないのかもしれない。母の居たホームでもエアコンの管理は事務室でしていて、入居者が勝手に切ったりできないようになっていた。それでも夏でも長袖とか冬のような恰好をしている人もいた。わたしは夫がリビングのエアコンを消してしまうと二階に行って自分の部屋のエアコンをつける。電気代がかかるとかもったいないとかいう意識があるのかもしれない。夏場電気代がかかるとしてもそんなところを節約して熱中症にはなりたくない。死なないまでも入院とかになったらそのほうが高くつく。そういえば夫の実家でもエアコンはほとんど稼働していない。わたしは亡くなった父が冷暖房の取り付けや修理の仕事をしていたので比較的早くからエアコンが家にあって、つけるのが当たり前のような環境だったから電気代を気にしてつけないなんて考えられない。昔の夏の暑さとはけた違いの暑さなのに理解しない夫の頑固さには手を焼いている。
2026.07.11
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先月靴の中敷きを作ろうと思いついて家の近くで整形外科で靴の中敷きを作るシューフィッター?装具士?の人が来るところを探した。少し離れているけど町内で見つけて予約した。行ってみていい中敷きを作るには靴も大事と言われてあるメーカーの靴を勧められた。スニーカー、結構お高い。教えてもらってお店に行ったらちょうどセールをしていてかなり安く買えた。2,3日はちゃんと履けていた。ところが蜂窩織炎に掛かり足の甲も腫れてきた。靴を履いてみたところ全然入らない。これはまずい。蜂窩織炎が治るまで靴は履けないからきちんとした中敷きは作れない。仕方ないので整形外科の予約と装具士さんの予約をを事情を話してキャンセルにしてもらった。その後大学病院の皮膚科を受診し抗生剤を飲んで少しずつ腫れが引いて来た。先週の金曜日に皮膚科でもう抗生剤は飲まなくていいと言われた。蜂窩織炎の治療は一応終わりで来月一度診察を受ける予定。また整形外科の予約を撮り直さないとと思って今日その靴を履いてみた。一応入ったけどまた少しきつい。もう少しだな。早く新しい靴と中敷きで歩きたい。でも足の甲の腫れが収まらないと正確な足の計測はできない。来週になったらもう一度履いてみて予約を入れられそうなら入れる。そして蜂窩織炎でキャンセルした婦人科検診も予約を取り直さないと。明日にでも電話してみよう。まずは婦人科検診の予約を入れる。今週は夫の整形外科受診(私の整形外科と違うところ)に付き添う予定。夫は認知症なのでしっかり先生の説明を聞いても覚えられない。一緒に行ってしっかり聞いて来よう。来週は認知症外来の受診。この前は私は大学病院の受診で付き添えなかったけど、先生からは今度は奥様も同伴してほしいと言われている。今週はぼちぼちリハビリのつもりで近くを歩いている。月曜日は耳鼻科受診。今日はパソコン、この2つはわりに近くなので足慣らしにちょうどいい。ところがパソコンの帰りに腰痛でパソコンの入ったゴマ付きのバックが重く感じる。やっぱり重いものを持つのはまずかったな。来週はテキスト全部でなく必要なのだけ持っていこう。いつものように全部のテキストを入れたまま来てしまった。そして月末の25日に腎移植の会のオンライン役員会。今年のまだ半分も終わっていないけど、蜂窩織炎を患う前からやめたいと思っている。本当はちゃんと3月末まで勤めるべきなのだけ自分の通院と夫の通院に付き添いとかでいっぱいいっぱいなので役員をやめたいと思っている。わたしはいつ言い出そうかと思っていたけど、オンラインの方が言いやすいし、ここで言っておかないとそろそろ秋のイベントの予定が決まってますます言い出せなくなる。本当は顔を合わせてちゃんとやめたいという話をするべきなのだけど、なかなか秋まで顔を合わせる機会がないし、仕方ないかなと思っている。色々お世話にもなっているから本当は最後はちゃんと顔を見て話したいとは思うけど。いろいろ悩ましいことがたくさんある。一つ一つクリアしていかないと。今年は去年までより一段と暑さが厳しいと聞いているのでマイミクの皆様もご自愛ください。熱中症に気を付けて、元気に9月を迎えられるよう頑張りましょう。(^^♪
2026.07.07
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歌手やタレントで活躍している森公美子さんは、事故で介護が必要になった旦那さんの介護をしている。事故にあってから車いすの生活になり、高次脳機能障害もある。もちろん仕事も続けているので訪問介護とかいろんな人の手を借りている。介護は一人ではできない。そして介護スタッフの人に言われたという。「奥さんは奥さんにしかできない仕事があるのだから、留守の間はご主人のことは私たちに任せて仕事してください。」もちろん生活のこともあるし、森さんは何より仕事が好きだし、仕事をつづけながらの介護は大変だけど、何とか頑張れている様子。実はご主人が事故に会う前離婚話が出ていたという。それがこんなことになり、20年。たとえ離婚話が出ていてもこんな状態の夫を見捨てて離婚はできなかったのだろうと思う。離婚しようかと思う日があっても長年一緒にいた情というものもあるだろうし。今はご主人を施設に預けて時々面会に行くという。面会に行けば車いすを押してお散歩。その時二人は何を話すのだろう。高次脳機能障害というのはどういう状態なのかは私はよく知らない。もしかしたら二人の間に会話は成立しないのかもしれない。でも言葉を交わさなくても二人の間にはきっと暖かい情があふれているのだと思う。今夫の認知症に直面していろいろ悩む私には、いつも笑顔の絶えない森さんのそういう家での生活を知っていろいろ考えた。どういう風に介護に向き合って家族として何ができるのか?これから歳をとっていく私たちにはいろいろ悩ましい問題もあるけど、とにかく何があっても明るく生活したいと思う。
2026.07.06
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蜂窩織炎と診断されて、トイレ以外安静と言われた。完全安静は無理だけど、何とか安静時間多めで対応した。夫にも洗濯を干すとか食器の洗い物とかを頼んだ。なんせ足が痛くて長時間立っていられない。そういう生活を1週間続けたらすっかり足が弱ってしまった。椅子から立ち上がるのも一苦労。これでは日常生活には戻れない。ウオーキングの再開を目標に少しずつ通常運転を始めることにした。まずけさから朝のルーチン、ストレッチを再開。まだふくらはぎが少し痛むものの、毎晩足をあげて寝ている効果が出てきたのかむくみは少しマシになった気がする。もともとむくみがあって形成外科に通っていた。形成外科では弾性包帯の着用を言われてつけていたけど、今回の痛みと腫れで今は弾性包帯は中止している。次の形成外科の診察で再開を相談するつもり。泌尿器科、腎臓内科、総合内科。形成外科、消化器内科はめでたく卒業したけど代わりに皮膚科が増えた。大学病院の5つの科を受診中。今月の受診予定は一応終了して来月まで大学病院受診はない。しかし夫の整骨院や整形外科、認知症外来の受診も私が把握して持っていくもののチェックとかしないといけなくなった。夫は自分の受診予定を把握していない。でも一度に何日はここ、次は何日にこことまとめて言ったら混乱するようで、毎朝二人で今日の予定を確認する。夫にはできることはなるべくやってもらおうと思っている。わたしが足の具合が悪いときは買い物も頼んだけど、具体的に何をどこの店で買うかをちゃんと言わないと買い物できない様子。適当に買ってきては通用しないようだ。夫、僕は認知症ではないと言っていたけど、少しずつ自信がなくなってきた様子で、昨日は認知症外来に私が同行しなかったので少し不安だった様子だ。わたしが一緒に行って主治医の話を一緒に聞いてほしいらしい。先生に公安委員会からの文書、中に書いてもらう診断書が入っているのを見せる時なんて言って渡したらいいか何度も聞いてメモしていた。帰って来て次に診断書をもらいに行くときは一緒に行ってほしいと言われた。今までは私の同行を嫌がるそぶりがあったのに。すこしずつ自分が認知症だということを感じかけているのかもしれない。認知症と言われてからも人生は続いていくから、どう日常生活を送っていくのか?これからどう夫と向き合っていくか、これからもいろいろ問題はありそうだけど一つ一つ乗り越えて行かないと。
2026.07.04
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きょうは大学病院で皮膚科と血栓症内科。月曜日に受診して蜂窩織炎と血栓がおおきくなっているとの指摘で、その後の経過を見るために、今日の受診になりました。月曜日の通院ほどの足の痛みはないけど、やっぱり久しぶりに出かけて(ずっと家の中にいました、トイレ以外安静と言われていましたから)疲れました。来週もトイレ以外安静にしますか?と聞いたらできれば外を歩き回るのはまだやめておいてと言われました。金曜日の体操は今月いっぱい休むことにして連絡済みです。来月から体操復帰のつもりでしたが、8月7日に受診の予定が入ってしまって。復帰できるとしても2週目になりそうです。それで最終的に皮膚科と血栓内科を卒業できればいいな。血栓内科はすでに通院中でその先生は薬を中止して次回は11月と言われている。今回は同じ血栓内科の別の先生で来月再受診、前の先生が中止した薬がまた処方されている。先生同士どう話したのか?話してないのか?何となく微妙。とりあえず皮膚科の抗生剤は中止にして来月7日に再受診。抗生剤と私は相性が悪くて下痢になるからストップになってよかった。蜂窩織炎の炎症はほぼ収まっているけど無理に歩き回らないようにと言われた。あとは足をあげて寝ること、むくみが強いから蜂窩織炎の再発もありうるとのこと。もうあの痛みは御免だけど、再発予防には足をあげて寝ることしかないらしい。あとは血行を良くするようにストレッチとかもいいらしい。血行は悪いし、血管は固いしあまりよくはないけど劇的にはよくならないみたい。早く以前のように自由にあちらこちら行きたいなと思うけど。9月の湯村温泉は無理かな?今回は一人で行くつもりで宿だけは押さえている。素泊まりなのでキャンセル料がかからないうちならキャンセルはできる。夫の状態も気になる。夫を放置してお泊りになんて行けるかな?来月末には新幹線と特急のチケットを購入するのでそれまでには結論を出さないと。今日は私は大学病院、夫は認知症外来に何とか一人で行ってもらった。でも先生からの伝言が予約票に書いて会って次回は同行してくださいだって。やっぱり先生は私から夫の普段の生活がどうかの話も聞きたいらしい。わたしも先生と話したいことはあるので、現時点での夫の様子を手紙に書いて郵送済み。多分そろそろ届いていると思う。先生は先日の検査結果や私の話、自分の判断を総合して診断書を書いて公安委員会に提出する。夫はまだまだ車に乗りたいらしいけど、どうなることか?免許返上という結論になればもう認知症外来には行かないというかもしれない。夫は免許返上されたくないから仕方なく認知症外来に通っているから。色々頭が痛いことだ。夫、僕は認知症ではないと言っているけど少しは心配になってきたらしい。わたしが診察に同行するのをあまりよく思っていなかったようだけど、診断書をもらいに行くときは一緒についてきてとちょっと弱気なことを言う。もちろんついていく。夫に渡したらどうなるかわからない。ちゃんと私がもらって責任をもって投函しないと。とりあえず今月はもう大学病院はなし。次回の認知症外来は17日に夫と同行する。決まっているのはそれだけ。来週の予定はどうするかな?火曜日のパソコンと9日の給食イベント。どちらもうちの近くの施設でやっている。今日はしばらく安静にしていて足腰の老化を痛感した。来週、慣らし運転のつもりでパソコンと給食イベント行くかな?パソコンは今月は7日と14日の2回だけで7月21日から8月末まで夏休み。夏休み前の2回だけだから行きたい気持ちもある。本格的なウオーキングはまだ先にしても少しは歩かないとどんどん足が衰える。高齢者が入院や寝たきりになると歩けなくなるというのを痛感した。年齢が上がるにつれて足腰が弱らないように、せめて現状維持はできるようにしたい。毎日一万歩は歩けなくても5000歩くらいは毎日歩きたい。体操の先生がいつも言っているように90歳になっても自分の足で歩きたい。歩く時躓いて転んだり、今回のように蜂窩織炎とかにならないようにしたい。元気に老後を迎えたい。っていうかもしかしたらいつの間にか老後に突入しているかも?ブルブル。すでに老後ならなおさら足を元気にしていきたい。
2026.07.03
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気が付くと訪問された方がのべ110万人。ありがとうございます。これからもいろいろ日常の事や疑問に思ったことなどいろいろ書いていきますので今後ともよろしくお願いします。色んなご意見やアドバイスなどありましたらコメントもお願いします。
2026.07.02
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脳外科?の先生が書いていた文章を読んだ。自分の認知症の患者さんに進行を遅らせる薬を出す。でもそれは本当に患者さんには必要な処方なのだろうか?と疑問に思っているという。確かに少しは進行を遅らせる効果はある。でも自分がもし認知症になったらその薬を飲むかな?と思ったという。もしそのときまだ現役の医師をしていたら仕事に支障が出ないように飲むと思う。でも引退していたら飲まないという。どうしてか?認知症の患者さんが最後までその人らしく生きるために果たして薬は必要なのだろうか?というのだ。わたしの亡くなった母もその認知症の進行を遅らせる薬を飲んでいた。一人暮らしの時母にその薬を飲ませるためには朝晩母のところに行かなければならない。電話で薬を飲んでねと言っても多分飲まない。誰から手渡さないと飲まない。でもその時私はまだ透析をしていて朝晩通うのは無理だった。ケアマネさんに相談して私の行けないときは朝ヘルパーさんが例えばデイサービスに迎えに来た時飲ませるとか、週に一度お掃除を頼んでいるヘルパーさんがついでに飲ませる。そして夜の薬のために30分ずつ来てもらった。日曜日とお正月とかはヘルパーさんがお休みなので私が出かけた。結構確実に飲ませるのは大変だった。薬をもらってきたら日付を書いてお薬ポケットに入れておく。一人の時母が飲んでしまって数が合わないときもあったし、飲んだというから薬の袋を捨てていないかゴミ箱を探したこともある。ホームへ行ってからはホームの方で薬は管理してもらえた。同居していても薬を飲ませる家族は結構大変だと思う。本人は飲まなくちゃとか言う意識はあんまりないので忘れていても平気だし。でも少しでも進行を遅らせられたらという気持ちだった。薬を出す側のドクターがその薬について飲むべきか疑問に思っているということだ。薬を飲め飲めというより、ゆったりした気持ちでその人のしたいことをやって余生を幸せに過ごすことの方が大事だし本人の幸せということなんだろうと思う。飲んでも飲まなくても進行するし、進行を止めるわけでなく、元通りになるわけでもない。それなら飲まない選択肢もありかなとその先生の文章を見て思った。わたしも今たくさん薬を飲んでいるけど、認知症になれば誰かの助けを借りて飲むようになるのかもしれない。たくさんの薬の管理を自分でできなくなる日が来るのが怖いな。
2026.07.02
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早速新しい炊飯器でご飯を炊いています。説明書を見ながら(笑)説明書によるとご飯が炊けたら知らせる音を選べるという。曲とかベルとか。説明書を見ながら設定しようとしたけどうもうまく行かない。もういいや、炊きあがりを教える音楽なんて言う機能はいらない(笑)続いて炊飯の設定。この炊飯器は普通の炊飯から玄米、おかゆ、パンまでできるらしい。メニューを押して次はどこを押したらメニューの表示が変わるんだ?なるほどメニューを押すたびに表示板の表示の横のマークが下がっていく。表示板の字が小さすぎる"(-""-)"老眼世代には見えにくい"(-""-)"もっと表示を大きくしてくれないと。この炊飯器は3合炊きなので本体も内釜も小さい。だから表示板も小さくて文字も小さいわけか。壊れた炊飯器は10年前に買ったもの。もっと取り扱いがシンプルでよかった。何でもかんでもマイコンをつけて、いろんな機能をつけすぎて複雑になっている。もっと簡単な機能にしたらもっとお安くなるのに、結構値段も高くなっている。子供のころの炊飯器はもっとシンプルだった。昔はよかったってお年寄りの定番のセリフが思わず出る(笑)また10年後にもっと進化した炊飯器はもう使いこなせないかもしれない。今でもこんなにおたおたしているようでは。文明に取り残される。いやすでに取り残されているのかも(笑)しかし笑い事ではないな。とりあえず説明書を見なくても日々の炊飯はできるようにならないと。パンやおかゆはつくれなくていい。などと炊飯器にぼやいている。(笑)
2026.06.23
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最近足の裏が痛い、多分前に整形外科で診断されたことがある足底筋膜炎だと思う。昨日行きつけの整骨院で対応を聞いて来た。朝リハビリメニューが増えた。朝起きる時足先ががちがちに固まっている。どうかしたら朝方足が吊ることもある。そのままでは歩けないので筋肉をほぐす必要がある。布団の中で足首を回したり、伸ばしたりを繰り返す。ベッドに座ってリハビリメニューをする。以前整形外科のリハビリの人に教わったやり方。足の裏でテニスボールを転がす。床にタオルを敷いて足の指で動かしてギャザーを寄せる。足の指の間に手の指を入れて足首を回したり、足の指を上下に動かす。少しずつこわばりが取れてくるとゆっくり歩いて一階へ。おふろの残り湯で足湯に浸かる。残り湯は程よく冷めていて気持ちがいい。そして二階に戻ってベッドでいつもやっているストレッチをする。痛みは取れないものの少しは動かしやすくなる。今日は本当は朝からヨガの予定。でも休むことにした。体重を右足のかかとに掛けると痛むので足を踏ん張るポーズは無理だ。無理に行くより休むほうがいいと判断した。でも家にいて動かないのも足が固まりそうなのでゆっくり歩いてお茶だけは行く。ヨガの後いつも一緒に通っている人とお茶をする。昨夜、ヨガは休むけどお茶だけは行きませんか?とメールした。ヨガの場所よりお茶の店の方が近いし散歩がてら歩いていくつもり。今日は左足の付け根のももも痛むので湿布薬を貼った。亡くなった母も40代くらいからあちこち痛いと言っていて、よく湿布薬を貼っていた。仕事をしていたので休んで病院には行かなかった。湿布薬を貼ってあげたこともあったのを思い出した。年を取るってこういうことかな?あちらこちら痛むのはしかたないのかな?今日は昨日帯状疱疹の予防注射を受けてきた場所も痛む。自分も若くないのを痛感する。多少は動いて痛みのない老後を過ごしたいけど。今日はいろいろな憂鬱を楽しくおしゃべりして発散して来よう。今日と明日は別の友達とランチでのんびりする。明日のランチの相手はうちの近くまで車で迎えに来てくれる。ありがたい。動く日とのんびりする日のメリハリをつけて早く足を治そう。
2026.06.23
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