ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

本と少年


第一部



自己紹介をしよう。

自己紹介。

自ら己を紹介すること。



素晴らしい。



しかし、僕は自己紹介が苦手だ。

自分の事がよく分からないからだ。

1番近い存在なのだけれど、結局は自分とういうのは他人。

そうだろう?

体は僕の思ったとおりに動いてくれないし、考えてもくれない。

14歳の頃、僕は「自分」というものを紙に書き出してみたことがある。



それは、新学期の前の日だった。

自分のことで知っていること。
・親が僕に付けた名前。
・短い歳月を積み重ねた年月。
・男か女か。

書くのが止まった。



次の日、僕は自己紹介をした。

僕の順番は最後。

視線は自然と集まる。



名前は鷲尾 轍です。16歳。渋谷区に住んでいます。
好きなものは本です。本なら何でもいいんです。本なら。



不意に言葉が止まる。

僕の口からは何も出てこなくなる。

教壇の上でたった一人世界に取り残されたかのように立ち尽くす。

皆からの視線は、僕を黒板に押し込んでしまうような圧迫感。

口の中はからからに乾き、のどがひどく渇く。

そのくせ、体中の毛穴からは汗が噴出す。

教壇の端についていた手はカタカタと教壇を叩く。



もう一人の僕が言う。

「名前なんて生まれてからついたもの。

人と人を識別するために付けられた記号。

ペットにもつけるだろう。

あれと同じさ。

僕自身に名前なんか無い。

歳だって本当はないと僕は思う。

大きく分ければ先に生まれたか後に生まれたかになる。

そして経験があるかないか。

それだけだ。

男か女か。

そんなの見たら分かる。」


勿論僕はこんな事はいえない。

無言のまま席に戻る。

拍手はない。







全部関係ない。

名前があろうが無かろうが、歳がいくつだろうが、男だろうが女だろうが、全部関係ない。

人と人との違いなんて、本当に少ない。

遺伝子だってヒトゲノムだって、ヒトとヒトの違いは0.1パーセント程度。

そんな差で、何が僕たちを分けれるのだろう。

同じじゃないか。

同じなのに差別は依然と続いているし、男女雇用機会均等法なんてものは見せ掛けがいやに派手なトタン板で出来た中身のない家だ。

おかしく思うだろう。

だが、僕と同じ世代の人間はそんなことまったく思っていない。

奴等は前の日のテレビの話しか出来ないのだ。

テレビから話を持ってきているわけだから、話さえ自分で作れない。

下らない人たちだ。

小さい頃から話のあった人間はいなかった。

僕が思ったことについての理屈を言えば、彼らの二つの眉は上下逆に動き、ニキビなどが出始めた額にしわがよる。

彼らにとって僕の理屈は屁理屈にしか聞こえないのだ。

そんなときはさっさと僕の話を無視し、テレビの世界へ逃げ込む。

そう、「僕」というチャンネルを残酷に消すんだ。

そんなに好きなら芸能界にでも入ればいいじゃないか。

だが、やつらにはそんな勇気はこれっぽっちも持っていない。

ただ話しているだけで、彼らの話していることに意味などないのだ。










僕たちはいろいろな事に対していろいろな壁を立ててきた。

高くて厚い壁が年を刻むごとに増えていく。

その壁には「言い訳」や「理由」が書きなぐられている。

文字は色に分けられている。

文化が進化する度に壁は高くなり、つなぎ合わせたりもした。

いつしか、壁はひとつになり、巨大なドームになった。

そして、その中でしか僕等は暮らせなくなった。

「人間」というコミュニティの小さな集合体。

人工的な森、人工的な花、人工的な芸術、人工的な味、音、臭い、触感、空、太陽、空気、大気、ヒト。

僕等は猿にも戻れないし、神にもなれない。

死にも勝てないし、自ら生きることさえできない。

何も僕らを救ってはくれない。

キリストだって、仏陀だって、神様だって。

僕らを助けてくれたのは、結局いつもヒト。

ヒト。

ヒトヒト。

ヒトヒトヒトヒト。

ヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒトヒト



















ヒト。

















16歳の僕は親父の車に乗り込み、家を後にした。






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