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「ありがとうございました」
結局最後のサーモンピンクのを選び、とにかく一休みしていこう、と寄ったのは『きたがわ』だった。
「ううん、こちらこそ楽しかった」
ここでも十分辛いけれど、それでも『村野』よりはまし。
美並は苦笑しながらメニューを広げる。
今、村野の穏やかな眼に迎えられると、自分を保てる自信がなかった。それほど真崎が胸の中に居るのかと、そう思うのがまた切なくて。
それでも、諦めると、決めた。
大石みたいに追い詰める前に。
あんな後悔、二度としたくない。
「お皿はここ、フォークとナイフ、グラスは俺のところ」
「うん、わかった」
テーブルセッティングを教える明が一皿ものを選んで、美並も従う。七海は安心した顔で明に全てを任せている。
七海の靄はかなり薄くなっていて、明と居ることで体調もじっくり戻ってきていると教えている。
きっと私は、ああいうふうにはできなかったんだ。
真崎のことをわかっても、癒したり楽にしてやることはできなかった。
だから、もう役目は終わり。次の人にバトンタッチ。
でも、ほんとは。
次の人に。
なりた。
「っ」
自分で思った瞬間に一瞬泣きそうになって、慌てて運ばれてきた皿を覗き込む。
「あー、今日のお魚おいしそう」
「前に来たことあんの?」
「まあね。便利だし。そうだ、今日はここ、奢ろうか」
「いいの?」
俺、かなり食べるけど。
明の悪戯っぽい笑いに任せなさい、と笑い返す。
「今月は余裕があるんだ」
「デート代、全面あいつ?」
情けなさそうな声を明が上げた。
「それは姉ちゃん、あんまりじゃ」
「そんなことしてないよ」
ちゃんと割り勘にしたり、まあそりゃ、奢ってもらうこともあるけど、でも、それに見合うぐらいはまた返してるし。
「何を」
「は?」
「やだ、明さん」
「へ?」
「……おお」
七海が意外にはっきり反応して思わず感嘆した。
「さすが結婚前」
「おい」
「や、」
ぱああっと七海が真っ赤になる。
「可愛いなあ」
「可愛いだろう」
「何を正面切ってのろけてる」
「正面切ってのろけずにはいられないほど七海は可愛い」
「……恋愛は偉大だなあ」
これがとてもとうもろこしを頭の両横に立てて、うし~~とか言って走り回っていた男とは思えない、そう続けると七海が弾けるように笑い出した。薄赤くなった明が冷たい視線をぶつけてくる。
「後で覚えてろよ」
「まだ老化はしてない」
「姉ちゃん、あいつと付き合って性格屈折してない?」
じろりと見遣った明が、コーヒーを頼んで、美並も便乗する。七海はミントティだ。
「あ、そう言えば」
「ん?」
「京介に兄弟って居る?」
唐突に明が尋ねてきて、あやうくコーヒーを吹きそうになった。
「何よいきなり」
「いや、この前『ニット・キャンパス』のHP見てたら、真崎って名字があったから」
「……京介じゃないの?」
『ニット・キャンパス』に参加できたと言っていた、そう思い出したが、桜木通販として参加するのだから真崎の名前が出るわけがないと気付いた。
「いや、違う、えーと、似てるなあと思ってみたんだよ、えーと」
「だいすけ」
「!」
七海がにこりと笑ってぞっとした。
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