駒澤系応援BLOG
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「自分は本当はインタビューで話したくなかった。話せないからやりたくなかった。」 そう言ってヒーローは、顔を真っ赤にして苦笑いをしたそうです。昨日、中日ドラゴンズの石井裕也投手が対阪神戦で3番手として登板。2イニングを2安打無失点に抑え、その後見方が逆転したことで見事なプロ入り初勝利をあげました。石井投手は左耳が全く聞こえず、右耳が先天性感音性難聴。日常生活でも聞こえないというハンデは大変でしょうが、スポーツ、まして集団スポーツとなれば相当の「苦労や工夫」そして、「周囲の理解と支え」がなければ続けられるものではありません。 横浜商工時代には、三振を奪いまくる姿に「サイレントK」の異名がついたそうですね。 その後、社会人野球での活躍が認められてのプロ入りです。プロに入る時は両親は反対だったそうです。当時は終身雇用が保障されている「身体障害者枠」で入社した三菱重工の社員で、「難聴」というハンデを考えれば<せっかく安定した立場を捨てることはない>と考えるのも親なら無理はありません。しかし、最後はどうしてもやりたいという、本人の意思を尊重したプロ入りになりました。最初はストレスからやせて2軍スタートでしたが、すぐに1軍に合流。そして、昨日のお立ち台です。そこで、彼が補聴器を通じて聞こえたものは名古屋ドームの35,000人の大歓声だったそうです。感極まった石井投手は目頭を熱くし、涙声になり言葉が浮かばず、「これからも応援よろしくお願いします」と言うのがやっとだったそうですね。石井投手は「記念のウイニングボールは実家に送ります」とコメントしています。障害を持った青年が、ハンデや困難に打ち勝ち、両親の反対を押し切って入ったプロ野球で涙の1勝です。本当に大変だったと思います。本人の努力の他に、仲間や恩師の存在や支えもきっとあったでしょう。でも、一番支えになってくれた人、感謝の気持ちを伝えたい人は…。 (この間の私の日記じゃないけれど)自分が独り立ちした時に、一番感謝の気持ちを伝えたい人は、やはり両親じゃないでしょうか。障害を持つということは本人も努力したり、葛藤したりしなければなりませんが、実は親も同じです。 まず、例外なく親は自分を責めます。自分の子供を健康に生まれさせてあげることが出来なかったという自責の念です。それはもう、将来を悲観して一緒に心中することさえ珍しくないくらい苦しいことです。きっと、石井投手のご両親も色んな葛藤があったと思います。でも、石井投手は常に両親への感謝を口にするそうですね。そして、昨日も記念のボールは自分の手元に置くことなく、実家に送るとコメントしています。「親に素直に感謝できるお子さん」を育てたご両親も、実に立派だっだんじゃないですか。私はそう感じました…。障害を持った野球選手は有名なところでは、大リーグのジムアボット投手(生まれつき右手首から先がなかったがメジャー通算80勝。ノーヒットノーランも記録)、山本和範外野手(元近鉄・ダイエー。左耳難聴で、努力し2億円プレーヤーになった)、的山哲也捕手(現オリックス。右耳難聴でオールスターに出てMVPをとったことがある)などが有名ですが、的山・山本が障害を持ってたなんて、そんなことみんな忘れてるでしょう。「そういえば」ってくらいで…。石井投手もこれからどんどん活躍して「難聴の石井投手」から「ドラゴンズの石井」に、セを代表する投手になって「障害」なんて「レッテル」を吹き飛ばしてほしいな、と思います。石井投手は「障害者をドームに招待する」プランもあるそうです。がんばれ、石井裕也!
2005.04.18
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