トカトントン 2.1

トカトントン 2.1

2007/08/01
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カテゴリ: 読書
kanojoha

■この小説には主人公を取り巻く何人もの「彼女」が出てくるのだが、それがなぜかみんな魅力的に描かれている。いったいその中のどの彼女が魔法を使ったのかは読んでからのお楽しみということだが、その魔法そのものにはストーリーを動かす何の力もない。ただ単に比喩としての表現にすぎない。

■比喩といえば、この小説の主人公、柚木草平は元刑事、現在はフリーライターのかたわら、私立探偵をしているという設定なのだが、まるで帰国子女のような、翻訳ミステリー調のセリフ回しが小憎らしい。放っておけば平気で「君の瞳に乾杯」なんて言い出すようなチョイ悪ぶりに、あんたはフィリップ・麻ー呂ーか、ってツッコミを入れながら読んでいた。

■樋口有介のこの柚木シリーズは現在においても脈々とその歴史を刻んでいるわけだが、この小説がその第1作にあたるそうだ。だからできれば、最初に手にとるのは本書が望ましい。このシリーズ、昨年あたりから創元推理文庫に移植され続々と発刊中である。

■同じ作者のデビュー作「ぼくと、ぼくらの夏」と比べて、主人公の年齢を38才にせり上げた分だけ、文体と物語がフィットしている。やはり18才の男の子が演じるハードボイルドにはずいぶんと無理があった。制服でバイクに乗ったら3日間、タバコをくわえれば1週間、10時過ぎに女の子の相談にのれば不純異性交遊で学校長注意。そんな謹慎ばかりしている半熟の男の子にフィリップ・マーローなみのハードボイルドは似合うわけがない。

■90年の作品ということで、事件を追い回す探偵は公衆電話を頼り、連絡が取れないとみれば、たとえ深夜であってもタクシーを拾い、被疑者の自宅に押しかける。携帯とメールが日常品と化した現代ではもはや見ることができない追跡劇こそ古き佳き時代の探偵物語の醍醐味でもあった。

■バツイチ、娘ありの中年男ながら、なぜか女性にモテルというこの主人公の造型も、ありがちと言えばそれまでだが、どこか憎めず、哀愁さえ漂う。原寮(うかんむりはなし)の描く沢崎探偵を少しだけソフトにした感じとでも形容したらいいのかな。

■さて、この物語、2時間ドラマの原作ノベライズとしてそのまま使用することができると思う。最初からそのために書かれたものであるかのようだ。もしわたしにシナリオの依頼が来れば、セリフも場面もほとんど変えずにそっくりこの小説をなぞることにするだろう。

■ただできればそれをしたくない理由は、読みながら頭の中で当てはめた女優陣と実際に制作されたドラマに出演する俳優たちとのギャップによって、イメージを損ねる可能性がはなはだ大きいということだ。松嶋菜々子と高島礼子と菅野美穂と宮崎あおいと黒木メイサと沢尻エリカの共演は私の頭の中でしか実現しないものだろう。まして主人公を演じるのは、私自身なんだから、尚更のことだ。





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Last updated  2007/08/01 09:33:33 PM
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Dehe@ Re[1]:カルトQ 2005 北の国から(10/18) adventさんへ ご指摘の通りです。例によ…
advent@ Re:カルトQ 2005 北の国から(10/18) 五郎が読んだ大江健三郎> 開口健ではなく…
しょうゆ@ Re:家庭教師 / 岡村靖幸(09/09) …最後まで岡村靖幸はわからなかったのでは…
背番号のないエース0829 @ Re:ヒトラー 映画〈ジョジョ・ラビット〉に上記の内容…
Dehe @ Re[1]:センチメンタル通り / はちみつぱい(04/17) Mr.Zokuさんへ 情報ありがとうございまし…
Mr.Zoku@ Re:センチメンタル通り / はちみつぱい(04/17) 今年出た[Deluxe Edition]は聴かれました…

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