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2024年02月09日
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先ほど「世界のオザワ」こと、指揮者の小澤征爾氏の訃報が入り
物凄く大きなショックを受けたとこだが、その数時間前に聞いた
この訃報も…ある程度、覚悟はしていたが…激しく動揺したのは
言うまでもない。




立川談志師匠が最晩年、落語には「江戸の風」が吹いていなくては
ならない…という言葉を残した。
この言葉に対して「ある種の逃げ」だと批判めいた意見も私は多く
聞いたが、間違っている考えではないと思う。

噺の後ろに吹いている…というのは正しいことだろう。

確か…その言葉を記した本の中で、家元が「現存の噺家で”江戸の
風”を感じるのは、八代目圓蔵・九代目文楽・五街道雲助」と書き、
雲助師匠が昨年、人間国宝になった際のネットの記事で、家元の
この言葉をピックアップしたものもあった。

私の中で「江戸の風」という言葉にピタリ当てはまるのが…勿論、
一朝師匠や雲助師匠もそうだが…春風亭小柳枝師匠だった。

落語芸術協会のベテランは皆さん個性が強く、己のスタイルを
前面に押し出すタイプが多い中、小柳枝師匠の高座は清涼剤…
というか、夏場にサイダーを飲んだときのような爽快感を常に
感じさせてくれた。…ほかの師匠方に失礼だけど(苦笑)。

「梅は咲いたか」の出囃子に乗り、腰を曲げて「ヘイッ!」という
感じで高座に上がり、ロートーンの美声で、トントンと軽い調子・
堪らないリズムで進んでいく数々の噺に、いつも客席で惚れ惚れ
していたものだ。



「落語芸術協会の至宝」と言い切って、何ら問題ない師匠だった。

その小柳枝師匠が、1月31日に88歳で亡くなったことが判った。
老衰だったという。

実は昨年の暮れ、夏丸師匠から小柳枝師匠の近況を私は聞いており、
「復帰は難しい」ということも聞いていた。しかし、年齢に不足は

本当にショックで…。




私が小柳枝師匠を見たのは、コロナが明けてすぐ?だったか…の
浅草演芸ホール「アロハマンダラーズ」の興行に車椅子で出演され、
十八番だった加山雄三「君といつまでも」を歌われた姿が、たぶん
最後だったと思う。

平成28年に脳梗塞で倒れられて、一度は復帰されたが(そのときの
高座も見た)平成30年9月中席の浅草演芸ホールでの「厩火事」が、
最後の高座になったという。

忘れられない高座も数多くあるが、11年前の夏(7月だった?)の
新宿末廣亭の夜席の主任で聴いた「たがや」の鮮やかさは、今でも
忘れられない。確か20分でバラしたもんね…江戸前だったなぁ…。




もうひとつ、私の忘れられない思い出。

たった一度だけだったが、小柳枝師匠と酒席をご一緒できたのは
本当に嬉しかった。あの時間は本当に宝物だった。

2015年だったと思うが、私をこんなにしたA級戦犯(笑)である
エムズの加藤さんが主催した「四代目柳好トリビュートの会」が
日本橋劇場であったときの終演後。

私の席が保田先生・読売の長井さん・木村万里さん・稲田さん・
石井さん…という、名だたる演芸評論家席の並び(汗)。
それはともかく、終演後にまっすぐ帰ろうとしたら、保田先生と
長井さんの読売新聞先輩・後輩コンビが「楽屋に顔を出すから」
と言うので、私もついていった。桃太郎師匠もいたから。

それで何人かで楽屋口から表に出たら、桃太郎師匠が「帰る」と
仰ったので「それじゃ私も…」と帰ろうとしたら、瀧川鯉昇師が
「君(私のことね)は一緒に(打ち上げに)来なさい」と仰って
くださり、図々しくもホイホイ付いていったのだ。

そのときのメンバーが、小柳枝師匠・鯉昇師匠・五代目柳好師匠・
保田先生・長井さん・私の6人!
人形町にある小柳枝師匠行きつけの居酒屋の2階で、貴重なお話を
伺いながら、美味しいお酒と肴を味わえたのは贅沢だった。

そのときもお酒の飲み方がキレイでね…。それで…前述した
「貴重な話」というのは、落語関係ではなく流行歌関係(笑)。

私の師匠の保田先生と小柳枝師匠は同学年なので、子供のころに
好きだった歌がほぼ同じ。それも戦時歌謡ばっかし(笑)!
酔いが少し回った保田先生と小柳枝師匠が、目の前でノリノリで
「比島決戦の歌」などの、大東亜戦争末期のマニアックな(?)
戦時歌謡を歌いだして、それを30センチぐらいの距離で見られた
この幸福!この贅沢!

のちに(昨年だったか?)このときの話を瀧川鯉朝師匠に話したら
「いいな~!俺も混ざりたかった!」と言われたっけ(苦笑)。

そのとき、小柳枝師匠に「今度、一緒にカラオケで懐メロ大会を
やろう!談志さんの好きだった歌とかも!」と言われ、人形町の
地下鉄の改札口で、固い握手をしてくだったのも嬉しかった。

そのすぐ後、脳梗塞で倒れられ、カラオケ大会が実現できなかった
ことは本当に残念でならない。




私の知るかぎり、噺家さんでも落語ファンでも、小柳枝師匠が
好きじゃない…なんて人は全く聞いたことがない。
落語を愛する人間で、小柳枝師匠のことを何とも思わない人は
皆無だろう。

誰からも愛された、誰からも憧れられた小柳枝師匠。

その師匠が亡くなられたことは、戦後落語黄金時代がまたひとつ
遠くへいってしまったことを意味する。

春風亭小柳枝師匠のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。





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最終更新日  2024年02月09日 22時39分22秒
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