売り場に学ぼう by 太田伸之

売り場に学ぼう by 太田伸之

PR

Profile

Nobuyuki Ota

Nobuyuki Ota

Calendar

2023.03.11
XML
今日3月11日は東北大震災のあった忘れられない日です。

2011年3月1日私は正式に百貨店に復帰、営業本部にデスクをもらってすぐの出来事でした。お店の裏のお客様駐車場を歩いていたら突然トタン屋根がガタガタと音を立てる。なんかおかしいなと思いながら駐車場を抜けたら、出口付近に停車していた佐川急便のトラックが大きく揺れているのを見て大きな地震だと気がつきました。オフィスに戻るとキャビネットの中から書類が飛び出して床に散乱。売り場に出たらディスプレイ用のマネキンは倒れたまま。そのあとも余震が続き、建物が揺れるたびにお客様の悲鳴が聞こえました。

ちょうどその日は前職ファッションブランド企業の銀座路面店がワンブロック先にオープンでした。かつてニューヨークで大型路面店をオープンする予定だったのがあの911テロ事件当日でしたが、またしても11日新店オープン日に不測の事態が起きてしまいました。地震で公共交通機関はストップ、直営店で働くスタッフは百貨店と違って食べるものも休憩所もなく、しばらく帰宅できません。

私は弁当を買って元部下たちに差し入れしようと思ってデパ地下に。しかし、帰宅できない近隣オフィスの方が多かったのでしょう、弁当はすべて売り切れ。焼きたてのフランスパンがあったので生ハム類とバゲットを大量に買って新しい路面店へ行き、近隣の百貨店ショップで働くスタッフにも声をかけて地下鉄が動き出すのをみんなと待ちました。私が利用する地下鉄有楽町線は午後11時過ぎ運航再開、同じ方向に帰るスタッフらと帰宅できましたが、数人はそのまま朝までショップで待機でした。


震災後すぐに支援を呼びかけたラルフローレン

1週間後の3月18日午後、4月に予定していたファッションイベントを開催するか否かを議論する社内会議がありました。会議の直前、銀座の老舗専門店サンモトヤマ(日本で最初にグッチやエルメスを直輸入販売した店)でのアートと家具の展示イベントに出かけました。そこで私は真っ赤なハート型のアクリル樹脂オブジェに釘付けに。作家は遠山由美さん、スープストックトーキョー遠山正道社長の奥様でした。

作品Heart Sutra、真っ赤なハートの中には「般若心経」の解体文字、その創作意図を伺ってびっくりしました。遠山由美さんに注目した米国大手航空会社ユナイテッド航空は2001年9月号の機内誌で彼女にスポットを当て、その表紙には遠山さんの作品、中面の特集欄でも大きく取り上げました。
911 同時多発テロでペンシルベニア州で墜落した飛行機もワールドトレードセンターに突っ込んだ飛行機もユナイテッド航空、その座席には遠山作品が表紙を飾った機内誌、巻き添え食った乗客たちはその表紙を眺めながら最期の瞬間を迎えたかもしれません。

「アートで人の命を救えなかった」、ショックを受けた遠山さんは犠牲者のことを思うと新たな作品に取り組むことができず、しばらく創作活動を中断しました。アーティストとしては複雑な思い、さぞ悔しかったでしょう。そして約1年後に鎮魂の願いを込めて般若心経を解体文字に、それを真っ赤なハート型アクリル樹脂のオブジェに入れた作品を創作した、とご本人から伺いました。

テロ犠牲者への鎮魂作品と聞いて、私は恐る恐る遠山さんに質問しました。「この作品を貸していただけませんか」、と。4月20日に予定している春のファッションイベントを仮に計画通り実現するのであれば、そのキービジュアルにぜひこの作品を使わせていただきたい、そしてキービジュアルを使ったTシャツやハンカチなどをチャリティーグッズとして作らせて欲しいとお願いしました。

オフィスに戻って営業本部長以下幹部に遠山由美さんの作品のこと、それが生まれた背景を説明、これをキービジュアルに被災地で苦しむ皆さんのために予定していたファッションイベントを全館あげてのチャリティーイベントに変更実施してはどうでしょうと提案、社長の賛同も得ました。

Heart Sutraはあくまでもアートピース、これをキービジュアル化するには専門のアートディレクターの力を借りなくてはなりません。日本デザインコミッティーの幹事である佐藤卓さんにお願いしたのが以下のビジュアルです。


遠山由美さんの作品を佐藤卓さんがキービジュアルに

このビジュアルで急ぎポスター、チラシ、はがきなど印刷物を作り、Tシャツやマグカップなどチャリティーグッズも用意しなくてはなりません。世界からオークションに出していただく特別な品物も集めます。震災から1週間後の3月18日土曜日にイベント決行が社内で決まり、佐藤卓さんに事情説明できたのが週明け20日月曜日、キービジュアル完成がその翌週、開催日4月20日までに印刷物やチャリティーグッズを作るハードスケジュールでしたが、どうにか間に合いました。

アートピースをお借りしてからイベント当日まで、担当者は何度も遠山由美さんと打ち合わせでしたが、そのたび彼女は事務所のある代官山から自転車で銀座に駆けつけてくれました。有名社長の奥様なんですが、毎回乗り物はハイヤーでもたくしーでもなく自転車、お人柄がよくわかりました。

4月に入るとチャリティーオークションに出品していただく品物が続々届きました。パリコレを終えたばかりでまだパリに滞在していたルイヴィトンのマーク・ジェイコブスさんは2011年秋冬パリコレで披露したばかりの1点ものルイヴィトンバッグにサインを入れ、さらにニューヨークに戻ってからは自身のブランドであるマークジェイコブスのバッグにもサインを入れて送ってくれました。

シューズデザイナーのクリスチャン・ルブタンさんも、トレードマークの赤い靴底ハイヒールに励ましのメッセージとサインを添えて送ってくれました。ほかにも山本耀司さんやカルバンクラインはじめデザイナーや有名アートディレクター、女優さんたちからもオークション品がたくさん届きました。


当日お買い物されたお客様にはレシートと共にキービジュアルのはがきをお渡ししました。高額バッグであれお弁当であれ、すべてのレシートにはがき1枚の手渡し、1枚につき50円を寄付金に上乗せする仕組みでした。また、そのはがきには館内で働くすべての従業員が被災地に向けたメッセージを書き、それを正面ウインドーや柱まわりにズラリ掲示。下の写真のように、はがきのメッセージを読む、あるいは写メするお客様が大勢、涙を流しながらメッセージを読む方は少なくありませんでした。

被災地に向けたメッセージ入りはがきをご覧になる方

食品部は東北地方で収集可能な食材、食品をできるだけ集めて販売、ファッション関連部署はお取引先と交渉して特注商 品を多数確保、販促部は俳優の渡辺謙さんらが中心となってアメリカで制作した映像「KIZUNA311」の館内上映を交渉しました。1階イベントスペースでは本格的なオークションを開催、4月20日はイベント自粛期間中とは思えないほど活気がありました。

こうして被災地救済チャリティーは短い準備期間ながら成功裡におわりました。避難所暮らしの被災者からはSNS経由で感謝のメッセージが届き、読みながら涙があふれ出たことを覚えています。

電力不足のためウインドーや館内照明を落とし、エレベーターやエスカレーターは一部停止、イベントは自粛という流れの中、プロモーションの趣旨は変われど全館イベントを敢行できたのは
911 鎮魂アートピースと出会ったからでした。もしも出会っていなかったら、自粛ムードの中ですから私たちは全員イベント敢行を諦めていたでしょう。そして、 「百貨店にはまだできることがある」、小さなアートピースがみんなに勇気を与えてくれました。

東北大震災から12年、いまだ行方不明の方がいらっしゃいます。いまだ原子力汚染で自宅に戻れない方もいらっしゃいます。いまだ心の傷が癒えない方もいらっしゃいます。そのことを私たちは忘れません。黙祷。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.03.12 13:49:34
[ファッションビジネス] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: