南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

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 (4)楽園の風景


《10月―天国と地獄のあいだには》 ~2002年10月の記録

 ∬第4話 楽園の風景

坂道の途中で再びエンジンが止まった時は、万事休すか、と思った。
アクセルを思いっきり踏み込み、何度か試すうちに滑らかに動き出したのだが、始終こんな調子で、次ぎにプラスティックや鉄の焼けるような臭いがし出した時は、車のことは何も分からない家族でさえも「危険だ」と口にし始めた。

途中で工業団地の横を通りかかり、点検してもらうことにしたのだが、4連休半ばの日曜日とあっては期待する方が無理というもの。かろうじて開けていた2~3軒はラスティックジュ(タイヤ屋)、ジャムジュ(ガラス屋)、カポルタジュ(ボンネット屋)で、結局モトールジュ(エンジン屋)は見つからなかった。
トルコの多くの修理工場はこのようにパーツごとに専門が別れているので、修理箇所が1箇所に限らない場合、はしごが当たり前。問題箇所を直した途端に別の箇所が壊れるのも、対症療法的な応急措置がほとんどで、総点検してくれる工場が少ないためでもある。

心配を抱えながらも車はどうにか先へと進んでいた。
それに私のほうも、こんな状況下にもかかわらず、車窓に広がる風景を楽しむ余裕だけはあった。

クムルジャの町は峠の上から見晴るかすと、水を湛えた干潟のようにキラキラと光って見えた。峠を越え山を下りてみると、光っていたのは水ではなく実はセラ(ハウス)だったことが分かった。
セラで栽培しているのはほとんどがトマト。アンタルヤ近郊でもトマト栽培のセラは多く見かけるのだが、この地はアンタルヤを凌ぐトマトの一大生産地と見て取れた。
町の入り口ではトマトの巨大オブジェが通過するだけの私たちを迎え、トマトが町のシンボルであることを十二分に教えてくれたのだった。

次の町フィニケはオレンジを中心とした柑橘類とフルーツの町。
道路の両側には延々とオレンジ畑が広がっている。

続くデムレ(カレ)は、今ではすっかりノエルババ(サンタクロース)の町として有名。
聖ニコラウスが生前をこの町で司教として過ごし、没後埋葬されたという墓のある場所に現在聖ニコラウス教会が建っているのだ。

そして、夕陽が鏡のような海面に美しく照り映える頃、左手前方にはカシュの町の先端に張り出したチュクルバー半島とメイス島の島影が、幻想的な趣を湛えて眼下に広がってきた。
アンタルヤからフェティエまでの“西のリビエラ”のなかでも、高台から見晴るかすこのカシュの風景は息を呑む美しさ。時はちょうど日没。茜色に変わった夕陽が海面に帯のように光を投げかけ、半島と島々のシルエットが夕映えの中にくっきりと浮かび上がっている。
神々しいまでの風景を目の当たりにし、今そこに居ることの幸福をどこか神聖な気持ちで受けとめたのだった。

 つづく

∬第5話 待ち受けていたもの




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