ワインは庶民の飲み物
ワインは少し垢抜けした、ファッショナブルなお酒として受け止められているが、ヨーロッパの庶民が飲んでいるのはテーブル・ワインという安価なもの。ボトル1本が500円も出せば十分。ポルトガルでは150円で売っていた。日本でも家庭の食卓に出るワインは概してそうだ。特に昨今、チリワインやアルゼンチンなどの新世界のワインがもてはやされている。けれども高級志向が依然としても根強く、そのあおりを食って他国に比べ値が高いように思う。ワインは庶民の飲み物。それをきっちり踏まえておきたい。そうしたテーブル・ワインがひときわ、映像のなかでは得ていた作品があった。
オードリー・ヘップバーンがハリウッドで華々しくデビューを飾ったウイリアム・ワイラー監督の『 ローマの休日
(1953年)この映画では安価なイタリア・ワインが見事な小道具として輝いていた。
堅苦しい宮廷生活に飽き、ローマの街中へ飛び出したアン王女(ヘップバーン)が、新聞記者ジョー(グレゴリー・ペック)の案内でローマ見物を満喫した後、彼の下宿につれてこられた。船上のダンスパーティーで飛んだハプニングがあって、二人とも川に転落してずぶ濡れだ。
王女がシャワーを浴び、ガウン姿のまま部屋に出てくると、ジョーがワラの袴をはいたキャンティーの赤を差し出した。トスカーナを代表するワインだが、このタイプはとても上物といえず、ましてや王室の人間が飲む代物ではない。それを王女は普通のグラスで飲み干し、
「もう一杯下さい。」
と催促した。
12時間前、王女はローマの街で生まれて始めてカフェに入り、躊躇せずにいつも飲みなれたシャンパンをオーダーしていた。そのときのシャンパンはまさしく高貴さの象徴で、彼女が庶民の生活からかけ離れた別世界にいること強く感じさせた。
然るに今、安物ワインを味わっているのである。それも2杯立て続けに飲んでいる。このワインこそ、王女が憧れる市井の暮らしの象徴だ。たとえ、一日だけとはいえ、ローマの町でごく普通の人間として生きる楽しみを見出したことをワインを託して味わっているのである。がんじがらめの生活から開放され、永遠に自由な庶民であり続けたい。ワインを手にする彼女は心底そう願っている。だが、宮廷に帰らなければならない。王女が名残惜しそうにグラスを傾ける姿がなんともいじらしかった。ワイラーの演出がさえている!
実際、風呂上りにキュッと一杯引っ掛けるにはこのてのワインが一番。もちろん普通のグラスで十分。めらめらと生気がみがえり、食欲も増してくるのは間違いなし。一度お試しあれ。
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