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小さな親切



主人を亡くしたショックで、心臓病とうつ病になっていた私。
ある日のこと。
病院へ行く途中に目まいがおこり、水たまりで転んで、スカートを泥んこにしてしまいました。
このままでは、病院へも行けません。

朝のラッシュ時で、大勢の通行人の中からは、くすくすと笑う声も聞こえ、
持病の不安がつのり、脈拍は一分間に百五十も打つほどで、
冷や汗がたらたらと流れ気が遠くなりかけたとき、突然、番長風の女子高生が、
「おばさん、これ履きなよ」
といって、私をガレージの陰へ連れて行ってくれ、紺色のひだスカートをするりと脱いで、
私にはかせてくれました。

「うち、このスカートきらいやねん。おばさん、返してくれてもいらないよ。今度は気をつけなよ」

と言って、ずた袋みたいなものの中から短パンを出してはき、
靴のかかとを踏んで走り去って行きました。

私はただただうれしくて涙がこぼれ、ボーっとしてしまい、名前を聞くのも忘れてしまいました。

きれいに着飾ってさっそうと歩いている人たちが、見て見ぬふりをして通りすぎるなか、
この言葉の荒っぽい女子高生の親切を受けた私は、
人は見かけによらないものだと、つくづく感じました。

自分の受けたご恩をほかの人に返したいと思いつつ、今日もあの場所を通って病院へ行く私です。

『涙が出るほどいい話』 あのときは、ありがとう

    「小さな親切」運動本部 編 河出書房新社 より


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