令040418
アート:“藝術” が終わった後の “アート” Art in a New World (朝日出版社、平成14年刊) 松井みどり 著
(現代アートをそれなりに見た今だから話についていけるという意味では、自分のバロメーターになる本。知らない作家の名もたくさん紹介されているので、作品画像を検索して学んでみたい。|本書があらわすアート史は、いささか若書きというか、まるでアート界ぜんたいが「あの思潮へ、この評価へ」とばかりにちょこまか右往左往しているように読める。ファッション史を書くとしても同じようなことにはなるのかもしれないが、アートはファッション以上に多様多面的かつ重層的で包容力に満ちたものであるはずだ。その意味では、議論のしかたの座標軸設定を誤っているのではないかと思える。その意味で心が不快にざわつく本でもある。)
令040411
チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史 (中央公論新社、令和3年刊) Thomas S. Mullaney 著、比護 遥 訳
(中国語ワープロ以前のさまざまな試み。電信コードブックにも工夫と進化があった。林語堂が試作した「明快」というタイプライターのメカニズムに驚いた。けっきょくワープロ前夜までの進化の行き着くところは、頻出熟語の漢字どうしを隣り合わせに並べて「連串字」方式に臨機応変に組み替えていく漢字活字盤だったようだ。これを今日の「予測変換」に通ずるものと観ずるところがさすが。)
令040409
謎解きの英文法 省略と倒置 (くろしお出版、平成25年刊) 久野 暲・高見健一 著
(pick up after という句動詞がおもしろい。散歩道の入り口の立て札に≪Leash and pick up after your pet≫. 文例に I don't have to pick up after my husband. He knows how to pick up after himself. And if I have to pick up a random sock or two. . . that's fine. |an unputdownable novel のような言い方はふつうだそうだ。それを引き写した「臨時語(nonce word)」にたとえば I had some unputoffable business to take care of.|there 構文の意味上の守護は、定名詞句か不定名詞句かによるのではなく、発話の時点で聞き手にとって「新情報」を表わすものでなければならない≫ だから A: "I'm afraid there's nothing to eat." ― B: "Well, there's the leftover apple pie from last night." とか I won't feel lonely anymore, because I know there's still you. )
令040407
謎解きの英文法 動詞 (くろしお出版、平成29年刊) 久野 暲・高見健一 著
(抽象論や思い込みに陥ることなく、英語という現象に素のまま向き合う姿勢がじつに好もしい。|John was shot by Mary deliberately. は Mary acted deliberately. しかし John got shot by Mary deliberately. は John acted deliberately. ← 納得!|教養のある標準語を話す人たちの38%が適格文と判断する構文パターンに「非標準」の烙印を押した『ウィズダム英和』に対して、≪母語話者たちの文法は、細部については一致していないことが珍しいことではありませんから、辞書の記述としては、もっと柔軟な態度が必要ではないかと思われます。≫|He stopped to smoke. の to smoke は stopped の目的語ではなく「タバコを吸うために」という副詞句。)
令040407
Word by Word: The Secret Life of Dictionaries (Vintage Books, New York, 2017) Kory Stamper 著
(本書のおかげで Merriam-Webster's Collegiate Dictionary, 11th Ed. の魅力にひたれている。nude の項と marriage の項は『英英辞典の底力』のコラムのネタにするつもり。)
令040307
バーナード先生の英語上達の常識 ゆっくり、ふつうが結局速い! (プレイス|河出書房新社、平成16年刊) Christopher Bardard 著
(語・語群の入れ替えで英語指導するのが上策だが、日本では英語をメタ言語で解説する(give モノ to ヒト、の類)指導法が主流。それが教師にとっては簡単・安全だから。著者は上策を「タテ方向に教える」、下策を「ヨコ方向に教える」と呼ぶ。≪英語が上達するのは、自分独自の戦略を多く考え出すことのできる人。≫|run a dog over (= on purpose) ; run over a dog (= by accident) という177頁の記述は決めつけすぎ。この著者は決めつけをやりすぎる傾向あり。)
令040219
日本人が知らない英文法 (プレイス、平成17年刊) Christopher Barnard 著
(表題はこけおどしにあらず。「能動態」「受動態」「中間態 The door opened. のごとし」をもつ「中間動詞」の概念。動詞の6分類(物質、行動、心理、発言、関係、存在)によれば、I can taste the wine.は心理動詞で、I am tasting the wine.は行動動詞。speak/talk は行動動詞で、say/tell は発言動詞。さいしょは煩瑣な印象だったが、分類する意味に納得。describe は行動動詞なので ×He described that it was a beautiful site.は不可で、He described how beautiful the site was.は可。文法学習とは語彙の入れ替え作業がスムーズにできるようになることだ、という指摘は我が意を得たり。)
令040118
英単語学習の科学 (研究社、平成31年刊) 中田達也 著
(著者はとっぽい。いろいろ海外の単語記憶実験結果が羅列してあるが、具体的な実験方法や対象者レベルがわからないから、一般論として語れるか大いに疑問。語呂合わせによる記憶便法まで推奨しているのには興ざめ。何度も「スペイン語でノコギリを意味する単語」として出てくる serrote はポルトガル語なり。著者の不まじめさがこういうところに出る。Just The Word というコロケーション検索サイトを知ったことだけが収穫だった。紹介されている Vocabulary Size Test をやってみたら "at least 18,500 word families" とのこと。20,000 word families 以上が native speaker だという。)
令031229
Homo Deus: A Brief History of Tomorrow (Vintage, 2018) Yuval Noah Harari 著
(サイボーグ人間について理系の目で書いた本かなと思ったのは偏見で、人類史を遠大な視野で展望する一書。Homo Deus and Dataism と改題したいくらい、データの自在な流通がもたらす人間とデータの主客顛倒(=Dataism)について語る。|さて、そうなると中国は、データ流動の自由を阻害する体制ゆえに大きなしっぺ返しを受けるはずだが! 中国の体制は、データ流動に対して共産党(=人力)が勝ちを収めると信じて行動しているからね。)
令031221
失われた20世紀 <下> (NTT出版、平成23年刊) Tony Judt 著、河野真太郎ほか 訳
(Reappraisals: Reflections on the forgotten twentieth century 第11章「1940年、フランスの敗北」は発見。なぜドイツがあっさり勝てたのか。準備のウラをかかれた。第14章、ベルギーのなりたち。第16章、イスラエルが建国時には東欧出身ユダヤ人から成り、アラブ人の存在を意識にのぼらせない人々であったのが、六日間戦争を契機に中東ユダヤ人が集結しアラブ人への強硬・非友好に転換した。第19章、キューバ危機におけるケネディとフルシチョフを活写。フルシチョフはその衝動的な動きに疑義を呈する者が身近にいなかったがゆえの脆弱さがあった。第20章、キッシンジャーは大国主義でカンボジアをメチャクチャにしたな。結びの章、国家はいまやグローバルな市場の力に対抗するための、習慣と伝統と利害欲望に関知する(ように見える)最大の緩衝力。だから経済における敗者たちこそが国家をもっとも必要とする。)