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中村美香子です。 大阪のこどもたちの事件が報道されて、このサイトに集っている方々の間には、世間一般よりもさらに強い衝撃が走っていることだろうと思います。 ここにブログを書いていらっしゃる方々は、ほとんどが子ども家庭に実際に寄り添って現場でお仕事されていらっしゃる方々なので、そこでまたこんなふうにしよう、とか考えていらっしゃる方々も多いことでしょう。 しかし、私みたいなイチ母親、イチ仕事しながら子育てしてますっていう者にとっては、本当にやるせない。 こういうことが繰り返されないために、何ができるだろう?4つ葉はなにをすべきだろう?私たちの中でも、話し合いたいです。 いつも、虐待の事件が報道されるたびに、このブログに何が書けるだろうと思っています。 ただ、今の時点で私のような者が書けるのは。 今回の事件を耳にして、母親の批判をするのはたやすいことだけど、もうすこし、いろいろ思いをはせたい。 この母親について、報道されることはほんの一部分で、 私たちはこの人について何にも知らないのです。 こどもたちのことを、暑かっただろう、おなかがすいただろう、と思うと泣かずにはいられませんが、 このお母さんのことを思うと、これもやっぱり私は泣かずにはいられません。 きっと、毎日がものすごくしあわせじゃない気持ちだったんだろうなって。 私が知り合いだったら、電話をかけてきてくれていたら、子どもふたりぐらいいくらでも預ってあげたのにって。 もちろん、こんなのは感傷に過ぎないかもしれません。私だとて、自分の子どもで精一杯の毎日だし、仕事も基本的にはそんなに休めません。いくらでも、は無理でしょう。 だけど、だけど。 こういう事件を耳にして、こんなに心が痛いのは、 子どもがいなければいいのに、自分の時間がほしい、もう放ってしまいたい、 そう思ったことが自分もあるからです。それも何度もね。 子育てっていうのは、子どもと向き合いながら、自分とも向き合うこと。自分のために生きてる自分と、子どものために生きてる自分と、それをどう折り合いをつけるか、どう自分の生きがいと感じてゆくか、この葛藤と心の作業が、まさに子育てなんだと思う。と言いたい。 母親だから、という役割だけで、産まれたから、ハイ、がんばります、となれるわけではありません。ほんとにないんだからねッ!へー知らなかったという子どものない方、昔ながらのお父さん方はよく聞いて! 赤ちゃんを抱いているお母さん。しあわせそう、とか簡単に言いますが、いやいやどうして。私は、今までこんなに自分のためだけに1分1秒生きてたんだ、人のために1日過ごすってこういうことなんだ、・・・と、子どもの重さに手のしびれを感じながら、しみじみ思ったものでした。ものすごい衝撃だったな。今でこそ、1歳にならない赤ん坊なら、何時間でも抱いていられますが、筋力や、「そーゆーもんだ」という感覚がなかった頃は、5分だって抱くのが苦痛になるぐらいのもんでしたよ。 今だって、この人のように、1歳と3歳の子どもを、風俗業(私のイメージでは、夜昼となく働いてて、体がきつくて、仕事してていやなことがいっぱいある仕事。)をやりつつ育てるなんて、できるかどうか。正直、できない気がします。 私が今、コドモをなんとかかんとか育てられているのは、何かと預ってくれて優しく接してくれるオット及び私の両親、保育園というすばらしいプロが預ってくれる場所、そんなに長時間労働を強いられない仕事、金銭的にそれほど切羽詰っていない状況、などなどがあるから。生まれてすぐの育児休暇時代は、両親だけでなく、子育てサロンにも助けてもらいました。ひとりで家の中で煮詰まったとき、どれほどあのサロンが心の支えになったかわかりません。 もちろん、自分にもきっといいところはあったのだろうと思います。このへんを過小評価するのもいけません。よい教育を受けたことなど、やっぱり誰かのおかげということはもちろんありますが、自分のいいところを・・・コドモに対する優しさ、一生懸命さ、そういうのはもちろん、自分で発揮しなければ発揮できないからね。 あと、あんまり日本では、母親が受けてる愛情について語られていないけど、私はそれも、子育てするにあたって、非常に重要なことだと思う。 愛されてないお母さんは、愛されてるお母さんより、やっぱり子育てしにくいと思うの。私はいつも、そのへん、この社会はあんまり問題にしてくれないなあと思ってます。もちろん、そこも平等にっていうと、お父さんは愛されてるか?という問題もありますが、とりあえず、構図として、母親は子どもとともにほっとかれがちなので、ここは多数の構造に則してハナシを進めるとしまして。 父親の役割っていうと、子育てへの協力(「協力」って何やねん。一緒に当事者としてやることに、協力って微妙すぎることばじゃないの?母親が、子育てに協力的だとかいってほめてもらうことあるか?っていつも思うのですけどね)ってハナシばかりなんだけど、「お母さんのこと、ちゃんと愛してかわいがってる?」とは誰も聞かない。聞いてほしーねー。ほんとに。と、すっかり不満そうなのがバレバレな私ですが。 母親のことを報道するなら、この離婚した父親のことだって報道してほしい。子育てについては何か協力してたのか、母親に対してどんなスタンスだったのか。私も、このお母さんのことを知るという意味で知りたい。プライバシーにずかずかはいっていきたいわけではないけれど。 だけど、離婚したからには、そのご主人とよい愛情関係にあったわけではないのだろうし。 オトナとコドモの垣根なんて、ほとんどないと思っている。 誰だって、つらいときには頼りたいし、自己嫌悪に陥ったり、何もかもいやになって無気力になったりしてちゃんと考えられなくなったりするし、愛されていたいし、自分の愛が受け入れられるととてもうれしい。 子育てしてると、オトナもコドモもなく、人間ってそういうものだなあと、思うようになる。あたしもそうだから、コドモにもそうしよう、愛し愛されようと思うようになる。そうして、自分のために生きてる自分と、子どものために生きてる自分が、一体化していく。ほんとは、そこで、オトナ同士の愛は、とても重要なはたらきをするのだ。 さて、そんなことまで行政は関係ない、かもしれない。ここはフランスじゃないもんね。 私たちは、どうしたらいいんだろうね。ええと、じぶんちはもちろんだけど、それだけじゃなくて、欠けたものがあって苦しんでいる人々を、どう救済すれば、今度の事件は防げたのだろう。 ひとまず、子どもの名前と生年月日がわからないと強制的に立ち入れないというお粗末な仕組みはなんとかしろ。っていうのはあるけど。 通報ってのはハードルの高い、エネルギーのいるしごとだ。それにたいがい、通報するまでにすでに、通報者は逡巡していて、時間もそれなりに経過している。その通報を生かせないなんていうのは、行政があまりにもお粗末だ。なんのための仕組みか、考えてみろ、だ。 制度を変えたために、ウチに急に児童相談所の人が入ってきたって、一向に構わないさ。どっちにしろ、そんなに泣いていたら、何かしらつらいことになっているに決まっているし、児童相談所の人が相談に乗ってくれるなら、喜んで乗ってもらうさ。これは多数意見じゃないのかもしれないけど、そう言ってしまえばいいことだ。 でも、それだけじゃなくて。強制立入で初めて救われるのではなくて、その前に、子育て家庭がそんなつらいめに遭わないような、仕組みづくり。もちろん、長いことこれも取り組まれてきたことだけれど、やっぱりこんなことが起こってしまうんだ・・・ このサイトのブログを書いているほかの方はすでにもう、そのことにずっと携わっていらっしゃるのだけど、何か思うところがあったらどうか書いてください。 大阪市西区や大阪府には、ちょっと預ってもらうところはなかったのかなと、ついHPを見てみましたが、・・・こういう知識もあったのかどうか。住民登録がないことで断られたりするのだろうか。そこは調べてみないとわからない。 ショートステイの制度はあって、育児疲れも預ける理由になっている。相談窓口もある。実際に理由の言い方で、この人の場合、預ってもらえるかどうかはわからないけど、赤ちゃんの短期預かりもある。 この事件の場合は、どうなんだろう。徹底的に役所へのアクセスはしなかったのか、アクセスはしたけど、住民登録のないことがネックになったり、預ける理由が該当しなかったり、どっかでつまずいたのか。 こうなってくると、もう、理由なんかなんでもいいから、預けたいの!ってオカンが言ったら、預ろうよ。(オカンだけじゃなくてオトンでも)っていうほうが正しいのではないかと思う。そのチェックがうざったいというのもあるはずだからだ。 うう。あまりの長文になってきたので、やめます。 ご意見があったらどうぞお願いします。
August 2, 2010
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めっちゃ急いで皆さんにお知らせしたいことがあります!(4つ葉運営委員の中村です) 直前になってからのお知らせで、大変申し訳ありませんが、 今度の火曜日に、4つ葉プロジェクト+の緊急政策研究会、開きます! 今回は、参議院選挙を目前に、各政党の子ども政策部分(略して子どもマニフェスト!)の比較研究をやります。(ほんまに目前やけど)とりあえず、告知の内容、コレです。そのあとさらにブログ続く。内容 参議院選挙も目前となった今、4つ葉プロジェクト+では、緊急に各政党の子ども政策部分(略して子どもマニフェスト!)の比較研究会を実施することにしました。 先日まとめられた子ども・子育て新システムの基本制度案要綱を踏まえつつ、各政党の子どもマニフェストをじっくり比較検討し、これを通じて、どこに投票するか?を考える!だけでなく、あなたならどんな子どもマニフェストを作るのか?という、一歩プラスした議論を、各党マニフェストを叩き台に、やってみたいと思います。選挙を前にした集まりとしては珍しく小規模ですが、中身の濃い研究会を目指しています。興味とお時間のある方はぜひご一緒ください。日時 平成22年7月6日(火) 19時00分~21時00分場所 渋谷区神宮前5-53-1 こどもの城 802号室定員 30名(先着順)会費 1000円進行 山田麗子(遊育副編集長・4つ葉プロジェクト+運営委員) 榊原智子(新聞記者・4つ葉プロジェクト+運営委員)申込 ご参加を希望される方は、ご所属とお名前を今井豊彦(運営委員)まで、 メールにてご連絡ください。 今井豊彦 携帯アドレス imaitoyohiko@docomo.ne.jp 携帯番号 080-1170-7997 マニフェストなんて、結局そのとおりにはやんないじゃん!なんてつぶやいてしまう今日この頃ではありますが、とりあえず、マニフェストでやるって言ってない党が、言ってないことをどかーんと打ち出す確率よりは、マニフェストで書いてる党がそのとおりじゃなくてもやる確率のほうが高い、ということは言えるはず。とにもかくにも、この党は何考えてるか?を知るにはこれを読むしかないわけです。 というわけで、やっぱり、マニフェストを知るところから、やりましょうというわけです。今回は政党も多いので、ひとりでやろうと思うと大変だし(笑 4つ葉の研究会で、(1)まずはしっかり各党の子どもマニフェストを読み込んで、比較したり評価したり批判したりしてみよう! そしてそして、4つ葉プロジェクト+(プラス)なだけに、今回はもう一歩プラスした議論を。 (2)各党マニフェストを叩き台に、あなたなら、私なら、どんな子どもマニフェストを作るのか?を考えたい!のです。 ほんとはそれがなくっちゃ、各党マニフェストの評価も批判もできないハズです。すでにアタマに、確固としたマニフェストがあるヒトもいれば、ぼんやりとしかないヒトもいるでしょう。 でも、確固としたものがアタマになくても(普通ないだろう。あったらその道のセンセイになってる)、何かしらあるから、評価や批判がわいてくるわけです。それを、自分であぶりだして、こねて、かたちにしてみるという作業をしてみたい。 そうしないと、こんなぐちゃぐちゃになって何でもありな時代は、やっていけないぜ。 ・・・ということで、急いで日程調整していただく価値はゼッタイあると思います!急なお話ですみませんが、どうかふるってご参加ください!
July 2, 2010
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こんにちは。中村美香子です。 おとといの2月27日土曜日、よつば+の政策研究会を行いました。テーマは「保育」。 大日向 雅美先生(恵泉女学園大教授)から少子化対策特別部会での議論の状況についてご説明いただき、保育の現状と課題などについて明らかにしていただいたうえで、朝川 知昭さん(厚労省少子化対策企画室長)に、議論の結果、現在政府ではどういうふうに取り組んでいくことになっているかというお話をいただき、山田 麗子さん(「遊育」副編集長・4つ葉運営委員)からは、取材している立場から、評価・感想などをいただきました。 少子化対策特別部会の議論については、私もそのときは新聞やネットで見たはずなんだけど、もともと消化不良だったところへ日々の雑事で抜け落ちていて、今回、はーなるほどそういうことだったのかーと理解できたところがありました・・・(涙 最後は、まだ新政権の下、どうなるかわからないことがたくさんあるから、ちゃんとウォッチしていかないといけませんね!という司会の榊原さんのことばに深くうなづく私だったが、それにはほんと、勉強してないとね。もちょっと。 あと、新聞記者の榊原さんならではの情報ですが、今の長妻厚生労働大臣は、メールがすごく好きなのだそうで、自分のところに来たものも、厚労省に来たものも、かなりの確率でちゃんと目を通していらっしゃるのだそうです。もともとご自身もメディアの記者だった方だから、情報入手に関しては敏感で貪欲な方なのかもしれませんね。 今は、子ども手当も含めて、政策を動かすときなので、今、こういうふうにやってほしい!というメールを送ると、きっと読んでくれますよ!なんだって。 つまり、私たちにもできることがあるというわけ。 ま、それはともかく、研究会で学んだ保育関連政策の今の方向を、私なりに話をかみくだいてみると、・・・ 保育サービスの利用者=子どもとして考え、必要な子どもが例外なく保育サービスを受けることができるようにするため、この子どもはそれが必要!と「認定」する、という仕組みを導入する。高齢者の要介護と似たような考え方だと思えばいいのかな。 つまり、保育に欠けるかどうか役所に判断されるのではなく、必要なら求めていいということだ。 これは、潜在的な保育ニーズの顕在化という目的もある。つまり、今までは保育園をいくらつくっても、それならウチも預けて働きたいワという潜在的なニーズを掘り起こしてしまい、また新たな待機児童が発生してしまうという状況が、保育行政の現場でも、ため息まじりによくハナシになっていたんだけど、ほんとはまず、どれぐらい保育ニーズがあるのかわかんないと、有効な政策も議論されないし打てないしということなのだろう。確かに!私はむかし保育行政に携わっていたときは、「だからもぐらたたきが追いつかないんだよ」という課長のことばに、女性の労働意欲をもぐら言うな!と思って反発していたんだけど、実際に、じゃあどうやったら顕在化させられるのかは思いつかなかった。やっぱりエライ人の考えることは違う(笑。 んでもって、サービスの「量」を・・・質の審査の伴った・・・を増やすために、認可ならぬ「指定」という制度を導入する。これは、認可とどう違うんだろう・・・でも、とにかくこれまでの認可は、自治体の財源・・・つまり、認可園をつくって運営するためのオカネが確保されていないと、自治体は認可を抑制するということができてしまう制度だったことを反省して考え出されたわけだから、もっと客観的な基準に基づいて、資格あり、みたいな指定をするってことなんだろうか。それで保育園の実際の運営まで面倒みますってことでなく? ちょっとこのへんがどんなふうな「指定」をするのかわかんないな。これは勉強不足によるものか、青写真がまだあまり確定していないからか、私もよくわからない。研究会でもあまり細かくは触れられなかったので、自分で補足のお勉強をする必要があるなあ。 だって、何も補助なしで保育園をつくったり経営したりは無理なんだから、制度の中身によっては、これだって自治体にオカネがなければ、認可と変わりなく指定できないってことにならないのかしらん。 まさにこの、質を確保したうえでの量の確保、ってやつがいつもものすごく議論になるわけで、このへんの仕組みはほんとウォッチしていかなきゃいかんね。介護保険の例を見れば。 あと、フルタイムの人しか(でも)入りにくい今の認可園の仕組みだけじゃなくて、いろんな働き方やニーズに合わせたサービスの提供も促進すると。これもその「指定」制度の中に入るのかな。まあ、でもそういうことなんだろう。 幼稚園もこういう考え方の中に含めて、同じ仕組みの中で「指定」を受けるような制度にしていくことを考えているらしい。 で、その財源は、できたらフランスの「全国家族手当金庫」みたいな、子育て関連に特化した財源をつくって、そこから出したいと。これも、だから、幼稚園とかも含めての話。 財源を全部一般財源化して地方のものとすれば、サービスががたがたになってしまう、という話があったが、確かに、財政難の自治体だったらほかのことに使うものね。 最低基準については、条例に委任することになったが、現行の最低基準の面積と保育士については、「従うべき基準」として、条例でも現行と変わりなく定めないといけないらしい。しかし東京等(この等がどこまでかが今議論されているのだそうだ)の一部の区域については、面積基準は合理的なものであることの説明責任が生ずるがゼッタイではないものらしい。 とまあ、こんなところかな。 ええと、かなり推測で補って書いてるので、どうか全部信じないで、モト資料をあたってください。いやー、研究会聞いてもこんな感じだから、ほんと、もうちょっと常に情報にあたらないといけませんね~ とにかく、そうしつつ、ウォッチ&考えをまとめる。をやっていかなくちゃ。 というわけで、非常に有意義な研究会でした(特に私にとっては。笑)。 次回もどうぞよろしくお願いします。
March 1, 2010
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ここ何日か、コドモとの生活で、いろいろとあった。 保育園のつながりというのはいいもんだ。 これがあるから、孤独な子育てにならずにすむ。 先輩ママの存在や、保育園の先生は、やっぱり、あーいい子育てしてるなーと思ったり、そんなものかあーと思ったり、みんな同じように、キーってなることはあるのねーと思ったり。 上の子は4月から小学生で、保育園のオヤ同士では、卒園アルバムの作成をしている。もうだいたい大詰め。 それでアルバムを中心になってつくっているオヤとコドモで、あるオヤコのおうちに集まって、できあがってきたアルバムの校正をやりながら、お昼も夜も結局そこでみんなでつくって食べて、コドモにはアイスクリームメーカーでアリスクリームつくらせたりして、楽しいひとときを過ごした。 その日の朝、私は、中学・高校の友人が、お受験に成功したハナシを聞いて、んなもん小学校は学童がなきゃ生きていけないから、と、地元の小学校以外考えたこともなかったくせに、シンケンジャーに見入るコドモの背中を見つつ、ちょっと、「ええんかいなーウチはこれで・・・」と、一瞬迷いが生じていたのだけど、みんなでたのしく過ごしていたら、うーんやっぱりこれよね。と思ったのだった。 地域でつながってるってやっぱりいいもんだな。 小学校の間はとりあえず、地域で育てよっと。 と、前から思っていたことを、うんやっぱりあたしはこれでいいや、と再確認したのだった。 昨日も、保育園のママがおうちにいらっさいと言ってくれて、なんと男の子4人まとめてお昼まで食べさせてもらっちゃった。 おやつを持って様子を見に行ってみると、ウチのやつは、おもちゃの使い方が下手だって、「ばかにされた。あやまってくれない!」と泣いて怒っていた。みんながぼちぼちあやまっても、「まだ許せない」と怒っている。 私が、「もうみんなあやまってるんだし、そんなにいつまでも怒っていないで、あんたもいーよーって許してあげたら。そんな気はなかったってみんな言ってるじゃない」と、結論をたたみかけたら、そこのママ友は、「くやしかったんだよね。ウチのコもよくおねえちゃんと遊んでてそう言ってるよ。気持ちはよくわかるよ」と、言ってくれた。そーだ、それそれ。忘れてた。まずはわかってやらないとね。すぐ反論しちゃーいけないんだった。反省して、私も「うん、それはママもわかってるよ。」と受入れモードになってみたのだった。 見習おうっと・・・(笑 まあ、オヤ同士で難しいこともあるんだけど。 上の子の保護者会(1対1の面談じゃなくてクラスのオヤみんなと担任の先生が集まって話す会。)で、なんか気になってることがあったら言ってください、と先生に言われて、DSのことと、こおり鬼のことを話してみる。 DSのハナシは、私は自分がゲームまったくやらないできないなので余計アレルギーがあるんだと思うんだけど、買ってほしいといわれて、断固として買ってない。もちろん、コドモに、どうして買いたくないのかちゃんと説明したけど、伝わってんだかどうだか。 私は、ゲームってのは、プログラムが決まりすぎてて、「どうしたらうまくやれるか?何をしたらいいか?」っていうことを考えるアタマが減っちゃう、と思っていて、コドモにそう説明した。だけど、人生でいちばんたのしいのは、それを考えることなんだよ、って。(DSにはゲーム以外の機能もあるそうな。でも、ゲームするってことを前提に) 公園でゲーム端末を持って小学生が会話もなくアタマをつき合わせているのを見ると、ああもう。って思ってしまうのだ。 それに、与えてしまったら最後、やめられなくて、それを1時間にしなさいとか規制するのも、なんだかかわいそうで矛盾している気がする。 じゃあTVはどうなの、ケイタイはどうなの、と言われると、自分の生活でそれらはあまりにフツーになっていて、(といってもまだまだTVは見せてもらえないけど)答えに窮するっちゃーそうなんだけど。 でも、そのふたつはコミュニケーションではある。TVは一緒に観て感想を言ったり歌を覚えたりできるし、ケイタイはそれそのものがコミュニケーションだ。でも、DSみたいなゲームはちょっと違うと思う。 まあ、そこいくとこのごろのwiiなどは、みんなのいるところでやるということでは、TVとかかるたとかに近いのかもしれず、最近のゲームといってもいろいろではあるけどね。 保護者会でそんなようなことを言ってみたら、実はわりと半分ぐらいのオヤが、できるだけDSには触らせたくないと思っているようだった。買いません派も何人かいて、ウチで遊ぶときは持ってこないでって言ってるというオヤもいて、勇気付けられたりして。 一方で、買ってますーっていうオヤも何人かいる。 特に気まずくはならなかったけど、私はやっぱりなんだか気まずく感じてしまう。自分から言ってみたくせにね。 こういうのって、たとえばフランスやアメリカだったら、みんながんがん意見をたたかわすのかなあ・・・。 私はそういうことがお約束になってる場所なら、相手と意見が違っても自分の意見を言うことができなくはないのだが、保護者同士ってのは、それがお約束になってるかどうかはちょっとよくわからんというか、なってないんじゃないかなあと思っていて、やりにくい。 これは別に保護者会だけのハナシじゃなくて、子育てについて語ろうとするとき、必ず生じる・・・ちうか、別に子育てのハナシじゃなくても、何かについて意見があって、相手とそれが違うことは普通にあるんであって、それでひるんどってはシゴトにならなかったり堂々と生きていけなかったりするのであるが。 これについては、そのあとの飲み会で、2人から、「うちはあるけど、もういっとき使ったら見向きもしないよ。」と話しかけられた。だからそんなにシンコクに考えることじゃないわよ、ということなんだろう。 そーなのかなー。私はべつの小学生オヤの友人から、「友達のところに遊びに行ってもみんな自分の端末持ってゲームしてたりして、そんなんだったらまだお稽古事行かせたほうがましかということでお稽古事させたりしてる」なんてハナシを聞いていたもので、ほら来たッ!と思ったのだけど。 飲み会の終わりのほうで、「大丈夫、東大のナントカさん(わかんない。たぶんメジャーな人なんだろう。私が知らないだけで)、すっごいゲーマーだよ。」「そーそー、ゲームやったらからってバカになるわけじゃないよね。ゲームが絶対ダメってわけじゃないよ」とかって声が聞こえてきて、今度は私のほうがいたたまれない気持ちになった。 こうゆうのが難しいところではある。 きっと、カタいなーと思われていたり、ウチにくるときは、ともかく「DSはあそこのママ嫌いだから持って行っちゃだめだよ」とコドモが言われていたりするのだろうな。 まーそういうもんだと言ってしまえばそうなのだけど。 私自身、コドモから、「(クラスのお母さんが)TV見ちゃだめって壊しちゃったんだって」というハナシを今日聞いて、うーんそりゃまたすごいなー、あたしよりずっとカタいなーとか思ってたわけだし。 でも、なんていうの。ほんとは、コドモにとって何がいいんだろう?どういう子育てがしたいんだろう?って考えるキッカケになってほしかったのよ。エラそーに言うと。 こおり鬼の話もね。 なんでも、上の子が言うには、いつも鬼に最初からご指名されて、満場一致で決まってしまうのだそうな。しかも鬼はひとり。 あたしは何度か一緒にコドモたちと公園でかけずりまわって遊んでて思ったけど、こおり鬼の鬼ってのはひとりじゃいやんなるのよね。タッチしてもはしから味方が復活させてしまうんだもの。 まあ、よっぽど運がよくなきゃ、鬼ひとりではなかなか鬼が変わらない。 ゲームってのはうまくできてて、社会のルールを思わせるところがある。 鬼になる機会が平等にあるかとか、条件設定があって、それを前提に自力で這い上がることができるかどうかとか、ゲームが面白く成立するためにはそういったことが大事だ、というところが社会に似ている。 鬼になる機会っていうかハメっていうか、が平等に与えられていることは大事で、原則最初にそれを決めるのはじゃんけんだろ。 なんてことを保護者会で話してみたけど、これは先生が議題にあげてくれなかったのもあって、誰からも反応が返ってこなかった。 先生が、「なんか過大な心配をおかけしたみたいで・・・」と保護者会のあと話しかけてきてくれたので、先生には連絡帳でもう言ってはあったんだけど、あんまりはっきり書かなかったし、過大ということばが気になって、「最初の鬼決めはじゃんけんがキホンだとコドモたちに話してくださいなー」と、はっきり先生に言ってみた。 でも、先生からは、「でもいつもそうだとつまんない。コドモたちでいろいろルールを考えたりしているし。それに、××ちゃんも、いやならいやって言うこともできるわけですし、オニになりたい人がいる時もありますし」という反応が返ってきた。 もちろん私だって、「いやならいやと言っておいで!」とムスコを叱咤激励してはいるのだ。しかしこれがまた、なかなか言ってもどーもならんらしいし。 そこで私はなにを~と力んじゃって、「やりたい人がやるのは別にいいんです。当たり前です。でも、やりたくないのにいつもいつもやれ、そうでなきゃ遊ばないって言われるのは、極端に言えばいじめです。まだ小さくて、コドモたちに任せていては正しいことにたどりつけないことだってある。そこは先生が、大人がリードすべきところですッ」と演説してしまった。 あたしはなんかモンペアみたいなのかしらとちらと不安がかすめたけど、 次の日、連絡帳に、先生から「コドモたちとよく話してみました。」とお返事があって、よかった、と思った。 ちょっと演説ぶっちゃったけど、一応保育園とコミュニケーションしてはいるでしょ。 保育園と一緒に子育て。のひとつのかたちだ。 まあ、もうちょっと先生と意見交換がきちんとできなきゃいけないけど。なんだか最後はクレームっぽかったかなー。うーん。 オヤのほうも、公園に連れてって、コドモたちだけで遊んでちょうだい!一点張りで知らん顔でケータイなんかしてると、気がつかないと思うんだ。そこも込めて言ってみたんだけど、それは伝わってるかどうかわかんない。 でも、こうやって毎日が暮れていて、話したり一緒に考えてくれたり見守ってくれたり、という人々に囲まれて、やっぱり幸せだと思う。 オヤも相当のコミュニケーション能力が必要となる。うう、大変だ。コドモとのコミュニケーションだってどうよこれって思うことがあるのに、そのうえ地域と。 だけど、これが面白くてやっぱりオヤはやめられまへんのよ。 さて、寝よ。すいません、だらだらウチのハナシ書いて・・・次回はもう少し、大所高所なハナシを書けるように活動せねば(笑。
January 31, 2010
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中村美香子です。 えっと。今日は、また、つれづれなるままに書くのですが、これから自分がやっていこうと思っていることというテーマで一応括って書いていこうと思うです。 1つめ。民主党の政策をウォッチングしながら、この4つ葉で政策提言できるようにしていこう。 4つ葉でどんなことが結果できるかは、実行委員会のメンバーと相談しながら、また、いろいろなほかの4つ葉に関わろうとしてくださる方々からご意見を伺ったりしながら進めていくことなので、このとおりいくわけではありませんが、とりあえず私は実行委員会のメンバーとして、この4つ葉で何がしたいのかを考えていて、それを書いてみようってなわけです。 この間、日本子育て応援団では、民主党ないしは現政権の子育て関連策の担当大臣もよんで意見が交わされたようで、私は行けなかったので当日の資料をちょうだいなって、今、日本子育て応援団のサイトからお願いしているところですけど、 民主党の政策についてはこの間本を買ったの。(「民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?」神保哲生、ダイアモンド社、2009.7.2) この本はジャーナリストが書いている本で、マニフェストだけじゃなくて、いろんなとこで民主党が言ってたことも拾っているようです。 これによると、注目が集まっている子ども手当のほかにも、・出産時に総額55万円を助成(現行でも健康保険から35万円はもらえるけど、さらに20万円アップってことね。)・幼保の一本化(そのために厚生労働省と文部科学省で分かれてやるのはやめて、「子ども家庭省」を創設することも言っていたようなんだけど、とりあえず今は公約からは削られている状況らしい。)・学童サービスと保育サービスの拡充(学童保育については2005年マニフェストに言及があるらしい)・子育てバリアフリー社会の実現(抽象的な意味ではなく、公共施設のバリアフリー化とか公共の場での歩きタバコ禁止とか、そういったことらしい。)・ワークライフバランス重視とパパ・クォータ導入(パパ・クォータについては「育ち育む"応援"プラン」に言及があるらしい。) という政策を提言してきた、らしい。私もまだ過去のマニフェストやらプランやらをなめてみたりはしていないので、リンクを貼ったりしてなくて申し訳ないけど、とりあえず本に書いてあるところは抜き書きしてみました。 で、この本の前書きにあって、私が買った動機でもあるのだけど、この本を書いた目的をこの著者は、「本書に書かれた政策は、これまで民主党が主張してきた政策に他ならない。もし政権の座についた場合、民主党にはそれを実行する責任があるし、有権者もその実現を迫る責任を負っている。そのための覚書として本書をぜひ使っていただきたい」としていて、 そうだ、それはやんなくちゃ!と思うわけです。 そして。 言ったことをやってないじゃんとか言ったことをやってればいいとかいうのでなくて、その政策の評価もできないといけないよね。だめなら提言できなきゃいけないよね。 それを、4つ葉でやりたいな。 それができる市民を4つ葉でつくりたい。自分もなりたい。 うー、これは壮大な計画だ。でも、4つ葉だもの。 だから、勉強会も、こないだはレクチャー形式でやったけど、いつかはみんなでワークショップ形式でやれるようになりたいね!みんなどうですか? ええと、あくまで私のやりたいこと、として書いているのでそこはちょっとご承知おきを・・・ 2つめ。保育園での子育て支援プログラムを自分なりに開発したい。 私のコドモの行っている保育園は来年度から民営化することが決まっていて、この間、その月1回の「引継連絡会」(現保育園、民営化事業者、自治体関係者、保護者の4者が参加する、民営化についての連絡会)に行ってきました。 そこで、最初、民営化事業者が自分のとこの園で実践しているわらべうたや、お話(何かを読むのでなくて先生が語ってくれるのです)を実演してみせてくれて、保護者や、連れてったコドモたち(通常は連絡会用の保育があるのでそこであずかってもらう。)も一緒に参加したの。 これがまたよくてねー。 わらべうたっていうのはよく、地域の子育て支援グループなどでも行われているけど、私自身は、なんだか興味がもてなくて行ったことがなかった。いかにも子育て支援ギョーカイでご推奨!みたいなメニューのような気がして。(なんていってるけど、ワタシだって寝る前の本の読み聞かせは好きでしてるんだよ。よく眠くて途中から寝言入りますけど) 保育園のオヤってのは、このごろのひろば事業や子ども家庭支援センターや、そういったメニューの成長をみていると、オヤが豊かな子育ての方法を学んだりする機会が実はあんまりない。コドモはいい保育してもらってんなぁと思うことは多いけど、やっぱり家帰ってからの保育には自信ないまま、忙しさにかまけてあっちゅうまにコドモは大きくなっちゃう。って言う感じがする。 でも、保育園はほんとはオヤ同士豊かな関係をもつこともできるし、保育園というプロから豊かな保育をおしえてもらう機会もあるはず。な、すばらしい社会資源なのだよね。って前からそれは思っているんだけど、やっぱり私も忙しーてなぁ。・・・(疲れると関西弁まるだし) ぼちぼちやってはいるけど、まだまだだな。 アタリマエの子連れ飲み会とか、運動会のTシャツとか(実はあんまりちゃんと幹事したことがないの。それはそれでとりまとめたり予約したり大変なことはわかってて感謝もしてるんだけど)だけじゃなくて、保育園でひろばのようなことがやりたいな。 早くやらないと、卒園しちゃう~! この間も、初めて運動会のお手伝いをオヤでもしてみようということになって、5人ぐらいのおとーさんを集めてみたんだけど、運動会の最後のほうで園長がしょろっとお礼を言ってくれたぐらいで特に保護者の間でのアピールも少なく、現場ではあんまり指揮系統もなく、ちょっと右往左往気味で、さらっと終わっちゃった。もう少し、ワタシも工夫しないと、せっかく集まってもらっても、なんだか役に立った気もせず、オヤ同士つながるほどの時間もできず、でぼややんと終わっちゃう。 これはもうちょっと工夫したり、人と一緒に考えたり、教えを乞うたりしないといけないな。 うん、こんなところだな。 4つ葉の運営委員会のメンバーになってから、いったいワタシはどういう強みがあるのかないのか、何ができて何がしたいのか?というようなことをちらちら考えていたんだけど、 とりあえずこんなところで、やっぱりあとはアクションあるのみ。 時間はないのみ。うわーん でも、みんな同じだもんね。 さて、本業のシゴトにかからなくちゃ・・・(笑)
November 2, 2009
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中村美香子です。 この間の金曜日、せたがや子育てネットがやっているポーラースタープロジェクト講座というのに、参加してきました。 これは、文部科学省から、せたがや子育てネットが委託を受けてやっている事業。なになに、ポーラースターとは北極星のことで、北極星、すなわち人生の指針を探そうということらしい。文部科学省のことばでいうと、 女性が社会で活躍するにあたり、主体的な働き方を選択していくことができるよう、多様な選択肢の存在やワーク・ライフ・バランスに関する情報を提供することにより、女性が自己の可能性やライフステージ別に自己イメージを若い時期から持てるよう地域における女性のライフプランニング支援の体制整備を行う為の事業を実施する。 ということになっている。 私が参加したのは、この回だった。、「パートナーシップと結婚観~女子学生から100の質問」というテーマで、ファザリングジャパンの安藤さんと経産省で育休をとった山田正人さんが講師として前にすわってて、あらかじめとってある女子学生の質問や私みたいな参加者の質問に答える形式で行われた。 山田正人さんは途中から奥様も入ってこられて、ご夫婦でのご参加だった。 結婚とパートナーシップっちゅーのは、今まさに毎日向かい合っている、プライベート中のプライベートなので、なんちゅうか面はゆいっていうかハズカシイ感じなのだけど、 自分ちと比べながら聞いてて、やはり印象的だったのは、やっぱり安藤さんも山田さんも、フーフですごく話をしてるって言ってたこと。山田さんちは朝まで生テレビばりに議論するのだとか。 やっぱりコドモが産まれて、お互いかどっちかがぶりぶり怒ってた時期もあるし、議論っていってもおそらく感情的になったりすることはあったんだろうなと、おふたかたのハナシから垣間見えたので、「そーか、ウチだけじゃなくてみんなそうなんだ!」と安心したりして(笑。 まあね、それやってない子育てフーフはいないだろ。 でも、安藤さんの育った家庭はモチロン、そのとき参加していた女子学生ですら、親の世代はまんま男女役割分業の家庭だったという人もいて、確かに、オヤの衝突や問題解決ぶりが、今の共働きフーフにとってはモデルにならないんだろうな。 男女役割分業家庭ではモンダイにならない、あるいはある程度しゃーないことが、共働きフーフの間では確実に火種になるわけで。お互いのワークライフバランスとか。 共働きフーフがコドモを持つということは、必ずや、双方に高度なコミュニケーション能力が必要とされるということなんだな。まあ、どちらかっていうとオトコのほうがその能力は低い傾向にあるわけで(もっすごい偏見はいってますけど)、共働きでコドモをもちたい女を好きになってしまったが最後、オトコはいっしょうけんめい、コミュニケーション能力を磨かなければならないってことね。 安藤さんはそんなことも含めて、イマドキの婚活で勝つのにオトコに必要とされることを教えているラシイ。いいことだーほんとに。ま、ウチのオットみたいにぜんぜん学びに行こうとしないオトコたちも一定量いるに決まってるが。 でも、保護者の会と同じで、キョーミない人々は絶対、一定量いるもんね。だから、「えー何ソレ?」という声に負けないで、やっぱり信じるところを布教していくのが正しいんだなぁ。私はわりとこの「えー何ソレ?」というこばかにした声に弱いのだけれど。 保護者の会のことについても、おかーさんでもキョーミない人いるのに、おとーさんって巻き込むの難しいんだけど・・・と言ってみたら、そんな層はもうほっといて、好きなひとたちだけでとにかく楽しそうになんかやってたら、ぜんぜん引っかかってこない層を除いて、ほかの人たちは、なんとなくのぞきにくるもんだよ、というハナシをしてくださった。こういうのって、なんとなくぼんやり自分でもそんな方針なのだけど、はっきり言ってもらうと、やっぱそうなのかー、という納得した気持ちになる。いいことだ。 そんなわけで、保護者の活動も、ささやかーに続けていこっと。 今日は、民営化の、区と新事業者(もう決まっている)と現園長と保護者で、民営化について話し合う、引継連絡会というやつが毎月あるんだけど、それの保護者の感想レポートをつくった。(ええと、こういうのはもう全部、6月にやった水着リサイクルと同じく、ニコニコペアレンツプロジェクトというタイトルにしちゃうの。保護者の会っていうのがないから、誰とはいわずプロジェクト名でやるの。) というのも。こないだの引継連絡会で、4月から半年、毎月やってて、いいかげん保護者側のメンバーも固定化してきてるね、もうちょっとたくさんほかの人も来てほしいよね、というハナシが出た。で、興味がまったくないわけじゃないんだけどなんとなく敷居が高くて・・・という人が来やすいように、何か保護者のほうでできることはないかなあというわけで、区の人がテープ起こしして配布する議事内容の報告だけじゃなくて、参加した保護者の感想レポートもつくろうよ、ということになったのだ。 何人かの参加者が感想を寄せてくれたのを私がまとめてみた。メールでもらうとコピペでつくれるからカンタン。 さあ、これで参加者が増えるといいんだけど。 女子学生さんのポーラースターとなるためには、安藤さんみたいに、地域とのつながりも持ってなくてはね。そのつながりを使うだけじゃなく、育てることに自分も参加してればさらに上等。うちの保育園のニコニコペアレンツプロジェクトも、ぼちぼちだけど、育てていくのだ。
October 4, 2009
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中村美香子です。7月、8月は保育園の活動をサボっていた。次なにやろうかなあ、があんまり定まらなくて。おはなし会と、民営化の引継ぎ連絡会と。そんなにみんなが土日に時間をさいてくれる気がしなくてね。自分も、やれ卒園アルバムの集まりだの、コドモの習い事をそろそろ道筋をつけてやろうかな、だの、なんだかだとあるわけだし。 ちょっと気を許していると、ほんとうに、時間ってすぐに経ってしまうのねー だけど前から考えていたことが、あたまの中によみがえってきて、ああ、そうだったそうだったと思う瞬間がある。 たとえば、ワークライフバランスのこと。これについてはマニフェストには、とりあえず強く打ち出されてはいなかった。自民党がしょろっと書いていた程度だ。 民主党の子育て家庭への手当は、子育て家庭に対する所得移転で、それはそれで必要なことだと思う、と前のブログにも書いた。ただし理由や目的を明確にする必要があるけど。 ただ、子育てにおける不自由さが、オカネで全部解決するわけではない。むしろ、大きな問題がやっぱり残っていると思う。 私はやっぱり、いちばん不自由さを感じるのは、子育てをするための、家庭での人手・時間だ。 私も含めて、子育てに対する父親の参加度合いやスタンスが不満で、キズになっているおかーさんは少なくないと思う。 うちなんか、保育園のほかのオヤからすれば「よくやってる」パパなのだけど、育児休暇も3ヶ月とった実績ありだけど、最初のコドモが生まれた頃は、ほんとうーに、帰ってくるのが遅かった。毎日午前サマだった。よく、そのときオットが所属していた部署を、同じ部署にダンナがいて、同じくらいのコドモがいる友人と、「もう、あんな部署爆破してやりたい!」とよく言い合ってたもんだ。 私は、育児休暇をとっているとはいえ、オットはシゴトで稼いできて、私は育児に専念するの。という役割分業意識を持っていなくって、というか、子育ての、家庭生活の理想像はそれではなくって、だったから、モーレツに怒っていたものだ。 でも、オットに怒ってもカワイソーなだけなんだよね。わかってるんだけど、しかししかし、職場に「コラーうちのオット帰せー」とすごむわけにもいかないので(何度かマジで電話かけたろかとは思ったが)、どうしてもオットにその矛先が向く。 ええと、そのころのやりとりや家の中の雰囲気については、私の中でも、そしておそらくオットの中でも、日々思い出すというほどのキズではないけど、痛いキズになっていると思う。 日常生活だから、毎秒険悪だというわけではないけど、すさまじい感情の起伏がよくあったなあ。と、キツい体験になってるわけだ。 そこから、フーフの関係が変わってしまうコトだってあるだろうと思う。ウチもそこは完全には治ってない、かなあ・・・。 知っている人のなかでも、その頃のことがトラウマみたいになってしまって、ときどき持ち出してしまってケンカになるという話を聞いたことがある。 そのあとコドモはだんだん大きくなり、手がかからなくなったり可愛いことを言うようになったりで、負荷の状況はどんどん変わっていくのだけどね。昔ならひとりじゃできん!と思ったことが今は別にできちゃうとか、そんなことで相手に対する「あんたもやってよ!」はだいぶなくなったり、相手のほうも今ならできちゃって、結果もんだいなかったり、そんなふうだけど。 だから、悪条件が重なりまくらなければ、ナントカなることが多いのだろうと思う。がんばりやで協調を旨とする日本人としては。 でも、今の労働環境で、悪条件が重なりまくる可能性は、決して低くないだろう。業種で、もう完全にオットの協力が得られなかったり、自分も復帰できなかったり。 思うんだけどさー、次世代育成のための職場環境っちゅうのを、企業や法人に対してカンサする機関を設けることはできないものなのかなあ。 や、私は今、役所で監査の仕事をしているからそういう発想になっちゃうんだけども。 社会を変えてくのは、個人の意識改革と、規制じゃない。すごく乱暴に言うと。 タバコのポイ捨てをなくそう、と思ったら、両方要るよね。 もちろん、灰皿を街角に置いとくみたいな、やらないでも済む環境とか、あるいはやるとメリットがあるというインセンティブとかを整備することも同時に必要だけど。 個人の意識改革は、今、いろんなところで取り組まれていて、子育て支援NPOだったりファザリングジャパンもそのひとつだったり、あたしも保育園で何かできることがあるかもしれない。 コドモ産んだら基本的に保育園みたいなところに一定の年齢で入って、そこでみんなそんなことを見聞きしたりしてれば、それは大きなムーブメントになるだろう。今のところはそんなことにはなっていないけど。 でも、規制のほうは行政しかできないんだよね。法律だって要るだろうし。 そんな政策ってないのかしらん。 そんな機関ができたら、身も世もなく(笑)なりふりかまわず採用してもらいに行くのだけどな。 ええと、今のところは保育園のほうしかやれないので、 次回のおはなし会はそのへんでいくかな。 今まで、みんなが来るかどうかわかんないし。ということで、重たいテーマは避けてきたのだけど、 そろそろほんとにやりたいテーマをやらないとね。
September 7, 2009
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どうも、中村美香子です。 保育園のほうは、8月にまたおはなし会をやりたいなー・・・と言いながら、8月に突入してしまった。ひえー。 でも、何をテーマにやろうかなあと思ったりしていて、まあ、なんとなく日ごろの状況について語る、でもいいのだけれど、時節柄、やっぱりセンキョの話・・・というか、子育て者に関係する政策の話なんか、ついしてみたいなあと思ったりして、昨日もオトモダチのおうちでプチ夏祭りなんかやってるときに、そういうのやったら来る?とか感触を伺いつつ、よつばの去年のタウンミーティングのパンフレットなんか配ってみてしまいました。 杉山さんがマニフェストのことを書いていますが、見る前から今日はマニフェスト読んで書こうかなと思っていたので、私なりのコメントを書こうと思います。 なんだか、新聞の1面が、自民党と民主党の子育て・少子化対策関連の政策の大バザール合戦みたいになっている今日この頃。いいことだ!前は子育てなんか、オヤがやる分野で政治は関係ない!という自民党のオッサンの声しかとりあげられなかったのだから。 よつばも、この動きに大きく貢献したといっていいと思う。 さて、実際マニフェストをさーっと読んでみると、これが、「こういう方向でやります」という大きな項目は、実は両党ともそれほど違いがない。マニフェストってのはなんつーか、ほんとにきちんと選ぼうと思ったら、これもまた不十分だなあと思う。よくわからんもの。実際どうするのか。 ただまあ、ぱっと読んだだけでも、タダにすると言ってるのは、民主党は公立高校(私学の人にはオカネを給付)、自民党は3歳~5歳の教育費であるということ、 民主党は子ども1人あたり、月々2万6000円の手当を支給するつもりであること、生活保護の母子加算は復活すること、父子家庭にもオカネを支給すること、保育園の待機児童解消には小学校の空き教室を活用するなどして引き続き努めること、ワークライフバランスってことばはどうも民主党のマニフェストにしか出てこないらしいこと、 自民党は女性の再就職に積極的な企業に対する新たな制度「働くお母さん応援計画」の創設、マザーズハローワークの拡充をやると言っていること、 というようなことはわかる。 んまー、こういうの読むと、「してその財源はどこから!?」「子ども手当はどういう問題の解消のために、つまり何に使ってもらおうと思っているのか?」「その制度とはどんな内容なんじゃ?」とか、ギモンが湧き上がるのだけど、これはしゅたっとわかるところには書いてないんだなー。 民主党の財源のひねりだしかたについて書いてある部分にしたって、もーちょっと説明してくれると、こちらもこのバーゲンで買い物していいものなのか判断がつきやすいんだけどな。だって、節約がいくらか、としか書いてなくって、そのあとにいろいろタダにしたり廃止したりしている財源が減ったぶんも含めて、どういう収支になります、ってことが見えないんだもの。 これまでのセンキョ、おおかた民主党に投票してきた私ですらそう思うんだもんな。 でも、もちろんこの私の今日のブログの目的は、決して、世の中の「いけいけ民主党」な風に水をさすことではない。むしろ、私もまんま風に乗っているのだけど、もう、何でもいいから、変化させるには、たとえ結果ダメでも政権交代ぐらいに思っているのだけど(ちなみに結果ダメかもしれないから自民党にしとこうって人たちは、いったい、未知の不安と既知の絶望と、あんたはどっちを信じるんだ!?と言いたいけど。)、 このバーゲンセール合戦にただただ飲み込まれないように、確かにもうすこし、裏づけとなる考え方を聞きたい。杉山さんが言っていることもそういうことなのではないかしら。でないと、今保育園のコドモたちを持ってるオヤは民主党、高校生のコドモを持ってるオヤは自民党なんてバカげたことが起こりかねない。 オカネもらうと子育ての不安が解消するのかなあってこともやっぱり未だにちょっとギモンで。 子育て者にたいして、社会は所得移転というかたちで子育てに貢献すべきだ、とは思っているのだけれど、 認可保育園にたまたま入れてもらえて共働きなんかしているから、そう思うのかもしれないけど、私や私の周りで「子育てって・・・」ってタメ息つくところは、あんまりオカネではないんだよね。 でも、そこは私も考え方が定まらないところなんだ。それは行政・政治がなんかすると助けになるのか、地域で自分でつくっていかないといけない人との関係、みたいなところなのか。 おはなし会ではそんなところが話し合えたらいいかなあ。 マニフェストのことに話を戻すと、でも、やっぱり知りたい。子ども手当ってなんで払うの?なんで子どもがいるからってもらえるの? そこは、もらえない人ももらえる人も知っておきたいよね。 そうでないと、ひっくり返されそうになったときに反論もできない。 あと、公開討論会も久しぶりに行ってみたい。自分で企画するぐらいしないとなんだけどね・・・。 皆さんもぜひ、マニフェストの不十分なところを補うべく、行ってみてください。こちらで検索できます。 センキョに行こう!&公開討論会にも行こう!なのでした。
August 3, 2009
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どうも、ごぶさたしてます。中村美香子です。 保育園で、保護者の会を立ち上げようとしていたのが、前回5月4日のブログでした。一応、続き物なんでリンクを貼っとこう。 で、保護者会は、アンケートに答えてくれた人が保護者全体の過半数ちょっと、その中では過半数が立ち上げに賛成してくれたということから、「それでは、立ち上げます!」とアナウンスして、6月7日(日)にその「スタート会」なるものを開催して、そこでどんな活動をするか、とか、運営の体制とか、を決めましょう!ということにして、・・・というお知らせペーパーをつくって折って、保育園に持っていって、連絡帳に園の協力ではさんでもらい、・・・というのをやったのが6月7日の2週間前。 しかーし、6月7日は恐るべきことに、たった1人しか参加者がなかった!のだった。 まあ、2週間前ではみんな予定が入っちゃってたのかもしれない。このへんは私もちょっと急いでしまった感があるのだが。 急いでしまったのは、民営化の引継連絡会というものが毎月あって、その6月の会が迫っていたから。この引継連絡会で、もうちょっと保護者側からも働きかけというか・・・うーん、そのアプローチのしかたは正直、何やっていいかわからなかったんだけど、自治体のシトとか園のシトとかから質問を投げかけられて保護者が答える・・・みたいな構図から、何か保護者側から自発的な投げかけができないかなあと思ったりして。6月、7月は保護者と新事業者と現園と自治体とで保育園に求めるものなどなどについてフリートーキングすることになっていて、その結果をふまえて秋に引継の方針を固める・・・ということになっているのだ。少なくともタテマエ上は。 で、まあ、立ち上げようとしたわけだけど、これが、スタート会の参加状況がそんなことになってしまい、ど-にもこーにも立ち上がるだけの力が出なかったというわけ。 実はそのスタート会開催日の2,3日前に現園の保育園の園長からも「ちょっとお話したいことが」と言われ、何だろうと思って行ってみたところ。 何人かの保護者が園側に、この保護者会立ち上げについて疑問や反対の意を表明していたらしく、保護者会ができても、入会しないとか反対の人々が一定量いることが想定され、保護者を二分することになってしまうかもしれない。そうなっては園としても、協力の仕方が難しくなるし、もう少し段階を踏んでからにしては?というアドバイスを受けた。 段階というのは、やる気のある、というか興味のある人たちで小さい活動から始めて、まずはその輪をひろげて、仲間をつくって、気運を高めて、というようなことだ。 私は、まず活動の枠というかハコというか、をつくってしまい、そのあとでそんなふうに活動していこうかなと思っていた。それで、ハコをつくるところは、なんていうか、めんどくさいだけのところだから、自分ひとりでやってしまおうとしていた。「お母さん、一緒にやる仲間はいるんですか?」と園長に聞かれ、答えに詰まったものだ。 スタート会の前日にそんなハナシを聞いて、その夜はかなり不安に思ったが、かくして当日の結果は、まさかここまでとは・・・という状態となった。 中には丁重にも心のこもりまくったお手紙をくれた方もいて、とても賛同しているし協力したいのだけど、その日はどうしてもダメなの、という内容で、ずいぶん救われた思いがしたけれど。 しかし、今から考えてみると、当日のショックはそのハナシがあったからだいぶ緩和されたのかもしれないな。 とにかく、しょうがないので、結果としてはその園長先生のアドバイスに沿ってやってみようということに気持ちを切り替え、・・・ やってみましたよ。小さな活動から始めてみるということ。 何かっていうと、水着と帽子のリサイクル。 夏ともなると保育園は、お天気のいい日は毎日プール!なので、水着と水泳用帽子は2セットは必須なのだけど、これが結構、モノはちっちゃいくせに高くって、しかもひと夏で着られなくなっちゃうことがほとんど。たいして傷んでもいないのに、もったいないなあといつも思っていたのだ。ネットで買ったかわいい水着の数々・・・。 このプロジェクトを手がけるにあたって、目標としたことは3つ。ま、やりながら考えたという目標ではあるが。 ひとつは、ナカマをつくること。まずは、何かをやるナカマのこと。で、誰かと一緒にやること。 ふたつめは、保護者どうしの間に、ちょっとしたつながり感をつくること。 みっつめは、保育園側に活動の成果を認められること。 もちろん、実際のモノ(水着と帽子)の行きかいがあってこそ。なのだけど。 でもね、急ごしらえのプロジェクトとしては、結構うまくいったんだ!これが。 3つの目標もそれなりにクリアしたと思う。 時期的にはちょい遅めで、みんなもう買っちゃったかなーという危惧もあったし、(実際オットにはソレやるぞ!と、サイズ別のハコまでつくってからそう言われて、オコッていた。身近にいる人は、ほんとのことを言うばっかりが能じゃないんだぞ、まったく。)サイズ別のハコは靴箱と牛乳パックでつくった。もお、なんてリユースぶりなの、まったく。これが結構楽しくて笑っちゃったケド・・・ でも、今回は一緒にやってくれる人がいて。興味のありそうな人に何人か声をかけてみた。実質はひとりだったけど、(でもスタート会に来てくれたひとりとはまた違うの。)なに、大海の水も1滴のからじゃい。 この人にも、「ちょっと遅いかなーという気もして心配なんだけど・・・」と相談してみたんだけど、「いや、大丈夫じゃないすか?やりましょうよ!」という彼女の元気なひとことに背中を押してもらったのだ。文字通り、一緒にやってもらった感じ。 私が呼びかけ文を書くと、また私のひとりプロジェクトと思われてもよくないので(保護者の中には、保護者会をゴーインに立ち上げようとしているヤツがいる!と、私に警戒している人もいるやに聞いたので・・・)、彼女に呼びかけ文をつくってもらい、プロジェクトの名前も、ニコニコペアレンツ プロジェクト第1弾!という軽快な名前をつけてもらった。こういうのは大事だ。スタート会の関連で、ちょいと傷心な私からはこういうネーミングは出てこないもんね。 プロジェクトの中身は、サイズ別のハコに、出したい人にモノを入れといてもらい、持って行きたい人が勝手に持っていくのだが、持っていく人は、出した人へのお礼のメッセージをひとこと書いてもらうことにした。オカネのやりとりはなしで。 今回はとにかくさっさと提供してもらうことが重要だったので、水着などにつけている名札もとらない状態で提供してもらった。だから誰が出したものかわかるというわけ。 その人に対して、ダンボールに紙を貼り付けた「交流ボード」なるボードに、1行だけお礼を書いていってもらう。なんだかうれしい仕掛けでしょ。出した人は「ウチの、持っていってもらえたかなー」とついハコをのぞくのだが、ボードにお礼が書いてあれば、やったー!という感じ。誰が持ってってくれたのかしら、とつい名前を覚えたりして。(もくろみ) もらったほうも、誰のかわかってるから、何かの折にあの親子だ!と気がつけば、「こないだは水着もらっちゃいましたー♪」と話しかけてみたりして。(もくろみ) 私の出したのも結構売れた?のだけど、ボードに書いてあるお礼がとてもうれしかったなー。よく知ってる人からは、実際に呼び止められて、「もらっちゃったの、かわいいねあれ!」と話しかけてもらったりして。(実際に起こったことが確認された現象) ハコの前に立ってさがしている人も、短い送迎の時間だけどちらちら見かけたし、さがしてる人同士で話してる様子もあった。(実際に起こったことが確認された現象) 園長先生からもほかの先生からも、「結構、盛況でしたね」と言ってもらったし。「こういうことですよね?」と言ったら「そうですね!」とにっこりしてもらった。 なるほどね。こういうふうに始めるってことなんだな。って自分の中でも腑に落ちた。 リサイクル、リユースというのもよかったのかもしれない。引継連絡会のために、理想の保育について語り合いましょう!とか言っても、なかなか、行くメリットが予測できないからだろうけど、人は動かない。でも、参加するといいことがあるかも。と目に見えると、賛同は得やすいのかもしれない。まあ、これはことの本質を見失うことになっては本末転倒だけど。 実際にやってみるといろいろ気づくことがある。 前のさんさんぷろじぇくとのときにも、周りのみんなが言ってくれてたのはこういうことだったのかもしれない。うーん、腑に落ちるのに時間のかかるヒトだなあ、あたしは・・・ でも、とにかく、やってみたこと、凹みきらずに挑戦してみたこと、それなりの成果を出したこと、について、ここでいったん自分をほめよう。そんなふうにして、毎日歩いているわけだし。 なところで、また来月。
July 6, 2009
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中村美香子です。 保育園の保護者の会は、「みんな、どんな意向かな~♪」と、設立についてYES or NOを聞いてみた。1週間の締め切りで提出が80家庭中42家庭。 民営化前の保育園において、保護者の会・・・いわゆる父母会をつくりませんかというアンケートをしたとき、どんな結果が出るとあなたは思いますか? 数えてみると。賛成28票、反対11票、どちらとも決めかねる3票、という結果だった。 まあ、半数以上の賛成があったということで、よかったじゃーん。と思うことに「心に決めた」のだけど(笑、 私は、今回のアンケートの回答用紙は、無記名で賛成反対にマルをつけ、理由欄と意見欄を設けておいた。こういうのも、はじめてやろうとすると、わりとバリエーションがあって迷うのよね。 この理由欄・意見欄が、読んでるとかなり凹むものがあったのよ~。 当然のことながら、反対票のほうが、キッツーイことが書いてあるものが多くて、読んだほうの心象としては、ぜんぜん賛成28反対11というボリュームではないわけよ~。 世の中にはいろんな人がいるんだ・・・面白いとかみんな違ってみんないいとかそういう生やさしい感覚ではなくて、自分の考えをこの先も金輪際受け入れてはくれないだろう、コワーイ人々がいるんだ、っていう冷たい感覚がリアルになる。 そういう感覚、わかんないわー。という方は、何かそういう運動を起こしてみるといいです。どんな小さいことでも、いやというほど味わえますよ。 キョーレツなのは、絶対反対!と反対の前に絶対をつけて、ものすごいなぐり書いてるのとかね。 うん、でもこの感覚は、ここのブログを書いてるような人にとっては、「まだそんなこと言ってたの?」とハナで笑われそうなぐらい、何度も経験してきたことなのだろう。すんませんねー。まだ青くて。ってそろそろ子どもの年齢からいって、青くちゃいかんのだが。 ただ、反対の人たちの意見は、つまりはこういう活動のイヤな面を余すところなくあげつらっていて、それはかなり普遍的な内容なので、それをいかに克服するか、とまでいかなくても薄めるか、ということは肝に銘じないといけないってことなんだよね。 でないと、また、「民営化を考える保護者の会」と同じになっちゃう。 キョーミのある、もしくはギム感の続く人だけがやるの。というかたち。 反対の理由は、1.もうこれ以上めんどくさいことはできない!2.活動の内容がよくわからない 3.必要性を感じない が主なものだった。 手続きをできるだけめんどくさくなくすること、内容をめんどくさいと思わせず、必要だと思えるものにすること、まあ、解としてはこんなところでしょうか。 ま、クレームはお客様のありがたい声ですから。ね。 昨日は子どもたちとクレヨンしんちゃんを観に行ったのだが、 まあ、全体的な感想を述べることもないから何も言わんが、・・・ その中に、でも、実は似たような感覚が織り込まれていたのだ。運動を起こそうとしたときに、反対や無関心の態度にさらされて心が折れてしまった人が、転じてこのドラマのわるーいヤツとなっている。その運動というのはエコなんだけどね。 まー、うちの5歳だの3歳だのには、ちょっとまだそんな感覚は理解しがたいわけで、しかもそれに対して、「だからってこんなことするの勝手だろ!」という反論しかされてなくって、心洗われるような昇華という展開がないので、そのモチーフが、子どもの見るドラマの内容としては浮いてるんだよね。 だけど、こんなことを織り込むからには、これをつくった人はきっと、その感覚がリアルにあるのだろう。悪人のプロフィールとしては、変わってるもんね。コンプレックスとか幼少のころの育ち方とか、そういうのが多いじゃん。 園長先生にも、「お母さん疲れてる感じがあるから・・・大丈夫ですか?」と聞かれてしまい。 まあ、これを聞かれるのがこれまたディプレッシングだったりするのだが、 しかし、いずれにしろ外見がいつも疲れ気味のようなので、気にしてはいけない。ふん、こういう顔なんだよ。 というわけで、「メジャー」という野球アニメの歌で、今日は締めたいと思います。 子どもたちと歌うと、勇気が出ます。 しょぼい顔すんなよベイベー しょぼい顔すんなよベイベー きっとすばらしい未来がまってる いまさらだけどおまえに言うよ 立ち止まるには早すぎるだろ 負けず嫌いの俺たちバカは 夏の暑さを思い出すんだ お前がダメなときは 俺ががんばるから いつものようにバカやって笑わせてくれ しょぼい顔すんなよベイベー しょぼい顔すんなよベイベー きっとすばらしい明日がまってるぅ~♪
May 4, 2009
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中村美香子です。 ようやく、ようやく、保育園の、保護者の会をつくるための提案書&意向確認書を保護者の皆さんに撒きました。今週いっぱいが締め切り。 保護者の会って、まあいわゆる父母会ともいう、保護者会のことです。ある園にはあたりまえにあるような感じの組織だけど、うちの園にはないんだなー。 民営化園を行政側が決めるときも、それもあって狙われたんでは?といううがった見方などもありますが、なんしろ、なくても自治体立の保育園って、なんとなく特に問題なくいけてしまうんだな。 民営化事業者を決めるまでの行政に対するチェック、関与については、文字通り「民営化を考える親の会」をつくって、それで対応してきた。 しかし、事業者が昨年12月に決まって、これから移行していく段階にあって、やはり、恒常的な活動形態をもち、かつ親の代表としての正当性をもった(そう思い込まれる外見を備えていることが大事だよね。会長とか会計とかがいるとかさ)組織で対応したほうがいいと思ったのだ。 新事業者と園のありようを決めていくのに、保護者の組織がないと新事業者も誰と話して決めていったらわからんわけで、そのアクターとしては、外見上、保護者の正当な代表でないと、いかんでしょ。 で、とりあえず「保護者の会をつくりませんか?賛成反対その理由、意見を表明してください」のペーパーを配布した。昨年度の民営化関係のこういう活動は、行政側が活動費をもってくれたが(これは当たり前っちゃ当たり前だけど、ちゃんとやる自治体は少ないかもしれない。でも、民営化チェックをやるならこの仕組みは不可欠!)、こっからはそれもない。ってなわけでウチのプリンターで、90枚コピーする。どうせまだ領収書とっといてもあとで精算できるかわかんないしなー。 一応、勝手につくった保護者の会じゃあ、民営化親の会と同じだから手順は踏んでおかないといけないかなあと思って。ここいらのプロセスは特に世の中的に決まっていないので、このへんが自分で考えないといけないところなのだ。なおかつ、民営化親の会で活動してたときの経験からなのか、考えるヒマがなかったからなのかは自分でもようわからんが、何票あつまったら設立するのかという条件設定を、提案書ではやってない。結果みて設立の理由付けの書き方を調整しようというハラだ。わははは。 まー反対多数ってこともないと思うんだけど、ぎりぎり過半数とかだったらいやだな。判断に困るじゃないの。 ま、つくらないわけにはいかないんだけどね。 提案書には、民営化移行への対応のためにつくる必要があることを書いたうえで、一般的な保護者の会として、どんな会にしたいと思ってるかというのをちょっと書いた。 こういうのって書かなくても、保護者の会なんて世の中的に概念が確立しているものだから、ペーパーとしては通るけど、これがあるかないかでは、こうゆうのを提出したり関与したりというインセンティブに関わってくると思うから、発起人は書かなきゃだめ。というのが私の勝手なセオリー。 で、それは、・・・「・・・活動の具体的な内容は、これからみんなで決めていくことですが、私としては、形式的な年間行事などはできるだけ排除し、実質的に、(1)保護者と保育園が協力して子どもの幸せな育ちを促す、(2)保護者同士のつながりをつくり、子育てのある生活の中で助け合う、ことにつながる活動を、やりたい人が中心になって行う仕組みをつくりたいと思っています(もちろん、100人の子どもの保護者という規模で活動するためには、各クラスから役員を選出する必要はやはりあるでしょうが・・・)と書いといた。ちょっと4つ葉っぽいでしょ? めんどくさいのにいやいや保護者が夏祭りになんか出し物を出すとか、記念品の贈呈とか、そういうのの実行委員をみんな逃げ回るとか、そういうのはできるだけやめて、いい活動をしたいな。 うーん、恐れ多いことだ。ほんとに私にできるのかしらん。・・・と弱気になったら思い出そう。プリキュアの歌を。私は前のやつのほうが歌が好きなので前のやつ。やっぱここは、「行くよ、女の子ー♪」だよね。いやもちろんオトコも参加せよ、だけど、こういうコンセプト自体、生みの親はやっぱりオンナのほうだと思うから。私の場合は元ネタはやっぱり4つ葉だから。 ・・・昨日は、第1回の「引継連絡会」なるものもあった。民営化の、事業者が決まって移行に向けての、自治体・旧事業者(自治体立だから現園長先生のこと)・新事業者・保護者の4者で集まって、これからの引継プロセスについての説明を自治体から受けた。 こっから7月までは、保育園に期待すること、していることをみんなでフリーディスカッションすることになっていた。ふうん、自治体もなかなかきちんと手順を踏むじゃないの(笑)。 先行民営化園では、小グループに分かれて、テーマは共通で、ブレーンストーミングしていったのだそう。自治体が司会して、みんなで、・・・という形態では限界があるので、ということらしい。ま、そりゃそうだ。やりかたについては、保護者のほうからもぜひアイデアを出してくれ、コーディネートもしてくれてもいい、みたいなことを自治体のほうが言っていた。ま、それもそうだろうなあ。 でも、昨日の連絡会では、まだ、新規採用をいつ何人採用することになるの!?という、前からの懸案についてチェックする声がきびしい語調であがったり(いや、必要なチェックだけどね。こっからの人事をきちんとやってもらうことは大事だから)、 その、話し合いの形式のハナシが自治体側から出たときに、「相変わらずこの形式で、なんか違うんじゃないかなと思いました」という、じゃあどうするの?は誰かほかの人が考えることが前提なのかしらんという感じの声があがったり、 「保護者のほうにあんまり期待しないでください。民営化親の会がなんかディスカッションするっていったってみんな引きますから」という消極的な声があがったりで、 うーん。ほんとにできるのかな?ともやもやしてしまった。 私としては、そろそろ、「糾弾&チェックモード」から、「協力&共にクリエイトモード」に親のほうも移行してかないとと思うんだよー。 むしろ、そのときに、何かクリエイトできるソフトを親のほうがもってるかどうか、自分のことを考えてもめちゃ不安。 どんな保育園にしたいかってことは、どんな子育てしたいか、どんなふうに園と協力したいか、どんなふうに親がつながるべきか、ということなわけで。 考えたこともなければ、そんなソフト自体、組み込まれていないわけでしょ。 むろん、そんなこと、行政に考えてもらうハナシじゃないし、そこだけは保育園のいいなりでいいというのも情けないハナシなわけで。 私は、今、保護者の会立ち上げますから、そこでやりましょー!と呼びかけて昨日は終わった。 こりゃーかなり、プリキュア何十回も口ずさまないと。ってか、プリキュアのように、何人かで取り組みたいっちゅうねん。仲間をさがさないとだね。 さて、どうなりますやら。 ま、Go,go!だ。どっちにしろ。もう、船に乗っちゃったもんね!
April 20, 2009
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中村美香子です。 今しがた、やっと書き終えたブログが消えてなくなった。このサイトは、最後に送信!ってやったときにインターネットにつながらなかったりすると、そうなる。泣きそう。 でも、気力がまだ残っている間に、再現してみせるのだ。負けないもん。 以下、必死で再現。 私はカテゴリに、「さんさんぷろじぇくと」と入っていて、それがなんであるか触れないで今までブログを書いていたのだけど、 去年、民営化ばっかりになる前は、そういう名前の活動をしていたのですね。 なんの活動かっていうと、世田谷区のさんさんサポート事業っていうサービスを、もっといけてる内容にしようっていう活動だった。 これがどーもうまくいかなくて、民営化をいいわけにすっかり放っていて、サイトももちろんブログの更新もほっていて、エロいコメントやらエロいトラックバックやらエロい掲示板への書き込みやらですっかり食い荒らされていて、なんとかしろー!という声にも耳を貸さずただただほっていて、 だから、まったくぜんぜん自分の実績ではないのだけど、放り出す前に最後にやろうとしたことが、ぬあんと、この4月から、実現していた! お恥ずかしながら、このことも、今日公園でお花見してたら、偶然会った人に聞いたのだけど、でも、うれしい事実であることには変わりがない。 さんさんサポート事業っていうのは、産前1ヶ月から産後6ヶ月までの間(当時)、無料で3回、子育て支援ヘルパーなるものの自宅への派遣を頼めるという世田谷区のサービス。 事業開始時は2回だったのが3回に増え、今回からは妊娠届提出からコドモが1歳になるまでと、利用できる時期が長くなった。サービスの提供者は、世田谷区と契約している、民間のベビーシッター会社や介護事業者。頼めるサービスは子育て支援か家事援助で、どちらかを選ぶ。 私はひとりめの子の出産後、このサービスが始まって、でも、なんだか使い勝手が良くなくて、もうちっとなんとかならんかなーと思ってこの活動を始めたのだった。 最後にやろうとしてたことは、利用手続きをカンタンにしよう!ということだった。 当時の2割、3割という利用率をなんとかしたいんだったら、(当然とっといた予算が余るってことなんだよ)まずこれぐらい、手がつけられるでしょー!ってなるわけだ。 従来の利用者の利用手続きは、1.妊娠届を区の出張所等で提出するともらえる「母と子の保健バッグ」に入っている、申し込み用のはがき(ちなみに切手は貼らなくてよい。これだけでも実現させるのに苦労したんだって担当者は言ってた)に住所・氏名などを記入し、ポストに投函する。すると、それがラミネートされて返送されてくる。これでようやく「利用券」となる。2.最初に「母と子の保健バッグ」に入っている、事業者一覧を見ながら頼みたい事業者に、利用したい日の最低でも2週間前に電話をかけ、予約を入れる。というものだった。 2については、事業者一覧を区のサイトに載せて、事業者のHPにリンクさせといてよ。という要望をし、これについては受け入れてもらった。唯一の私の実績だ。 だって、頼みたいサービスによって、どの事業者に頼むかなって考えるときに、どんな事業者かしらって調べたくなるでしょ。ってか、こんなサービスを使ったことのある人はほとんどいないんだから、サービスの提供者について普通に知りたいと思うでしょ。 でも、赤ちゃんが産まれちゃったら、赤子片手にキーボードは打てないわけで、基本的にマウスの操作が精一杯だ。しかも、それだってそんなに長い時間はとれないわけだ。 うまくいかなかったのは1のほう。 「母と子の保健バッグ」に最初から利用券のかたちで入れといてよ。という要望をしたの。 だって、赤ちゃんが産まれちゃったら、はがきに何か書く、ポストに投函しにいく、こういうことを忘れないでやりとげる、なんてことがとたんにチョー難しくなる。 今回、それが、「母と子の保健バッグ」に最初から利用券のかたちで仕込まれることとなった! 素直にうれしい。 区の担当者から、それができない理由を、郵送させる目的を、聞き起こして、この点はこの方法でもクリアできるよね、その目的はそもそも必要ないよね、などなど、論破したつもりだったけど、 最後は「だーめーでーすー!」的な反駁に遭って、あきらめざるを得なかった。 当時の区の論理としては。 無記名の利用券にすると、チケット市場に出回って(生活保護者のおふろ券は出回るのだそうだ)、本来利用対象者でない人が利用する可能性がある。しかし、「では、妊娠届を出すときに記名させてラミネートしちゃったら?」という私の案では、記名させるときの説明やら問い合わせやらに、非常勤職員でかためた出張所では対応できない。というものだった。 いずれのハナシも、そんなものすごいことにはなんないってば。と思ったけど、いくらそう言ってもこれは論破できない。絶対ないっていう立証ができないからだ。 要するに、どこにでもあるハナシ。いろいろ天秤にかけて、最後はえいやっ。政策なんてそんなもんだ。要はやろうと思うかどうかだ。それがやりたくないんだもんっていう主張は論破できない。やってることが、違法とか不経済とかっていうふうに、明らかに間違ってない限りは。 くやしくて、ブログでリベンジを誓ったものの、こんなことすら実現できないんじゃ、この先(サービスの内容とか)なんてありえないな・・・と思い、自分で自分の始めた活動を見放してしまったのだった。 今回の制度改正は、どうやら、無記名の利用券を、妊娠届提出のときに、配布することにしたようだ。事前の申し込みは必要ないって書いてあるから。 ま、そりゃそうだろな。そんなもん市場に売ってるヒマが妊婦・産婦のどこにあるっていうの。ってか売れないってば(笑)。利用率低いのに、市場性があるかい。 それに、家に行くわけだから、住所が世田谷区内であるかないかはカンタンに事業者は確認できるわけで。あとは妊婦であるとかコドモがいるとか、外形的にわかるじゃん。 私は、市場に出回るのがそんなに心配なら、出張所で妊娠届出すときに、その場で記名させて申し込みさせちゃったら?という論法でいったのだが、無記名でいいじゃない!という論法のほうがよかったのかもしれない。 ま、でもとにかく、要望してた内容は、行政的にありえないハナシ、ではまったくなかったということだ。 誰ががんばってくれたのかわからないけど、でもきっと誰かががんばったのに違いなくて、その人に言いたい。これは大ヒットだ!ありがとう! だってこれで利用するのが格段に簡単になる。最初からこの方法だった人にとってみれば、前の制度について聞いたらヒェーッ!って思うだろうな。そんなもんだ。 さあてと、私はこのあとどうしたいのか、考えないと。いいかげん、この活動をどうするのか、カタをつけないとね。 でも、ぜんぜん自分がやったことではないけれど、不思議に心が軽くなった。 こんなことすらできないってことに、後ろ暗いようなつらい気持ちがあったけど、そこからは解放された感じ。 うん、春はいいな。 行政も年度初めに、ちょこっと変わるの。 私も始めなきゃね。
April 6, 2009
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せたがや子育てネットが募集している、鉄道利用時のあったかエピソード。こないだ松田さんがPRしてたやつ。よし、みんな書こう。4月9日までだゾー! これは、東京都の福祉保健局と子育て応援とうきょう会議(杉山さんが委員やってて、やっくんがなぜかイメージキャラクターなやつだ)とせたがや子育てネットと鉄道各社でやってるキャンペーン、だ。東京都の報道発表はこれ。 がんばれ、せたがや子育てネット! えー、今日は、自分のほうのネタがまだ書ける状態にないもんで、これに便乗させてもらおっと(笑。 あったかエピソードね。・・・ うーんと。 ベビーカーにコドモ乗せて電車に乗ってるときでしょ。 いやー、席を譲ってもらったことは何度かあると思う。 おや、こうして考えてみると、ムカついたことは確かによく覚えてるんだけど、ありがたかったことは輪郭がぼやけてる。いかんなー でも、こうして考えてみたら、決してイヤなばっかりの世の中でも生活でもなかったんだって、改めて思い返したりして、こういうイミが隠されていたか。このキャンペーンには。ヤラレた。 さすがにまつださんのように、拝まれた、なんてタノシイ経験はないけど、座ってベビーカーの上のコドモに話しかけていたら、向かいの席のおばちゃんたちがにこにこ見ていて、かわいいわね、なんて言ってくれるとほっとしたことなんかは何度もあるなあ。 おばちゃんはやっぱこうでなきゃね。 最近、自分も2歳以下のコドモを見ると特に、つい、わらわらと近寄っていってしまいそうになる。自分のコドモのときにはいつもいつもこんな気持ちでもいられなかったけど、今そのくらいのコドモを見ると、かわいーねーもう、って思ってしまうのだ。 おばちゃんといえば、おせっかい。 これが、うざいというか、メンタリティが理解できない・・・みたいな感覚ってあるでしょ。 うん、まさに新自由主義っぽいよね。 若いころなど特にそう思ってるよね。みんなそうだよ。 でもね。 自分がだんだんそっちに近づいてるから言うわけだけど(笑)、 電車なり、道端なりから、そういうおばちゃんがいなくなってしまったら、この世はもっともっと子育てしにくいことになってしまうだろう。 いいの。経験のある人はそれを活かせば。経験もあって子育てにちょっぴり後悔なんかもあったりして。そういうのは、奮闘しているおかーさんたちをいちばん優しく見守れる目だったりするわけで。 もっとも、おばちゃんだけじゃなく、若ーい大学生にお世話になったこともある。これは、ニンプのときだけど。 ニンプながらも、飲み会なぞ行っておそーくなって、井の頭線のホームを見て、すっかりビビッた。おなかがぱーんってつぶれてしまいそうなほどの混雑。募る後悔、しかしもう遅い・・・ いかにも軽めな、イマドキの若者だった彼は、「あ、どうぞ、座っちゃってください。」とちょっと不思議な日本語とともに席を譲ってくれた。 降りるときにもういちどお礼を言ったときも、なんだかものすごく面白い日本語を言ってて、ほんとにどっから見てもあたまは悪そうだったけど、その優しさとおかしさにどれほど心が楽しくなったことか。なに、あっちは若造でバカでも、こっちは年いっててなんでもすぐ忘れるので、ちょうどいいってなもんで。今じゃー、そのおかしな日本語は忘れてしまって、うれしかったことしか覚えてない。 ニンプのときには、もっすごく礼儀正しいおじさんに席を譲ってもらったこともあったなあ。 あとね、ふたりめのニンプだったときは、私は、1歳くらいのコドモをおなかのバッグに乗せて立っていたおかあさんに席を代わってあげた。もちろんニンプだってわからないぐらいの時期だけど。ま、すでに子連れお出かけのキビしさが身にしみてたってことですね。ええ話やろー(笑 あとね、ウチのオットの話で恐縮だけど、EVにベビーカーごと乗せるときには、いつも自分は階段で移動してEVのハコの前で待っていた。駅のEVはいつも混んでるからね。まー当たり前っちゃ当たり前なんだけど、なんでお前が乗るんじゃーみたいな健康そのものみたいな若者やおばちゃん(おばちゃんってのはいろいろな面があるのよねー)がわらわら乗っていて乗れない・・・というようなことがよくあったので、この点オットはえらいなあと思ってた。ははは。 今となってみると、小さいコドモを連れたおかあさんやおとうさんを見るとついつい気になって注視してしまうのだけど、 何かお役に立てないかなーって、結構鼻息荒くしてるんだけど、 これが、経験者の自分でも、何していいかよくわかんないんだ。っていうか、迷うことばかり。 今回のこのキャンペーンでは、「こんなことが子育て者には喜ばれている!」ってあたりをある程度抽出して見せてもらえるといいのになあと実は思ってる。すいません、何もしてなくて期待だけしていて・・・ま、それもあって今日はせめてここでとりあげて考えさせてもらおーかと・・・。 たとえば自分もそうだったけど、立って赤ちゃんを抱っこして・・・もともと、かベビーカーからとりあげて、か、いろいろだけど・・・いるときに、お座り、と席をゆずってくれる人は結構いるのだけど、これがまた、コドモってのはなぜか「立て!」「歩け!」とハハに命令を下していることが多く、座りたいけど座れないのよー。ってことが実は多い。 でも、ま、いいのかな。とにかくそう申し出ることで、あなたはひとりじゃないんだよ、あたしは何か役に立ちたいと思ってんのよ、というメッセージにはなるから。 しかし、結果、丁重にお断りされることがかなりの確率であるもんだってことは譲ってあげる側も知ってたほうがいいかもね。ガッカリしてやる気をなくすといけないから。 そういえば、この間、保育園の進級お祝い会という、各クラスの子どもたちが各々、劇や踊りなどのパフォーマンスを披露するという行事があったんだけど、 スーツ姿のおとーさんが、1歳前ぐらいの赤ちゃんを抱っこひもで前にぶらさげながら、上の子の劇をビデオに撮っていて、すごいなーこのおうちは、おかーさんはお仕事休めなかったんだろうなーとかつい邪推していたら、赤ちゃんが泣き出しちゃって、 隣にいる私は、しばらく、どうしようかすごーく迷ってしまった。 赤ちゃん抱っこしてあげようか?と言いたい。でも・・・ 1.赤ちゃんてば抱っこひもの中にいて、とりだしにくそう。このおとーさんはそこまでするっていうかしら? 2.しきゃーも、赤ちゃんを泣き止ませる自信は私にはない。そんなに何人も育てたばーさんのような超能力ないし・・・ 3.このおとーさんの上の子はどうやら今まさにパフォーマンス中だっちゅうに、赤ちゃんのやりとりなんかしてたら、ビデオがえらい揺れるだろーし・・・ でも、ここで何にも言わないのはもう、非人道的だ!というような泣き声を赤ちゃんがたてはじめて、ようやく私も、おずおず言ってみた。赤ちゃん抱っこしますよー、って。 そしたらね。おとーさんは「ありがとうございますっ」と言って、ぐいぐい抱っこひもから赤ちゃんを引っ張りあげ始めたので、私もぐいぐい抱っこひもを引っ張り下げた。 おお。これは、求められてることだったらしい。言ってよかった! と、私はすっかりうれしくなっちゃって、そのちっちゃいかわいいのを抱っこしちゃって、案の定赤ちゃんが泣き止まなくてももう気にならなかった。っていうか、大胆にも、暑いのかなーとか言って、ぶあつい上着をくるくる脱がしちゃった。もうすっかりおばちゃんだこりゃ。 なんていうか、電車の中でも同じなんだけど、何をしてあげたらいいのか、どこまでやったら喜ばれるのかが、よくわかんないがために、手が出せない。 もしかして結構そういう人は多いのかもしれない。 いくらコドモが泣いてたって、「抱っこしますよ」って言われて、ほいほい知らん人に渡すわけないよなー。とか、「荷物持ちますよ」って言っても、どこで降りるのかしらんとか、それこそあやしいと思われてもなー。とか。 私は、階段をベビーカーにコドモを乗せたまま上り下りするときに手伝おうと言われると・・・(言われたことはなかったが。)ベビーカーはいいからそのハンドルにいっぱいぶらさげた荷物のほうを持ってほしいな。と思っていたなあ。あまりの重さに取り落とされたりしたらやだし、持ち逃げされたらいけないし。 なんていうか、こういう子連れお出かけのお手伝いに、ちょっとばかりスタンダードが決まってるといいんだけどな、と思ったりする。どうだろ? どんなエピソードが来るか、そっからどんなことが読めるか、楽しみだな。 ってか、あんまり役に立つエピソード書けなかった。ごめん松田さん! ってか、せたがや子育てネットの会員になるつもりなのにまだなってない。会費払わなきゃ! 4月を前に、決意を新たにする私であった。みんなも、このキャンペーン、参加してみてね!(結構おもしろい。また、結構感慨深い。)
March 22, 2009
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中村美香子です。 今日のテーマは、また、引き続き、「資本主義はなぜ自壊したのか」(中谷巌、集英社インターナショナル)のホンから考えたこと。 中谷氏は、新自由主義を標榜するグローバル資本主義が世界に蔓延した結果、日本もスゴイ格差社会になってしまったとしているわけだが、・・・ そして新自由主義の基本的なセオリーから、個人はアトム化し、自分の利益や効用を最大化することが行動原理のメインを占めるようになってしまっているというようなことも指摘しているわけだが、・・・ 経済的な格差、派遣と正社員、高齢化しまくった地域、などなど、日本のいろんな局面で生まれている社会の分断という問題をどう解決するか、については、国家に期待できる役割は少ないとしている。 ま、そうは言っても、経済的な格差を修正し、所得の再配分を行う機能ややっぱり国家にあって、その機能はいまや強化すべきだということは言っているのだけど。日本の所得税率は現在37%と比較的低い。アメリカよりは高いけど、北欧諸国がもーっと高いことはよく知られていることだし。その処方箋として、ただ直接税の累進性を上げよということでなく、還付金付き消費税というユニークな手法を提言している。これは、消費税というのは所得の低い人に対してキツイという逆累進性があるので、一定の金額を全員に還付することによって、それを緩和するという方法なのだって。この議論はこの議論で面白い。直接税をがんととれば、やる気がなくなって牽引する力がそがれ、社会が停滞する・・・という議論は、確かに一理あるのだろうと思うからだ。うーん、でもこれはやっぱり新自由主義に洗脳されているからそう思うのかな。 ま、それはおいといて。 北欧諸国の高福祉・高負担の路線は、よく知られていることだけど、それは私たちも採用してこなかった。でも、直接税の高い北欧諸国が、社会主義でもなく、アメリカや日本のように新自由主義によって格差が拡大して希望がない・・・という状況でなく、経済もそこそこうまくいっており、高負担に対してモンクを言わないのかというと、それは社会に支えられているという感覚があるからだと筆者はいう。 年金や福祉という、行政がかかわるシステムはもちろんだが、たとえば出産した後、出産費用などの自己負担が限りなくゼロに近いという金銭的支援もさることながら、「子育てにまつわるさまざまな親の苦労を国家というよりも地域社会全体で肩代わりしてやろう」という体制ができているからだ、と。具体的には保健婦の家庭訪問、デイケアサービス(一時保育みたいなもの?)、などなどが挙げられているが、デンマークの子育て支援はもっといろいろあるだろうと思う。虐待してしまいそうな家庭を、親ごと面倒みる施設があるというようなことはm私も読んだことがある。 で、ここで筆者が強調するのは、「子どもは地域社会が育てるものである」という意識が社会全体にあって、サービスの担い手=国家ではなくて現場の人々や地域社会の役割が適切に果たされていることだ。 社会の分断を解決するために、中間的共同体の存在が不可欠であるという主張がされている。地域のコミュニティ、NPO、趣味のサークル、などなど。昔は会社が提供していたようなそれらの機能集団。 国家が安心、安全をすべからく提供できると信じたのが社会主義で、その対極が新自由主義で、結局それもだめだったと言いたいわけだ。 そうして考えると、子育て支援をやっている人たちは、ほんとに自負していいと思う。 中間的共同体をつくっているのだと。あたらしい社会のかたちをつくっているのだと。自由がなくても、自由すぎても生きていけない人間が、しあわせを感じるための、すばらしい装置をつくっているのだと。 もう時間がなくて書けないけど、私たちの年代は、社会主義の崩壊も見たし、バブルの崩壊も見たし、今またグローバル資本主義の功罪も見ている。 子どもを育てること、社会で支えようという動き、毎日私たちが感じていることは、こうした。それこそグローバルな歴史の流れの中で、生まれるべくして生まれてきた、歴史の要請なのだ。 どうでしょう。モチベーション上がった? 私もそう自分を励まして、ええと、保育園で支えあうシステム・・・保護者会がそういうものになればいいなと思ってます・・・保護者会の立ち上げをほんとにやろっと。次回はそのはなしを書ける状況にしますっ。
March 9, 2009
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中村美香子です。やべ。2週間経っちゃった。保護者会を立ち上げなきゃいけないのに、まだその準備に着手してない。イカン。というのはさておき。今日は、急に大上段にふりかぶり、ものすごーくマクロから(笑。中谷 巌の「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社インターナショナル、2008.12.10)をちょろっと読み始めたので、それに寄せて・・・すごいな。この本、去年の12月に第一冊が発行されて、これがもう第5刷めなんだ。めちゃ売れてるってことか。確かに、読みたくなる本ではある。中谷巌氏といえば、私はなんといってもマクロ経済学の教科書書いてた人。というイメージで、その学説まではよう知らんかったのだけど、新自由主義の急先鋒だったのだそうだ。 新自由主義とは、「1980年前後に始まったサッチャリズムやレーガノミックスのように、小さな政府を目指し、規制を撤廃し、あらゆる経済活動をマーケット・メカニズムの調整に委ねることが経済効率の向上とダイナミズムをもたらす」という考え方のこと。(カッコ内本文より引用)日本でもこの流れは細川内閣の頃から始まっており、もちろん、小泉構造改革も、この考え方に基づくものだと考えてよい。らしい。 小泉内閣のときではなくその前の時期ではあるが、この政府の動きに加担し、むしろ先導してきた筆者が、その新自由主義の結果というか世界版というか、であるグローバル資本主義が、人間を幸せにしない欠陥を内包していると主張し、そこからの転向を表明した、「懺悔の書」であるというのだ。 ちらちらと読んで、少子化についていっぱい書いてあるわけではないけれど、日本がどれほどの格差社会であるかを論証するのに、シングルマザー・シングルファーザーの貧困度を挙げたりしていて、視野にはいっていないわけではないんだなと思う。 あらためて振り返ってみると自分もこの新自由主義というやつに、やっぱり洗脳されていたんだなあと思う。中谷センセイのように政府の動きに関与するような位置にはいないけど、その動きを、どちらかというと肯定的に考えて受け入れていたほうだと思う。 だって、大学のとき、ソ連が崩壊して、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」は息もつかず読んだものなぁ。 ゼミの夏の発表では、それについてやったのを思い出す。 ちなみに、なぜ「新」自由主義というかというと、経済学の上では、昔、古典派という、アダム・スミスの「神の見えざる手」に始まる学説があって、もちろん、マーケットに任せておけば万事うまくいくのよ。という学説なんだけど、これはまさに、いうなれば自由主義の考え方で、1919年ぐらいだっけ?大恐慌が起こったために、政府が積極的に介入して公共工事をやって・・・という、ケインズによる学説が生まれて、ニューディール政策でそれが具現化されて成功をおさめて、それからはケインズ派が強かったのだけど、やっぱりなんだか社会が非効率的になってインフレとともに不況になって・・・となってきて、政府の経済への介入を積極的に進めようという主義から自由主義への回帰だったからそう呼ぶのだ。小さな政府っていやーそれは新自由主義、なんだね。 で。 この書では、グローバル主本主義の欠陥につき、世界金融経済を不安定にする、格差拡大機能を内包している、地球環境汚染を加速させる、などを挙げている。「より多く儲けたほうが勝ち」という新自由主義的価値観が、人間をアトム化し、社会を分断し、環境を破壊していくというのだけど、「経済学的に表現するならば、環境破壊とは企業などの経済主体が「環境コスト」を支払わないために発生し、加速していく現象である。」としていて、 これは、少子化のハナシにもあてはまると思う。前から思っていたことなんだけど、環境コストを次世代育成のための環境整備コストとかっていうふうに置き換えると説明できそう。 むろん、ワークライフバランスのハナシもこの中で説明できるのだ。 コドモを産んでみて、その不自由さにびっくりして、気づいたもの。私たちをつつんでがんじがらめにして、欲望や幸せの感覚を支配している価値観から、この存在はあまりに外れているって。 そこから考え始めたのだ。派遣社員のこともずっと気になっていた。役所の中にも派遣さんはどんどん入り込んできている。 中谷氏のように、ひもとくツールを持っていなかったけれど、腑には落ちる。 たまには、こんな、ニホンといわず、セカイの大きな動きから、今いる場所を考えてみるのは悪くない。 というか、とても必要なことだと思う。とはいうものの、私もコドモが生まれて5年ほどはシンブン読んでないけど(笑。 うまく書ききれなかったけど、今日はそんなところで。私たちの子育てとグローバル資本主義は無縁ではないのだ。てか密接なつながりがある。 ちゃんと読んだらまた書こうと思う。皆さんもてにとってみてね。
February 23, 2009
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中村美香子です。 本日は、2週間前に、やるの♪と書いていた保育園でのおはなし会のおはなし。今回は食事・食育がテーマでした。 うー、でも1時間しか時間がないうえに、みんなぴったりの時間には来られないので、なかなか食育までは手が回らなかった・・・。 でも、調理の方々(名前も知らなかった!普段会う機会がないんだよね)が、クレームアンジュという、ウマいお菓子の作り方をやってみせてくださって、みんなでちょっと食べて、コドモも食べて。 あと、保育園のメニューから、いくつか、人気のおかずメニューのレシピも伝授してもらった。作ってくれたクレームアンジュというお菓子も、人気メニューのひとつなんだそうだ。クリームチーズに泡立てた生クリームを混ぜてブルーベリーソース(ブルーベリージャムにお湯を混ぜる)という、きわめてカンタンなメニューなのだけど、アイスクリームのようにぽこんとディッシャーで抜いてお皿に載せてソースをかけると、なかなか小ぎれいなおやつになるのだ。 そのほかは、野菜食べないのよーとか、お菓子との付き合い方ってどう考えてる?とか、ちょこっと話した。でもこっちはなかなか時間がなくてねー。 あと、保護者に紙まいて依頼した、忙しい日々のごはんのメニューも、3人+私の分をコピーして、配布。紙まいた結果、4人からアプローチがあった。うんうん、まあこんなもんかな。なんつっても出席者が4人ぐらいだからなー。今回は紙までまいたのに、ちょっとショック・・・。 もうちょっと大きな動きにしていかないと、ちょっとさびしい。 民営化でいやというほど味わったけど、やっぱり日々の生活以上のことをする、しようという人というのは極めて少ないのだ。 特にシゴトしてるしね。これがシゴトじゃないから。 でも、何か方法論はあるはずなんだよね。 民営化のときは、自分がどう働こうかということを考えるのに精一杯で、ほかの人を巻き込んで大きな動きにする方法を考えてる間はなかったけど、 こっちは考えないと。 うーん。こういうときに、子育て支援業界のヒトビトの知恵を借りたいなー。とか言ってると、子育て支援業界のヒトビトもどんどん忙しくなってしまいそうですが。しかも、コンサルしてもらってもこっちは払うものがない。っていうか払う基盤がない。といって、ボランティアで教えてくれというのもね。 あ、それとは関係なく、民営化のハナシだったら、私はご相談に乗りますよ。ってか、私の経験で使えるものはなんでも使ってちょうだいなと思う。だってゼロからやるのはなんだって大変だし、そこでがんばる必要はないと思うしね。全国の民営化に悩む?保護者の方がいらっしゃったら、ぜひメッセージくださいな。 3月4月は保育園が忙しい時期なので、おはなし会はお休み。 その間に、私は、保護者会立ち上げをやらないとね。そう、ウチの保育園は保護者会がもともとないのだ。だから、民営化対応のための保護者会組織を急ごしらえでつくったのだけど、やっぱり保護者会はあったほうがいい。 だって、方法論だけではだめで、仲良しであることが必要だもの。 つまり、おはなし会行こうかな、っていうのも、腰やら足の重たいヒトビトを巻き込むには、あの人がやってるんなら行こうかなとか、誰かとお誘いあわせの上行こうかなとか、そういうのがあると、きっとかなりのアクセルになるんだろうなと思う。(私はあんまり関係ないんだけどね。実は。) 保護者会があると、何かと仲良しになる仕掛けはやりやすくなりそう。 しかし、どこまで自分が引き受けられるのか、考えだすとちょっと足がすくむ。杉山さんはきっと、「まあ、あなたがどれぐらいハラを決められるか、よね」ときびしく、いたずらっぽく言うのだろうな。(言われたことのある奴。)ハイ。 調理さんから教えてもらったレシピ、作ってみておいしかったりしたら、感想を、保育園のクレーム箱に入れてね!と、来た人に言っておいた。 こちらも返さないとね。関係をつくるのは、双方向でないとね。 ちいさな一歩になってるといいのだけど。っていうか、私も作ってみて、感想書こう。
February 9, 2009
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中村美香子です。ちょっとお久しぶりになってしまいました。 保育園の民営化は、事業者が年末に決定されたのだが、昨日はその報告&説明会だった。自治体のヒト、選定委員会のヒト、事業者のヒトが園に来て、決定理由の概要と、事業者の紹介と、今後の引継ぎスケジュールなどを話し、質疑応答。 決定理由については、きちんと説明しろよーというプレッシャーを、アンケートやらなにやらいろんなところでかけていたので(笑)、選定委員から、まあまあていねいに説明がなされました。 選定委員は全部で5人いるのだが、保育園を考える親の会の普光院亜紀さんと、現保育園の園長と、自治体の保育課長(キー。なぜあなたが入ってるの?ま、それはおくとして・・・)が出席していて、それぞれからこの事業者に決定となった理由・・・どういう判断を自分がしたか、の説明があった。 ちなみに選定委員会の決定は、点数制ではなく、合議なので、いずれにしてもこういう説明のしかたとなるよね。ま、点数制だからって点数表を明らかにしたりは絶対しないだろうけどね。 と、聞きながら、夏ごろにやりあっていた議論の内容を懐かしく思い出していた。 保護者からの質疑応答の時間に、私は、特に保護者を代表する立場ではないのだがと前置きしたうえで、ここまでの自治体関係者の対応へのお礼を表しておいた。まあ、一緒にケンケンガクガクやる上では、信頼関係・・・というか、感情的にいい関係を持っておくことは必要だ。それに、実際、まったく聞く耳持っちゃいない!というような態度では決してなかったことは書いておこう。ものすごく先進的というわけでも決してなかったけど。 隣でオットが手を挙げて、今回の応募の際事業者が提出した、プロポーザルの内容を保護者側に明らかにすることを要求していた。みんながほろっとなっていたときに、あーほんとに油断できないヤツだわーと思ったが、そりゃーそうだ。いったい何を約束されてここに決まったのか、わからないではチェックもできない。ナイス。っていうか私もぼんやり感慨にふけっているばやいではない。 でも、自治体のほうは、むにゃむにゃ言って、また引継連絡会のときにおいおいお話しするとかなんとか言っているので、行間を読むくせのついてしまった私は、あー開示できないっていうことだな。と思ってしまい、「もしそういうことなら、事業者さんから自発的に私どもに提示していただけませんか。自治体と(事業者は)調整しといてね」と宿題にしてしまった。なんとなーく、あれ?を放っておいては後になってコトがややこしくなる。どっちかっていうとこういうことをさっさと口にするえげつなさに長けているのは私のほうだ。 引継連絡会というのは、引継ぎについて、また保護者を一同に集めて説明したり質疑応答したりする会らしい。来年度から毎月1回。 んー。事業者が決まったからとて民営化は終わらない。むしろこれからが大事なのだ。 ホンマに本書こうかしらん(笑)。 事業者さんには、今、おはなし会というものを立ち上げていて、たぶん保護者会も立ち上げることになるだろうと思っていて、保護者のほうでもスムーズな民営化遂行に保護者の立場で協力していこう、一緒に考えようというキモチを持っていて、活動基盤をつくろうとしているところですよという意思の表明をしておいた。これを言っておくのも大事なことだ。 おはなし会も、来年度後半戦には、民営化移行のときに園と保護者がどうタッグを組んでこどもたちの不安や動揺をやわらげられるか、どんな保育を行っていくか、というような議論や相談の場になるだろう。新園長などに来てもらって・・・。 でも、2月は、食事&食育がテーマなの♪ 私の大好きなテーマだ。料理だけは、あんまりイヤになったことがない。 園の「調理さん」が、保育園で出している手作りお菓子のつくりかたをデモンストレーションしてくれて、焼けたら味見しながら、コドモとの食事などについて語り合うというわけ。日ごろあまり顔を合わせて話すことのない「調理さん」が前面に出てくるというのも面白い企画だ。 それと、保護者同士での情報交換も、と思い、こちらはカンタンごはんレシピといく。 ここらで私だけでやるのでなくて、ほかの保護者を巻き込まないと。と思い、保護者に、「忙しい日々のごはんメニュー」レシピの提供と参加をお願いするチラシをつくった。今日、園から保護者にまいてくれる。 料理の先生をしごとでやってる園のおかーさんにも、参加の約束をとりつけたし。楽しみ。私も何か提供しよ。 最近ハマってるカブの焼いたのとか。私は魚焼きグリルで焼いてるんだけど、ただ5分ぐらい焼くだけで、オリーブオイルと、お塩かおしょうゆとか、そんなシンプルな調味料につけながら食べる。飛田和緒さんの料理の本に載っていたんだけど、これがかんたんウマイのだ。 レシピっていうのは、結構、誰がおいしいって言ってたか、というリソースによって判断しているし、そのリソースが身近なヒトだったりすると情報の価値が変わってくる、作ってみようかなとわりと思ってしまう、そういう情報だと思うので、保育園の親同士がつながる材料としては結構いけるんじゃないかなと思う。 あと、レシピじゃなくても、こだわりの食材入手先とか、献立の立て方の考え方とか、そんなんでもいいよって書いておいた。さあ、どれくらいレスポンスがあるかなあ。 民営化をやっていたので、レスポンスのなさにもそれほど動揺しないで、「まあ、だんだんだから・・・」とやっていけそうだし。 おはなし会はまだまだこれから。です。
January 26, 2009
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中村美香子です。 今日は、保育園ではじめた「おはなし会」について。 これは、前から、保育園、保育士(敬称略)のスキルをオヤも学べる仕組みがつくれないかなあと思って、考えていたこと。たまたま、民営化事業者に何を望むかというアンケートに書いていたら、今の園長先生が、民営化後といわず、今からやりましょうよと言ってくださったのがきっかけで始まった。月1回ペースで今のところ2回実施した。 土曜日の午後1時半から2時半まで、土曜日の保育園に来ている園児がお昼寝している時間帯に、やっている。保護者も園の先生も(園長先生以外は)、参加できる範囲で、なんでもいいから話そう!という趣旨で、集まっている。なんでもいいから話そう!といっても、半分は何かその日のテーマについて話したり学んだり、あとの半分は、なんでもありなおしゃべりタイムにしている。 日決めのテーマは、第1回は、「抱っこ」で、これは11月17日のブログで書いた。第2回は「絵本の読み聞かせ」、いずれも園長先生が提案してくださったもの。そろそろ私も何か企画しないとね。 この間の絵本の読み聞かせについては、園長先生と私がおすすめの絵本をディスプレイしてみた。結構重なっているものがあってちょっとうれしかった。重なっていたイチオシというのは、どちらかというと、コドモだけのものではなくて、オヤのココロにぐっとくるやつだ。といえば、なんといってもこの2冊。号泣まちがいなし。 ★「ちいさなあなたへ(Someday)」(アリスン・マギー、主婦の友社)★「ラヴ・ユー・フォーエバー」(ロバート・マンチ、岩崎書店) これは、やっぱし、オヤであることを存分に味わうためにぜひともおすすめ。これが、コドモはあんまり興味ないかなあと思っていたんだけど、おはなし会のあと話題にしていたら興味を示して、「ラヴ・ユー・フォーエバー」を読んでやったらすごく気に入ったみたい。 絵本というのは、深遠なるテーマをさらりとコドモに伝わるように扱っているので、なかなか奥が深い。お母さんが読む、読み聞かせの会というのを小学校でやっている例があって、そんなのもやったらいいね。というハナシも出たが、単に絵本について熱く?語る会でもいいかも。結構、解釈に議論が出てきたり、好き嫌いが似てたりするとそれだけでも楽しい。 ただ、オヤ自身があんまり本が好きでなかったり、たくさんある本の中からどれを読んだらいいかわkらない、とかいうことで、なかなか絵本に手が伸びないってこともある。 オヤの絵本読み促進に役立つこと、何かできないかな?ということで、、保育園で今読んでる本を部屋にディスプレイするとか、貸し出しのシステムをつくるとか、年齢別の本の選び方についてちょっとアドバイスをもらうとか、なんかこう、ちょっとオヤへの導入促進を園でやれるといいな。というハナシがでました。先行民営化園の事業者の園でも、保護者会がやってるところがあったんだった。また、これからの課題だ。あと、なんでもフリートークのコーナーでは、「連絡帳ってみんな何書いてるの?」というテーマが、保護者のひとりから出された。 その中で、保護者の側から、子どものネガティブな面についての話をもっと教えてほしいという声が。ほかの子をぶったり噛んだり、加害者のほうである場合も。などなど。 なるほど。 園側も、「確かに、あまり積極的には書いていないですね。」とのこと。日常的に起こる、ぐずったり、とりあげたり、ケンカしかけていったり、手が出たり、という話は、書きようによっては、オヤにとって毎日批判されてる感じがするから・・・なんだろうな。それは園のほうで対処してあまりオヤにはいちいち毎日知らせてない、ということらしい。 確かに、あんまりそのテのことは書かれたことがない。 一方で、「園としてはどんなことを保護者に書いてほしいと思ってますか?」ときいてみたら、「そうですね、困っちゃうとこも含めてありのままの姿を書いてほしいですね」とのこと。なるほど、お互い、ちょっといい話を書いてしまう傾向があるんだよね。 ま、逆に「もー困ってますぅ~~センセイはこんなときどうするの?」なんていう相談になると、ネガティブ面を書くのだろうケド、そういうことを書くのに慣れてないオヤだっているものね。でも、園としては、そういう相談も遠慮せずどうぞ、と言ってもらった。 ん~。連絡帳ひとつとっても、お互いもっと、コドモのいろんな姿をありのまま書くのがいいのね。そのほうが、育てる側両方の、コドモに対する理解が深まるわけだ。ってことをオヤと園が共有することが大事だよね。 そいでもって、このおはなし会のあとでは、園から「こんなこと話しました」レポート、保護者の側から感想レポートをA41枚にそれぞれまとめ、両面印刷で各保護者に配布している。このやりかたも、なんとなくいいでしょ。一緒にやってる感があって。 次は2月。ちょっと何やろうか考えよう。 皆さん、よいお年を。
December 29, 2008
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中村美香子です。 パソコンはまだどうにもなっていなくて、前に書いた文章がのっけられないのですが、民営化は、あとは、事業者選定の結果発表!というところまできています。つまり、選定過程において保護者がからむ場面は、もうおしまい。あとは結果の報告会だけです。 11月の末の週末は、2次選考に残った事業者さんの既存の保育園の視察(金曜日、土曜日)と意見交換会(日曜日)。視察は自治体側がクルマを出して連れてってくれます。全部まわると1日かかってすごく疲れた~。その間、コドモは保育園で預かってくれます。意見交換会は保育園のホールで、事業者さんひとつひとつに1時間ぐらいずつ、質問タイムがあるというもの。共通質問というのがあって、全事業者に対して質問したい項目を、これより前に自治体のほうからあらかじめ親にアンケートをとって聞き取りをしていて、それについては事業者のほうでさいしょに回答を話し、そのあと自由に質疑応答、というものでした。そのもようはDVDに録画して、選定委員にも配布されるし、都合で来られなかった保護者にも貸し出しされました。この貸し出しは今回私たちが交渉して実現したのでした。 視察のときも、意見交換会のときも、1日の終わりには白紙のアンケート用紙が配られて、参加者の感想を書いて自治体に提出します。これは、内容は公表されませんが、選定委員には配布されるの。ここまでは、これまでの先行民営化園のケースですでに行われていた方式。 実際にこのふたつに参加してみると、これなしで決まってた頃ってどんなんやって思うぐらい。やはり見てみなければわからない。というか、これなくして選定過程に保護者が参加したとは到底いえないわけだ。これだって、先行園の保護者の方々が、タフな交渉の末勝ち取ってくれたスキームなわけで、ほんとに感謝してる。今回の実績のどれよりも、このスキーム獲得のほうが大きいぐらいだ。 いやー、春ごろからこの民営化にかかわりだして、実際に事業者さんの園を見て話をきき、・・・とやっていると、本当に万感の思いがありました。 この中のどれかの事業者さんが実際に再来年度から、毎朝毎夕、コドモを受け渡して連れ帰る相手になる・・・ 3事業者さんあったけど、やはり実際に会っていろいろきいていくと、もちろん、自分の中に順位は決まってくる。 そこで、その希望の表明をする機会を、つまりどの事業者がいいと思っているかをアンケートで全保護者から聴取せよ(最初は投票とかって言ってました。)というのを、自治体に、今回の新しいスキームとして要望していて、一応、実現しました。先週、そのアンケートを自治体に提出して、・・・まだなんだけど、集計結果を全保護者に公表することになってます。 このアンケートの設問の内容については、自治体とモメました。まあ、結果としては私のやりたいようにはやれなかったけど、これについては保護者実行委員の中では、私のほうがマイノリティで、実際にやった中身でだいたいの人が満足しているので、よいのですが。 実際にやった設問は、全事業者について、民営化事業者として期待できる点、よかった点を、逆に不安な点、よくなかった点を書くということになっていた。集計は、その内容の羅列(集計A)と、各事業者の「よかった点」の件数と「よくなかった点」の件数の集計(集計B)の2種類。 このやりかたは、保護者の意向のだいたいの傾向は読めるものの、各保護者が、最終的にどれがいいと思っているのか、どこだけはいやだと思っているのか、数の上で明らかにならないので、イカンと言ったの。 でも、自治体のほうは、保護者から選ばれないという結果を公表すると、事業者の不利益になるので、はっきり数の上で、順位を公表することはしないとダンコ主張だったのだ。1番の事業者だけ公表するのでいいのにね。 あと、いいにしてもいやにしても、理由は書いてもらうというのは、自治体も保護者も同意していたことだったのだが、いろいろいいとこ悪いとこあるけど、どこがいいという最終判断だけ書かせるより、すべての事業者についてどんな印象を持ったのかを把握したい・・・とか言っていた。まあ、これだって、全部書かせてから、で、最終的にはどうかという設問をくっつければいいだけのことなのだが。 実は、その設問を追加してくれというハナシで、私は自治体のヒトとメールでかなりの泥仕合をやったさ。 でも、ほかの保護者実行委員も、「なしでもいい」という意見だったので、もういいことにしたけどね。 でもとりあえず、視察や意見交換会に行った人の意向を白紙アンケートで聴取し、結果の公開はしない・・・というのから、全保護者からより明確な内容を聴取できるアンケートで意向調査して(DVDで情報も提供して)、結果についても全保護者に公表される・・・というのは、確実な進歩だ。 これについては、いろいろと難しい論点があったの。 自治体と私がやりあった内容以外では、視察にも意見交換会にも来ない保護者の意向を聴取する必要があるのか、その意向にどれほどの価値があるのか、とかね。ちゃんと判断できるのか?ということ。 うん、まあ、実際に参加してみると、視察も意見交換会も来なければ、絶対判断できないものだなあと思う。理由欄を書こうと思っても書けない。ま、でも逆に言えば、どうでもいい意向は、そうそう提出されないと思っていいと思うんだけどね。 これに参加した人数は、やっぱり、どう考えても少なかった。 保護者道として、なんで見てみなくていられるのかはさっぱりわからんのだけど、もうちょっと保護者の会のほうでも参加しようよ!PRをやるべきだったなあと思う。 2週間前に書いた文章は、もっとコーフンしてたと思うんだけど、2週間おいたら、かなり静かな文章になっちゃったな(笑)。 でもとにかく、あとは結果(アンケートと、そして選定結果!)を待つばかり。そわそわしている。 まあ、よくやったよ。夏が過ぎるまで、毎週日曜日、子連れで会議室に集まってさ。 そして、次は、民営化に向けて、保護者と保育園で協力していく素地をつくるプログラムだ。これも、2回やったので、また次には報告しますね。
December 15, 2008
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中村美香子です。 今朝、ブログをワードで原文つくって保存してさあアップして・・・ と、おもったら。(くまのがっこう風) PC壊れました~(涙 というわけで、ごめんなさい。今日は私のばんですが、お休みさせてください。 せっかく、民営化も大詰め!とか言って、ガッツリ書いていたのにな。しかも、PCいつなおるかわかんない・・・(汗 今は、こっそり別の場所のPCから書いてます。でも、日中はちょっと、これを書く時間がとれない。ってかとってはならない・・・ ので、ごめんなさい。次はきちんと民営化のご報告をさせていただきます。
December 1, 2008
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中村美香子です。 今回は民営化はちとお休み。 状況としては、1次審査が終わり、3事業者の通過が決まりました。事業者名まではわかっています。保護者の会としては、その選定プロセスと判断が適切か検証するために、事業者の提出した企画提案内容と評価を開示するよう要望はしましたが、これが、最後にどたんばで白紙に戻っちゃったというやつで、その選定の過程は明らかにはされていません。 で、今日のハナシ。 1週間前の土曜日に、保育園と親で何かしよう企画を、まずはスタートさせてみました。 もともとは、この4つ葉の今年のタウンミーティングで、「保育」をテーマにし、「保育園のオヤ」という立場でパネラーとして参加したときに、考え始めたことだったの。 保育園のオヤとして4つ葉的なことをやるとしたらどんなことなんだろうと。 働くオヤは、いつもなんだかあせっているので、(それだけが理由じゃないけど) 家に帰ってからのコドモとの時間において、「今のは忙しいから、疲れているからやってしまった」ような事態が起きたりして、そういうときは、ちょっと、ふーんと自己嫌悪。叱るにしても、まずは受け入れてやってから、自分の感情のコントロールをしつつ、という理想形があるわけなのに、ついいらいらして問答無用になってしまったり、たりたり・・・ と悩みながら、これがそんなにまずいことなのかどうかも、実は確信がもてなかったりして。 だけど、きっとさっきまでは保育園でプロの保育を受けていて、こんなふうには言われないのだろうな、とかね。先生はプロだから、さすがにさっき私がとったような態度はとらんだろう。うーん・・・ 帰ってきてからの保育は、6時までの保育と、えらい質の差があるんでないか!? これが私の、最初の問題意識でありました。 保育のプロがこんなに身近にいるのに、オヤはそのスキルを学ぶこともなく、毎日毎日、あいもかわらず、むかーしとおんなじことをやっている・・・のはもったいない。 保護者のトモたちにぱらぱら聞いてまわったところでは、やっぱりこのテの「どうしたらいいの?!」を相談したいという声がわりとあった。うん、私だけじゃなかったんだワ。 まつださんに相談をしたときには、「なんて受け答えしてやったらいいか、みたいなスキルだけじゃなくて、コドモの発達に応じたオヤの対応のしかたについて学ぶのがいいよ」というアドバイスをもらった。それこそが保育士のやってることなんだからと。確かに、保育士は別に心理カウンセラーではない。 というわけで、先週の土曜日は、「おはなし会」と称して、「子育てにかかわるハナシを、なんでもいいから保育園とやりましょう」というようなよびかけで行った。 まだPR不足もあって、集まったのは私をいれて5人で、ほーんとにこじんまりした会だったのだけど、結構もりあがった。それに、今後どんなことやろうか、というハナシでも。 みんな、ざくっと、最近子育てしてて課題だと思っていることなどなど、話したんだけど、園長先生が出してきたテーマは、「だっこはどうしてる?」だった。 園長先生のおうちは、中学生の女の子と高校生の男の子がいるのだけど、今でも手を握ってやったり、抱きしめてやったりというスキンシップが、フツーにできる関係なのだそうだ。 うらやまし! 保護者の中には、「お父さんとお風呂に入りたくないと思った時期がなかった」という変り種のかーさんもいたけれど、 私は中学生になってから、オヤとハグハグした記憶はまったくないなー。 外国人はできるらしいや。でも、カルチャーだからしょうがないなー。と、めんどくさいので考えるのをやめていた。 でも、園長先生は、「外国ではできるのに、日本ではできないということもないだろうと思って、そういうふうにしたくて、そういう子育てしたの」と言っていた。思考を停止しない人だ。 私もそうする~!って思っちゃった。 なかなか、いいでしょ?こういうの。 私も、昔、じーちゃんが「抱き癖がつく」とか言って、それと戦うのが大変だったのよ!というハナシをした。この会が、保育園のコドモにかかわって、育てている人すべて、つまりじーちゃんばーちゃんにも広がっていくものになったなら、私とおなじ戦いをしている人の戦いは孤独ではなくなるだろう。 ただ、働くオヤは、オヤ同士、どーでもいい話をする時間もないので、ほっとくと、学びでもなんでもない、ストレス発散ですらない、単なる情報交換を始めちゃうときもある。こないだも、ランドセルの色や値段の話でどんどんもりあがっていっちゃって。 まーでも、それは保育士としなくてもいいハナシだからなあ。 私も民営化で鍛えられたから、保護者トモの前ではっきり言っちゃった。私は、もう1段上のレベルをめざしてるのよ、と。何かをめざすときには、ときに、毎日会うからあんまりキビしいことは言いたくない人たちでも、はっきり言わないといけないときがある。 でも、そういうのも、大事といえば大事。 ま、本来はオヤ同士だけの企画でそっちは面倒みるのがいいのだろうけど、とりあえず今はそのメニューはまだ起動してないので、 とりあえず、1時間の「おはなし会」を、前半後半に分けて、前半は確実に学びの場として、後半はなんでもしゃべろうの時間にしようかということになった。1回やるだけでも、こういう、運営していくうえで大事なことが分かるもんだ。 私としては、このおはなし会に、「学びと愛とストレス発散」という意図を込めたいと思っているの。 この会は月に1回。どんどん発展させたい。日程きめたり感想レポートかいたり、またまたやることがあるけど、こういう立ち上げのときのわくわくはやっぱりやめられまへんなー。ってことで今日はおしまい~
November 17, 2008
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中村美香子です。 民営化のほうは、今、2次審査のときに保護者全員にやってもらうアンケートのことが、大詰めに来ています。保護者としては、どの事業者にやってほしいか、(どの事業者だけにはやってほしくないかというのがあればそれも)、意思を表明し、選定委員のメンバーには考慮してほしいというわけです。 これもいろいろ論点があるのですが、一定の内容と条件のもとに、自治体がやってくれそうな感じになっています。ただ、その制約の度合いによっては、保護者の会が自分たちでやるということになるかもしれません。交渉も全部終わっていないから保護者のほうもすべて整理できていないし、自治体のほうは、なにしろ、この間の「まるっと取り消し」があったりするから、まだまだわからん。 自治体が保護者全員から意向を問うということになれば、選定委員の見方(つまりどれぐらい配慮しないといけないか、とか。)も違うし、事業者選定のプロセスのひとつとして位置づけられれば、民営化史上、画期的だと思う。 ただ、なにしろ制約がある。自治体のほうは、事業者への不利益な情報が勝手に事実を離れたような内容でそこらじゅうにとんでいく、というのを恐れているので、アンケートの設問上、事業者にマルバツをつけたらいかんとか、公表は閲覧や掲示方式にしてくれ、紙の配布はもちろん、ウェブ上の保護者掲示板に載せたらいかんとか、記名式でなければいかんとか。 しかし、2次審査では、保護者が、応募事業者の運営している園の視察に行ったり、応募事業者と意見交換をする会も設けられている(うん、これも先行民営化園での保護者の方々の子努力の結果、かちとられたものです。)ので、風評被害とか言ったって、親がそのことについてまったく喋らないワケもない。それに親の判断したことも、そうそうバカにしたもんでないと思うけどね。 だって、選定委員だって、5人のうち、3人までが自治体関係者なんだもん。 ひとりは自治体の子ども関連担当部署の部長。そして課長(この間、協議した相手)。そして今の園長。まー、園長は入っててもらってもいいけど、この3人は客観性の確保という点から見て、親となにが変わるんだいっ。まったくの当事者やんか~ この2次審査のアンケートのゆくえについては(最初は投票って言ってたの。でもそう言っただけで自治体と話できなくなるから、アンケートと言うようになったワケ。)、また、次回ご報告しますね。×××××××××××××××××××××××××××××××××××× 今日は、この間から読んでた「パリの女は産んでいる」(中島さおり、ポプラ社、2005.11)について思ったことを書きたい。 うーん、なんちゅうか、子育てっつか、家族政策に対する財源のほうりこみかたがフランスは日本と全然違う!めざせフランス!というのは、この4つ葉でも話題になっていて、私もそう思ってた。で、国家予算のうち家族政策ないしは子育て支援にあてている財源の規模については、実際見習いたいと思う。 しかし、フランスの子育ての現場について体験をもとに書かれたこの本を読むと、「アラ、こうはしたくないかな。」とか、「日本の子育てって実はいいかも・・・私もがんばってるほうかも!?」などと思えてくる。 そして、ほんとうーーーに、「カルチャー」って何なんだろうな、女の生き方や子育てにおける「普遍性」とは何なんだろうな、と空に向かって手をあげて、空をつかんでみたくなる。 ま、たとえば。 ヌヌーとよばれるベビーシッターの存在が子育てと仕事の両立を支えるうえで大きな役割を果たしていること。フランス女性の75%が第1子を産んでも仕事を続けるが、3歳以下の子どもの保育園児率は9%。フランスだって、3歳にならない子どもの保育園は、やっぱり不足しているのだ。そこを埋めるのがベビーシッターという社会事業。ベビーシッターといっても、移民もいれば、学生もいれば。外国人っていうのは多いみたい。フランス語もいまいちなこともある。もちろん保育士の免許なんか持ってないのが普通。 で、3歳からは100パーセント「保育学校」に入れる(公立ならタダ)。でも、そこで子どもたちがやるのは、遊びが主体ではなく、アルファベット、数、数字、筆記体などのお勉強が主体なのだそう。お遊戯だの草花や動物の世話だの、そんなノリではないらしい。子どもの相手をしているのは、やさしいお姉さんのような保育士、というイメージからはほど遠い、かなり小学校的な「教師」であると思ったほうがいいらしい。 うーん。皆さんはどうですか?それって、私たちのほしい子育てだろうか? フランス・・・というか、ほかのいわゆる欧米諸国などの子育てと日本の子育てとで、よくあげられる違いに、子どもと添い寝しているか夫婦の寝室は別か、という話がある。 これはすごく象徴的なハナシなので、アタマに入りやすいんだけど、まあ簡単に言うと、親ないしは女の生活優先か、子ども中心かということになる。欧米人のアタマの中では、子どもを別室で寝かせるのは子どものためってことになるのだろうけど、標準的な日本人としては、少なくとも3歳より前にひとりで寝かせるのが子どものためとは考えないだろう。 実際、日々、子どもにかけてやれる気持ちと時間と労力とお金と・・・ま、要するに子どものための人生と、自分のための人生と、天秤にかける瞬間はよくある。かけないまでも、息苦しく思うことはある。 フランスの女性は、仕事もやめない(むしろ、外で働いていないほうがイカンというプレッシャーがある)し、女として現役であることにもこだわるし、子どもを預けて夫と出かけ続けるし、不倫しちゃったら(妊娠中とか産後1ヶ月とかでもそんなんありらしい。あらゆる意味でアタシたちにはありえないけど・・・)、カップルを組みなおすこともある。胸のかたちが崩れるから(実際崩れました。(涙+笑))、授乳はいやだというのもよくある向きだ。 みたいなことも書いてあって、うーん日本の私たちも、パリ女のツメの垢を煎じて飲んでみてもいいかも。なんてマジメな私たち・・・とか思ったりするが、 やっぱりマジックはないんだな。ってことも思う。 なっかなか、女の「自分のための人生」を大事にしながら、保育のプロによる質の高い保育と教育を受けさせて、というのをすべての女性に保証する。っていうのは難しい!ことなんだ。財源としても。 まーね、3歳以上を無料にしないで、もうすこしならしてはどうなんだ?とは思うけどね。 でも、結局、すべての女性に仕事で自己実現しながらその子どもたちに行き届いた保育をする、というのは、フランスであってもできてないことなんだなあと。そんだけお金入れてもそうなの。しかも、借金漬けの日本に、打開策はあるのだろうか? 日本の子育て支援策は、「認可保育園増設」しかないんかいっという批判がなされてきたけれど、ま、でもとりあえず、保育の質にこだわってなんとかしようというスタンスは評価してもいいなあと思った。保育ママにしても、無認可の認可化にしても、もう無認可でいいや、そのへんのベビーシッターでたくさんだろ、というスタンスではないものね。 とにかく、いろんなことを思う、よい1冊だった。どうか皆さんも読んでみてください。
November 3, 2008
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中村美香子です。 民営化は。 前に、「今日は成果が感じられたの!」と思った日があって、ちょっとうれしそうな文章を書いたと思うのですが、んでもってそのあと、こんなふうって経過報告して、今日は、「こんな成果があがりましたー!」と、報告し、・・・ ・・・のハズだったのに。 まるっとぽしゃった。 事業者選定過程における保護者の参画方法について考える段階にきています。そして、そのうち1次審査(2次審査まであります。)についての保護者への情報の開示について、自治体と協議して、検討してーと宿題をもちかえってもらい、回答が返ってきて、う~んそれはどうかなー・・・と、少しフマンに思っているところです。・・・今日もういちど「もーいっかいよーく考えてみて!」という打診を自治体に投げ返そうと思っています。 というのが、前回書いたブログなんだけど、 昨日は自治体の人と会議をして、投げ返した結果を、聞いてみたら。 1次審査については、従来の民営化のケースと同様、「選考の結果、どの事業者が残ったか」しか言いません。 という回答に、要するに当初のおハナシに、戻っていた。 前々回書いたブログはこれだった。 自治体が「絶対やらない」と当初言ってたことを、やってくれることになったのだ。選定の結果に納得したいからその材料をよこせ。と言ってたのだけど、(もうすこし自治体がきちんと回答してから詳しく書きますね)それはできないってずっと言ってたのだけど、「しかし保護者の方がそれを確認したいという気持ちももっともだということで、やることにしました」と言ってくれた。 この、「やってくれることになった!」が、まるっとなくなったワケ。 それはなんだったかというと。 1.1次審査に応募してきた事業者は、ウチの保育所運営に関する企画提案(俗にプロポーザルという。)を自治体に提出するのだが、この内容を、あっさり一表にまとめたものでいいから(事業者が実際に書いてきたナマ書類じゃなくて)、見せて。 2.1次審査の結果、全事業者の受けた評価(A、B、C評価らしい)を、大括りの項目と評価だけでいいから、見せて。 というものだった。どんな資料があるのか、どのレベルまでなら見せられるのか、自治体と協議した上で、これらについては「見せます」という回答だったのだ。 だが、その自治体の回答にくっついてた、「1の表のイメージはこんなふう」の項目は、プロポーザルの全容を網羅しておらず、人員配置や人材育成など、募集要項の要望で保護者の会が提出した項目にかなり限定されていた。もちろんプロポーザルの中身には、保育はどんな方針でやります、食事はこんなことに心がけて出します、年間行事はこんなんでいきます、などなど、一般的には、フツーに親が知りたい内容がもっと含まれているわけだ。だから、そのへんも項目に入れてよ。という、回答のさらに上をいく内容を求めて、保護者には配布しないでダメ出ししていたワケです。くー、こうなったら早いとこもうオッケー出して保護者に配布しちゃえばよかった~~~ うやむやにはしないの。これが知りたいの。親として。この問題にたずさわった者として。 そういう考え方が、カルチャーが、動かしたんだと思う。こういう事例をきちんと積み重ねて共有できれば、全国の民営化のプロセスが変わっていくのかもしれない。 ナーンテ、喜んでいたのに。 がっくりです。 自治体側の理由は、「全庁的に見ると、この開示状況は突出しており、ほかの事例までも「開示しろ」というルイが及びかねない」というものだった。 ああ、またしても。 せっかく保育担当部署は一歩踏み出してくれたのに、役所のほかの部署がじゃまをする。 仕事したくないヤツらが。 「保育担当部署ではやったけど、ウチのケースでは、開示できません。なぜなら・・・」と説明すりゃいいじゃん。それって仕事だろ。 説明できないなら、開示するべきだろ。 んなもん、理由になるかい。そんなこと理由にして、ほかの部署の歴史的一歩を、阻害するんかいっ! まったく。こっちは俄然火がついちゃったじゃないの。 次なる手を考えなければ。 この件については、結構あっさり、「やることにしました」って自治体の担当さんに言われたので、自分でギリギリと情報公開について調べたり勉強したりはしてなかったのだけど、これから勉強しないと。 請願・陳情という手法だって考えてもいいかもしれない。 くっそー 見とけよ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 保育園と保護者でなんかやろう!プロジェクトは、先週、園長先生と打ち合わせしました。こっちも進めなきゃ。 こっちは、スタートがたのしみです。 次回は、こっちの、準備についての報告ができるかな。
October 20, 2008
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中村美香子です。 保育園の民営化のハナシは、現在、事業者選定過程における保護者の参画方法について考える段階にきています。そして、そのうち1次審査(2次審査まであります。)についての保護者への情報の開示について、自治体と協議して、検討してーと宿題をもちかえってもらい、回答が返ってきて、う~んそれはどうかなー・・・と、少しフマンに思っているところです。 もう、判断するのも3人ぐらいしかいない中、そのうちのひとりであるオットとゆうべ議論をし、ま、今回は割れなかったので(笑)、今日もういちど「もーいっかいよーく考えてみて!」という打診を自治体に投げ返そうと思っています。 粘り強さが必要だ。 自分で考えることも必要だ。 そんなのもういいんじゃない?必要じゃないんじゃない?まあ、ここまでやったんだしいいんじゃない?ほかの保護者は気にしちゃいないさ・・・ 実際、自分の内外からのこんな声に「そーだよねー」とうなずいてしまいそうになるけれど、ここはひとつ踏みとどまって。 何のためにやってるか、もういちど考え直して。 私のやってることが、ウチの保育園の民営化のプロセスが、世の民営化のカルチャーをつくる、前例をつくるんだということを肝に銘じて。実際、そう考えると、「ねばならん」だけじゃなくて、「こうしたい」という気持ちがわいてくるから不思議。 ほんとのところは、私には、今やってることについて、本でも出す使命があるんだろうな。ま、本出してもうけないまでも(もうからないか。そんな本。(笑))、ネット上で公開するとかね。 現在、そしてこれから、民営化に直面する保護者たちのために。 闘い方の参考にするために。闘うっていっても、「民営化ハンターイ!」じゃなくて、「こんなふうにやってよ!」というための闘いだけど。 決着がついたら、また、詳しい内容について、語ります。 。。。さて、一方で、 前にこの民営化についての活動をきっかけに、園長先生と、保育園と保護者でなんかやろうというハナシができた!というハナシを書いた。 私が、民営化後の運営を担う事業者に求めることとして、「保育園のスキルを保護者が共有できるような取り組みを行うこと」と、自治体からのアンケートに書いていたのを園長先生が見て、「民営化前からやりましょうよ」と言ってくれたのだ。 今年6月の4つ葉のタウンミーティングでも、保育園ないしは保育士と保護者が、どんなふうに協力して、一緒にコドモの育ちに関われるんだろう、ということがイッシューのひとつになった。 今は保育所保育指針でも、保育園が保護者の子育てを支援することが、その使命のひとつであることが明らかにされている。保育園としても、何かやろうということになっているのだ。 今度の土曜日、どんなふうにやろうか、園長先生と話し合いするの。 その前に、このブログを書いているうちのひとり、松田妙子さんに、入れ知恵してもらおうと(あれ?なんかワルイことみたい)、ちょっと一緒に作戦会議した。松田さんも語る語る。感じなのを見てなんだかうれしかった。 園長先生は、保護者のみんなに集まってもらって、なんでも話せるような場をつくりたい。というようなことを言ってたのだけど、どうかなあ。 私は、テーマもなーもなしでやっても、土日も忙しい保護者が土曜日に来るかなあ・・・と思う。なにか、何かがつかみとれそうなイメージがわくようなことにしないとね。今日はこれってテーマを打ち出すとか。 松田さんは、そういう「子育て講座」みたいなものだけじゃなくて、一方で、親同士、一緒に何かするようなアクティビティがあったほうがいいよ。と言ってくれた。衣類交換会をやってるとこなんかもあるらしい。 民営化とからめて言うなら、その移行時期に、保護者は、コドモの「移行」をスムーズにするために、どんなことをしたらいいか、どんなスタンスでいるべきか、そこを園と共有するべきだよね、という話をしてくれた。なるほど、保護者もすることがあるでしょうというのはコレだったんだ。 園の連絡帳の書き方ひとつにしたって、保護者によって全然違う。でも、書き方ひとつで、園と協力できる。 園で送り出す方法だって、協力が必要だ。民営化後最初はコドモも不安になるし。 そんなところから、保育士のスキルを学ぶ必要が出てくる。 うーん、さすが松田さん。目からウロコだった!がんばるね。ほんとはコンサル料が必要なところなのにさ。 今週はちょっとした企画書を書いて、土曜日には園長先生と効果的なミーティングをしたいなあ。キーいそがし。そして楽し。
October 6, 2008
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中村美香子です。 この間から、異国の子育てに関する本をすこしずつ読んでいる。 「世界一ぜいたくな子育て」(長坂道子、光文社)は、主に各国の母乳育児についてのスタンスが、国により世代によりいろいろだってことが書いてある。 「パリの女は産んでいる」(中島さおり、ポプラ社)は、まだ読みかけだけど、フランス人のいまどきな子育てライフスタイルや女の生き方全般について、彼らがどう考えているか、日本人である筆者(この人も結構おもしろそう)にどう映ったか、が描写されている。 こういうの読むと、肩の力が抜けまっせ~ ま、子育て支援ギョウカイではあったりまえに読まれている本だろうとは思うけど。そんなに新しい本じゃないし。 上の子のときに必死だった母乳育児。下の子のときにはずいぶんチカラも抜けていたから、そこでまず、「アタシの信念ってやつも決して不変の確固たるもんではないんだわ。でも別にやってけるんだ」って、無常観をあらたにしたものだけど、異国の事情を読むとさらに、 それは、単に、「どうしたいか。」っていうもので、 「こうあるべき。」ってものではないんだなあと、思えてくる。 自分の信念を、もういちど、単なる自分のこだわりや希望に置き換えてみることで、どこまでそれを主張したいと思うか、広めたいと思うか、相手を動かしたいと思うか、がまたすこし違って見えてくるのだ。 パリの女と日本の女とで圧倒的に違うことのひとつは、赤ちゃんの頃からコドモを預けて自分の時間をとることに、ハハや周囲の人々がどう考えるかだろうと思うけど、 何を読んでもパリの(フランスの)女たちは、一時保育を行政かベビーシッターかはともかくとして、よく使う。夫とのデートのために、美容院に行くために、おけいこごとをするために、産後のカラダを回復させる治療を受ける(セックスが従来どおり楽しくできるからだを維持するためなんだぞよ。)ために。ということが書いてある。母乳育児も、バストのかたちが崩れるからいやだ、という考え方が結構あるのだそうだ。 ほらね。今これ読んでても、人によって反応は違うだろうな。「ステキ!そんなのあり?」という人も、「そこまで自分のことばっかり考えたいとは思わないわ」という人も、いるだろう。項目別にすれば、きっとほんとにいろいろだ。 今私たちがやっている子育てライフスタイルは、日本の、私たちの、行動の底に横たわっている感覚や、自分でアタマで考えた考え方や、どっちもあると思うけど、そんなようなものにすごく規定されている。 コドモが産まれたら母乳がいちばん。仲良かったオットとは時間と考えてることがすれちがい、前とは関係が悪くなっちゃう。っていうか帰ってこないもん。セックスだってすごく減った。でも、基本的に、どっか外の男性とどうかなっちゃおうかということは考えてない。だってコドモがいる人生で、離婚してまたそっちとくっつくとかってのは普通やらないもん。・・・このフレーズのいずれもが、「まーったく違うこと考えてる人たちもいる」んだってことに気づくと、自分が選んでやっているのはどれなのか、考え始めてしまうよね。こういう暮らしがしたいよねー。というイメージがあって、それを実現するにはどういう制度にしたらいいかねーという考察と議論があって、で、制度ができあがっていくのだと思います。それが「考える女」の思考プロセスだと、思います。と、杉山さんが書いてたけど、ほんとそのとおり。っていうか、「こうしたいの!」って言ったもん勝ち。っていうか、言わないと、ここまで蓄積した無意識・有意識の「カルチャー」は変わるわけがない。っていうか、正しいのは何か、ってさがすんじゃなくて、どうしたいのか、ってことをもっともっと自由にくっちゃべっていいのよ。育児休暇から職場に復帰したとき、「いやー家にいるよりこっちのほうがいいわー」ってハナシが、私は誰彼にしても平気、ではなかった。わかってくれそーな人にしか言わなかった。でも、そういうのはやっぱりおバカでイケてないスタンスだよね。民営化も同じだ。昨日、ひとつ、ヤマを崩した。自治体が「絶対やらない」と当初言ってたことを、やってくれることになったのだ。選定の結果に納得したいからその材料をよこせ。と言ってたのだけど、(もうすこし自治体がきちんと回答してから詳しく書きますね)それはできないってずっと言ってたのだけど、「しかし保護者の方がそれを確認したいという気持ちももっともだということで、やることにしました」と言ってくれた。うやむやにはしないの。これが知りたいの。親として。この問題にたずさわった者として。そういう考え方が、カルチャーが、動かしたんだと思う。こういう事例をきちんと積み重ねて共有できれば、全国の民営化のプロセスが変わっていくのかもしれない。女が仕事するのだって、前は考えられないことだったのよ。民営化の時にはちゃんとこういうプロセス踏むのがスタンダードなのよ。コドモができてからも、女が、「愛の交歓」をし、自分を大切にし、生きたいように生きるのがスタンダードなのよ。ほらね、なーんも違わないでしょー。さて、今日も、「生きたいように」生きようっと。
September 22, 2008
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ここんとこ保育園民営化のハナシを書いている中村美香子です。今日はそれともうひとつ・・・ 民営化のほうは、最近は、「保護者の事業者決定過程への参画方法」について、どうしたいか、どんな要望を区に出すかを考えてきたのですが、 選定過程には1次審査と2次審査つうもんがあって、2次審査の段階では、保護者には、「事業者の運営する園の視察」と「事業者との意見交換会」という機会が設けられていて、そその場で意見を書いて提出し、選定委員会でそれを考慮に入れてくれる、というしくみがある。(これはウチの自治体が前回の園民営化で始めたルールで、別に民営化するときはこうしないといけないというもんではない。念のため。) しかし、1次審査については、なーんだか、「そこはお任せ」みたいなプロセスなんだよね。自治体の説明では。 そもそも、最初応募してきた事業者については、数と活動地域しか知らされないのだが、1次審査を通過した事業者についてのみ、事業者名と、民営化に関する企画提案内容を可能な範囲でお知らせする・・・というのが、自治体が言ってる、「1次審査結果の説明」。 でもさ、選考において、保護者が募集要項に入れてくれと言った要件がちゃんと考慮されているか、とか、公正に、適切に、選考されているか、ということは、 「ま、要するになるほどそれでこの事業者さんたち(だいたい3事業者ぐらいにしぼるらしい)が選ばれたのね。ふみふみ。」と納得するためには、 事業者全体にかかる各項目の評価がわかんないと、でしょ。 たとえば、全項目じゃなくたって、保護者の懸念していた「新卒職員の割合」というのだって、10事業者応募してきて3事業者が1次審査を通過したらさ、 3事業者のその割合だけ知らされたって、ほかとの比較ができなきゃ、この点についてどこが好ましい提案をしてきていたのか、ワカランだろーが。 でも、自治体のほうは、僅差で落ちる事業者などもいて、また現にその運営園に通っている親子がいるのに、「あそこはコレコレがすっごいダメで、落ちたんだってーッ」という評判が広がる・・・というのを恐れて、評価の全貌は明かせないという。 応募してきた事業者名をいわなくても、決定過程が納得いくかどうかは検証できる。だから、事業者名いわなくていいぞ、と言っても、「それでも推測がついてしまう場合がありますから」というのだ。 だけど、そりゃーちっと違うんじゃないの? ただ、こちとらも、自治体の懸念している「風評被害」とやらをあえて誘発したいわけではない。 それに、自治体がどんな資料つくっているのかわからないと、こっちも「それ見せてよ」がはっきり言えない。選定委員と同じ資料(ダンボール何箱の世界だって。まあそりゃそうだよね)を見る時間も能力もないわけだし。 そこで、自治体とは協議のうえ、できる方策をさぐっていこうということになった。 なったのは、まだ保護者の会の中だけ。今は、要望案ができたので、全保護者にまいて、承認を得ようとしているところ。全保護者が承認したらそれを自治体に要望し、協議に応じてもらおうと、今のところそういう「予定」です。 また、続報をお伝えします。×××××××××××××××××××××××××××××××× サテ、民営化とは違うトピックで、フレンドホームのこと。 前から興味があったのだが、うにょうにょ考えていてもね、と思い、最寄の児童養護施設にお話を伺いに行ってみた。 フレンドホームというのは。都では里親制度が前からあって、これは養子縁組しなくても児童養護施設にいる子どもを自宅で家族のようにして育てることができるという制度だけど、フレンドホームというのは、週末とか休みのときだけ、家によんだりお泊りさせたりというもの。 家庭の雰囲気を体験したり、特定の大人との結びつきをつくることによって、児童養護施設の子どもたちの健やかな成長を促す・・・というようなことらしい。 私が行ってみたところでは、たったいまマッチングを待っている子どもはいないとのことだった。今年はフレンドホームさんの登録がわりとあったんです、ということだったので、何件ぐらい?ときいてみたら、8件ぐらい、とのことだった。でも、最寄の施設じゃなくてもよければ、都内のほかの施設からのマッチングをしてくれる。 虐待、ときいてもなかなかできることは少ない。 子育て支援のシゴトじゃないことをシゴトにしている場合。 今の私にできるとすれば、事後的なケアなのだろうかと思って。それだって大仕事なのはわかっているが。 (ことわっておくと、児童養護施設の子どもたちはみんながみんな、虐待を受けたことがあるわけじゃないけどね。親と暮らせないにはいろんな事情があるから・・・。) でも、上の子(5歳)に「どうかな?」と聞いてみたら、あっさり「やだ」と言われてしまったので、ちょっとしばらくは着手できないかも。少し、考えてみようと思う。でも、こんなときはどんなふうに考えたらいいのだろう?これについては、おそらく施設の人も、制度担当の都職員も、はっきりアドバイスなんかできないだろうしね。 興味のある方はぜひ、このページを見てみてね。
September 8, 2008
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ハ~イ。民営化担当の中村美香子です。 昨日は、2週間お休みだった民営化の会合がまた始まりました。。。夏休みも終わりじゃー ××××××××××××××××××××××××× 実は自分がただやりたいだけのことを「やるべきこと」と、言って、「やんなきゃならないのよー」とか言って、誰もやってくれなんて頼んでいないのに、意味不明の義務感でやっちゃったりして。(気をつけましょう) ×××××××××××××××××××××××× 杉山さんがこの間書いていたことば。 うぬー私はどうか?と思ってしまうことしばしば。 民営化に関わる保護者の活動って、ほんとにここが迷いどころ。てか、きちんとしたかたちでは、実際頼まれてないし。大方の保護者のキモチがどこにあるのか、それはわからないままやってるわけだ。 実際、昨日は、「わー私の考えていたことは、必要だと思っていたことは、実は意見としてはマイノリティーだったんだ!」と気づいたのであった。 ま、それだってわかんないんだけどね。何しろ会合にはオット含めて5人しか来てないのだから。その日のたまたまの構成メンバーがそうだった・・・ということなのかもしれないという、不明瞭な要因はどこまでもついて回る。オシゴトで全員出席が求められてる活動じゃないからね。 でもとにかく。 ただ、マイノリティであることだって、「おーいそうじゃないだろー」って、気づいたらちょっとした演説?みたいのぶって、それでようやく、気がついたワケだ。 だってさ・・・。 会合というのは、議論をしに来ている。これから、保護者としてどういう機能を果たしていくのかという方向性を決めるために。 何事かを決めるためには、みんなで議論しなければならない。だって、誰かがひとりで責任を負う体制ではないから。保護者の会は、首相も知事も市長ももたないワケだから。 みんなで議論するってことは、何も言わなければ同意だし、そうあってほしくないと思うなら、表明して説明しなければならないし、あなたの意見より私の意見のほうがベターだ、と価値判断を言わなくてはならない。 しゃべってなくても、最低、価値判断は個々にやって自分の立場は決めなきゃなんない。 そして、議論には面倒くさがらず、参加しなきゃなんない。 でも、こういった一連の、ま、いわば、「民主主義の基本ルール」みたいなことが、あんまり共有されてないという感じを受ける。 会合の間中、ノー発声とかって人もいるし、 反論したり同意ではない観点からモノを言うと、「いや、この点については、オレを説得しようとしてもムダだから。」「いや、だから、これは個人的な意見だから。」と言って議論自体を避けてしまう人もいる。 おいおいちょっと待てよ。みんなオトナで、コドモを育てていて、外では7人の敵と対峙して働いているんだろ?と、昨日はすこしびっくりした。 だってそうでしょ?みんな自分の意見言ってください。 私が反論したときに、「いや、これは個人的な意見だから・・・」と、面倒くさがって引かないで。だって、保護者の会として、組織として、どっちのスタンスをとろうか、決めようとしているんでしょ。みんな、言えるのは「個人的な意見」であって、それをたたかわせて何かを決めるしかないでしょ。私がどんなに「こーしたいの!」と言ったって、それがみんなの多数意見でなかったら、それは採用すべき方向性じゃないと考えなければならない。私はその心構えは持っている。私が決めるというハナシじゃないんだから、みんな、自分の、「個人的な意見」をちゃんと主張してください。 そう言ったら、はじめて、みんな、「私はそこまでやらなければいけないとは思っていません。」「みんな息切れしてるし・・・」「でも、あなたがやりたいのなら、まあやれば、と思ってしまうんだ」 と、言ったのでした。 そ、そうだったか。 みんな冷たいのね。そして、無責任なのね。 そうやってぐいぐい問いたださないと、多数意見と全然ちがう方向性にひとりで行ってしまうとこだったのね。(私だけでなくて、オットとこの点では一致していたけど)××××××××××××××××××××××××× あと、もうひとつ、「わーみんな、私と違うー」と思った点。 それは、行政というものに対して、不思議なぐらい信頼を寄せていること。 私とオットはコームインだけど、じゃなくて、だから、なんだろうね。えーーー!?って思う。 だってただの「組織」だもん。フツーに、組織の防衛は図るさ。不要に批判や論争のタネをまきちらしたりしないさ。 情報は、「出せやコラー!」ぐらい言わないともらえないさ。(そういう言い方はしないけどねっ) ただの人間だもん。「あとでキッチリ説明してもらいますからねッ」と言われるのと言われないのとでは、シゴトぶりが違うさ。 哲人政治でも求めてるのか?って思う。もとい、求めることはありだけど、可能だと思っているのか?って思う。 ま、だがしかし。 多数意見には、従わざるを得ない。 うーん、ほんとに、ときどきとっても世の中が不可解さ。
August 25, 2008
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中村美香子です。 今日もいくよー民営化。内容がヘビーでごめんなさい。ゆっくり読んでください。 民営化モンダイは、1区切りを終えて、ただいまちょっと夏休み中。 1区切りというのは、事業者募集のための募集要項に関する要望についての交渉を、とりあえず終わりにした、という意味で1区切り。 要望は3つあって、要望ごとに園の保護者に投票してもらい、賛成多数ということで、「保護者の総意」として自治体に提出した。内容は以下のとおりだった。これは7月14日のブログでも書いたとおり。 1.保育園の土地建物の扱い(貸与・使用許可・譲与など)をはっきりさせて、修繕・更新に関する自治体と事業者の役割分担を(大規模修繕と更新については自治体が実施するなどのように)明示すること 2.新卒職員の人数を各クラス1名以下とし、その体制をとるために、事業者が人材を育成するための財政措置を行う(今から採用できる人を1年間育成することを考えると実施時期も1年延ばすことになる)か、自治体の保育士を何人か民営化後の園に残して、その間に事業者に新卒を育成する期間を与えるか、もしくは両方やるか、の方策をとる(事業者にその方策をとれることを知らせたうえでプロポーザルを出させる)こと 3.「職員の給与水準、育児休暇等、職員が希望を持って働き続けられる労働条件を整備し、職員のワークライフバランスの確保に努めていること」などのように応募の条件として、労働条件についての条件を記載すること 結果としては、こちらの要望どおり募集要項に記載してくれることになった部分は、ほとんどなかった。 のだけど、 1に関しては、・事業者の経営についての見通しが明確になるように、無償貸与となるだろうという見通しを前提に、応募事業者への説明会できちんと説明する。・また、決定した事業者との契約書の中では、はっきりと保育園の土地建物の扱いにおける役割分担について明示する。 という回答を得たので、もうよしとした。(自分が自治体の幹部だったら、そんなやり方でいいとは、思えないけど。だって、聞けば、議会も関係なく、自治体の内部だけで決められることなんだって。じゃあさっさと決めりゃーいいじゃん。っていうか、自分が社会福祉法人の幹部だったら、そんなやり方の自治体の民営化には応募しないけど。) 2に関しては、・1年間、民営化実施を遅らせることはできない。また、自治体の保育士を民営化後の園に派遣することも、保育士同士の心理的葛藤がありメンタルな部分で難しく、それが結局は保育の質に影響することが危惧されるので、やらない。・「移行準備期間において、職員の雇用、人材の育成が無理なくできるよう、必要な支援を行う」準備が自治体側にあることを明記する。(読み方によっては必要な支援ってどんなことが期待できるのか、はっきりわからんような微妙な書き方ではあるけど、とにかく文言として入ってる。) これは、新卒や経験者採用の、法人としては「新規採用」の職員を、民営化園用の職員として、早め(民営化スタートの前年度中ではあるけれど)に採用して研修を行ったりするための費用を、法人のプロポーザル案に応じて、自治体側が一部負担することを意味している。 それ用の予算はつかず、担当部署の予算のやりくりで行うらしいので、会合での自治体職員の説明も、募集要項に載せる文章も、なんとも奥歯にモノがはさまったような感じなのだが、意味としてはそういうこと。実際、これまでにもそう負担をした例があるらしい。 何を言うか。これこそとても大事な費用だ。民営化を適切に行うための必要経費と考えるべきなのだ。 これが必要経費ととらえられない感覚が、民間の経営からかけ離れてるってのよ。 最終的に、客がウチの商品から離れていったらどうすんだ!って感覚がないから、ここが抜け落ちる。 私たちとしては、民営化スタートのために必要な新卒職員の、せめて半分は、1年早く新卒職員を採用して、その社会福祉法人が運営している既存の園で1年間実地訓練を積んできてちょーだい、その間、法人が、だぶついた人員を雇用するための財源を、自治体が法人に対して負担してあげてちょーだい、というのが要望の内容だったわけだが、そういう発想は今までなかったのだろうか?担当部署のほうにその感覚がなくて予算化できていないのか、財政当局が査定で切るのか、よくわからないけど。ま、担当部署も1年早く・・・という発想はなかったのだろうな。 とにかく、「1年早く」はどうしてもならんという。今からそれを言うと、民営化は1年遅くなるからだ。 保育士派遣のハナシも、コドモの命とオトナである保育士のメンタル問題を比較衡量してみんかい!とは思うのだけど。 コドモの命!?と、大げさな、と思われる方もいるかもしれないが、究極的には、保育の中で起こる最悪の状態とは、コドモが死ぬような事件が起こることだ。実際、散歩の途中で、他者による危害などではなく、管理不行き届きによってコドモが亡くなった事例だってあるのだ。 保育士のメンタルな問題が・・・というには、「一定期間、ボスが自治体じゃなくて社会福祉法人です」という状況は、・・・フツーすぎる。んなのウチのオットだってそうです。社会福祉法人じゃなくて独立行政法人だけど。 すみません、つい、間に自分の反論を書いてしまう・・・ とにかく、自治体の回答を書かないとわかんなくなっちゃうよね。 2に関しては、このほか、・応募事業者の提出するプロポーザル案に、民営化移行のための人材育成計画について記載するよう求め、選定過程できちんと検証する。・募集要項の中に、「民営化後初年度の保育の質を落とさないために、・・・」というような文言を入れる。 という回答を得た。 結果としては、「今までと同じワク内ではあるけど、移行のための人材育成について自治体が費用負担する準備があることを、募集要項で明示した」こと、「1年目は大目にみてねってことじゃなく、1年目の保育の質確保が重要な命題であることを募集要項の中に盛り込んだ」こと、が成果といえるかな。 こちらの望むことは、1年前からの新卒育成と、そのための財源措置を、自治体としても必要経費として実施してほしいということなのだけど、それは叶わなかった。民営化スケジュールをあと半年前から始めていればできたはずなのだ。今後の民営化ではこの意見を踏まえて改善するんだろうな!え!?と要望しておいた。せめて、あとの人たちは。 3に関しては、 募集要項には入れないけど「保護者の要望」として事業者に見せます、というので、1・2・3すべて、保護者の会による要望は、原文のまま、応募事業者に見せること、と要望したら、これは通った。 募集要項に書かないのは、それで事業者が都合のよい内容をプロポーザル案に書いてきて、素の姿が見られなくなったら困るから、だって・・・。 そーかなー。保護者の要望としては見せるのにね。たいした理由もないなら、載せればいいじゃんか。と思うけど、 要望を原文のとおり見せるというから、まあよしということにした。 もちろん、選定過程で検証することのほうが大事だしね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ と、自治体の回答はこんな内容だったのだけど、 こういう場合、前回のブログでも書いたけど、「いやいやそれでもまだ戦い続ける!」とやるか、この要望についてはとりあえず結果を受け止めて交渉を終わりにするか、どうすべきなんだろう? 私の園の保護者の会は、結局、後者を選んだ。 前者の道をとっても、どのみち自治体は、「スケジュールがスケジュールが」と言って先に行ってしまうだろう。それに、民営化をやることとそのおしりが絶対的に決まっている前提のもとでは、募集がスケジュールどおりいかなければ、選考にかける時間が減ってしまうなど、こちらにデメリットがはねかえってくるからだ。 民営化は22年度からだけど、今年12月ごろ事業者は決めなきゃいけない。なぜなら、21年度からの入園希望者が申請書を提出するのが1月上旬ぐらいで、それまでに知りうる状況になければならないから・・・つまり、おしりは正しい理由で決まっている。 ここは、しょうがないと思うしかない。 誰もおしえてくれないけれど、判断するしかないのだ。 しかし、もしそういう状況がなくても、実際、私たちの気力・体力がこれ以上もたなかっただろうというのも事実だ。 運動は、ほんとにチカラが要る。ヒトが要る。 9月には、もうひとつ、「保護者の事業者決定過程への参画方法」について、要望を出すことになっている。 ふー。それまで、今日を含め、あと1回、お休みの日曜日がある。今日は、上の子の誕生日だった。オットもワタシも、いろいろとがんばったぞ。 いつか死ぬとき、「よくがんばったなワタシ」と、思うことができるのだろうか。蝉の声を聞きそんなことを思うワタシであった。昼寝しながら(笑)・・・
August 11, 2008
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中村美香子です。 何らかの政治的主張を実現する活動ってのは、ほんと、続けるのがしんどい。 民営化のことだ。 もちろん、この四つ葉プロジェクトもそうなのだけど。 こないだ、自治体に対して提出した要望に対しては、ほぼゼロ回答ともいうべき回答が返ってきた。 ほんとの勝負はこっから、なのだろうけど、対行政ってのは、結局のところ、こちら(=住民)にはパワーの源泉がない。議員のように、「次投票しないぞ!」というような構図がない。説明責任なんていったって、これがまた逃げ道ありありなんだよなあ。 つまり、おいおい、全然それって論理的におかしいぞー という説明を相手がしたとしても、そのことを相手が理解できない、もしくは理解できないふりをして、何度もそのおかしい説明を繰り返す・・・といった場合には、説明責任なんてことばは虚無なのである。 論破しても通用しない。 オットの職場では、こういう構図を勝ち組、負け組と呼んでいるそうだ(笑)。 つまり、いいかげんな仕事をしてきて、あとはできましぇーん、さよーなら~の人のほうは、それで済んでしまうので勝ち組。それをまともなものに仕上げなくては自分の責任が果たせないとか仕事にならないとかってことで、その負担を引き受けて残業とかする人が負け組。 「おい、また負けちゃったよー。あいつ強敵だな」というふうな話し方となるらしい。 うう~ん・・・。世の中、全部コレかもしれん。などと最近思ったりする。もちろん、自分が「勝ち組」になってる分野もあるかもしれないけど。 ま、フーフの間の子育てだって、こういう図式もありますわな(笑)。 それに、こういう活動は、各保護者の参画のしかたがまたコレ。必ず課題となる要素をはらんでいる。 こちらは、いいかげんな仕事、とかってことでなく、そもそも手を出してもらえないことが多い。核となってやっているのはほんの2,3人、という状況はほかの民営化園でも見られたことだ。 確かに大変だからね。みんな。萩原久美子さんも、著書「迷走する両立支援」の中で、(ただでさえ忙しい)親は住民(活動ができるような住民)となりうるのか?という切り口から、民営化問題をとりあげている。ほんとそう。 グチももちろん言いたい気分だが、ここで言いたいのは、それだけ、活動するのが物理的に難しいということ。 個々人の参画阻害状況は、物理的なものだけじゃないだろう。気持ちの部分はもちろんある。っていうかなんだってそうだ。ここでいう物理的っていうのは、民営化問題が構造的に持っている・・・という意味で言ってる。 要するに、保育園の保護者は、こんな活動が好きな人が集まった集団じゃなく、忙しい人の集まりだってことだ。 こういう活動をやってく上で、ほしいなあと思うのは、「運動精神論」みたいなもの。もしくは考え方のノウハウ、のようなもの。 「何いってるんです。こういう活動はひとりでもやりぬく、という精神でやるもんです」とか、 「なんといっても多数の人を巻き込む努力が必要だ。その具体的ノウハウは・・・」とか? あと、出した要望は結局どうしたらいいのよ。っていう、本来こんなとこでダイダイ的に言ってどうするよ。みたいなこと。運動のキホンか!? でもね、再回答は求めたものの、次も似たよーな説明で、「と、いうことでやっぱりなんとかご了承を・・・」なんて、こっちもどーしたらいいのよってな勝ち組回答だったら、ほんとどうするのよ。おやつあげないわよ!(魔法使いサリーのよしこちゃんも涙目) だって、それで、また再々回答を求めたりして、スケジュールを引き延ばしてしまうことになると、1.事業者決定じたいは次の入所希望者が入所申請を出す前に!ということでオシリが決まっているので、事業者の選考にとる時間が減るのはイヤだ、2.ほかの民営化キホン的に歓迎保護者に「引き延ばし作戦だ」と思われかねないという懸念がある、などから、うまくないわけだ。 でも、はっきり言って、住民が行政に対して持ってるパワーの源泉なんて、ほんとはそれぐらいしかないよなあ~ でもでも、なんだか、勝ち組行政に対していいコちゃんするのもしゃくだが、自分にはねかえってくるかと思うと、いたずらに強気に出ているバヤイでもない。 ほんと、負け組としか・・・(涙目) 要望案の内容はいいんだよ。これは、私の直感だが、なかなか質が高い(笑)。 とにかく、来週の再回答を聞いて、ありのまま保護者に報告するしかない。そんな、急に、ゼロ回答が100回答になるわけはまったくない。 要望が通らないっていうのはツライことだ。 政治が生まれるのはこういう怨念からなのだろうな。 あと、今回も副産物ひとつ。 今回、活動の最初の頃は、ウチでは私がひとりで関わっていて、その負担感から、フーフげんかになることがよくあった。 「あんたもオヤでしょ!なんで関心がもてないわけッ?」と詰め寄ったものだ。 このところ、とにかくオットも参加するように仕向けて軌道にのっている。そうすると、結構それはそれでいいもんだ。 活動の仲間ができるのは、楽しい。うれしい。それが配偶者だとなおさらだ。 フーフは向き合っちゃいかん、同じ方向を向けとはよく言ったものだ(笑)。 このごろは、民営化モンダイで「キー!」となっても、オットにあたろうという気にはならなくなった。ま、いいこともある。 次はどんな報告ができるかな。 もう少しましなことが言えてるといいのだけど。 ちょっと夏バテなのかもしれない。ハリポタでも読んで、元気だそうっと!(でも、最後は泣くに決まってる)
July 28, 2008
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中村美香子です。 私のブログは最近、ザ・民営化シリーズみたいになっているのですが、今日も経過報告をひとつ。 このあいだ、ようやく、運営事業者の募集要項についての、保護者の会による要望を、自治体に提出した。 お~。なんとかひとつやった、はー~ ベッドに倒れこむ・・・ って感じ。 うちの自治体は、もう民営化も結構慣れているので、「保護者からの意見を聴取し、できるだけ募集要項などに反映させる」ということはちゃんとやる。だから、かたちとしては、自治体が反映させてくれなかった項目について、なんとしても要望をしたいと考えるものについて、要望するという、補足的な役割となるわけだ。 ひとりひとりの意見のとき、「スイマセンこれは・・・」と自治体から却下されたものも、保護者の会から「保育園保護者の総意です」と再度提出すれば、重みが全然違って、効果的に保護者の声を行政側に伝えられるはず。簡単に無視はできないはず。そういうことでやっている。 保護者側から要望を出すイッシューとしては、3つある。1.募集要項、2.選定基準、3.保護者の事業者決定過程参画方法。 今回は、ひとつめの募集要項についての要望だった。ほんとは全部について要望するつもりだったんだけど、とてもとても。時間がなくて。結局は、自治体の、「募集要項は急ぐの!早く事業者を募集したいから。選定基準と保護者参画方法はそのあと固めるの・・・」というスケジュールにそのまま沿うかたちになっちゃった。ま、しゃーない。 あらかじめブレーンストーミングをして、要望したいことをだいたい決めておく。 自治体から求められる個人の意見の段階で、まず書いてみる。 自治体からの、「それを反映させてみました」案を、自治体からの説明会でもらって見てから、 そのあと、保護者の会の要望を出すか、出すならどんなふうに出すか考え、 文案をつくり、 保護者に提示し、(これは配布して) 支持するしないの投票&パブコメをもらい、 それをまた開票&コメントを見て文案に修正を加えて、 もういちど保護者に提示して(配布はしないけど3日間掲示して)、 自治体にカガミつけて提出する。 という一連のプロセスをやったワケ。 投票期限は夏祭りの日にしてあって、当日は夏祭り開始と終わりの時間に、入り口付近で、ハコと投票用紙と要望案とペン持って、投票をよびかけた。 投票箱はティッシュペーパーのハコでつくった。もー、工作も、大きな声出して呼ばわるのも初めてだよ~~しかもニガテだし(笑)。 うん、ワタシはそりゃー、自分のコドモにずーっと一緒について夏祭りを味わうことはできなかったさ。コドモのうちのひとりと、いろいろあるブースのひとつを訪れたぐらいで。(あとはオットに任せた。) でも、ワタシがやらなくて誰がやる。誰もやらなきゃどうなるか。(あたしもそうだよ、武田さん!そして、武田さんの文章を読んで、救われる者のひとりなの。) おかげさまで、3分の2の保護者から投票があって、そのうちほぼ全員が支持票だった。保護者に配布したお知らせの中で、「無投票は支持とみなします」としているので、いずれにしろ賛成多数ということにはなる。保護者の「総意」だ、と主張するためのプロセスを踏み、その擬制をしたというワケ。 来週には自治体からの回答がもらえる。保護者の会の会合に説明に来てくれるらしい。お互い日曜日なのにお疲れ様なことだ。要望を提出してハイ終わり、なわけもなく、このプロセスはまだ続く。だけど、一応第一段階は実行した。 募集要項に関する要望案の内容は、(このとおりの文言ではありません。ブログ向きに書いてます) 1.保育園の土地建物の扱い(貸与・使用許可・譲与など)をはっきりさせて、修繕・更新に関する自治体と事業者の役割分担を(大規模修繕と更新については自治体が実施するなどのように)明示すること 2.新卒職員の人数を各クラス1名以下とし、その体制をとるために、事業者が人材を育成するための財政措置を行う(今から採用できる人を1年間育成することを考えると実施時期も1年延ばすことになる)か、自治体の保育士を何人か民営化後の園に残して、その間に事業者に新卒を育成する期間を与えるか、もしくは両方やるか、の方策をとる(事業者にその方策をとれることを踏まえたうえでプロポーザルを出させる)こと 3.「職員の給与水準、育児休暇等、職員が希望を持って働き続けられる労働条件を整備し、職員のワークライフバランスの確保に努めていること」などのように応募の条件として、労働条件についての条件を記載すること というものだった。3はワタシのキモいりよ。 さて、どうなりますかね~。 2.の「新卒職員の人数を各クラス1名以下に・・・」というのは、保護者の会で考えた「ぎりぎりの許容範囲」だ。 昨日の葦沢さんのブログにあるような、「やる気のある一部の人」と「無関心なその他の人」という構図に悩む というのを、イタイほどやりつつ、 これのせいでキーキーイライラして、コドモの前でオットとけんかし、また仲直りし、相手も参画させ・・・とじたばたやりつつ、 ・・・やってます。 まだ結果はわからないけど、 でもひとつステキな副産物があった。 こういうことやってると、保育園の今のスタッフにいろいろお願い(紙の配布作業など)することなどがあって、やりとりしたり、迷惑かけたりがどうしようもなく起こるのだけど、 (いつもイロイロお願いしている)園長先生が、「お母さん、保育士のスキルを親も共有することができる協働のしくみがほしいって書いてらっしゃいましたね。民営化移行前に私たちと何かやりませんか?」 と言ってくださったこと。 わーん、うれしーよー。 ま、民営化プロセスがちょっと落ち着いてからしかできないけど、ふたつ返事しといた。 そんなこんなで今日もやっている。
July 14, 2008
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先週日曜日のタウンミーティング、ありがとうございました!もう、このブログはすでにTMから離陸しているのだけど、言及せずにはおれません~ 質問させていただく側とはいえ、前に出るってのはどんなもんかいなと冷や汗ものでしたが。もともと声が小さくて押しだしもよくなく、加えて何かをまとめて話すことが苦手なもので、みんなに聞こえなかったり、しどろもどろになってワケわかんないこと言い出したら最悪だ・・・とか心配していましたが、なんとかなったかな?だといいけど。 でもやはり、前に出る側としてやる!というのも、本気で考える・取り組むきっかけになって、とてもいいこと。そんな機会を与えていただいて、4つ葉の皆さん、ありがとう。 というか、それがなきゃー、今回私が質問させてもらった理由の、「たまたま今保育所にコドモ預けてるワーキングマザー」で終わってしまう。 4つ葉のみんなに、大日向先生に、高山先生に、義本さんに、会場の方に、投げてもらったボールを投げ返さなきゃね。 保育の現場が疲れている。質の確保が難しくなっている。私にできることはなんだろう? とりあえず、幸いなことに、私には通ってる保育所があり、しかも民営化という局面を迎えている。できることがあるはずだ。 昨日も民営化についての、自治体からの説明会。9時半に保育所集合。コドモは、4歳児は祖父母にあずけ、3歳児は一緒に行くと言い張るので(保育所では保育が確保されている)、雨の中歩き始めたものの、ずっと一緒にいられないと聞いて「帰るう・・・」と、家へUターンし、祖父母に一緒にあずける。 午後はまた2時から保護者だけで集まり、最終的に自治体に提示する保護者の会の要望案について内容を固める。5時まで。 ふー、これだけ聞いても、「よっ、お疲れさん!」な感じでしょ。 萩原久美子さんの「迷走する両立支援」の文中、「働く親は住民参加で過労死よ。職場で働いて、家で働いて、地域で働いて・・・」という「NPOで働く彼女」のことばに、深くうなずいちゃう。 もちろん、だから地域で働くのはごめんだ、じゃなくて。それだけの余裕が求められるということだ。それが理想。・・・昨日、その保護者の集まりで、私は2点、強く主張した。 ひとつは、新卒の人の比率について。目下、私たちは、民営化を担う事業者の募集要項にどんな要件を入れるよう要望するかを決めてるのだけど、 先行して民営化した、私たちの自治体の公立保育園では、新卒の保育士の割合が、民営化後でだいたいどこも3分の1となっていた。どーも、このへんが自治体としても許容範囲なのかもしれない。 また、昨日の説明会の資料では、新設の民間立保育園では、半分ぐらいが新卒者というデータが示された。 で、大きな問題は生じていないし、年齢構成のベストバランスは個人個人の資質によっても違ってくるのでいちがいにはいえないし、これを募集要項でハードルとして設けると、優良な事業者が募集してこない可能性がある、だから募集要項に新卒の割合を、たとえばクラスあたり一人にしろ、というような条件は入れられない、というのが自治体の説明だった。 まあ、募集要項に入れなくても、自治体職員も選定委員会も、おそらく、3分の1ラインは守るよう、選定してはくれるだろう。これだけやいやい言ってるのに、過去の例よりもたくさんの新卒者割合だったら、ケツレツするもんね。 だけどね。他んとこもそうだから、それでいいや、でいいのかな? 保護者の中には保育士もいて、「いやーきびしいよ。3分の1じゃー・・・」と言ってるというのに。 要望を聞く、聞くというのだけど、ムリなことはあっさり「ごめんして。」それに対して保護者のほうも、「まー区の人もあれが限界かなー」と慮ってしまう。でもさ、遣うべき気、ココロはそこじゃないよ。 新卒が憎いわけじゃない。新卒の人だってツライと思うんだもん。いきなり民営化後の保育所でそんな体制では、きちんと育ててももらえない。もちろん育てる側だってツライ。そしてそのツラさは、こどもたちに、何らかの影響を与えるかもしれない。キレツが走ったら、事故だってありうる。 特に、高山先生が言ってたように、その新卒の保育士が、実務者じゃない先生の講義だけを受けて養成されてきたとしたら、どうだ?これ、保護者の集まりで言ってみました。 3分の1という比率は、「もーそんなことありえないって。ウルサイ親だよなー・・・」といわれる比率ではないと思うのだが、どうだろう?(高山先生、教えて!) きのう、「じゃー、ま、いっかー・・・」と後退しかけた保護者の会で、「いやまて」と今のような主張をした。 でも、私はそっからどーしよう、があんまり考えられないコマッタちゃんなのだが、そっから、保護者の会では、これを提案してみよう、という内容が出て、よしそれでいこうということになった。つまり、募集要項にハードルを設けても、やれる事業者は限られている、ということなら、実質的に新卒がそんな割合にならなくても事業者がやれる方法が何かないかと考えたのだ。もちろん、時期を延ばしたり自治体からさらなる出費は必要かもしれないが、ただただハナシが平行線というのよりは展開がある。 もうひとつは、保育士の労働条件とワークライフバランス。 労働条件についての言及はほかの保護者からもあったが、ワークライフバランスまでいう親はそうはいないぞ。えっへん。 事業者選定の過程では、選定基準というのがあって、募集要項がハードルなら、こっちはモノサシだ。ここにも保護者の要望をとりいれてはもらえる。 選定基準では、職員の労働条件は結構多くの項目でとりいれてもらっている。というか、もともと入っているのだろう。 私としては、募集要項のほうにも、抽象的なことばでいいから、働き続けられる職場の体制とワークライフバランスの確保に努めている事業者。というひとことを入れてほしいのだ。 募集要項の要件というのは、スタンスを表明することになるから。 民営化というのは必ず、長時間延長保育、休日保育、産休明け保育などなどとセット販売だ。そんなにいろいろできるの?とこっちが心配してしまう。 だからこそ、募集要項に入れたい。親は心配してるんだよ、って自治体にも伝わってほしい。あれもこれもやってほしい、ばっかりじゃなくて、それがあったうえでのことだよ、ということで。 ここでも、高山先生のハナシをもちだして、保育士の先生たちは疲れてるらしいよ!と吹き込んでおいた。親が厳しい、その親育ても担う、物理的に手間のかかる子どもも増えてる、社会から期待されることも高度になってきて・・・と、拝借して。 ちょっと目線の高い要望案、つくってやる!見てろよー(と、なぜか交戦モード) しかしこの要望案、明日までにつくんないと。わーん今晩寝られないよー(と、わりと弱気) でも、ここは、お母さんのそこぢから(うちのおとーさんもつくります)出して、パッチで(関西人ならわかる)がんばります。
June 29, 2008
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中村美香子@コドモはおたふくかぜ です。 いやーこのおたふくってやつは、ほんとーに、きっついねー。 私は現在のトシでいうと4歳児と3歳児がいるのだが、4歳児のほうしかなっていないというのに、もうオヤは音を上げてます。 金曜日に保育園から電話がかかってきて、次の1週間まるまる保育園を休み、ようやくなおったな、片ほほで済んだな、と思っていたら甘かった・・・。片ほほずつなることもあります、と本で読んではいたんだけど、まさかここまで時間差で来るとは思わず。右のほっぺは左のほっぺがキッチリ治ってから腫れ始めた。く~~~また1週間か・・・ 痛いので子どもも、夜中に起き上がって走り回って泣く。かわいそうにと思いながらも、その夜2度目となると、「またか・・・」ともつぶやきたくなる。 こ、これで3歳児もまたキッチリ時間差でなったらどないすんねん。 ウチはジジババ家が近くて、病気のときは「よっぽどのときは自分が休む」的な体制が許されているのだけど、普通にハハチチしかいなかったら、こりゃー厳しい。 だって、コドモが病気のときぐらい休めるシャカイでないとね!と言ったって。 現実に自分が休めてない。 シゴト量もさることながら、「その日のスケジュール」というのがあるじゃないですか。 ルーチンはともかく、特別に入っているスケジュールを急に誰かに代わってもらうことは難しい。 長のつくシゴトになればもっとそうだろう。 ま、ワタシは、朝1時間とか午前休みとかをちまちま連日とりましたけどね。あんなグズるコドモを叱咤して朝チコクしないようになんてとても行けない~ 病児保育、病後時保育のニーズっちゅうやつを、腹から理解したワタシでした。 だけど、病時保育、病後時保育は、なんとなく不安。 いつもの保育園でやってるわけではない場合がほとんどだから、遠いし、子どもにとっても慣れてない環境だし、オヤにとっても慣れてないことからなんとなくココロが遠のく。 でも、利用の頻度からいって、そうそう使い勝手のいい状況になってても採算がとれなさすぎるんだろうなあ。 今、ワタシは自分のコドモが2年後から民営化することになって、てんてこまいしているのだけど、区が提示してきた募集要項の素案には、4時間の長時間保育、休日保育、年末保育、産休明け保育がばばーんと応募の条件に載っている。 これが、全面的に出ているのが、そんなメニューないけどやっている人たちの中では評判が悪い。それさえやればっていう感じがして、通常の11時間での保育がおろそかにされたら・・・という不安を呼び起こすのでいやなのだ。 保育もなかなか、オヤの利害は対立するんだよね。 パイが限られているとなると。 病時、病後時も含めて、特別な保育を必要とするオヤとそうでないオヤ。 認可保育園にはいれたオヤと待機しているオヤ。 認可保育園に預けているオヤと家でずっとコドモを育てていて、一時保育がほしいオヤ。 そこに、「コドモはそんなに長時間預けるべきじゃない、オヤが一定の時間はちゃんと自分で育てるべきだ」「病気のときのコドモは、コドモのためにオヤが看るべきだ」等の子育ての理想論ないしは自分のこだわりが混じるので、ハナシがこんがらがる。 いやしかしね。 現実に、それがないとすっかり暗い顔になってしまう人々がいるとしたら。それがあなたの仲のいい友達だったら? そういうサービスがあるとつい、どうしてもなくてもいい人までがフリーライドして、コドモのためにもよくない、コストもかさむ、というのはあるんだけど。自分も、延長保育になるかならないかぐらいの時間だと、つい使ってゆっくり迎えに行こう、とか思っちゃうし。そこはサービスの価格で調整すべきなのかもしれないが、これまた必要性との関係で、難しいんだ~ だけど、自分の受けてるサービスの質が落ちるのは誰でもいやだ。 全部ニーズに応えて、なおかつそのサービスの質をきちんと確保するための、カネと監視するための労力をなんとなく思い浮かべてみると、気が遠くなってくる・・・ あれ。なんか結論が、疲れてる感じ。 そうでなくって、 タウンミーティングでぜひみんなで考えましょう!ね!
June 16, 2008
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中村美香子です。 このあいだから、自分のコドモの通う保育園が、民営化の対象となり、わらわらしています。こういうのって、いったんスイッチが入ると、誰かがやってくれる・・・というスタンスに立てなくて、ついつい中心を走ってしまい、さりとて自分から望んだことではないのでそれほど充実感もなく。という、あーもうッ てな気分です。 でもだがしかし、これもまた神サマがくれたレッスン(キラキラ)なのだろうと思わせるところがあり。今回のタウンミーティングについて、考えさせてくれるきっかけとなる、いいお題ではあります。ただ、忙しいんだよッ このところの私の暮らしは。(ひとりでやってるわけではもちろんないですよ) 父母会もなんにもなかったところへ、ようやく、民営化について考えるオヤの会を立ち上げ。 立ち上げまっせのペーパーを作成し、掲示板に貼り。保育園に頼んで配布してもらい。 保護者会で説明してクラスの委員を決めてもらい。 子連れ飲み会を設定し、第1回の会合を行い。 自治体の保育課と交渉し。 平日のお昼休みにメンバーとケイタイであれこれメールを交換し。 といった感じ。 そうやって親同士で話してみて、思ったこと。 まず、ひとつめ。多くのオヤが、保育士の配置と労働条件について、関心をもち、心配しているということ。 民営の事業者募集は、「実績ある社会福祉法人」に限ることになっていて、それはそれで議論もあるところなのだろうけど、 それにしたって、新しい園をつくろうとなったら、新規採用の保育士(経験者採用と新卒採用との2種類があるわけだが)の割合が、過去のウチの自治体の民営化の例では、だいたい3分の2を占める。3分の1が経験者採用、3分の1が新卒採用、あとの3分の1が法人がやってるほかの園からの横転、なのだそう。 オヤの中には、日々の職場で、自分も管理側あるいは新人の育成にあたっているような人もいて、「そんな体制、ありえないわよっ」と憤る。 保育の質。保育関連ギョウカイにいると、耳タコのように聞く言葉だ。 よくわからないことばだ。保育の質保育の質っていうけど、定義されてるのは見たことがない。 でも、オヤの毎日から類推してみれば、「ヨユーがなくなる」と、保育の質に如実に影響が出るってのは、日々イタイぐらい経験していることだ。保育に慣れてない同僚(オット)にイライラしたり、コドモにあたったり。ま、相手はプロだからアタシほどのことはなかろうが・・・。 質・量の面から見た、人員の配置。保育の質の重要な要素では、確実にあるだろう。それだからこそ、国は最低基準で縛っているわけで。 あと、保育士が疲れてたり、シゴトがいやになってたりしても困る。 そんなわけで、オヤのほうも、新園の保育士の労働条件は気にかける。ええ、これも、保育の質に影響することは私たちも実証ずみ(笑)。 お給料が適度にもらえてるか、無理な拘束時間になってないか、産休・育休がとれて復帰はできるのか、・・・など。 私などから見ると、「まとまった休み」がとれてんのかなあ、この人たち・・・と心配したりしている。2日いない先生は見ない気がするし。サービス業はデパートなんかでもそうなのだろうけど、夏休みとかも、1週間まるっととれるのかな? 公立の保育士は民間に比べて給料が高い、と目のかたきにされてる感じがするが、適正基準はどのへんなのか、ちゃんと論じたものは読んだことないんだ。安い民間に任せるべきだって言い切れる?そのお給料はシゴトに見合っているのか? こういうのをサービスの受け手が心配するっていうのは、保育に特有な現象であるかもしれない。私たちは日ごろ、ヨドバシカメラの安い家電を買うときに、「ここの従業員はしんどすぎないかしら?」などと、そうそう心配しないものだ。 ほんとはそういう視点は大事なのだけど。ワークライフバランスはその視点ぬきには実現できないのだから。 消費者が、生産者が生産者(労働者)のハッピーを確保することにどうぞ、と言ってあげること。そのほうが消費者もハッピーなの、という関係。保育というサービスなら、自然にできることなのだ。 ふたつめ。民営化するとなったら、セットのようについてくる、長時間延長保育、休日保育、年末保育などのサービス。 「これって必要なの?いわゆるコアタイムの11時間開所時間の保育の質を低下させないのかしらッ」というオヤの声。 ううむ。これらのサービスをやる保育所を増やすことは、私が保育関連の部署にいたときも、ほとんどギモンの余地のない、命題だった。 長時間延長をやれる人材を正規職員として雇い、シフトでまわそうと思ったら、コドモのいない若い人をあてなくちゃならなくて、全体的に経験のない若い保育士が多くなるのではないか・・・という懸念。 うーむ、それよりも、昔の(今はどうなってるかよく知らないのだが)延長保育の補助金は、パートタイム程度の時給で2人分という単価設定だったから、正規職員ですらあてられないかもよ。 でも、そのへんについてちゃんと調べたことはなかった。恥ずかしかった・・・ それに、そういう懸念を持っているむきが、一定割合いることはわかっていたのに、きちんとした「大丈夫!」という説明がいまだにされてないこともよくないよね。 あと、みっつめには、 うちの自治体は、事業者の募集要項はオヤにも見せて、意見を求めるのだが、 その条件に書いてあるのが、上に書いた長時間保育等々がばんっと最初に書いてあって、保育の内容や質については1行程度なのに、違和感を覚えた。 自治体からは、「ではぜひ、このへんの文言については提案をください」と言われたのだが、 「どんな保育」をしてほしい、と私たちは果たして、端的にことばにできるのだろうか。 このあいだも書いたけど、オヤってほんと、どんな子育てがいいのか、まーったくイメージもなく、オヤになっちゃう。保育士のプロの技術はたいしてこっちに伝わっていないし。保育園は基本的に、あんまりうるさく家の保育に口出ししちゃいかんというスタンスなので。ま、それはそれで間違ってはいないんだろうけど。 クラスの子連れ飲み会で、ママのひとりが保育士だってことがわかって、思わず聞いた。 「保育士さんたちの中で、保育のキホンとして、誰でも持ってるセオリーってのはあるの?」と。 彼女は、「受容」ということがそれにあたるかな、と言っていた。 えー!私たち、それって知ってた? そんなことで、オヤが望む保育の内容、言えっこない・・・。 もうコドモも4歳と3歳になって、これだから。トホホ。だって、私、自慢じゃないけど、結構な量の育児本読んでるのよ。 もちろん、同じ言葉じゃないけど、そういうことが大事だというのは、いろんな場所で、本で、知っている。でも、そんなにキホンなら、オヤになる前から知っとけ。って感じだよなー ま、そんな3つのことを考えていたのでした。 民営化はいろいろ、考えさせてくれます。 さて、保護者の会もいい活動にしたいな。
June 2, 2008
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中村です。 そう、昨日の杉山さんのブログを読んで、激しくうなづく。 私は、保育関連の財源が一般財源化されていく波のひととき、保育関連の行政の現場にいました。実はコームインなもので。今は全然違う部署にいますが。 行政というのが、都道府県だったから、そのときの現場の雰囲気としては、一般財源化はそれほど「カネがなくなるじゃないか!」という抵抗・危機感といった雰囲気ではなかった。それより、「国がそれ用のオカネやめちゃって次世代育成支援交付金ないしは地方交付税に組み込むんだったら、こっちで上乗せ・横だししてた部分はどう整理しようか」、みたいなハナシが多かった。 政策の内容に関しては、それだけ、国の内容に準拠してたってことだね。 そんときは、独自の路線を考えてるヒマはあんまりなくて、今までは国、都道府県の負担割合が決まってたから出してたものも、国から直接、交付税なり交付金なりいうかたちで市町村に行くといわれちゃうと、出す理由がなくなってやめる、という方向に行ってしまったものが多かったと思うけど、 そのあとこの某都道府県の出すべきオカネも、「これ用」とがちがちに使い道が決まっていた補助金じゃなくて、交付金というかたちに整理された。国の動きというのはインパクトのあるもんで、カネの払いようもおんなじに・・・。 だからひとついえるのは、一般財源化すると、地方は考え始める。ってこと。 じゃあウチは何に、どんなふうに、子育て支援するの?と、都道府県は考え始める。今まで国の制度に乗って、いわれるがまま1/3とか1/4とかの負担分を市町村に払って・・・というやりかただったのが、「あなたの方針は?」と問われることになるのだ。 市町村のほうは、もっとそうだろう。 使い道の決まった財源がこなくなれば、何にいくら必要だからと試算して、予算を獲得しなければならなくなる。当然、優先順位や死守しなきゃいけないものも決めなきゃならなくなる。国のメニューになかったからやりたいけどできなかったこともやりたくなる。 あと、もうひとつ、 事務にかかるコストは、削減される、と思う。こっちは、制度が再編されてからどうなってるかは、部署を離れたから感覚的にわからないのと、計算して検証したわけじゃないから、はっきりいえないのだけど。 負担金とか補助金とか、「それ用」のカネってのは、カネが渡るからには、きっちりした根拠が要るってわけで、その計算の仕方を決めたり、決まった様式でもらう側に計算させたり、渡す側がそれをまた必死でチェックしたり、まちがってたら電話して直せと言ったり、カネを出納機関を通じて渡したりという、こまかーい事務が、渡す側にももらう側にも発生する。まちがってたらえれーこと。 この、「渡す」という仕組みになってるからこその事務処理コストは減らせるはずだ。 実際、補助金の担当やってたときは、「こんなのだーいたいのどんぶりで渡せばいいじゃん!私の人件費がムダ」とか思ってた。「こんなやる気の出ない仕事やだなー」とも。しかし、カネを渡すのにそんなリクツは通用しないのでそんなハナシは一笑に付される。 というモードが変わると、そんなリクツも可能。だって交付金ってのはそのリクツを制度化したものだものね。 渡すのをやめたらまるっと人が要らなくなるのかというと、一般財源化のあと、自分のとこの政策をうんうんうなって考えるためにはそれほど人員を減らせない、かもしんないけど、それはまあ、当たり前に必要だもんね。機会費用を考えたら、絶対「しょーもないことに払ってるコスト」は下がる。私のシゴトを引き継いだ人は、ウチの独自路線について考える、やりがいのあるシゴトの部分が増えてるかもしれない。 ・・・ しっかし、公立保育園の国庫負担金を一般財源化(地方交付税にその分換算して乗せることになった)したことで、保育園の民営化が当然の流れとして発生しており、 私の子どもの行ってる保育園もご多分にもれずで、平成22年度から。 こーれがまた、保護者はタイヘンだ。 ウチは父母会というもんがない保育園だったので、形式的な行事がなくていいなあと思っていたんだけど、ここへきて、民営化対策のための保護者組織を。立ち上げましたよ、このあいだ・・・ 正直言って、この新たな業務はツライ。ヒーヒー でも、「少子化をのりこえたデンマーク」(湯沢雍彦、朝日選書、2001)では、デンマークでは、保育園に「運営委員会」なるものがあり、父母代表7名、職員代表2名で構成されているんだそうだ。「保護者代表はどんな保育園にしたらよいか、どんどん意見を出す。」のだそうで、バザーをして売り上げを保育園の収入とするのだそう。小さい無認可園などでは、カネだの行政だのの後ろ盾がないぶん、オヤが自発的にこんな関わり方をしてるという話をきいたことがあるが、認可保育園でこういうところはまずないだろう。 ううむ、どれぐらいデンマークの運営委員会が機能しているかはわからないが、ニッポンの私たちもがんばらねば・・・。 というか、やはり、常日頃からこういう体勢はとっとくべきなんだろうな。単なる親睦(これもとてもだいじだけどね)だけじゃなく、何かあったらみんなで考えようという場をつくっとくというのは。 そういうことをオヤが日常的にやってれば、子どもの政治意識はそれに応じたものになるよね。学級会だって国会だって究極的には同じことだもの。 私も、子どもたちが食べてる延長保育のときのおやつのことが、ほんとは以前からちょっとココロにひっかかっている。つまり、そのおやつは市販のもので、うちのおやつコードには引っ掛かるのだ(笑)。サラダせんべいとかね。 でも、ひとりで園に言い出すのが億劫なのとか朝も帰りもあせっているのとかで、結局言い出していない。オカネが絡むこともわかってるし。 こういうのはほんとは、保護者会などで、どう思う?と提起してみるべきなのだろう。するとまた、いろんな意見が出て、人が自分の意見に反対なんだという事実に慣れたり、説得したり、意見をまとめていったり、という高度なスキルが持てる。 こういうことにココロの体力がついてないと、いきなりこの民営化対策の保護者会などつくると、ホント、そのへんのことがツラく、メンドく、ウザいということになる。なあ・・・ みんなほんとに、いろいろだからね。シゴトと家庭の運営のほかに、こっちでもやらんといかんのか!みたいな。 でも、でも、子どものために。 カッコいい大人になるために。 前回は、「プロの保育を学ぶリソースにできないか?保育園」というようなことで書いたけど、今回は、「小さな政治を学ぶ・保護者会」というワケで。 コミュニティだからなあ。保育園は。理想としては。やっぱりね。
May 19, 2008
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今日は、ふーんと思ったことふたつについて。 ひとつは、保育園の機能について。6月に行う、この4つ葉のタウンミーティングでとりあげるのも保育。今日私が書くのは、保育園のやる保育について、じゃなくて保育園というリソースについてだけど。 私も、2歳児クラスと4歳児クラスにひとりずつ子どもを預けている親で、昨夜は保育園仲間5家族で、うちで集まった。 昼間の2時半ごろから集まって、子どもにおだんごをこねさせ、みたらし団子をつくった。柏餅といきたかったんだけど、柏の葉が入手できなかったので。まあ、みたらしのほうが簡単だし。何事も、カンペキ主義はよくない。子どもという圧倒的な「タイヘンなモノ」の存在は、私に、若い頃のカンペキ主義的な傾向を、かなり手放させてくれたと思う(笑)。いや、めでたいことだ。 そのへんから大人はお酒のみのみ。そしてどっさりの晩ご飯。 保育園仲間で集まった。なんていうのは、どこにでもよくある、簡単な話のように聞こえるかもしれないけど、そーでもないんだこれが。店じゃなくて誰かの家で集まると、食べ物や子どものめんどうの見方で、結構いろいろ工夫することがあって、そのへんが大変。 でも、なにかが生まれるのだ。一緒にその場をつくることで。そんな感覚が好きで、結構私は保育園の仲間を家によんでいる。朝から食事づくり三昧になって、ちとしんどいけど、料理は得意だと勝手に思っているので、それを発揮して満足する場としても利用させてもらっている。 ゆうべの会は、自分なりにちょっと意図をこめて開いたものだった。 意図というのは、ひとつは、パパもできるだけ来てね、とあえて表明したこと。 こういう会は、気がついたらオットはぴゅーっと逃げ出してひとりで楽しくやっている・・というパターンが結構多いからだ。でも、いつもお迎えに来るのはお母さん、の家族が、土日もさらにそんなふうになるのは本意じゃない。 男たちにも、一緒にしっかり、「その場」をつくってほしい。 子どもがいる大人は、交流もままならないのだから、その場をいっしょうけんめい努力してつくらなければ交流できないのだから。それは、女が好きでやっていることだから、と逃げちゃいけない。子育てという生活の中で、どうしようもなく必要で楽しいからやっていることなのだから、子育てという生活の中に、きちんと身をおいて、男も参加しなくちゃならんのよ。 まあ、それと、キホン的に人との交流ということでは、男はやっぱりへたくそなので、女と子どもばっかりになってくると、余計足が遠のいてしまうからね。 ということで、パパも来てねとあえて言ってみた。やっぱりなかなかよかったよ。雰囲気が変わる。 もうひとつは、保育が欠ける理由が、両オヤの就労じゃなくて、保育園に通っている子の妹が、心臓が悪くて入退院を繰り返すという難病で、毎日お母さんが病院に通っている生活だからという家族を、よんでみたこと。 つい、アンタッチャブルな感じがして、腫れ物にさわるような感覚でいるのじゃなくて、力になりたい、仲間になりたいのよっていうメッセージをその家族に送りたかったのだ。 実際、よんでみると、そこはそれ、毎日タイヘンな生活をしてる者どうしだから、ちゃんとほかの家族も、「お迎えのとき一緒にピックアップしてしばらく預かってるとかできるからね!声かけてね」と話をしていた。 上の子にもっとフツーに、土日に遊ばせたりしたいとか、やっぱりあるだろうと思うのだ。上の子もいつも病院に一緒に行くのがいやなときだってあるだろうし。 下の子はもうすぐ大手術を控えているのだけど、そのお父さんが、「もうすぐゴールだ。」ってにっこりしてみせた姿に、私たちも、とおっても学ぶところがあったし。 それから・・・。 みんなと騒いでいる中では、ほんとにシンコクな口調で話はしないのだけど、はしばしに出てくることばの中では、やっぱりみんな、それぞれに問題的状況は抱えているのだなあと感じる。 どれもシンプルなことで、いまさら目新しい子育ての課題というわけではない。 やっぱり、ひとつは、子どもに対する態度のこと。 みんな、自分の態度について、100%自信をもってるわけじゃなく、つい感情的になってオコッたり、自分が「切れて」オコッちゃうことに、「あーいかんっ」と日々思ったりしてるんだなーと、感じた。つまり、本来やりたい子育てともいうべきものがあって、なかなかうまくできないという思いを抱えながらやってるってこと。 もうひとつは、オットとケンカしてしまう!ということ。 もちろん、私もそのふたつで日々悪戦苦闘しているひとりだ。 でも、不思議な気もする。こんなにいろいろ、社会はどんどん高度化している感じがあるのに、このへんの問題って、むかーしから変わってない。問題の角度は変わってきてるのかもしれないけど、字面でいわれると、そんなの前からみんなそうじゃん、という感じだもんね。 なんかね、ここのスキルがもっと高度化できればいいのに。 保育園は、オットとの問題についてはスキルを蓄積したりはしてないけど(笑)、子どもに対する態度のほうでは、えらいスキルを持っている場所だ。 保育士が切れまくっているという状況は、さすがにない。 これをなんとか、オヤのほうにも還元できないものかなあ。 保育園の親同士で一緒に預けあいをやって、自分の子もほかの子も保育するような場があって、そのために保育士の「先生」から研修でも受けて、プロのスキルを教えてもらえるような機会があればいいのにな。 もちろん、オヤになって、毎日の子育ての中でいろいろ学んでいくプロセスは大事なのだけど、 ここだけ、なんだか効率化が図られてないよなあ。 もっと、早い段階で、こんなとき、こんな態度で接して、自分にも子どもにも満足してハッピーに子育てできたらいいのに・・・。 自分たちの働きかけややりようによっては、保育園というのはすごいリソースになるような気がする。 1.一緒に子育てしている、という人とのつながりをつくる。 2.子育てのスキルを学ぶ。 このふたつの意味で。 ひとつめは、がんばって連絡とって、料理して、掃除して、家を提供して集まることで、ぼちぼちやっている。 けど、もっとホンモノの関係をつくりたい。一緒に子育てする環境について考えることができるようなね。子育て関連政策、保育園のありかた、ワークライフバランス、食育、といった、人によって考え方が分かれるようなハナシができるとこまではいってない。これができるようになるとかなりいいんだけど・・・。 実際は、昨日、ようやく、「○○ちゃん(ウチの子の名前)のとこはお菓子禁止?」「うん、わりと禁止。」「じゃあ、持って帰るね。」と、持ってきてもらったお菓子の類を持って帰ってもらった・・・ところまで。 はっきり主張しない私がいけないのだけど。それでも、昨日は、みんなに連絡メールを打つときに、「おだんごつくるので、お菓子はそれだけにしとこうね。」という文言を入れて、「そのへんで売ってるお菓子をどさどさ持ってこないでね!」というメッセージは発信したので、まあ、一歩前進なんだけど。 ふたつめは、まだやってない。でも、そんなスキルの蓄積のある保育園に、ただ日中預かってもらってるってだけではもったいない。 なんて言うと、昨今課題になっている「保育士の疲弊」につながってしまうのかもしれないけど、疲弊させない程度に。だって、こころある保育士なら、自分のスキルで親も高まっていくことが実感できれば、すごくやりがいがあると思うと思うんだもん。 子育て関連政策ももちろん大事だけど、自分たちで、すごく身近なとこでちょっと何かを動かすのも大事。 昨日は、すこおし、やれたかな? 子育て関連政策のハナシでは。 最近本屋でよくみかける「スタバではグランデを買え!」(吉本佳生、ダイヤモンド社)という本のなかで、子どもの医療費の無料化は子育て支援策にならない、という議論がなされていた。 その主張は、そんなことすると、オヤはなんでも子どもを病院に連れて行くようになり、今でも足りない小児科医不足に拍車をかけることにつながるというもの。 患者が増えれば、診療報酬も増えるのでは?と思うところだが、ほとんど治療する必要がない患者が増えてもたいした収入増にはならず、手間ばかり増えて過酷な労働状況を生み出し、小児科医のなりてがかえって減少するだろうというわけ。 また、それで病院が混みあって待ち時間が増えれば、オヤの時間コスト(その時間に仕事をして得られたはずの収入。機会費用ってやつですね)も増す。しかもそれは、働いて収入を得ているオヤが連れて行かざるを得ない世帯と、専業主婦や年金暮らしのじいちゃんばあちゃんが連れて行く世帯とでは、コストのかかりかたは不平等であるという議論もされていた。無料だから全員に平等なわけではないのだと。 そしてちろん、長い待ち時間は、オヤの、労働と子育ての両立をさらに困難にする。 さらには、その医療費を肩代わりすることで地方自治体の財政赤字が増えれば、そのツケは子どもたちが支払うことになるとも。 これは国のオカネ入ってないのね。国で制度を設けろという主張をしている団体もいるみたいで、俳優など著名人が呼びかけ人に名前を連ねていた。 医師の方のブログでもとりあげられていた。こちらは、スタバ本に賛成というもの。 私はというと。 以前から、この子どもの医療費タダ政策は、うさんくさいなあと思っていた。 それは、子育てオヤにとってありがたいかどうかという意味で「効果あるのか?」という観点で思っていたことで、スタバ本のように、小児科医が減るという影響があるのでは、とか、医療を受けるコストはトータルでみれば安くならない(時間コストで)とか不平等になるとかいう観点ではなかったけど。 単純に、乳幼児から中学生までに対象を拡げたって、中学生の病気になる頻度なんてなんぼのもんじゃいと思い、安い費用で一見スゴイような政策をやって票を集めるというスタンスが見え見えでないの?と思っていた。今でも思っている。 ま、すごく効果のある政策なら、それにかかるコストが低いのは歓迎すべきなんだけどね。カレからもらうバッグは、ビトンのじゃなくたって、カワイければいいのだから。 総合病院の小児科が減っていることにこの医療費タダ政策はやはり関係があるのだろうか。それはまだ検証してない。しかし、いずれにしろ、安くすれば安易に病院に行くという因果関係は否めないだろう。自分もそうだしな。インフルエンザの予防接種(タダにならない)となると、急に迷うもん(笑)。やっぱりこの政策はアカン。タダほど高くつくものはないということか。 スタバ本は、「何でもかんでも政府に期待して安易に要求する市民は、程度の差こそあれ、政治家と癒着して不当な利益を得る企業とさほど変わらない問題を引き起こしている、と自覚すべきでしょう」と結んでいる。 政策について意見を表明するときに、萎縮することはないけど、この感覚は持っとかなあかんのね。 おお!忘れてた。今日は子どもの日だよ~(笑)
May 5, 2008
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今日は、前回のブログから引き続きで、道路特定財源と、ちょっとだけワークライフバランス。 ううむ、どうして日本ってこうなのだろう。とがっかりする。 メディアが注目し始めると、そこから急に、「実はダメだった」事実がわらわらと出てくる。 安部内閣の時の議員のフショージや年金と同じ。情報はどうして常日頃から出てこないのか、あるんだけど誰も調べないからそうなのか、自分のチェックが足りないのか・・・。 政治的ものごころがついてから、ほんと、自信喪失しっぱなしだ。自分の国のありようについて。 「まちづくり交付金」という国土交通省が地方自治体に対して交付するオカネがあって、これの財源のうち、道路特定財源が占める割合が2004~2007年度で2割から7割に増加。このまちづくり交付金からは、道路以外にも、「駐車場や広場など「地域生活基盤施設」925件、公園整備578件のほか、観光交流センターや地域交流センターなどの都市施設も428件、公営住宅も190件に上る。このほか、広島市民球場に代わる新球場(交付金約7億1100万円)や、栃木県では足湯施設(同約2億2400万円)に充てられたケースもあった。」という。ニュースリソースはこれ。 ただし、こういう記事は冷静に読む必要もある。この書き方からは、道路特定財源そのものが足湯に充てられたかどうかはわかんないな。全体の7割が道路特定財源である交付金から、道路以外のいろんなものがつくられている、ということがわかるだけだ。あと、割合についても触れておかないとフェアではないよね。2007年度に道路特定財源の割合が7割に達していて、それが1708億円だというのだけど、これは同年度の道路整備特別会計の歳出額3兆8,772億円のうちの、というわけだから、4%強といったところか。 でもって、細かく精査したわけじゃないから一概には言えないが。 施設名からすると、上のどの施設をとっても、(待機児童解消のために増設が望まれる)認可保育園にまさる必要性のある施設はないと思う。これは、日本全体で考えていて、観光交流センターができてそうな地方では、待機児童などいないのだろうけど。 まあ、あっても地域交流センターぐらいだな。子育て支援にかかわるものならね。あと、件数や割合はわかんないけど、まちづくり交付金の対象の中には、心憎いことに、・乳幼児等を抱えた世代の就業やショッピング、文化活動等を促進するための乳幼児等の一時預かり等の拠点となる施設、・子育て世帯に適した住宅の確保、・都市公園や歩道など、子どもがのびのびと安全に成長できる環境づくり、 もあるのよ。ここ見てみて。アラ、一般財源化に反対になってきたかしら?なんて(笑)。 しかし、いずれにしても、道路に特定してないことは間違いないし、普通の予算が通るのよりもゆるい審査で、必要性の低いものにもおカネがついてしまうことは否めないだろう。特に、猪瀬がいっていたように小泉政権下で公共事業を減らそうということで道路特定財源が余っていたのであれば。 国交省職員の出張費、タクシー代に使われていたというのも、またかよ!だけど、仙台の道路資料館「みちあむ」(変な名前・・・)の話にいたっては、もうあほすぎて涙が出てくる。「約300平方メートルの施設内には、道路建設の工法や意義を説明するDVD260本、道路の断面の実物などを展示し、最近5年間はトイレがあることを示す看板を設置した効果で利用者数は増加向にあり、昨年度は1万7300人が利用した。」ニュースリソースはこれ。 まあね、この記事を書いた記者はかなりのユーモアがあるのかもしれない。インターチェンジ脇に道路のPR施設。誰が目的地に行く途中で、道路の工法とかちょっと見ていこうとか思うだろう?ただのトイレやん!建物を特別に作ったわけじゃないらしいから救われるが、運営は社団法人東北建設協会と山形市のイベント企画会社に委託して、年間約3900万円の運営費が道路特定財源から支払われていたんだそうだ。マッサージチェアやカラオケセットも購入していたんだと。まーね、道路の工法展示だけでは誰も入んないもんね。え、もちろん客寄せのためだよね。職員のためじゃないよね(笑)。笑い事ちゃうわ。(そう、実は私も関西人。) あと、この社団法人が運営してるってのも、なんだかもう、ほんとよくある風景。まあ、いわゆるひとつの天下り先なんだね。役員名簿を見ると「最終官職」として、ちゃんと国交省出身であることを明記している。情報を開示していてエライのか認識がずれまくっていてアホなのかわからん。カネの話も悲しいが、この話に関わった人たちは日々、何に喜びを感じて働いていたんだろうと思うと本当に悲しい。 あと、会計検査院という国の監査機関はいったいここは見なかったのか、不思議だ。こんなの、絶対に指摘できるやん。議論にもならへんやろ。道路特定財源はいまや重点監査事項ぐらいの位置づけはしてんでしょうね。ね?・・・しかし、ことほど左様に、特定財源というのは使い方があやしくなるものなのだということは、いえるのかもしれない。保険制度だって同じだよね。年金だってグリーンピアとかどうでもいいハコモノつくってたやん。子ども関連の特定財源をつくったって、性質としては同じだ。特定財源という手法じたいがイカンのかもしれないし、つくるにしたって厳しい監視が必要だ。 私の子どもの保育園は区立だが、民営化が決まった。(決まっちゃうんだよねえ、決まるときには。)民営化の理由は、待機児童解消のため、認可保育園を増やす必要があり、そのためのコストを捻出しなければならない。民間園のほうが区立園より運営コストが低いので、既存の区立園を民営化することによって、そのコストを捻出する。というもの。 自分が保育園から受けた恩恵を考えれば、できるだけ多くの、まだその恩恵にあずかっていない人にもそれを・・・と思うぐらいの良心を、私たちは持っている。 でも一方でこんな話を聞くと。なんだそんなことに使ってるカネがあるのになんでこっちは、最終的にどこの社会福祉法人がやるかの決定には保護者は権限がありませんといわれたりしながら、次善の策として夜中に民営化のための条件を考えたり、しなきゃなんないんだ!(ぜーぜー)日曜日(午前中だけだけど)にも説明会に子ども預けて行かなきゃならないし、それを預かってくれてる現在の区立保育園の先生は休日出勤を強いられてるし、子どもは日曜日にもかかわらず親の保育を受けてないし。こういう不信感が、国を滅ぼす。ひとりひとりの心を蝕んでいく。大げさじゃなくて、ほんとに。 まったく。カレとドライブ行って足湯につかってる場合じゃないよほんと。(私も昔はつかってたーゆうねん。栃木じゃなかったけど・・・)とりあえず次の選挙に誰に投票するか、考えとかないといけないよ!もう、いつくるかわかんないんだから。 さて、ワークライフバランスのお話。なんかせんとやねー、という話を、職場の女性ふたりと土曜日、ランチとお茶をしながら話し合った。 こういう時間が何より楽しい。何かを立ち上げようかと夢想する時間、それを共通の認識を持つ人と分かち合う時間。不思議なもので、このふたりは、1年半前に1回会ったきりなのだが、旧知のように話が進む。同じことをめざすってそういうことなんだな。縁ということばを深く感じるケースだ。ただ、立ち上げは楽しくても、そのあとどうやって続けてくか、展開させてくか、運動ってのは、活動ってのは、それが大事で。大変で。責任重大で。やる前から気が重たくて。でも、やらずにはおれなくて。希望があって。 このブログを読んでる人の多くは、知ってる気持ちですよね。ワークライフバランスでなんかやろうと思ってる方、なにかしでかし始めた方、双方向で話がしたいです。
April 21, 2008
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すみません、今日2つめのブログになってしまいましたが。中村美香子です。 以前(1999年)、村上龍が著した作品で、「あの金で何が買えたか」というのがあった。あれは、不良債権を抱える金融機関を救済するために投入された公的資金の金額を、リアルにこんなこともあんなこともできた金額なんだぞということを認識するための本だったと思うけど、その手法を使って今日は書いてみたい。 というのも、ここのところ、東京都では新銀行東京の救済(延命?)のために、400億円を投入したり、多摩都市モノレールの経営支援のために299億円を出資(210億円は追加出資、89億円は貸付をボービキして出資に変換)したりと、巨額のおカネが出て行く話があったし、国のほうでは道路特定財源の行く末が議論されていたりして、「めざせフランス、めざせ家族政策支出10兆円」の私たちとしては、そのカネがいかほどなものか気になるんだもん。 道路特定財源は、5兆4,000億円にものぼるのだなあと改めて知る。これは現行の暫定税率を適用した上での金額だから、本則どおりに税率を引き下げたらこの金額にはならないけど。詳しい仕組みはここ。暫定税率っちゅうのがどんぐらいなもんかもわかる。対して平成20年度の「少子化社会対策関連予算案」は1兆5,714億円。 この内訳のうち、わかりやすいところを見てみると。保育・託児関連は、おなじみ認可保育所の拡充を中心とした待機児童ゼロ作戦、保育ママ充実、事業所内託児施設をやる事業主に対する助成などで、3,945億円。地域における子育て支援拠点の拡充に101億円。次世代育成支援対策交付金は375億円。放課後子どもプランの推進に265億円。ワークライフバランスに向けた社会的機運の醸成に10億円。パートタイム労働者の均衡待遇確保と短時間正社員制度の導入促進に10億円。 東京都では。この間も触れた、「『10年後の東京』への実行プログラム」(このプログラムは3ヵ年の実施計画)で、施策24「社会全体で子育てを応援する東京」の予算が、平成20年度が384億円、3ヵ年で1,023億円。 そうそう、この中には、「赤ちゃんのオアシス」という、授乳やおしめ替えのための施設を都立公園や区市町村の施設などに設置するというのもあります。20年度から毎年200ヶ所、3ヵ年で600ヶ所の設置が予定されてます。イメージ写真が出ているので見てみてください。これは、私は、子育て者が外に行くことを確実に支援できる施策として期待してます。今後、どこにできるのか、どうやって設置場所を決めるのか注視したいところですね。 5兆円あったら、ほんまにいろんなことができるよなあ。と実感。 道路はいいなあ、こんなにそれに特化した財源があって。って思ってもそりゃーおかしくない。逆に、特定することないだろ!っていう議論ももちろん有り得べき主張だ。民主党がそう主張して、福田首相は来年度からの一般財源化をやると明言した。だが、それが本当にそうなるかは、まだ不透明な部分がある。これから各方面から反対が噴出するだろうし、首相じたいいつまで首相の座にいるかどうかもわからんし。ただ、政局になって、選挙!なんてことにもしなったら、そのときは自分なりの主張を持ってないと、誰に投票していいかわからんという、カッコ悪い大人になってしまうじゃないの。 さて、道路特定財源の一般財源化については、自民党と、自治体の中に、一定量の反対派がいる。地方の生活を守れ、必要な道路は造るべきというような論者が多い。 それは理解できるんだけど、どうも、そのへんが難しいよね。特定財源がないと必要な道路ができなくなっちゃうのか判断できない。 でも、特定するのをやめたら造れないのかなあ。じゃあ、そのほかの特定財源をもたない分野の政策はどうなっちゃうんだ。道路とそれらの政策との違いは何だと言うのだろう。 財源を特定することの正当性ってなんだろう? 先月3月3日の朝日新聞の社説で、「こども特定財源こそ必要だ」と論じられていて、「そーだそーだ!」と私も手を叩いていた。子育ても保険制度にして特定財源を持つぐらいの政策的な地位を確保したい。これは4つ葉マインドだけど、「そうしたいんだもん!」という熱い直感?だけじゃなくて、少なくとも合理的な思考に基づいていると、社会が思って合意してくれるためには、なんて説明したらいいのか。この道路特定財源のハナシは、カネ目だけじゃなくていろいろ考えさせてくれるのだ。 一般財源化と暫定税率の廃止を主張している民主党はどうもっていこうと思ってるのか、ここで理解してみよう。特定財源が生まれた経緯も参考になる。 ついでに、猪瀬直樹がなんて言ってるかも理解のたしになる。コレ。民主党の主張が猪瀬がこれを書いている当時、今と変わりなかったかどうかがちょっとわからないけど・・・。 私は、とりあえず今のところ、財源の特定は、時代の喫緊の課題解決のためにするものだろうと思う。そして、それは道路じゃなくてこっちだ、と思う。 そういうふうに考える有権者が投票したり立候補したりすれば、こども特定財源だって絵空事ではない。 ただ、たとえば道路特定財源をこども特定財源にするとかっていうようなのはイヤだ。(誰もそんなことしようとはしてないけど。) 子育てに対してコストを負担する意味を、責任を、夢を、感じるような仕組みで、課金したいものだなあと思う。新たに課金するとすれば、のハナシだが。それに、負担すべき人は、こどもがいるかいないかにかかわらずすべての国民だろうと思う。健全に育った子どもの恩恵を受けない国民はいないから。 あーこれは、単なる私の意見で、4つ葉の見解というわけではありません。 そして、あなたはどう考えますか?
April 7, 2008
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環境と子育ての話は、短期的なスパンでみると、うまくいってなくても、その弊害が直接自分に降りかかってくることが少ない。だから、目の前の利益を上げることに、目の前の仕事の成果を上げることに、意識やおカネが集中してしまう。 少ないっていうのは、たとえば自分が温暖化で住むところがなくなってしまうとか、すぐに労働力の減少に直面するとか、そういう状況にないことが多いっていうこと。 だから、社会の仕組みとして、環境破壊や子育て破壊(?)をコスト化して、組織や事業を経営したり実施したりするときには、そのコストを最小化する、すなわち環境破壊や子育てできないような働き方をさせることを極力抑えようとするようなインセンティブがはたらくようにする、という考え方が出てくるわけだ。わかりやすい例が、炭素税。 大学生だったころ、というと1990年台はじめだけど、その頃、環境問題がとりあげられるようになってきて、この、「内部コスト化しよう」という考え方がすごく新しく感じたものだった。 冒頭書いたように、子育ても、まさしくこの環境問題と同じ性質を持っていると思う。長期的スパンでみれば、社会の存続に関わる大きな問題も、イチ個人、イチ企業などの日々の営みの中では、2の次3の次になってしまう。また、自分のところだけよくしようとしても、自分だけ食っていけないことになって損をして、しかも全体的な危機的状況は何も変わらないというようなことになるわけで、誰もそんなことはやらない。 だから、ワークライフバランスを考えないで経営したら、社会全体、みんな同じコストがかかるんだよという仕組みにする。こういうときは行政の出番だ。 平成19年12月にまとめられた、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略では、「次世代育成支援の社会的コストは『未来への投資』である」と位置づけている。(ここで言ってるコストは、ワークライフバランスだけにかかるコストではないけど。) この文言じたいは、ほんとに隔世の感があるよね。 私が就職したころというと今から12年前だが、当時は、たとえば、医学生の友人が言うことにゃー、就職?する医科を決めるために、大学病院内の各科を回っていたときに、「外科に来るなら、子宮はとってきてください」と言われた、なんてことがまかり通っていた時代だ。その頃、すでに北欧諸国では、労働と「家庭的責任」の両立のための、事業主に対する各種義務付けや禁止規定を定めた法律が制定されていた。 あとに残る結果を考えたら、払わなければならないコストを、負担を、リスクを、オンナの人生に押し付けて、「女の幸せはやっぱりなんといっても家庭、子育て」という、すごく意図的な操作をやって、確実に、(ほんとなら大変でやんなかったかもしれない)子育てをやらせてきた結果、そればっかりじゃないでしょとか、お母さんみたいな人生は送りたくないとか、子どもは自分で選んで産むもんだとか、いろいろな女性の気持ちから、今日の少子化は起こっている。ほかの説明もあるだろうけれど、まずはこれでしょう。でも、次世代育成は、女性が「ほかのこともしたかったのに・・・」と言いながらやるもんじゃない、それは社会の大テーマだ。それを社会で考えて、コストを払わないでどうする。環境を整備しないでどうする。 炭素税みたいにほんとにカネがかかるコストにするだけじゃなくて、義務付けてやらなかったらペナルティーを課すとか、ペナルティーまで課さなくても、とにかく義務付けるとか、反対に報奨金や補助金を渡したり、表彰してイメージアップというごほうびをあげたり、と、効果のほどは別にして、手段としてはいくつかある。 次世代育成計画を事業主に提出させるようにしたり、ワークライフバランスのよい取り組みを行った企業に対して助成したりというのはこういう手段の例だ。 ちなみに、このへんのことに関しては、東京都の政策はこんなふうだ。これは18年12月に発表された計画「10年後の東京」(18年12月策定)の実現のための、3カ年計画「『10年後の東京』への実行プログラム」(19年12月策定)。ここにあります。以下は、。この中の、「全体版」の、目標5の施策24です。 働き方の見直しの推進○ 中小企業における両立支援の取組を促進・ 両立支援に積極的に取り組む企業を「とうきょう次世代育成サポート企業」として登録し、その取組を広くPR し、普及を図る。・ 育児休業の取得を促進するため、代替要員の確保に要する経費の一部を支援する。【新規】・ 両立支援制度の整備に向けて、社内でのルールづくりなどの取組に要する経費の一部を支援する。【新規】○ 企業におけるワーク・ライフ・バランスの推進【新規】・ 先進企業における取組事例や育児休業取得時の職場マネジメントなど、仕事と生活の調和に向けた具体的方策に関する実践プログラムを作成し、業界団体等を通じて広く普及を図る。 私は、実は、去年の6月に開催されたタウンミーティングで、「群読」をやった「リブラ」のメンバーで、「むとんちゃく上司」をやってたヤツなんだけど、この役は、真剣に次世代育成について考えちゃーいないけど、管理職だから、世の中そういうことになってることぐらいは押さえていて、悪い人じゃないけど全然わかってない・・・みたいな設定だった。実際、この頃は、「子宮とってこい」は言っちゃいけないってことは、多くの職場に浸透したんだろうなと思う(思うだけです。私の職場はそうじゃない!という方はぜひ、コメントにください。)。世の中そういうことになってきてる、っていうのは確実に感じるし、それはひとつ、社会が変わっていく上で、なくてはならないステップだと思う。 ただ、これだけで、ものっすごい変わるかなあと思うと、心もとない。 保育園のハハ仲間で集まっても、「妊娠中に体がしんどくて、仕事と両立するしんどさを思い出すと、第2子はとても産めない・・・」「人が減らされた上にメンタルで休む人が出てきて、もうどうやってやるのってぐらい仕事が大変で。オットは毎日遅くて子育て云々以前にボロボロだし。2人目なんて絶対ありえない」「こないだ降格してもらったよー。もうこれ以上やってられないしもうちょっと子どもとゆっくり過ごしたいし・・・」というような話がバンバン出てくる。そして、「上司」は、年配男性で、奥様が専業主婦で、そんな感じがまったくリアルでないとしたら。 1.政策はもっとないのか?と考えてみたい気持ちと。2.労働者として、何かしないと!と思う気持ちと。(だって、目の前の状況を変えるのには、よく知ってる人が具体的に考える必要が絶対あるはずだもんなあ。) 大きなムーブメントにするためには、誰かに任せていたんじゃだめだ。それに、ムーブメントになってきたときに、くやしいっていうのもある。自分もそう思っていたのに、何もしなかった。でも、今は常識になってるっていうのは、なんだかくやしい。自分の生き方として、イケてない。 ただ、2.は、雇用関係を意識しないといけない労働者としては、一歩を踏み出しにくい。労働組合という制度があってもなお、むつかしいよね。 でも、この4つ葉の目指すことについて、たとえば今日のテーマ「ワークライフバランスの実現」という命題について、みんなが何かやろうとした場合、私のように、子育て支援を生業としていないし、杉山さんみたいに審議会の委員でもないような人がやれるような具体的な方法を考える必要がある。 それは何だろう? 今年度は、それをやんないと。 やってる方からもお話ききたいです。
March 24, 2008
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はじめまして。私も、3月からの「新体制」で、月曜日のブログを隔週で担当させていただくことになりました。中村美香子と申しまっす。 私の毎日の、いわゆる本業として食い扶持を稼いでいるシゴトは、今のところ、直接、子育て支援とは関係ありません。現在2歳と4歳の子どもとオットが私の家族で、少女のころから夢見た「ワーキングマザー」でありまっす。 私は、男女平等参画主義者です。子育て関連の政策について考えるとき、私の問題意識の根本は常にそこにあります。男女の役割分業的な考えかたがキライです。家庭責任、とりわけ子育てを女性に押し付けているうちは少子化は絶対止まらないと思います。押し付けてるっていうのは、結果、という意味でね。そういうつもりはなかったんだけどそうなっちゃったというのも含めて、制度的に、文化という名のもとで、意識の上で、職場の雰囲気で、家庭の中で、・・・いろいろな場面があるでしょうが。・・・ この考え方が根本にあるから、私は、自分の子どもが大きくなっても、すでに過ぎた年代の子どもも含めて、子育てについての政策や社会のありようを考えることに興味を失わないだろうと思います。むしろ、娘が大人になったとき、私のように、「少女の頃夢見たワーキングマザーとだいぶ違うぞ~!」という状況のまんまにしたくないから、何かしなくてわっ!と思うのです。 で、私がやってることは何なのかというと。 私は世田谷区に住んでいて、世田谷区の産前産後支援事業(産前産後の家庭に、家事援助または育児補助をする「子育て支援ヘルパー」を3回まで派遣する事業です。)という区の事業が下の子の出産の頃に始まり、利用者として「えー?」と思ったところから、さんさんぷろじぇくとという活動を始めました。この事業が通称「さんさんサポート」という名前だったところから、名づけた活動です。まあ、はっきり言って制度の使い勝手が悪かったんですね。それに、このヘルパーさんというのは、ベビーシッターや介護などの業を営んでいる事業者の方々なのですが、子どもが生まれるまでそういった事業者のサービスを利用する機会のない、私たち「赤ちゃんの親」は、区から事業者の一覧表を渡されてもどこに電話をかけようか、迷ってしまう。などなどの理由で、「うーん結局使わなかった・・・」という人が、サロンなどで会った人々の中でも多く見受けられる感じがして、「そりゃもったいない!」と思い、1.さんさんサポートを使ってみたよの感想・情報を交換する場、2.この制度、もっとこうしてほしい等の意見を交換する場、としてサイトを設けたわけです。 と、ここまではよかったのですが、これが今のところ、あんまり盛んな活動になっておらず、私個人のほそぼそとした活動になってしまっています。私個人では何をしたかというと、世田谷区に対して、事業全般に対する改善案を持っていったり、その中でもピンポイントの項目について、「このようにやってはどうか?」という具体的な対案を提出して説明しに行ったりしています。細かい点については直してくれた部分もあるのですが、望んだ結果は出せていません。こういう活動の難しさを感じ入った!まではいいのですが、ここからどうもっていくかが課題です。人と共有する、ほかの人も動く仕組みをつくるってほんとに大変な作業なんですよね。そういう意味で、この4つ葉プロジェクトをやっている杉山さんは本当に尊敬に値します。 今回、この自分のカテゴリに銘打った「さんさんぷろじぇくと」は、この世田谷区の事業改善発展のためのプロジェクトという狭い意味ではなくて、私自身の、いわば、「子育て関連政策を成功させる→男女平等参画でハッピーなシャカイをつくる→本当は望んでいない少子化を止める」プロジェクトという意味と考えていただけるとありがたいです。何しろ、ほかの子育て支援に携わっているかたがたと違って、本業と別プロジェクトの両方をやろうとする身にとっては、別プロジェクトのほうに名前をつけて、自分の業としてきちんと位置づける必要があるので。ま、どっからそっちが本業になるかわかりませんし! その中には、カウンセラーとして地域で活動するという目標もあります。 子育て生活を幸せにし、幸せな次世代を育てるには、いわゆる、制度だけでは不十分。もっというなら、制度にしても、ココロに着目した政策が必要だと思ってます。子育て支援には、家計、仕事との両立など、どこを支えるかでいくつかの種類があるわけですが、親のココロと夫婦関係を支えるという観点が必要だ!と、自分の体験からも強く感じています(笑)。今、資格取得のために勉強中です。勉強自体が自分のカウンセリングになるのでめっちゃいいです。さんさんぷろじぇくとのサイトのほうでは、「なんちゃってカウンセリング」を時々やってます。 そのほかにも、アタマの中には、「これできたらステキだよなー」と思っている企画がいくつかあります。忙しいけど、ほんとに忙しいけど、私も「やってみせるにこだわりたい」と言い切りたい。どうぞよろしくお願いします。
March 10, 2008
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