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今週の火曜日に、叔父が入院した。 私は従姉妹と一緒に付き添っていった。 今回の入院は、持病の糖尿病が悪化したため、 その血糖値を下げる生活習慣等の改善を目的したもので 一ヶ月の予定。 ただ・・・・・・・・ 叔父はパーキンソン病も発症している。 それは祖母もパーキンソン病の気があり、 遺伝したらしい。 叔父のほうが重症で進行が早い。 認知症も少しずつ出てきている。 祖母が腰の圧迫骨折の手術をした時に前進麻酔をしたが、 麻酔が覚めたとたんに、その症状が悪化し、一時は危なかった。 でも今は祖母は安定し、リハビリも順調。 叔父の担当医に、三十代で身内の中で発症している人はいませんか? と問われた。 私はどきどきが止まらなかった。 従姉妹はいたって心身共に元気。 性格もクールだし、からっとしているから笑顔で大丈夫と答えていた。 でも、私は怖かった。 うつや、心の病も遺伝が関係するという説がある。 祖母も昔、心を病んでいたそうだ。 私の弟も、私の父もうつ病を患っていた。 私も慢性うつで、なかなか治らない。 時々、薬が切れると手が震えたり、口が回らなかったりする。 それは、あくまでも鬱の薬の副作用だと思っていたが、 もしかして、私もパーキンソンの疑いがあるのでは・・・・・・・ そう思ったら怖くて怖くて、不安になった。 明日はクリニック。 今、リタリンの処方と副作用について新聞やテレビでも話題になり、 私の飲んでいる薬パキシルも相当依存が問題視されている。 それについて相談しようかと、断薬を望む方向で話を進めようかと 思っていたのだけれど、 それよりも先に、パーキンソン病について、鬱の遺伝性について 相談しようかと思う。 とても怖いけれど、真実を知らなければ病と戦うことはできない と思うから。 毎日、祖母の様子を伺いに行っているが、そのたび色々と 妄想を話す祖母。 行くたびに私は落ち込む。暗い気持ちになる。 周りにはなるべく明るい私でいるように心がけているし、 実際普通にみんなと出かけたり、遊んだりもしている。 それは当たり前のことだけれど、正直言って辛い時もある。 祖母の病院と、叔父の病院。かけもちは体力的にしんどいし、 精神的にも疲れる。 そのストレス解消で、週末に自分へのご褒美として、彼のところに お泊まりする。一番安心できる「ウサギの巣穴」があるから。 だけど、母にはその気持ちがわからないらしい。 疲れているのに何故週末に家に居ないのかと怒られる時もある。 それでもやっぱり私の一番の安らぎをわかって欲しいと思うのはわがままだろうか? ?
September 27, 2007
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昨日、今日と調子がいまいちで困ってます。 連休中も慌ただしく、あっという間に終わりました。 高校時代の親友が、祖母のお見舞いに来てくれました。 OL時代の先輩が祖母のお見舞いに来てくれました。 こういう再会は嬉しい事ですし、ありがたくて 感謝しています。 初日の土曜には、お友達と飲みに行って羽目を外したり 楽しい連休でもありました。 季節の変わり目だからでしょうか? 連休明けから調子崩しました。 頓服も効かず・・・・・・・ 元彼の電話で、嫌な思い出が一気に脳裏を 駆けめぐりました。 「会いたい」と言われて「会いたくない」と一言で電話を切って しまいました。 彼が、電話して「いい加減にしろ、しつこいぞ」と怒ってくれました。 それを私は、どうしよう、どうしようという目で見ていました。 本当は言いたいこと沢山ある。 文句も疑問もある。別れる時に何故怒りをぶつけなかったのだろうと 本気で思う。 泣いては待ち・・・・・・泣いては待ち・・・・・・ 期待しては裏切られ、泥沼のような倒錯しただけの恋だった。 失うものばかりで、得たものはないと断言できる。 苦しすぎた恋だったから、元彼を思い出すと苦しくなる。 自己嫌悪で、許せなくて、自らを罰したくなる。 だからこそ、きちんと今の私の状況を、幸せさを 彼の存在で立ち治りつつあることを伝えれば良かったと思う。 着信履歴は、まだ残っている。 着信拒否にはしないつもり。 もし、もし今度かかってきたら、泣いたりせずに 今の私と彼が、どれだけ信頼しあっていて、幸せかを気の済むまで 話したいと思う。 でも調子を崩してしまった私は、まだあの苦しさを忘れられないで いるのかも知れない。 今、私は最後の恋をしています。 もう誰にも邪魔されたくありません。
September 19, 2007
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前向きに考えよ! この世の中、辛酸をなめている人々は沢山いる。 苦痛に顔をゆがめて悩んで居る人々が沢山いる。 私は以前よりも普通になった 大切なものを守るために、 また、大切な人が居てくれるから・・・・・・ なのに何故まだ辛くなるのだろう 心のお天気は、まだ快晴にはならない。 お友達同士のペアが二組いるとします。 互いに仲良くできなくなる事情が出来たとします。 お互いのペアの一人ずつが絶対の敵対心があったとして、 お互いの残りが、わずかながらかすかな望みとして また仲良くしたいと思っていたとします。 あなたなら、どうしますか? こんな事を考えている場合じゃない。 祖母が完治し、帰宅するまではなんとしても気力あるのみ。 彼の負担が軽くなるように、私は重荷になってはいけない。 できることなら体力をカバーできる気力を持ちたい。 だけど考えてしまう自分がいる。 前向きになろうとしては、 さまよう自分がいる。 子猫たちは無邪気に遊んでいます。 私は生まれ変わることができるのなら・・・・・・ 優しい飼い主さんの元で無邪気に遊ぶ猫になりたい。
September 5, 2007
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ちょっとばかり日記をおさぼりしました(笑) その言い訳をしなくてはねっ 私の今夏は、まさに波瀾万丈でした。 お盆は無事に終わるかと思いきや、送り盆の最中に 祖母は緊急入院しました。 背骨の圧迫骨折がひどくて膿んでしまっていたのです。 市内一大きな某病院に、二週間ほど入院していた時に ちゃんと検査、診断してくれなかったみたいです。 別の病院で改めて検査したところ緊急で手術が必要とのことでした。 大正生まれの祖母83歳。 腐って中が空洞になってしまった背骨を切除、その代りに 自分の腰骨をボルトのようにはめ込みます。 5時間弱の大手術になってしまいました。 全身麻酔から覚めたはいいけれど、血圧が上がらず 輸血したり、酸素ボンベをつけたり・・・・・・ 一時は危なかったのです。 母と従姉妹と私、そして私のサポートに彼が付き添ってくれて 今はやっと落ち着いたところです。 そんなバタバタしている中、私自身にも色々な事がありました。 人間不信になるほどショックを受けた出来事があり、 自分も、また周りも入院を進めるほど 自分の調子を崩してしまいました。 でも今はひたすら耐えるしかないのでしょう。 祖母がこんな状態なのですから。 祖母を毎日見ていると、自分が情けなくなったり、また励まされたり 思い出が交差して辛くなったりします。 今は赤子のように穏やかで、観音様のように純粋な領域に 近づいている祖母の頭や、手をさすり続けている毎日です。 そしてもう一つ、救いだったのは子猫を保護したことです。 4匹捨てられて、保健所行きになりそうだった子猫たち。 姿形の美しい毛並みのいい2匹はもらわれて行きました。 残る2匹。 どう見ても美形とは言えません。 しっぽもほうきのようにぼさぼさで、白黒のパンダ。顔は ちょびひげが生えているような模様があります。 毛並みも決してきれいではありません。 その双子ちゃんは、私の部屋で飼うことになりました。 もちろん里親が見つかるにこしたことはないのですが。 何しろ私の家にはすでに、一匹の老犬。 一匹の黒猫が先輩でいるのです。 これで猫が3匹になりました(笑) ものすこく落ち込んでいる時に抱いた子猫たち。 私の側を離れようとしません。 その子達を見ていると心が優しくなれる気がして癒されました。 そして今日。元彼から電話があり、あまりの唐突ぶりに動揺し 気分が悪くなりました。 彼がいることを告げたけれど、これから訪ねてくるのではないかと、 怖くてなりません。 私にはもう過去の人。元旦那さまのことは許せるけれど、 彼は絶対にだめ。吐き気がします。 初夏に始まった私の冒険は、秋を迎えて終了なのかなと・・・・・ 今夏を振り返って思います。 やっと友人達と交流を深めて前進したいと頑張っては、なにかアクシデントで 出鼻をくじくので、もう心は深く海の底にいるようです。 浮上するのに時間がかかるかもしれません。 初秋・・・・・・もういい加減穏やかに暮らしたい。 二匹の子猫と、祖母。そして子供達、私の周りの大切な人を 今以上に大切にしたいと思います。 庭のサルビアが咲いています。 秋はもう来ているのですね。
September 2, 2007
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