海に広がる東京砂漠埋め立て地

埋立地 江戸、そして東京は、埋め立てによって街を広げ、大きく変容を遂げて来た。江戸初期、うみは現在の日比谷公園周辺まで迫っていた。江戸時代にも造成が行われたが、本格化したのは明治30年代後半から。以来、約4000ヘクタールの陸地が生まれた。 千代田、中央、みなと港の三区に匹敵する広さだ。世界屈指の大都市・東京は、今も"成長”続けている。羽田空港の北東にある314ヘクテールの「中央防波堤外側埋立地」。このうめたての最前線には、東京とは思えない荒涼とした風景が広がっていた。大型ダンプと重機が荒野を行き交い、ゴみ焼却灰と汚泥、建設残土などを交互に積み上げていく。沖合いには、海上オパーキングエリア「うみほたる」が見える。中央防波堤外側埋め立地に隣接する「新海面処分場」は、都内最後の埋立地となる予定だ。ヘリコプターで見下ろすと、予定地の一部が海低まで届く巨大な鋼板の板で囲まれるなど、既に造成作業が始っていた。埋め立て完了後は、新たに約480ヘクタールもの土地が誕生することになる。「神奈川、千葉県境を越えては造成できないので、これ以上は広げられない。ごみ減量化などで埋め立て地の延命を図らなければ」と、都港湾局は指摘する。中央防波堤外側埋立地はあと数年は埋め立てが可能だという。新海面処分場は、その後に造成が本格化するとみこまれる。「最後の陸地」が現れるころ、東京はどんな姿に変わっていくだろうか。


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