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愛にはいろんな愛がある家族愛夫婦愛家庭愛友愛我子愛恋愛は何?男と女の愛は何?分からない・・・分からない・・・元旦那から毎日のように何回も電話がある『お前を失ってからおまえの大事さがとてもわかったまたやり直したい』その言葉を今年になってから何回聞いたことか・・・13~4年一緒にいた家族だった家族愛が私を辛くした毎日泣いた毎日悩んだ毎日仕事疎かになりそうになったまいにち眠れず酷い状態で仕事をした・・・今日、かわいそうで旦那我が家の夕食に誘ったとり団子鍋子供も山芋すったりねぎを切ったりと頑張った熱々の鍋に美味しい団子がふわふわと浮いた--------------------丁度お鍋がいい感じにあがったとき、インターホンがなり、元旦那が来た美味しく鍋囲むでも、会話すくない子供とはほとんど会話がない私が気を使って話しかけるがそっけない返事しか返ってこない『せっかくの時間なのに、そんな程度なのね』娘の運動会だろうがなんだろうが自分優先でしか動いて来なかった人だいまさら期待もするほうがおかしいよね夕食を食べ終わってすぐに旦那の携帯に電話が入る「ああ・・うん・・・今家だけど・・・・」ここはあなたの家じゃないだろう!とおもいつつ、聞くつもりもなかったが耳に入ってしまった携帯から聞こえもれる声は若い女性だっただんなは気を使い、普段どうりの様子で電話をしていたが普通でないことは分かった一応聞いてみる「誰から?」「○○だよ」それは私の良くしる近くの男性の名前じゃないか明らかな嘘聞き返す「○○っていう女性もいるんだね」「ああ・・・」口を濁してそれ以上はないすぐに『そろそろ帰るよ・・・』と、家を忙しく出て行った・・・はいはい・・・女かい・・・子供も携帯からの声を聞いていたもう諦めの気持ちしか私達にはなかったいままでかわいそうだからと、泣きつくした私は何だったのだろう苦しくて仕事もままならなかった私は何だったのだろう・・・------------------------悲しくなって、初めて1人で居酒屋にのみに行った旦那も何回かそこで飲んだことがあるカウンターで色んな話をしていたいたなかで、居酒屋のマスターにこういわれた「元旦那さん、若い女性がいるらしいよ・・・」そうか・・・あんなこといいつつも結局は自分勝手な旦那なのねとても悲しくなるこの世に誠実はあるの?幸せを感じられる愛はあるの・・・?もう元旦那には同情なんかしない 疲れたよ・・・誰か私に教えて欲しい人は人の数だけ人生がある私はたった一人のたった34年しか生きていないから、まだまだ何も分からないただまっぐに生きること、難しいね・・・自分の甘さが『惨めになり・悲しくなり』自然と涙が出るもう迷いはやめよう元旦那へのは気持ちを切ろう私は前を向く今の私には、前にしかきっと幸せはないもの・・・
2005年01月31日
娘と3人シングルマザー家庭の我が家は今日も楽しく!身の回りも何とか少しずつ落ち着いてきた。やっと自分の時間もほんの少し持てるようになり、昨日は『レバ刺し食べたいねぇ~!』と、会社のお兄さんと2人で居酒屋に行った。ま、ここでお兄さんとちょっと色っぽいことでもありゃ、日記読んでいる皆さんも興味をそそるのだろうが全くそんなのはない(笑)ただ男同士のように仕事について熱く語りあい、さんざん飲んで酔っただけ(笑)ストレス発散!ファイト一発~!ってなわけで、昨日もいい感じによって帰宅し、今朝は毎週恒例の近所のスーパーへの朝市へそうそう・・・それがいつもの生活変わらない毎日・・・それがとても嬉しく感じたりする・・・平凡とはかけ離れた神経の静まらない毎日を暫く送ってきた私にとって、何にもない平凡がとても幸せなのだ・・・さ、今日は今までバタバタとしていてかまってやれなかった娘達とデートだ。「お母さんボーリングいきた~い!」という声に「よっしゃぁ~!」と腰を上げる。ボーリングも何ヶ月ぶりかな?自慢じゃないがボーリングは下手だ(笑)が、しかし母親の威厳があるここは首位を死守せねば!(笑)なんともかんともでだしも不調こんなんじゃ娘に負けるぅ~と思っていたが、それ以上に娘不調(笑)なんと1ゲーム目は私69ピンで優勝(笑)いったい何のゲームなんだよっていうくらいとても低レベルな女三人の戦いである(笑)3ゲームもちろん私がすべて勝つ(笑)(つっても、3ゲームトータルしても275だったし~・笑)帰りはマックでランチ天気良くて気持ちいいドライブもそう、平凡はいいそう、こんな感じに何も考えず笑える時間がいい・・・ それが幸せというもの
2005年01月30日
今日は寒いというTVの天気予報のお姉さん。ま、寒かろうが暑かろうが私達の制服は半袖(笑)だから何って感じで出勤だ今日私を迎えに来た入浴車に乗るメンバーFちゃんにN美にU君。最高にいいメンバーじゃん!彼らはとても楽しく気持ちよく仕事をする笑い声上げ、仕事に苦も見せることなく利用者に満足させる仕事を自然とする楽しくなりそうな予感!移動中の会話も笑が途切れない『そう、これが最高なんだよ!ポンポンと交わす・返す言葉』それが最高の潤滑剤仕事の流れもいい利用者(入浴される方)の笑顔も私達の雰囲気と比例し、笑い声と共に嬉しく見ることが出来る『笑顔』・・・私達にとっては幸せなこと・・・今日一緒のメンバーの笑いは本当に馬鹿みたいな話でも、それが私たち自身にも大事なこと仕事は楽しいことだけではない辛くてたまらないこともある理不尽で納得できず、悩んでしまうこともある腹からの笑それは今日いちにちひっきりなしにあったそれは利用者も共有した 『笑うこと』それってとても大事なこと・・・・--------------------------------『笑い』はがん細胞も消すという私のちっぽけな悩みも今日一日でぶっ飛んだ 肺を広げ、大きく息を吸い声を上げて笑う!私の体に流れる血管には、とても気持ちのいい酸素が全身に運ばれる 『笑い』それが最高にいいものだとわかっているから、私は利用者に笑いを与えたい「いつも退屈しているから、とてもこのお風呂が楽しみなのよ」今日もその言葉をありがたく聞く・・・今日の素敵なメンバーに感謝する笑い顔・笑い声を今日沢山聞けたから・・・私が幸せにいられるのは私を笑わせてくれるスタッフにあると、つくづく思った日・・・
2005年01月29日
『ALS』・・・筋萎縮性側索硬化症いまだ原因不明の筋肉が痩せていく難病運動神経が侵され、全身の筋肉が衰え、次第に手足~全身が動かなくなっていく。全身の筋肉は衰えていくが、意識・知覚障害はないといわれている発症に気付く症状も進行も様々私の関わっているある方は、とても進行が早かった。3カ月前には歩いて家の中を掃除していた人が、次の月には食事がまともに食べられなくなり胃に穴をあけ管から栄養と取り、その次の月には呼吸が困難となり気管を切開(喉に穴をあけ気道確保)。その次の月・・・病名が分かってから三ヵ月後にはもう寝たきりとなっていた今はなんとか手が動き、ホワイトボードでの筆談でコミニュケーションが取れているが、しかしこれだけ進行の早いまれにないケース。数ヶ月経たない間にもうそれすら出来なくなってくるであろう瞬きでの合図・・・そして眼球運動でのコミニュケーション・・・それすら出来なくなることだろう今朝の新聞の話に戻る。『呼吸器はずし是非検討』重症ALS患者の希望を受けて、患者が装着した人工呼吸器をはずすことを容認出来るかどうかについて厚生労働省が検討を始めたというALSの患者さんは、全身の筋肉が衰え、次第に呼吸にも障害があらわれ、人工呼吸器を装着される人は少なくない。現に、私達の利用者にもALSで呼吸器を使っている方が数名いらっしゃる。ALSの患者さんが呼吸苦を感じ始めたとき、人工呼吸器を装着するかどうか本人・家族はとても悩むという呼吸器をつければ数年~数十年生きられるであろうしかし、一度装着したからにはどんな状態であっても・本人が死を望んでも二度と外すことが出来ない。呼吸器を外し患者が死亡するとそれは殺人となるからだ進行が進めば、眼球すら動かなくなるかもしれない外への意思伝達が出来なくなり、死を迎えるまでただ寝たきりの状態でいなければならない『いつまで続くか分からない介護・・・家族に負担がかかる』『そんな状態でまで生きていたくない・・・』『どんな状態でも生きていたい!』本人の気持ちも様々であろう『どんな状態でも生きていて欲しい・・・』『本人の意思を尊重したい・・・』家族らの思いも様々・・・新聞には『自分の意思で呼吸器を外したい』『生きたい』その二つの話が載っていた 倫理検討とても難しいことである人の命・・・それを左右する人工呼吸器私は人間は何事があっても生きることが前提と考えているしかし、『ALS』という(それに限らず様々な病気・疾患にもいえることだが)まだ治療法もない進行性の難病を抱えている患者さんに”死ぬことは間違っている”とはいえない・・・私の未熟な頭では答えは出ない多数の専門家・または当事者の結論の行方を興味深く待とう唯一つ・・・5年前に『ALS』を発症今はほとんど眼球での動きを使った意思表示もあてにならなくなってきた方が、去年、息子さんの結婚式に呼吸器をつけたままタキシードを着て新郎の父として移動できる簡易ベットを使い参加したという本人はとても嬉しかったそうだその患者さんはいまも『生きたい』と意思表示するそうだ・・・『生きたい・・・』人は生きるためにやはり生まれてきたんだろう・・・ それが未熟者の私の精一杯の思い
2005年01月28日
今日はお休み。なかなか仕事も休みが取れないのだが、この日の為に職場にお願いしてあった。娘・・・中学一年。『世界を知る』という勉強の中で、まず先に日本・・地元を知るという授業内容で、子供は様々な研究や散策などをするあるグループは郷土芸能・・・獅子舞やお囃子。あるグループは地元の特産物あるグループは地元の神社仏閣調べ・・・私の住むここの土地は、昔、『うどんが打てなきゃお嫁にはもらえない!』というほど、うどんが良く作られている(笑)そういう私はうどんは作れないが(笑)で、今日はある数グループがうどんを作るというので、私はお手伝いに中学へ行った。家庭科実習室にいたのは4人から5人で出来た5グループ。男の子のグループも一つあった。すでに前の日からうどん粉を練り、足で踏んで寝かせておいた生地を綿棒で薄く延ばす作業から始まる。これまたやったことない子供らには重労働。「これでいいですかぁ~?」みなうどん作りが初めて。なかなか薄く延びていかない粉をふるい、交替交替のしていくかつおと昆布でだしをとったりするのも、小学校の家庭科の時間で1~2度やったくらいであろう手が空いたものは薬味のねぎを切ったり、海老の殻をむいたり、山芋をすったり・・・中学生となると先生をなめはじめたり、親をなめ始めたりするものかと思ったが、みんな素直!「は~い!」と先生や私の言うことを素直に聞いてくれる「超~おいし~!」「かぼちゃの天ぷらたべたぁ~い!」「ねぎやいたのおいしいよ~!」休み時間になると、他の研究をしている生徒がやってきてつまみ食い(笑)みんな明るく元気な生徒達『安心安心・・・』生活の乱れ、心の変化、人間関係・・・中学になると小学校とはまた違う心配ごとが親にはある。校舎の外から見る中学校はなんとも入りがたくみえる。登下校で出入りする生徒になかなか『おはよう!』『こんにちは!』と声をかけるのもためらいがちになる. しかしそうではない・・・中学に行ったからといって子供らは何も変わらない遠慮がちになるのは親や地域なのかもしれない『生意気』『怖い』『今の若者は・・・』そんなイメージで・・・親や地域がいい関係を保とうと努力し自ら中に入っていくことがどんなに大事なことかいつもこういった学校行事のお手伝いに行くと思う。しらない生徒も沢山いる『○○さんのお母さんナンだぁ~!』そして顔をお互い覚えると、自然と道ですれ違った時声を掛けることが出来る関係となる『おはようございます!』『こんにちはぁ~!』学校任せではなく、素直な生徒達子供を育てるのも親や地域である-----------------------------今日はとてもいい一日を過ごせたと感じたもちろんうどんもとても美味しくいただいた(笑)
2005年01月27日
『辞めさせないよ!』なんて、1人勝手に意気込んでいる私この仕事は人と人とのかかわり・・・自分に何が出来るか自分は何が出来るのか・・・『生きがい』は生きるうえで命の力そのもの幸せ見つけよう幸せを与えよううぬぼれでもいい幸せを与えられる人間になれ!
2005年01月26日
訪問入浴の話寒い朝、迎えに来た入浴車には久しぶりにT営業所のAさんが乗っていた。Aさんは訪問入浴の男性スタッフであり、美容師の免許を持っている。今日のコースに理髪希望の方がおり、そのためにわざわざ隣の県の営業所から来てくれた----------------------------------今日は久しぶりに行くコースだった。そのコースはとても移動が多く飛び回ったが、何とか午前無事に終了理髪希望の方は午後一番目。Hさん・・・70代女性。腎不全で週に3回透析に通っている方。左右ともほとんど視力もない。私が最後に伺ったのはおそらく1年以上前のこと。壊死(えし)しかかっている両足の指の治療の為に1月入院するので、その前に髪を短くしたいのだという。「こんにちはぁ~!」そう声を掛けて訪問する。目の見えないHさんは「あら?聞いたことのある声ねぇ~」と。「だいぶ前ですけど、何度かお邪魔したことがありますお久しぶりですねぇ~お変わりはないですか?」そういってバイタルチェックカルテには特に変わったことも書いていないただ、”カテリープ(水などから守るためのテープ)保護”の記載。『?』何のカテリープ?詳しいことが何にも書かれていない。ただ、『絶対に水にぬらさないように』と、お風呂に上がってからの消毒の方法が書かれていた。『おいおい、こりゃなんだよぉ~・・・』バイタルはOK入浴許可を出し、浴槽の準備。その間にHさんにベットに腰掛けてもらい、いつもながらいい手つきでわが社のカリスマ美容師Aさんはチョキチョキと・・・相手はお年寄りや病人であるカットも手早く短時間に綺麗に。理髪を終えると『カテリープ保護』とやらをしなくてはならない。上着のボタンをはずすと右鎖骨辺りにガーゼがあった。『???』1年前にはこんなものはなかった「ここをいつも保護して入浴しているんですよね?」「そうよ。お風呂から上がったら処置もお願いしているの」本来、こんな質問など本人にしていいわけがない伺う以上、何をすべきかしってて当たり前じゃなきゃいけないのだから。利用者に不安を与えてしまう。しかし、そのことはカルテに何も記載がない本人に・家族に聞くしか手段がその時なかった私が1年くらいおじゃましない間に何の手術が行われ、なんで胸にガーゼがあり、どういうことに気をつけなければならないのか?カルテからは何も読み取れないのだから・・・「いったんガーゼ取らせてくださいね」といって右鎖骨部分のガーゼを取る皮膚に挿入されたカテーテル(管)があったカテーテルの先は2股(ダブルルーメン)になっている『ああ、今は左腕からの透析ではなく、ここから直接透析しているんだ・・・』やっと胸の部分のカテリープ保護の意味が分かった。透析にはいくつかのタイプがある。血液透析・・・一般には腕に作ったシャントという動脈と静脈を吻合した血管を使って血液を濾過する方法体内ブラッドアクセス。腹膜灌流(腹膜透析)・・・腹膜の原理を使った透析。腹腔にチューブを留置し、腹腔内に一定時間水をためる。浸透圧の関係で不要物をその水の中に引き寄せ、体外へ捨てることで透析と同じ効果となる自宅での透析が可能上記はどちらも長期透析のためのもの。Hさんの胸に埋め込まれたカテーテル(管)は、何らかの原因で左腕のシャントが潰れるなどして使えなくなり、新たな透析の手段として作られたものなのだろうと思った。それをみて私は怖くなった。カルテには『絶対ぬらさないこと』としか書かれてない。私も初めて見るものであった透析専門の病院に勤めるナースでさえ、初めて見る人が多く、皆見学に来るのだという。『Hさんの家に今まで伺ってきたうちのナースはみな、このカテーテルの扱いの大事さに気付いているのであろうか?透析に使われているHさんの今一番大事なライフラインだということに気付いているのだろうか?』 とても怖い入浴許可はDrが出しているには違いないが、あまりにも情報が少なすぎるDrからの情報が・・・カテーテルの取り扱い一つ間違えば、感染症を起こしてしまい危篤な状態も・・・鎖骨部分から血管に直接入れられているチューブ。管の先端や刺入部の皮膚を汚染すればダイレクトに体に入っていくだろう水に濡れないようにカテリープという保護シールで保護はするが、それも絶対に侵入しないとは限らない入浴時は水濡れに細心の注意カテーテル(管)消毒時も細心の取り扱いが必要カテーテル(管)の抜去事故など、絶対に許されない私は鎖骨まで水が行かないように湯船を浅い高さにし、乾いたタオルでその上(右鎖骨)を保護して入浴していただいた血液透析患者さんには水分制限があるカテーテルが濡れないように肩を出しての浅い入浴だが、起立性低血圧もあり充分温まっていただくような長湯もさせられない。上がりのかけ湯を熱めにして湯冷めしないように配慮をし、ほどほどで出湯していただくそれが私の最大の入浴時の配慮長くゆったり入るお風呂が大好きはHさんには、少々物足りなく申し訳ないと思うのだが・・・「あ~気持ちよかった。これだけが私の生きがい」・・・ありがとうございます。そんな言葉をいただいて・・・----------------------------緊張感で過ぎたHさんの入浴車に戻り私はスタッフに言った「今日のHさんの件、宿題にしていいかな?今までの透析の人よりももっと厳しい状況だよこれじゃまずいよ誰が行っても対応できるようにしないと」そう・・・調べるとそれは緊急透析用に使われる方法急性の中毒症などの血液透析の為に一時的に使う透析。したがって、安全度は低い。Hさんは言っていた『これは一生抜けないんだって』Hさんが生きていくためにもうこれしか透析の手段がないということだろう・・・数ヶ月前、生死をさまよっていたそうだから・・・明後日、足の治療のため入院するHさんきっと壊死した足の指は切断されて帰ってくることだろう退院は1ヵ月後の予定。1ヵ月後、Hさんの生きがいであるお風呂に入ってもらうため、私はもっともっと勉強しようもっともっと勉強して安心してお風呂に入っていただこう一日でも早く帰ってくることを心から待っています Hさんへ・・・
2005年01月25日
22日の日記その時に書いた内容の続き・・・残念ながら彼女は25日で退職・・・そう決意した。『もう、貴女が辞める気持ち固まっているのは分かっているけれど、後半年・・・三ヶ月でいいから頑張って欲しい私も頑張るから・・・』やはりすでに彼女はもう決めていたのだ・・・残念なこと・・・私がもう少し前に彼女に気付いていたら・・・後悔は先にたたない悲しいことである・・・私に何の力もない・・・ただの偽善者
2005年01月24日
昨日の日記の続き・・・(笑)新年会で遅くなり、タクシーで帰宅後化粧だけはしっかり落とし三時過ぎに布団へ入ったさすがに今日は毎週日曜に行く朝八時からのスーパーの朝市にはいけず時計見ながら見送った二日酔いである起きるのも辛かったが、娘らの朝食作るでも耐えられず作ってすぐにまた布団へ・・・でもこんな時そんですね~普段絶対昼間寝ないので眠れない(笑)気持ち悪いまま昼近くまでただただ布団で横になっていましたさすがに11時半ともなると自分が許せなく活動開始買い物になんだかんだと走り回るその間にだいぶ調子もよくなった(笑)夕方は下の娘の中学の冬制服の採寸へ・・・いっちょ前にブランド悲しいかな・・・5万の出費(涙)娘肥ゆる年頃。・・・しかしどんどん痩せていく母であった・・・(笑)
2005年01月23日
職場の仲間にさそわれ、仲間十数人で新年会となった飲み放題時間無制限食べ物つき4千円うちの職場にはとてもうってつけ多分店が音を上げるくらい皆飲むメンバーだから(笑)----------------------------Xさん。半年くらい前に入ったヘルパーのお姉さん同期くらいに数人入社したのだが残ったのは彼女1人だった最近とても落ち込んでいると聞いた『辞めるかもね』そんな噂も色んな方向から度々聞いていたその彼女Kさんも今日来るという私は彼女をよく知るわけではないが、離婚し、母子家庭で一生懸命頑張っている今日は彼女を応援したいと思っていた彼女をわざと私の隣に座らせたここ数日、彼女も思いもしない展開まで起きていてとても追い詰められている事も知った『人間関係』何処にでもありがちなことだが、一部であるのだろうが、彼女にはたえがたい何かが合ったらしいこの仕事は、ちょっとやそっとの時間では覚えられない仕事だと思っている半年~1年かけてやっと半人前になれるかなと思う仕事だまた、仕事の覚えもセンスも個人差があるどんな段階であろうが出来ないと批判する人間もいるその声を聞いて縮こまるXさん今日まで何度も泣いてきている同じ思いで辞めていった同期の仲間それでも彼女は耐えて頑張ってきた「そんなこと気にせず、もう少しでいいから頑張ろうよ」そう私は彼女に話す『言ってもらえることはいいことだよ私もこうしてほしいって思うことは言っているし、そうするうちにいましなければならないことが自然に分かっていくんだよ』一生懸命の人には私も一生懸命してあげたい彼女を教えていた師匠(スタッフ)は私も尊敬するとてもいい師匠その師匠はいまも彼女を心配し、彼女を守りながら・支えながら手を離れた今も見ている「いい師匠についたのだから、貴女は幸せなんだよ。他へ逃げても、多分(師匠)以上心配して親身になってくれる人はいないと思うよ。この関係大事にして欲しいな・・・」彼女はそれも重々分かっていた自分のせいでいろいろ問題も起きていることも耐えられない様子悲しむ気持ちが良くわかる表情他のスタッフも言った「俺が守るから大丈夫!」力強い優しい言葉 『いいスタッフに貴女は恵まれているんだよ・・・』新年会が終わり、彼女と他三人でそのまま別の店に流れた彼女が心配で、ずっと熱く話し合う「もう、貴女が辞める気持ち固まっているのは分かっているけれど、後半年・・・三ヶ月でいいから頑張って欲しい私も頑張るから・・・」なんどもその言葉を馬鹿みたいに繰り返した時間はすぐにたってしまうその店もいつのまにか閉店時間もう電車もない時間いまだしっかりと返事の聞けなかった彼女に心配残すが、仕方なく私はタクシー拾って娘の寝る我が家へと・・・家に着いたのは午前3時少し前ポストにはすでに朝刊が差し込まれていた月曜も頑張って来て欲しい一緒に頑張る覚悟は私にはもうあるのだから・・・これも運命、貴女に出会ったからはとことんおせっかいさせてもらうよ(笑)
2005年01月22日
「この前、105歳の男性の方の調査にいったよ」数日前にその話を聞いていた。今朝受け取ったカルテそこにその方のカルテが入っていた105歳男性若い頃にメニエール病があったものの、他は特に大病したことはないという老衰による筋力低下等から次第に寝たきりになったかただ19・20・21世紀と、3世紀またにした男性Nさん。私はこの仕事をして5年と少しだが、男性で105歳の方をお風呂に入れることは初めて以前107歳の女性の方お風呂は経験していたが、男性の最高齢は101歳であった不謹慎ではあるが、とても興味を持って私は初訪問した。------------------------------「こんにちわぁ~!」玄関を上がりすぐ左の部屋でベットに寝ていたNさん。わが社のパンフレットを右手に持ち、それをみながら何かしきりに喋っていた。もう耳も遠く、歯もない目も当然悪いであろう「お風呂屋さんですよ~入りましょうね!」そう声を掛けるが、耳に届いているのかいないのか・・・歯のない口からは何を言っているのか全く分からない声。バイタル(血圧・熱・脈等)に異常なし身体には数箇所の床ずれ。しかしドクターからの入浴許可ありでお風呂に入る「あ~、う~、あ~、お~・・・!」聞き取れないNさんの言葉。でも気持ち良さそうな様子そばで見ていた介護者である娘さん「パンフレット見ながら、『いいなぁ~いいなぁ~』っていっていたんですよ~(笑)」と・・・気持ち良さそうに浴槽に入っているNさん満足そうだ髪を洗い背中を洗い・・・ベテランのようにとてもおちついてお風呂に入られた綺麗なシーツに綺麗なパジャマ満足そうな少し眠気を誘われたNさんの顔・・・その様子に幸せになるのはスタッフの私達新年に、105歳の方のお風呂に立ち会えるなんてとてもありがたいことだあやからせてもらおう-----------------------------帰りしなに介護者である娘さんがこういった「先日皆さんがいらしてから、パンフレット見ながら『いいなぁ~いいなぁ~』ってずっと言っていたんですよ~(笑)」105歳のNさんの生きがいの一つになろう それは・・・何もない時代からこの豊かな生活を苦労しながら働き作ってくれた人生の大先輩へ・・・ 若輩者達からのささやかな感謝の気持ちである
2005年01月13日
引越しも為、暫くお休みしていましたこれからまた頑張りますのでどうぞ宜しくです(過去日記も少しづつ書いていこうと思っています)相変わらず、私は仕事に飛び回っています私を待っていてくれる人がいる限り、私事で休んでなんかいられません!今日は訪問先の『問題有り』のコースが複数あって、各チーム間での私の取り合い(??笑)もあったようですが、いつものコースで落ち着き今日も無事に仕事を終えました----------------賃貸マンションに越しました娘が転校しなくていいようにとても近い場所に。もっと狭くて安いほうが良かったのですが、急遽捜したためまあ、これがその時ベストってことでまだ室内は荷物の入ったままの数個のダンボールに、落ち着き定まらない荷物じきに落ち着いてくることでしょう部屋はあるので、ちょくちょく友達呼んで新しい生活楽しもうと思います 楽しく飲んで! 遊んで! 楽しさいっぱいの新年のスタートです! どうぞこれからも宜しくお願いします
2005年01月12日
1月3日なんとか今年の仕事始め前日に引越しは完了した離婚して一ヶ月と少し・・・今まで旦那とは、何をお願いしても・話してもぶつかるだけで、ここ1年お互い話もすることも少なかった相手を理解することも出来ず、すべての発する言葉・行動に不快感を感じた娘達にちょっかい出して遊んでいる?のも不愉快にしか思えなかった12月31日。前日に仕事納めをし、少しずつ引越しが始まったもちろん非常識なことと感じつつ、静かに引越し。わたしには正月休みしか休みがなく、仕方なく・・・元の家・・・だんだん荷物が少なくなる室内新居・・・どんどん荷物が増えていく元の家は徐々にさびしくなっていくそれと共に旦那の様子が変わっていくさびしそうな顔と変わっていくやっと、本当に私と娘が家を去ることに現実味をおび実感してきたのであろう私もどんどん辛くなっていく『これからは1人で炊事に洗濯に掃除しないといけない可愛そうに・・・』・・・1人でやっていけるのだろうか?・・・いままで、すべて私がやっていた病気だろうがなんだろうがやってきたご飯の炊き方も・洗濯の仕方も知らない旦那どうなっていくのか・・・最後の夜の今日・・・3日。4人での最後の食事私が設計し、家を建て5年以上暮らした家・・・辛くて泣きながら私は家事をしたあんなに酷いことされながらも、旦那がかわいそうで涙が止まらなかった「1人で出来るのか心配でたまらないよ・・・」私はたまらず泣きながら話した。そしてそこからお互いのことをやっと冷静に話せた ・・・お互い辛い思いだったことが分かる・・・いまさらなのだが、離婚し・別居当日にやっと向き合って話すことが出来た。13年間過ごした『家族』そこには『情』があるそう、もうそれは家族なのだ私にはもう旦那に男性としての・夫としての恋愛感情はないが、馬鹿だけど可愛い息子のような感情があることを感じ・苦しかった。子を手放す親のような気持ちとても切なくかわいそうで・・・心切られる辛さとめどなく目が痛くなるほど涙が落ち・・・旦那はずっと『ごめん・俺が悪かった・分かれたくない・(お前が)とても大事だということがいまさらながら良くわかった・・・分かれたくない』そう泣きながら繰り返していたでも、もう進んでいる道女手で養育費も慰謝料も無しで育てると決め・マンションを借りたもうガスも水道も電気も入り、今晩からは新しい生活がスタート・・・もう後戻りは出来ない今、辛いからと戻ったところでまた喧嘩するに違いない同じことの繰り返しかもしれない・・・『ちゃんと向き合って今日のように話し合っていたら、惰性でずっと一緒にいただろうな・・・』私はそう思った。旦那には私に対して女性としての愛をまだ持っていてくれるようだが、私にはそれはない。ただ、家族として・・・恋愛感情がなかったとしても何も問題がなければきっと子供と4人、家族としてずっと暮らしていけただろう・・・いまさら・・・なのだ。また戻るということ・・・『結婚(再婚)』・・・その重い意味が私を引き返すことの選択肢を阻む男として愛していない旦那と結婚・・・それは意に反していること・おかしなこと・・・ただ、迷う『子供のためにも私は戻るべきなのか?こんなに分かれることが苦しいのであれば、戻ればいいのではないのだろうか・・・?』胸が痛いほど苦しみ泣いた子供の前では泣いてはいけないと分かっていてもどうしても我慢できずに泣いた涙をぬぐいすぎて私のまぶたは擦り切れたように痛みまであった『結婚』は重い結婚とは新しい家族の形を作ること一緒に生活を共にすることで、いて当たり前の存在になりいて自然の家族となる・・・それは互いに重ねた時間だけの厚みのある家族の形 『平凡で当たり前の生活(時間)』それがどんなに幸せなことかということを私は心痛むほどよくわかったでも、もうその生活には戻れない進みはじめたこの道後戻りの道は選びたくない先に進むこと・・・それがお互いに大事な事。 そう信じることにした----------------------------------娘2人と3人で、引っ越したマンションで初めて眠ったもちろん、私はもぐりこんだ布団の中で泣き続けながら・・・『1人で大きな家に住んでいる旦那は、もっとさびしいのだろうなぁ~』そうおもうと声を出して泣かずに入られなかった----------------------無情に夜は明けていく忙しく過ごせば、次第に辛いことになれてくるのであろう時間がきっと解決してくれるに違いない・・・いまはそんな日が来るか信じられないが、そう思うことにしようそして目を腫らして朝を迎える 仕事始め・・・忙しい毎日が救い
2005年01月03日
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