延原時行歌集「命輝いて」復活の家出発進行(番町出合いの家・鳥飼慶陽)

延原時行歌集「命輝いて」復活の家出発進行(番町出合いの家・鳥飼慶陽)

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

番町出合いの家

番町出合いの家

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

コメントに書き込みはありません。

Freepage List

2013.07.20
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
P1110580(1).JPG

延原時行歌集「命輝く」

                         (第607回)

「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(144-3)

真実御神の歌、我妻の歌、友の便りの歌、今日の日の歌、再来の歌5/20、再来の歌5/21、再来の歌5/23、大発見の歌、無謀近代と良寛の歌、今日の日の歌、栄光論の歌、初期草稿再来の歌、今朝の喜びの歌、愛宕の園にての歌、基教入門の歌、窓の月の歌、サンキューの歌、我悟る歌、を巡りて、の記

                     (2013年5月21~31日)

    5月22日

友の便りの歌六首

文ありて伊丹教会青年部昔の景色友活写せり

(備考:坂本武君我が伊丹幼稚園時代クラスメイトなり。過日拙著『無者のための福音:プロテスタント原理の再吟味を媒介に』贈れば、文あり。「伊丹教会は佐藤先生(真理への忠誠)、石田先生、延原先生、諸先生方の伝道により現在があります。(大胆に罪を犯せ、悔い改め、友達づくり[我が主張なりき])それから一人で大きな声で讃美歌を歌う延原先生です[佐藤牧師の求めで礼拝にてソリストなりし事しばしばなりき]。島本[健二]さん[当時半世紀前青年部幹部、現在伊丹教会インマヌエル研究会主宰]ともお話の中で礼拝の帰りに月山[阪急伊丹駅そばのうどん屋]に寄り明石焼きやきざみうどんを食べていた延原先生の仲間達との思い出話をしています。青年部員の沢山[当時120名の青年部会員なりき]教会に集まって来られていた時代です」)

至誠なる努力の人ぞ坂本君汝(な)が精進の如何に尊き

(備考:文に昭和54年度第8回卒業証書授与式・尼崎市立尼崎工業高等学校・式次第=昭和55年2月25日=同封ありき。22年遅れての研鑽の完成の日なり。記念誌「水銀灯」に一文「ふりかえって見た四年間とこれからの道」坂本君草したるなり:「私はこの四年間を卒業をめざして欲と二人連れで歩いてきたのが本音である。本校を卒業すれば高校卒業の資格と電気主任技術者三種の資格が与えられるからだ。私にとっては願ってもないことであり、中堅技術者として肩身の狭い思いをせずに大手を振って生きて行けるのが何よりも嬉しい。しかし、責任が伴う。私は責任を果たす為に頑張りたいと思う。若者と共に学ぶことが出来てほんとうに楽しい四年間であった。ここまで無事に歩んでこられたのは先生はじめ皆様の祈りとささえのお蔭です。一緒に机を並べて来た若い仲間達は良くやったと思う。おめでとうと心から言ってやりたい。そして私の遅すぎた春に幕を閉じたい」)

卒業の日にぞ汝が妻和服にて父兄の務め果たせしと聴く

古の君の質問受けし我伝道師辞し労働者なる

(備考:我聖日の説教終るや君質問する習わしなりき:「労働者にとってキリスト教とは何や?」遂にある日我応えたり:「坂本君、その労働者とかいうヤツやってみることにしたわ」。1964年3月末日なりき)

かくしてぞ我が青春の無者修行始まりしなり実に喜々として

(備考:そのころ個人誌『雄鹿』『BAMBINO』発刊したるなり。これらいま熱誠の友鳥飼慶陽師の手で「再来」となれり)

目覚ましき君の精進ありてこそ高卒は成り教会支ふ

P1110583(1).JPG

延原さんの今日のうたにある「坂本さん」と延原さんとの物語は、先生の著作の中には幾たびも登場していますが、お二人の間のこの出来事がなければ、わたしたちの「労働牧師の道」も、ひょっとして拓かれてはいなかったかも知れません。

ふりかえってみれば、こしかたみなひとつひとつが、そういうことの不思議なつながりで、ずっとみちびかれてきて、いまのあることを、おぼえさせられます。

今朝も、延原さんからの今朝産まれてきたばかりの「新しい朝の歌」がメールで届いています。みなさんにもすぐにご紹介したいところですが・・・・やはりこれは独り占めにしておいて・・・、これまで通り日を追って順番に、「命輝く」<延原時行歌集>を収めてまいりましょう。

ところで、昨日の午後は、急にちょっと海をみたくなって、近くの長田の海にいきました。上の写真がそうです。静かな海辺で、波と遊び、船や漁師さん、海鳥たちにみとれて、ボーとして・・・。

それからついでに、少し足を延ばして、ひさしぶりに須磨浦の海水浴場まで・・・・。

中学生のころ、この海水浴場の近くに親戚の家があって、夏休みに海に入り、ひとりおぼれかかった怖い記憶がよみがえる場所ですが・・・。

夢の中ではすいすいと泳げるのですが、いまだに泳げないわたしには、いまも海はこわいところデス。

幼いころから兄たちによく、おまえは「大きな頭をしていても中はガーロ(空っぽ)だナ」といって笑われて育ちました。なぜボクは、こんな大きな頭(うき)がついているのに、うまく泳げないのだろう?といぶかっていました・・・・。

この頃は、孫たちに、なぜボクはいまだに泳げないのか、その理由は、この大きな頭に脳みそがいっぱいつめこまれていて、重くて重くてナ、だから沈んでしまうんだよ! といいくるめて納得させています・・・・。

「夏の須磨海水浴場」を訪れるのは。ほんとうに久しぶりです。この頃は、年中、綺麗な砂浜が保たれています。

海の景色と松林にある「在原行平」の歌や美しい花たちも添えて収めます。

P1110605(1).JPG
P1110607(1).JPG
P1110587(1).JPG
P1110601(1).JPG
P1110611(1).JPG
P1110589(1).JPG
P1110621(1).JPG
P1110595(1).JPG





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.07.20 08:59:34


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: