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延原時行歌集「命輝く」
(第641回)
「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(148-1)
熱中を解く歌、罪の系譜と主の祈りの歌、主の祈り弥陀の本願一枚の歌、突如沈黙の歌、人生一篇の歌、メール往復の歌、緑野一面の歌、御返書の歌、この頃はの歌、驚きの友の歌、を巡りて、の記
(2013年6月25-30日)
6月25日
熱中を解く歌一首
水道で手を洗ひては妻の頬蔽ひ称名熱中を解く
(備考:我イエスース・クリストス・インマヌエール・アーメンと唱へればノーちゃんアーメンと和するなり。甚だ暑き昨日これにて熱中症に至らず。その内にクーラーも効きたり。水枕も効きたり。クーラー点けるほどにも非ずと油断せる間に気温ぐいぐいと上昇せり。我料理に熱中:カボチャ煮、鯖塩焼き、きつね饂飩味噌味。午睡のノーちゃん汗ぐっしょり。いやはや)
罪の系譜と主の祈りの歌十首
アブラハム出でぬ先より我在りとイエス宣ふ民族烈火
(備考:ヨハネ福音書8・58熟読参照。「我はそれなり」[エゴ・エイミ;アニー・フ-]と言ひしゆえイエス殺害されしなり。即ち人々イエスに一厘なりとも太初のインマヌエル認めること欲せざりき)
人類の罪恐ろしき神の子の栄貶む事甚だし
かくてこそ主の祈り出で御名崇めさせ給へとや欣求せるなり
神の子の殺害の罪いかなるか地球資源の収奪符合
人類の究極兵器産みしものいのちを奪う罪の系譜ぞ
朗々と主の祈り出で響くなりレマ・サバクタニ(何ぞ見捨てし)我が神よとぞ
主の祈り十字架上の叫びこそその初めなる歌にしあるを
(備考:何ぞ知らざる?主の祈り原典ヨハネ17・5なり。その歴史的初演マルコ15・34なり)
主の祈り単数なるを何故に歴代信徒複数化せる
(備考:主の祈り元々「主の」祈りThe Lord's Prayerなるに、歴史的キリスト教これを「主の教へし」祈りThe Lord's Prayersに化せり。キリスト教のぬしを主イエスより奪い己の事とせんためなり)
主の祈り主イエスの祈り給へるを教へ給へる諸祷とせるや
主の祈りインマヌエルの叫びなりインマヌエルの知識に非ず
(備考:イエスの形姿に縛られず、それに助けられ導かれはするも、と我等言ひ得るやーーインマヌエルに認識論的に向かう際に? 滝沢克己『純粋神人学序説]272頁熟読参照。「生ける道標としてのこの形態に導かれて」とは何事か、主の祈りに非ざるとするならば?そもそも、主の祈りの外に我等あり得る者なりや。「束縛されず」とは、実在実働の主の祈りの「外」と言ふことなるか。主の祈りの外に「インマヌエルの認識」の可能性ありや。恩師滝沢先生、「教会の壁の外における神認識の可能性」を生涯述べ給へり。そのこと「主の祈りの外」を意味するや如何)

今日の延原さんの歌 「主の祈り」把握、いのちの核心の響きが伝わって参ります。
今日の写真、前回の「三朝温泉―臨済宗相国寺派南菀寺」のつづきです。豊かな木々と竹林があり、ここから山道をぶらりぶらり、「三朝町地域民芸等保存伝習施設」もある「みささ美術館」まで。
美術館は、朝10時開館ですが、少し早い時間でしたのに、親切な会館の方が、時間前に開いてくださいました。美術館の中は次回に。







