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2004年10月08日
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カテゴリ: 日常

今朝、車で客先に向かう途中 交差点で左折しようとしている時 思い付いた話です。

それを見ながら自分だったらどうしても小走りになってしまうなぁなどと思っていました。
それで考えたんですが、先日の日記に書いた日本人のココロが無くなりつつあると言う件に関することです。
例えば今 目の前を脇目もふらずにテクテク歩いていく若者が昔ながらの性質を持っているのか否か?もしそうだとしたら彼かなりなストレスを受けながら強いて小走りになるまいとしていることになる。
しかしそんなに簡単に2つに割り切れるものじゃないだろうからやっぱり彼は少しはストレスを受けているんじゃないかな。
想像の上に想像を重ねることになるけど、大人の間にそういう価値観のせめぎ合いみたいなものがあったら、子どもはそこから強いストレスを受けるんじゃないだろうか?
正しいと思ったことが否定され、間違っているように見えることがまかり通る。これではキレルのも仕方がない部分もあるんじゃないかと思えてきた。
これまで単純に、公共心を持つこと・人のために気遣いできることを 正しいこと・本来あるべき事と思っていたが、既にそんなに簡単に線が引けるものではなくなっているようだ。

さて、今日の客先はまたまた海のすぐそばでした。
仕事自体はたいしたこと無かったんですが、台風の影響か風が強く海もかなり荒れていました。
時間が経つにつれ波が大きくなり、堤防で砕けた波しぶきが風に乗って吹き付けて来るようになりました。
終いには飛沫だけじゃなく波本体までもが堤防を越えてくるようになりました。
車はずぶぬれ。それも海水で。
塩害?も発生しました。カーラジオが鳴らなくなったんです。
帰りはエンジンがストップしないかとヒヤヒヤしながら走りました。
カーラジオがないと思いの外さみしいもので鼻歌でもと思ったんですが頭の中でずっとミスターロンリーがかかっていて
自分では歌えませんでした。
イメージする声はオリジナルのようなんですが、姿形は何故かキングトーンズでした。

サボテンの写真は品切れです。すみません。
この週末にとりだめします。






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最終更新日  2004年10月09日 09時27分18秒
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