コーヒーと箱庭と銀 ☆フィギュアスケート♪ と雑感

March 10, 2023
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カテゴリ: 20230113


神カメラマンが厳選した1枚#2










■「小さな命も慈しむ」
「死んでしまった虫がリンクに落ちていて、それを壁の上に拾い上げてから、手をあわせていました」

羽生さんのふるさと・宮城で行われる今回のショー。震災当時に被災地を照らした満点の星空のように“希望”を発信するというメッセージが込められています。

「ショーのテーマにもなっている彼の“優しさ”を表現した一つの行動だと思っています。震災で被災した人はもちろん、小さな虫の命に対しても、こんなに慈しんで大切にできる人だということが感じられるシーンでした」と、この写真を選んだ理由を教えてくれました。

*スポーツニッポン・小海途良幹カメラマン
主に五輪競技やサッカーを担当。
2017年からフィギュアスケートを撮影。
写真集「YUZU'LL BE BACK」「MaoThanks Memories」

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俺の撮った羽生結弦

















羽生結弦さんがおびえたSNSの反応 乗り越え発した芯のある言葉

聞き手・岩佐友


羽生結弦さんがおびえたSNSの反応 乗り越え発した芯のある言葉

 フィギュアスケーターの羽生結弦さんは、氷上での演技だけでなく、折に触れて紡ぐ言葉の力でも人を引きつけてきた。意識的に言葉を大切にし始めたきっかけは、12年前に自身も地元・仙台で被災した東日本大震災だったという。「言葉を発すること」に、どう向き合ってきたのか。模索しながらの歩みと、今の思いを聞いた。

 ――羽生さんは、目標をはっきり口にしてきました。前人未到だった4回転半ジャンプへの挑戦を「僕の使命」と言い、五輪について「勝たなきゃいけない場所」と話したことも。なぜ、強い言葉を使うのですか。

 「強い言葉は、自分の意思を明確にするツールです。僕は、言葉にすることで頭が整理されることが多い。しゃべっていて、自分はこういうことを考えていたんだなと。ある意味、カウンセリングなんです。自分が認めたくないことも認めざるを得なかったり、『こういう自分になりたい』という思いを投影した言葉が出たり」

 「有言実行しないといけないプレッシャーはあるんですが、だからこそ自分を追い込みきれる。決意表明することで、自分自身を応援できる。それが、実行するための原動力になっていくんです」



 ――そうして挑んだ後の率直な言葉もまた、結果を超えてファンの心を動かしてきました。4回転半は成功に至らず、メダルにも届かなかった昨年の北京五輪では、「報われない努力だったかもしれないけど、これ以上ないくらい頑張りました」と語っていました。

 「アスリートとして自分の言葉に注目していただく機会、発言する機会が多くありました。演技だけじゃなく、言葉でも『羽生選手でもこういう経験があるんだ』と感じてもらえたのは、よかったなと思えたことの一つです」

 ――これまでの人生で、大事にしている言葉はありますか。

 「『大丈夫』でしょうか。この言葉って本当に複雑です。『全然、大丈夫だよ』と日常で言う時の『大丈夫』と、本当につらくて何もできなくて自分に投げかける『大丈夫』では、全く意味が違う。大丈夫じゃない気持ちでいるのに、『大丈夫』って言わなければいけない時もある。日本人ならではかもしれないですけど、行間や裏にある気持ちの変化に気づきながら、生きていきたいんです」

 ――小さいころから「自分の意見をはっきり言う子だった」と、当時のコーチが話していました。

 「小学生の頃、コーチからプログラムをもらうと、そのプログラムで何を表現したいのかを言葉にして持って行ったんです。自分で物語をつくるのが好きで、コピー用紙やノートに手書きしていました。自分がやりたいこと・思っていることを、伝えたい・届けたいという気持ちは、強くありました。それが、今につながる表現の根幹にもなっています」



 「小さい頃は、あまりしゃべらなかったみたいなんです。一つのことに集中して、自分の世界にいるタイプでした。学校の図書室では解剖の本とかを読んでいたので、『言葉人間』ではないかもしれないです。そのころは、自分の発する言葉に興味はなかったと思います」

 ――意識して、言葉を大切にするようになったきっかけは。

 「東日本大震災です。僕自身、地元の仙台で被災し、コメントを求められることがたくさんありました。自分は何を伝えたいのか。発した言葉が、どういう風に伝わっていくのか。言葉が持つ意味って何か。この言葉を聞いた時に、みなさんはどう思ってくださるのか。そういうことを、すごく考えるようになり、言葉の重みを感じるようになりました」

 ――自分の言葉がどんな影響を与えるのか、考えなければいけない状況になったんですね。

 「人を傷つけることや悲しませることを、発するべきではないと思っています。根本的に、自分は誰かに幸せになってもらいたくてスケートをしているし、そういう生き方をしたい。誰かを傷つけていないかは、すごく気にします」



 「結局、僕は震災に遭われた方々から元気をもらって、力をもらって、自分のやりたいことをしただけだという気持ちが強くありました。人に勇気や元気を与えるとか、そんなことができる立場の人間じゃない、と」

 ――震災10年を機に発表したコメントにも「何を言えばいいのか、伝えればいいのか、わかりません」とありました。同時に「僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思うので言わせてください」と前置きして、「頑張ってください」と記しましたね。

 「あの時は、ものすごく悩みました。何て言ったらいいかわかりませんというのが本音でした。でもそこから、『羽生結弦』ってどういう存在なのかを考えました。僕は、被災者でもアスリートでもある。じゃあ僕に何が求められているのかなって考えた時に、僕は誰よりも『頑張れ』という言葉の意味を知っているな、と。多くの方々から『頑張れ』を受け取ってきたからこそ言える言葉なのかなと思い、たどり着きました」

 ――東日本大震災から12年が経ちます。思いや向き合い方は、変わってきましたか。

 「根本的な思いは変わっていません。これは比較し始めたらどうしようもないんですけど、僕は内陸の人間であって、沿岸の人間じゃない。もしかしたら、沿岸に住む方は『私たちは福島じゃないから』って言うかもしれないし、福島の方は『岩手の沿岸じゃないから』と言うかもしれない。みんな、比較してしまって言い出せないことってあると思うんです。でも、みんなつらいんですよ。つらいけど、あの人たちに比べたら、という気持ちを持っている。それは、12年経とうとしている今も変わらないと思います」

 「『私は家が流されただけだから』と言う方の話を直接、聞いたことがあります。コメントを出す時も、震災について考える時も、僕よりもつらい方はいくらでもいるということを、常に考えます」

 ――言葉を発するのが怖くなったり、やめたいと思ったりしたことはありませんか。

 「震災後の2、3年は、何もしゃべれないと思ったことがありました。それこそ『上から目線』に受け取られるんじゃないかとか、『内陸の人間なのに何がわかるんだ』といった言葉が来るのでは、というおびえもありました。全方位に気を使いすぎているのかもしれませんが、SNSの反応がものすごく気になりました」

 ――どう乗り越えましたか。

 「うそはつきたくないんです。仮面をかぶろうとしても、自分がしゃべりたい言葉が、おのずと出てきました。そこで自分との対話が成立していき、だんだん自分の考えがまとまっていきました」

 ――自分に正直になるのは、簡単なことではないですよね。

 「自分が思っていることを明確にわかっていれば、本当のことを言えるんだと思います。たとえばアスリートって、『納得できる演技ができたらいい』『練習で頑張ってきたことが出せたらいい』みたいなことを、よく言うんです。でも、本当にそう思っているかと言われたらそんなことはなく、心の仮面をかぶった状態でしゃべっている時もある。僕は、自分の芯が何かわかっているので、戸惑うことなく話せるのだと思います」

 ――その芯は、どのようにして作ればいいのでしょう。

 「ある意味では、それが僕の場合、言葉なんです。言葉にすることで、だんだん自分の芯がまとまってくる。人間って、シチュエーションごとにいろいろな顔や心が存在するじゃないですか。でも、その奥の方にある本心みたいな根っこのところって、そんなに変わらない。その根っこは、自分ではあまりわからないですよね。僕は言葉にすることによって、自分の根っこがだんだんわかってきた。根っこから小さい細い根が生えて、いろいろな言葉がまとまって、太いものになってきました」

 「言葉を発する機会が少ない人もいるでしょう。でも、誰かとメールでやり取りしたり、ボイスメモで声を残したり、SNSに載せたり。そういうところに自分の言葉をパッと載っけていくだけでも、だんだん芯はしっかりしていくんじゃないかと思うんです」

 「自分の中から言葉を発せなかったとしても、小説の言葉に触れることによって、自分の言葉が消化されていくかもしれない。僕のスケートや言葉による表現も、皆さんの心にある光や影を投影するものにできればと思っているんです。目でもいいし耳でもいいし、言葉に触れるだけで、きっと自分の本心とか本質みたいなものがだんだん見えて、出来上がってくる。だから、頑張って発しようとしなくてもいい。そういうアンテナを張っていけたらいいのかな、と思います」(聞き手・岩佐友)

《羽生結弦さんの言葉》

◆「壁の先には、壁しかない。人間は欲深いから、それを越えようとする」

(14年12月、全日本選手権3連覇後)

◆「ガラスのピースを積み上げて、きれいなピラミッドにするんじゃなくて、粗くてもいいから頂点まで絶対にたどり着けるような地力も必要」

(17年9月、カナダの大会で演技が大きく崩れた後)

◆「いま幸せだから、すぐ不幸がたくさん起きて、またつらい時期が来るんだろうなと思っています。でもきっと、それは次の幸せへのステップ」

(18年2月、平昌五輪で2連覇を達成した後)

◆「僕の心の中に(楽しくスケートをしていた)9歳の自分がいて、あいつが『跳べ』ってずっと言っていたんですよ。『お前へたくそだな』と言われながら練習して。でも、今回のアクセルはほめてもらえた。一緒に跳んだというか」

(22年2月、北京五輪で挑んだ4回転半ジャンプについて問われて)

◆「引退という言葉が好きじゃない。これから、どれだけ頑張っていけるか。新たなスタートを切ったと思っています」

(22年7月、プロ転向会見で)

略歴
 1994年生まれ、仙台市出身。2014年ソチ五輪で日本男子初の金メダル、18年平昌五輪で66年ぶりの2連覇を達成。22年7月にプロ転向を表明。



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本日の写真

羽生結弦さんの魅力とは? 目撃者たちが語る【3月17日オンライン開催】
プロ転向後も、羽生結弦さんは意欲的な挑戦を続けています。フィギュアペアのソチ五輪代表、高橋成美さんをお迎えし、長年取材してきた記者、フォトグラファーと3人で羽生さんの素顔について語り合います。

https://www.asahi.com/articles/ASR364HL7R2XUTQP00M.html

羽生結弦さんがおびえたSNSの反応 乗り越え発した芯のある言葉
有料記事

聞き手・岩佐友2023年3月9日 10時30分
















羽生結弦さんからのメッセージ
東北を代表して、羽生結弦さんから復興支援に対する感謝のメッセージを頂きました。
震災当時のことやこれからの東北に対する想いが込められています。




「東日本大震災風化防止イベント~さらなる復興に向けて2023~」オフラインイベントの開催について - 記事詳細|Infoseekニュース

https://fukkou-forum.jp/



「東日本大震災風化防止イベント~さらなる復興に向けて2023~」オフラインイベントの開催について - 記事詳細|Infoseekニュース
東日本大震災から12年を迎えようとしている今、被災地の復興は着実に進んでいる一方で、時間の経過に加え、新型コロナウイルスの感染拡大により、震災の記憶や被災地への関心は薄れ、震災の風化が進んでいます。東北4県(青森県、岩手県、宮城県、福島県)と東京都では、平成29年度から「東日本大震災風化防止イベント…








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Last updated  March 10, 2023 01:22:43 AM
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