お掃除が呼ぶ幸せ(掃除の世界から見えたこと)

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2022.01.31
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皇統を護った文官に和気清麻呂という貴族がいた。

桓武天皇の信頼厚く、平安京を完成させた。

神護景雲3 ( 769 ) 年、女帝・称徳天皇 ( 復そ祚:孝謙天皇 ) の寵愛を受け、しばしば政治に介入していた僧・弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は皇位を狙い、「道鏡を皇位に就かせたならば国は安寧である」とするお告げが宇佐八幡大神よりおろされたと太宰主神(だざいのかんづかさ)習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)という者に嘘の奏上をさせた。

宇佐神宮を深くご崇拝されていた天皇はこれに悩み、真相を確認するため、すぐに官僚であった和気清麻呂公を派遣した。

清麻呂公は都を立って10日余りの旅程で宇佐神宮に着き、斎戒沐浴して身を浄め神殿に額づいて祈ると、立ち現れた神が「我が国は開闢以来、君臣の分定まれり。臣を以って君と為すこと未だあらざるなり。天津日嗣(ひつぎ)は必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく掃除(そうじょ)すべし。」とのお告げを受けた。

そこで八幡大神託宜奏記二通を作り、一通は神宮に納め、一通を陛下へご報告するものにして、都に帰り着き御所へ報告しました。このとき清麻呂公は37歳であった。

それを報告することは命がけであった。

道鏡の怒りをかった清麻呂公は、別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名させられて脚 ( あし ) の腱(けん)を切られた上、大隅国へ流されました。

その途中、暗殺を謀って送られた道鏡の刺客から、突然の天地雷鳴や300頭あまりの猪の大群が和気清麻呂を護り、さらに宇佐へ詣でたところ、道鏡に傷つけられた脚が回復するなど、八幡大神翌年の神護景雲4年8月4日(770)天皇が西宮神殿で崩御、光仁天皇が御即位になって年号を宝亀と改め、同年9月6日清麻呂公は召し返され、翌宝亀2年3月29日(771)には元の位に着き、9月16日に薩摩の国員外の介に任ぜられたが、間もなく豊前の守 ( かみ ) に還されました。

公は古事にも通じ「民部省例 ( みんぶしょうれい ) 」や「和氏譜 ( わしふ ) 」を著し、当時の大事業である平安遷都の大功を残しました。又道鏡は冠位をはがれ、下野国薬師寺別当として赴任させられたが、宝亀3年4月7日にその生涯を閉じました。

清麻呂公は宇佐神宮末社、護皇 ( ごおう ) 神社に祀られています。

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私が書いた小説  「夏風越の(なつかざこしの)」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887709936/episodes/1177354054887713218

「鵯越え」・・・・「 夏風越の)」の続編です

https://kakuyomu.jp/works/1177354054935239046/episodes/1177354054935239209

「くぬぎ越え」・・・ 夏風越の)」の続々編です

https://kakuyomu.jp/works/1177354054954452867/episodes/1177354054954453601

「遺された難所 疎にして越え難きもの」・・・時々書き足しています

https://kakuyomu.jp/works/16816452218414122553/episodes/16816452218414238883






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Last updated  2022.01.31 11:29:46


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