網走五郎はかく語りき

網走五郎はかく語りき

2017年08月26日
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網走五郎・神社物語」、アマゾンから電子書籍として出版しました。宣伝のため一部を掲載します。

 序文
 演劇実験室・天井桟敷時代、喧嘩と酒と女に明け暮れた網走五郎が神主になり定年退職を迎えるまでの物語である。
 テメエのことを書き綴るのだが、一人称では気がひけるので、小説風に三人称で書き綴ることにした。そのほうが読者にも楽しんでもらえる。だからといって小説のように、想像力で執筆するわけではない。これから書かれることは、すべて真実である。しかし登場人物の一部は仮名を用いることにした。人を傷つけることが、本書の目的ではないからである。
 本書執筆の目的は「誰も排除するな ! 」である。
ではこれより「網走五郎・神社物語」の幕開け……

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交通事故にあう

 演劇実験室・天井桟敷を去ってから6年が過ぎた昭和 52 3 9 日、網走五郎は沖縄の海で泳ぎの練習をしていた。ソ連が不法占拠している北方領土へ泳いで渡り、領土返還を訴えるためだった。
 毎日、十キロの遠泳・ランニング・腹筋・腕立て伏せ・懸垂等、一日中トレーニングをおこなっていたため、贅肉の殆どないブルースリーのような肉体になっていた。
イメージ 2

 丁度、那覇市内の桜坂映画館では「燃えよドラゴン」が上映されていた。それを見た五郎は6年前、寺山修司から「書を捨てよ、町に出よう」の映画出演を依頼され断ったことを思い出した。

<今、俺が映画出演したらスターだな> ( )
ブルースリーの肉体は映画映りをよくするための肉体改造であったが、網走五郎の肉体は、ひたすら北方領土へ泳ぐトレーニングの結果出来上がったものであった。
死に物狂いでハードトレーニングに励んでいた。寝ぐらはマイカーのライトバンであった。ところがトレーニングを終えた昭和 52 6 19 日の夜、車を運転中、大型バスに追突され車が大破してしまった。寝ぐらがなくなり途方に暮れた五郎は、考えあぐねた末、神社に宿泊させて貰おうと、沖縄県護国神社を訪ねた。
『国のため命を捨てようとしているのだ、護国神社なら泊めさせてもらえる』
当時、五郎は神社に対する知識は全くなかった。ただ名称が国を護る神社、護国神社だから泊めさせて貰えると単純に思ったのである。沖縄県護国神社の宮司代務者は、靖国神社七代目宮司大野俊康の子息大野康孝であった。一週間前、偶然公園でトレーニング中、声をかけられて知り合いになっていたのだ。神社に宿泊するには事務局長の許可が必要とのことで、この夜は彼のアパートで酒を酌み交わした。
翌日、神社に出勤した事務局長は快く宿泊を許可してくれた。事務局長の名は金城勝一。夫婦で勤務していた。
<災い変じて福>
この交通事故がなければ、「網走五郎・神社物語」はなかったのである。





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最終更新日  2017年08月26日 16時20分43秒
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Re:網走五郎・神社物語 (1)(08/26)  
人間辛抱  さん
どうもお久しぶりです。
新型コロナウイルス感染拡大の中、
いかがお過ごしでしょうか。
今後も宜しくお願い申し上げます。 (2022年10月03日 12時29分42秒)

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