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9月29日(木)気がつけば9月も終わります。9月初日から義父の葬儀で一週間休み、仕事も追いつかないまま、そして土日は土日であれこれ用事があって休日出勤で埋めることもできないまま、1か月経ってしまいました。空き家になった実家のことでも浜松を何回か往復したりして、よくダウンしないなと思いながら暮らしています。つくづく、丈夫なようです(笑)実は今週は月火水と、夕方家に帰ってから寝る頃まで、身体が妙に熱いのが続いて熱を測ると37℃ちょい。朝起きると何でもない。別にのども痛くないし。でもさすがに微熱初日はぎょっとして、慌ててマスクして自分を隔離したり。微熱2日目の火曜日は、もしやと思ってググってみれば、「更年期」のワードで埋め尽くされており更年期+疲労の蓄積↓自律神経の失調が起こる↓夜だけ発熱とか、いつも汗をかくほど暑いとか……結局そこですかまあ、50ですしね。当たり前っちゃ当たり前です。間違いなく更年期だろうし、葬式終わってバタバタだし、間違いなく自律神経だろうと確信し、少し休めということだろうと思い、のんびりペースで暮らしています。そしてこれを書いている本日木曜日。すっかり回復して元気モリモリです明日一日頑張れば休み3号娘の陸上の遠征があるので、多分日曜日は御殿場行きですが…気分転換と思って行ってきます…………またぼちぼち、日記再開しますね
2022.09.29
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9月12日(月)だいぶご無沙汰をいたしました。8月下旬からこっち、身辺忙しく、怒涛の日々を送っておりました。……………まさか1年に2度も、お葬式を出すことになろうとは…義父が、9月1日に旅立ちました。3月に亡くなった実家の母よりひと回りも若い、76歳でした。ここ数年は、肺気腫で在宅酸素がなければ苦しくてしんどい状況でした。今年の3月を最後に通院も大変になり、寝たきりではないものの往診を依頼して自宅で過ごす日々。6月10日の夜、尋常ではない息苦しさを訴えて救急車で運んで以来、家に帰りたいと言いながら入院生活に。一度の外泊を経て、容態が落ち着いたので退院しましょうとなったその2日前に、脳梗塞を起こしてしまいました。心房細動もあったので、そういう人は血栓ができやすいのだそうで、それが脳内の大きな血管を運悪くふさいでしまい、治療もしましたが意識が戻らないままでした。点滴のままか、経鼻栄養か、胃ろうか。私はともかく、義母とパパさんは決断しなければならず悩みに悩み、最終的には延命はするなと常々言っていた義父の意志を尊重し、夏の終わりに点滴を抜いて自然に任せる選択をしました。それが9月2日の予定だったので、9月のうちにお葬式だろうという心構えで、娘たちにも覚悟をするよう伝えてありました。そしたら8月31日。高熱が出ましたとお呼び出しがあって家族総出で駆け付けて、一時持ち直したので帰宅。そして9月1日早朝、6時20分。「容体が急変しました。すぐ来てください」病院からの電話で駆け付けましたが…間に合いませんでした…一年で一番、営んでいる肉屋が忙しい夏が無事に終わったことを見届けて、安心しちゃたのかなと、皆が言いました。店もひと段落し、3号娘の膝の手術も終わり、2号娘の夏期バイトも終わり、私の人間ドックも無事に終わり、月末の店の支払いもパパさんが滞りなく済ませたその直後に、皆が困らないように先を見ていたような最期でした。…………1号娘は、点滴を抜く処置の翌日に帰省する予定でいました。義父母にとっては初孫の1号娘。いちばんそばにいて欲しかったはずです。息を引き取ったと知るや、「〇〇、まだ来てないじゃん!じいじ!」と、叫んだ2号娘の声が耳の奥にこびりついています。…………ご縁と仲間を大切にしていた義父のお葬式は、たくさんの方に見送っていただきました。最後のお別れのときに、お友達の皆さんは肩を震わせて泣いていました。他人だけど親戚のようなおつきあいをしているご家族は、まる2日間みんなで仕事を休んで、ずっとそばにいてくれました。3人娘が選んだり買ってきたりした、写真、本、ウイスキー、煙草を携えて天国に旅立った義父。孫がよーく把握していたじいじの好きなものに囲まれ、今頃大荷物に苦笑しながら三途の川に向かって歩いていることでしょう。(孫たちの心残りは、ゴルフのクラブを入れてあげられなかったこと、らしいです)私は、穏やかに笑う遺影の写真を眺めながら、お店のことはパパとおばあちゃんが頑張るから心配しなくても大丈夫と、呟く日々です。………………諸々ドタバタの1週間が終わり、仕事に復帰したものの全然頭が回っていないいもようかん♪ですが、がんばります。また次回から、楽しい日記に戻りますね。長文失礼いたしました。
2022.09.12
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