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「日本のテーブルマジックの草分け、メンバーズエルムの山内利夫さん(右側)と」28年前亡くなった父の友人でずーっと親交が続いております。二年前お店は引退され、長女さんが継がれてますが、今も、常連さんには、マジックを見せてくれます。昨夜は、アルバムも拝見し、沢山の芸能人が、こちらへ訪れ、西武警察のロケ地にもなったそうです。懐かしい顔が、いっぱいでした。みのもんたさん。辰にいご馳走になったのは、「名古屋ステーキの将門」創業38年とのこと。肉サシこれを、炭で。28年前亡くなった父が彼女達とよく通った店で、私は、一度しか連れてってもらってませんが、この店のマスターも父と同じ56歳で亡くなったそうで、今は、奥様が経営してます。父亡きあと、山内さんにご馳走になってます。この店に、持ち込み食材ができるのは山内さんだけで、次から次へといろんなものが出てきてしかも頃合いがよい(笑)山内さん自家製聖護院の煮物。朝、自ら市場で仕入れた、海老、イカ、あさり、野菜は、カットして、かぼちゃ、レンコン、将門名物にんにくチャーハン焼きおにぎりの時には、梅干し。ラストは、切った柿とみかんを出してくださった。まるで、マジックのよう😳多目にお持ちになるので、残りは店の方たちに。まさに、昭和スタイル(笑)今回お連れしたのは、私の人生の大友人、小中王子。同年代かな?と、思ってましたら、同い年同士でした。タイプの全く違うおふたりながら、共通点が多々あります。良い年の取り方のお二人に乾杯です。小中王子のお父様の名前が利夫さんだそうで、なんだか、やはり、ご縁というものはあるんだなと感じました。私の仕事吉祥研究会は、こちら。
2018年11月28日

またツアーバスに乗って、はい。こちらです。結構歩きますが、熊野古道体験者の私には、お茶の子さいさいでございまする。台風の影響でこんなだし。美しい景色です。千畳敷自然の力。ほう。なんとな~く、井上靖を思い出してたら、なぜに、ここに。まっいっか。団体の食事は和食で、もう、飽きた。二階のリストランテがよかったな。これでも食べよっか。やっと、のんびり感覚。海っていいな。今回の旅で変わりみくじを引きましたら、ぜーんぶ「金系」でした。速玉大社で引いた変わりみくじは福銭。飛龍神社で引いたその名も、金おみくじは、弁財天と金運上昇。多気駅の自販機で買ったおしるこは、飲もうとして気づきましたが、金のおしるこ(笑)なんか、来てます?名古屋教室にもどると、手のひらに銀粉がたくさんでてきました。こんなプレゼントをいただきました。ありがとう。もう、クリスマスだね。2018年熊野古道旅その1は、こちら。
2018年11月25日

最終日は、那智大社を目指します。語り部さんはベテランの男性。わかりやすかった。那智の滝の水が流れています。那智大社まで、六町の距離があります。一町の印。1200メートルかな。昨日の熊野古道に比べたらへの河童です。江戸の石段は、歩きやすいです。ところどころに祈りの石があります。はい、タッチ(笑)上の方、那智の滝が見えますか。るりみです。きくみです(笑)楽勝の笑み。とっても良い日。そして、何よりもこちら。私が大好きな南方熊楠先生。魂を感じました。大好きな南方熊楠翁に見守らながら、歩きます。伝統レイキ技法では過去人の意識を共有できる技法もあります。もちろん、伝統レイキ、西洋レイキ両方教える、吉祥レイキでもできます。信じなくてもよいよ。信じる人たちで、愉しみましょう。こんな感じで。パワーを差し上げています。熊野古道最後の王子です。そして、登ります。坂の門前町。ラムネ美味しかった。タイムリーに平安装束の親子が七五三で来ていました。男の子でした。すこやかににお育ち下さいませ。まずは、観世音菩薩さまに、ごあいさつ。まずは青岸渡寺へ。神仏合祀です。そして、タイムリーに新嘗祭の神事に遭遇。ちゃっかり、最前列で参加。観光客は多かったけれど、これに気づかれた方は少なかったよ。こちらもしっかり、ご開運を祈りました。今日は、熊野灘も美しく見えます。いよいよ那智滝を目指します。滝壺見られなくて残念。飛龍神社です。烏天狗の魔除け鈴って、始めて観たよ。もちろん、買い(笑)山伏さんたちは、ここから行く。走っていくらしいよ。熊野古道にはたくさん滝があって、そこかしこで、1月20日に修行すると、語り部さんの説明でした。こちらもご案内いただきました。火祭りが行われる場所です。観光疲れでこれでやっとおしまいかなーと思ったら、また、これからいくんですって。。。。。根性物語です。2018年熊野古道旅その5に続く。
2018年11月25日

二日目はこういう感じで歩いたんですね。黙々と歩かされたので、頭がこんがらがりました。 途中、朝ドラのロケ地もありました。2001年に放送されましたね。今は亡き俳優が多々です。ほんまもん 年代別お地蔵さまもいらした。ようやっと着いた、熊野本宮大社の入り口です。右側のくりぬきが古道とのこと。ここから入りました。えっ。2050年祭! まじか。。。ですよね。で、この金の今年だけなんだって。知らなんだ。吉祥天様はご存じだったのね(笑)苦労して来たかいがあった。神様方のご開運をお祈りして参りました。さて、13時過ぎに、美味しい熊野古道弁当をいただき、午後からは、神が舞い降りた地とのことです。有名な大鳥居ですね。さて、いよいよ川の古道舟下り。お天気も晴れてよかったです。この川を下ります。昔は、皇族と貴族しか使えなかったルートです。16キロ手漕ぎで6時間、今は、モーターで1.5時間船はおなじ和船とのこと。実は今年は雨が少なくて川の水も少ない。午前中のツアーは座礁したとのことで、例年、12月くらいまでは開催だけれど、この日の午後までで、明日からは中止です。とのこと。つまりは、私たちが、今年最後のお客様でした。こんな感じでいきます。座礁しないために、リュックをバスに置いて行かなければならず用意の防寒具が間に合いませんでした。超寒くて、まさに修行でした。季節によって、水の色は変わります。でも、晴れてよかったです。船のモーターを止めて、語り部さんが篠笛を吹いてくださいました。下船後、熊野速玉大社へ。世界遺産になってから書かれた曼荼羅です。おとなりに、佐藤春夫記念館がありました。東京から移築されたものです。こちらに、入りたかったなぁ。樹齢千年のなぎの御神木川下りから、語り部さんが交代しまして、その語り部さんがご用意のなぎの木の葉っぱをくださいました。なぎは、縁起物だそうです。熊野古道散策の語り部さんはちゃきちゃきでしたが、今度の方は、またぁり系。それぞれ、個性がありますね。こちらもご開運をお参りし、ご開運をお祈りさせていただきました。朱が美しいですね。吉祥研究会名古屋教室も、「朱」なんですよ。本日の行程を修了して、今宵のお宿は勝浦観光ホテルということで、期待していました。館内も本マグロの写真だらけ。古いホテルですが、期待は膨らみます。お部屋から月と海が見えたのは癒されました。当日、100人の宴会が入っていたらしく、残念ながらお料理はこの鮑だけがかろうじてよかった。お湯も残念で、滞在中一回しか入りませんでした。2018年熊野古道の旅その4につづく。
2018年11月25日

十津川温泉ホテル昴のお湯はよかったです。朝も入浴し、朝食をいただき、小雨の中、早めの出発。小雨ならではの景色。集落の中を歩く。お茶畑をもあります。熊野富士とのこと。最初はこちら。こちらは、旧道。今は、通れません。皇太子殿下、歩かれています。小雨ですが、かなり険しい道で、黙々と歩く語り部さんの後を追うのが大変でした。早く帰りたかったのかな。幻想的な景色ですが、感慨にふける間もありません。写真を観て、いい景色だなぁと、改めて思います。見晴らしの良い場所に行きましたが、遠方景色は見えず、念力でかろうじて、鳥居を写しました。観えますか?これなら、いかが。まだまだ歩きます。ひとりなら、歩けんわ。台風で倒れた木が「いのしし」みたい。いろんな句が遺されてします。へとへとに疲れた定家がやっと、泊めてもらえた尼寺?の、跡地。さらに、こちらを。日本って、山の国ですね。へー。そう言えば高野山でもこんな風景を拝見しました。2018年6月です。この歌は、深読みしてくださいね。孫の嫁とお忍びで来ちゃった、白河上皇の胸の内。加齢の歌です。今年は、私、吉祥天さまのパシリ役を仰せつかり、5月 長崎原爆記念館6月 高野山立野荒神社7月 宇治正寿院9月 淡路島伊射奈岐神社おのころ神社10月鹿島香取神社真清田神社と、ひとり旅でしたが、熊野古道は、さすがに、ツアーに入りました。山道からようやく平地に。紅葉のあたりに昔、御所があったそうです。熊野古道弁当、美味しかった。晴れたので、お外でいただけました。そして、午後からは、川下りです。2018年熊野古道その3は、こちら。
2018年11月24日

今回は二泊三日ユーラシア旅行社の現地集合型ツアーで行きました。家からタクシーで名古屋駅。のぞみで新大阪。新大阪からはるかで関空入りです。そこからバスで、東急ホテルハーベスト南紀田辺でランチ旅行中で、ここのお食事が一番よかったかも。ユーラシア旅行社の五島列島のホテルマルゲリータがよかったから今回も、選んだんだけど。。。参加者17名で、めちゃくちゃ詰め込むクラブツーリズム、阪急、HISよりは、ましですが。熊野古道館にて、語りべさんと合流して案内していただきます。711年ぶりに参られた皇族は、ご成婚前の皇太子殿下とのこと。さすがですね。滝尻王子です。上皇さまが通られた道を王子と言うそうです。中辺地をちょこっと歩く初心者コースに申し込んだんですが、語り部のおばちゃんの足の速いこと早いこと。行程さの激しい階段系石の山道。江戸時代に創られた場所はまだよいのですが、昭和56年時代のやっつけ仕事で補習された道は、まじ、歩きにくい。しかも狭い道です。杖を持つように言われましたが、私は無い方が良いのでこの日だけの拝借。バスで、ショートカットしつつだったんですけれどね~牛馬王子へ参ります。このみちがひどかった。御覚悟を。牛馬童子のおとなりは役行者。お不動様もいらっしゃる。説明はこちらで。悪路でへとへとになりながら、ぞわっとしたので振り返りますと、近露王子。「出口王仁三郎の自筆」素通りしかけて、足が止まりました。大本教の2代目教祖の書かれた書です。弾圧されたから、ことごとく遺跡は破壊されていますが、唯一ここに、残されいるそうです。知らなかったなぁ。王仁三郎さんは、あの世とこの世を行き来できた、霊能者。あることがあり、弾圧されました。あることとは、ネットで調べればわかりますが、まあ、皇室を侮辱した不敬罪ですね。何が真実か、研究の価値ありです。熊野古道は、近年、杉が植林されていまして、広葉樹があまりないそうですが、時折、出会えます。藤原定家の日記には、紅葉が見事と書かれています。なんか、いい感じでしょ。お泊りは、当初川湯温泉の予定でしたが、台風の被害でだめ。十津川温泉ホテル昴に泊まりました。西村京太郎の本がたくさん展示されていました。大変良い泉質でしたが、設備が古いのが残念。むこだましが、名物とのこと。いわれだそうです。ネーミングは、「むこおもい」のが良いと思うよ。翌朝も、雨の中、イケメン支配人?おひとりでおみおくり下さいました。がんばっている感が、ひしひしと伝わりますが、改装してほしい。。。ロービーは広々と気持ちよさげですが、西洋人たちがユースホステル感覚で、どんちゃん騒ぎしていて閉口。立ち寄り湯どころでもあるそうです。2018年熊野古道の旅その2へつづく。
2018年11月24日

軍艦島上陸不可のため高島へ。廃墟跡より、400名の住む高島の方がよかったかも。世界遺産の看板です。こちらには、食べ物もあります。若いカップルが営業。タコス、ソフトクリームなど美味でしたよ。石炭ラスクなどもあります。位置的には、こんな感じです。夏には、海水浴の観光客も多いとのこと。軍艦島の模型あり。資料館があり、充実しています。新しいから、きれいですし。スコップと、つるはしで、掘ったんですね。1キロ下まで掘ったそうです。最初はこんな感じだったんですね。私が生まれたころは、こんな感じに。資料館の説明。ジムに通わなくても、この体型ができる。高島の船着場、きらきらときれいでした。軍艦島周りの周遊。海がきれい。アングル変えると、海海海。当然ですけれど(笑)周遊船上から、ここまで撮影できます。閉山から46年。廃墟ですね。乗船証明書と、石炭いただきました。説明は若干省略しましたので、現場で体験されて、わ~っと、感動してくださいね。下船後は、こちらで、長崎名物の卓袱しっぽく料理をいただきました。軍艦島その1は、こちら。
2018年11月18日

一人旅の多い私ですが、今回の長崎旅行は、夫の関係に同行でした。クリスマスシーズン仕様のハウステンボスも、中々よかったです。(ハウステンボスは四回目)なつかしいホテルヨーロッパに前泊し、少しお散歩し、窓際セレクトで、モーニングスパークリングワインをいただきながら定番の高菜オムレツ。団体旅行のいいところは、全て手配が整っていることですね。専用バスで出発。いよいよ軍艦島です。シーマン商会の案内の方は、お写真が上手。これって、大切です。この日は、普賢岳が観えるほどの快晴で、景色が美しかったです。風向きによっては船が出せない時もあるそうです。軍艦島は、台風25号の影響で、艀が壊れ、ただ今上陸不可です。大変好印象のシーマン商会ガイドさん説明では、上陸したとしても、建物が危険で、歩ける場所が少なく、もともと、軍艦に間違えられるくらいの大きさなので、周りを周遊して高島に、上陸して、記念館を見た方がよいのでは。とのことでした。なんとなく、モンサンミッシェルっぽい(笑)最初の島の大きさはこんなもんだったらしいです。優良な石炭が出るということで、どんどん埋め立てられ、ピーク時は、5000人が住んでいて、人口密度は、東京都の9倍。しかしながら、海底ケーブルで電気水道設備もひいてあり、最新の住宅設備(日本最古のコンクリート7階建て)と、幼稚園小中学校病院まできちんと創られていました。エレベーターは流石にないので、横につながる通路があったそうです。軍艦島の呼び名は、軍艦に似ているからで、正式名称は端島はしまです。1810年に石炭が見つかり、1972年閉山となります。僅か50年で近代化に成功した我が国のかつての歴史は世界的ミラクルです。何故、それが可能だったのかは、国民が夢と希望に燃え、生活が豊かになっていく過程を共に、楽しく強く、生きたことに、他なりません。過酷な労働ではありましたが、奴隷では、なかったからです。電化製品の普及も、長崎一番とのことでした。日本初の屋上庭園もあり、日本初のデパ地下もあり、娯楽施設も充実し、ある意味、未来型コンパクトシティの走りだったかもしれません。2018年11月軍艦島その2に繋がります。
2018年11月17日

三重から心友がいらしたので三大大仏の高岡大仏へ案内しました。青い光の玉、入りました。自分の生き方が変わるお知らせだと感じています。天性のことは、こちら。毎日、シンクロ満ち溢れの人生ですが、昨日も、いろいろありまして、いちいちのことは、facebook岩崎喜久美に書いてます。自分自身が、ちょうど、紫微大限が、変わるときで、いろいろ楽しみな感じですが、年齢とともに働き方が変わるということも、この冬は、ゆっくり考えたいなと思います。 昨日のシンクロのひとつですが、愛弟子happyちゃんへ。こんなことを書きました。勝てば官軍ですから、大丈夫だよ。本日から長崎に参ります。今年二回目のハウステンボス、ホテルヨーロッパ。今回は、北日本新聞のとなみ政経懇話お様合同例会。夫に同行です。夫との出会いは、高岡大仏へお連れした、心友からでした。ご縁はいろいろつながってますね。
2018年11月14日
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