バックナンバー

・2026年05月
・2026年04月
・2026年03月
・2026年02月
・2026年01月
2004年09月04日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類








その頃のおれらは就職して、なんとなく不安と戸惑いの日々を過ごしていた。1人はモーという奴だ。ものすごく珍しい苗字で、そのなかに「牛」の字があったからモーと呼んでいた。単純なのだ。練馬に住んでいて、コイツはまあ遠くはないところではあったから、割と頻繁に会っては近況をよく話していた。



集まるメンバーはもう1人いて、そいつはイトーちゃんという。なんと当時千葉の船橋に住んでいた。木下街道と書いて「きおろしかいどう」と読む道から少し外れたところに住んでいて、兄貴が乗っていたのを譲り受けたらしいオンボロのボロボロカリブでよくうちの方まで来た。



そのカリブはマニュアルで、窓も手回しハンドルのやつで、走ると床が抜けそうになるくらいに揺れるとんでもないシロモノだったが、イトーちゃんは「やっぱり4駆だよ!」と陸上で鍛えたカラダを震わせながら、アラブ系の顔をほころばせて満足げに笑っていた。4駆でも何でもいいからこのボロさをなんとかしてくれ、とモーと一緒になって言うと彼は本気で怒って「これがいいんだよ!」とアラブの顔が迫ってくるのだった。



集まっていた場所は西永福に近い藍屋で、そこは高校時代の3年間、おれがバイトをしていた店だ。



辞めた後も時々会っていたバイト仲間がいて、アルバイト従業員用の割引券が月に3枚もらえるのだが「あたしは使わないから」とおれに全部渡してくれていたから、その券を使って仲間でめしを食っていたのだ。



「今度どっか遊びに行こうぜ」



これを言い出すのは大抵モーだった。おれは「うむ」と頷き、イトーちゃんに「どうすっか?」と聞く。するとイトーちゃんは我々のとうちゃん、という感じで「そうだなあ、それじゃあ那須の方でも行ってみるか」と僅かに真剣な表情で、しかし場所を明確に指定する。



「うんいいねいいね、那須いいね」
「何がいいんだよ」
「わかんないけどいいね」
「3人だけじゃつまんないから、もうちょっと誘ってみよう」
「モッチーは」
「ああ、あいつなら来るな」

「あとは、じゃあカブちゃんか」
「うん呼ぼう呼ぼう」



などとどんどん増えていって、でも結局集まったのは確か6人程度だった。オンボロカリブはなんだかんだいっても1番人と荷物を載せられるので出動が決定、モーのミラージュも出すことにした。おれのはボディがでかい割に荷物も人もあんまし載らないので「邪魔だ!」という結論に至り自宅待機させることにした。那須は貸し別荘みたいなのに泊まり、えんえんと呑んでいた。



そのうち便所に行ったヤツが戻ってくるときはみんなで網戸をピシャリと閉め、合言葉を言うようにしよう、という実にくだらない遊びを思いついた。最初に犠牲になったのはモッチーで、彼は一番最初にクラスの級長に選ばれたヤツだった。勉強も運動もものすごく高いレベルでこなしてしまう、イトーちゃんとそういう部分では重なるところがあって、高校時代は互いによきライバルという感じがしていた。



だがこの場ではそういうのは一切通用しないさせない許さない、という「3ない運動」のような仲間だったので、みんなで「合言葉は?」というと、網戸の向こうで彼は明らかに戸惑った表情をした後、とうとう、ちょっとここでは書けないような卑猥な言葉を連呼し出してしまったのでみんな腹がよじれるほど笑った。彼は絶対にそういうことをいう人間ではなかったのだ。モッチーはそのまま「うはははは!」と壊れてしまったので、みんなで「よおしいいぞいいぞ!」と拍手を送った。



このときのメンバーは、今でも毎年恒例「男だらけの夏物語」に参加していて、このときの話は「モッチーのち○こま○こ事件」として今でも語り継がれている。



などということを、つい最近モーと話していた。それは、来月開かれる同窓会について話をしていたときだった。「それにしても、何であの藍屋だったんだろうな」といったら「わかんねえ」という答えが返ってきた。まあ、そういうもんだろう。



「でもさ、今思うとすごいよな」
「だってイトーちゃん船橋だぜ」
「な、あいつよく来たよな」

「まあおれらも、あいつが来るばっかりじゃ悪いから、という話になってよくイトーちゃんとこにも行ったけどな」
「よくあいつんち泊まって、そしたらお袋さん朝飯つくってくれちゃったりな」
「あれは申し訳なかったなあ」
「ああ、ありゃひでえ話だよな」



このときおれは、それにしてもいいヤツらだな、と思っていた。何でもいいから、何かを一緒にやってきたヤツというのは、気持ちのうえで確実に繋がっているのだな、と思った。就職してからの不安と戸惑いに包まれていた2年間、心根で話せる場とヤツらがおれらには必要だったのかもしれない。それは互いにそう思っていたからこそ、損得じゃなしに集まっていたのだろう。



イトーちゃんのお袋さんは、朝飯のとき豆腐とあげのおみおつけをつくってくれた。



おれは、いまでもその具のおみおつけをみる度に、「いいのよいいのよ、おともだちが来るのはうれしいことなんだからね」と顔をほころばせながら朝飯を運んでくれたイトーちゃんのお袋さんの笑顔を思い出してしまうのだった。









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004年09月05日 12時36分53秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

お気に入りブログ

まるもうけ~♪ さるまる0903さん
双葉のページ 双葉晶さん
勝手にむさぴょん更… むさぴょん子さん
Insomnia Diary あさちゃん(あさぽん)さん

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: