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日本の歴史認識を正しくすると言う事は、つまり、日本の庶民が、支配者階級に飼い慣らされてきた時代の流れを正確に把握すると言う事であろう。
日本の歴史(大和政権が確立された頃を日本の曙とするならば)に於いて、庶民は常に天皇を中心とした中央集権国家の下に置かれ、如何なる庶民派の勢力が台頭しようとも、天皇に弓引く事は天下の大罪とされて来た。
つまり、日本に於いては、天皇は神であり、唯一人間界から乖離した存在であり、何人も犯すべからざる存在であった。
故に、日本では、外国から渡来した宗教は戒律を強く前面に押し出す事は出来なかった。
なぜなら、日本に於いて神は天皇であり、他の神など存在する場所など何処にも無かったからである。
通称聖徳太子が仏教によって国の平和を築こうとしたという話も、つまりは、教義としての仏教を、治世の道具として使用したに過ぎず、尚、天皇が神である事には変わりがなかったのである。
それ以後、時の治世者は宗教を治世の道具にしてきたけれども、統治の基本とする事はなかった。
キリスト教が入って来た時でさえ、治世者は利用出来る内は散々利用しておいて、邪魔になると判断した瞬間、これでもかと言うほど弾圧したのである。
そこには、庶民の意思など一切反映されるものではなく、庶民は支配者の意思の赴くままに、操られてきたのである。
明治維新以後も結局は、天皇を中心とした立憲君主制が守られ、庶民の意思が治世に反映される事はなかったのである。
その事は、庶民から自ら考え、主張し、自らの力で勝ち取る力を失わせてしまったのである。
第二次大戦後の民主主義でさえ、アメリカ合衆国からの贈り物であって、庶民が勝ち取ったものではないのである。
元々民主主義というものの土壌が無かった日本(長年の封建制度が自立の気概を失わせてしまった)では、一体民主主義とは如何なるものかという事から勉強せねばならず、そうこうしている間に旧支配者階級が息を吹き返し、日本的封建制と民主主義が合体した歪な日本社会が醸成したのである。
巨大権力に守られ、何も考えず、飼い犬のように、飼い主に守られる生活は何と楽で、居心地の良いものか、これを手に入れた日本の庶民は、再び、支配者の意思の赴くままに操られる生活を選択したのである。
こんな所から、主体的な意思を持った人間が創造されるはずも無く、何事にも矛盾や疑問を持たない、理不尽な常識も甘んじて受容れてしまうような、無抵抗な民族が生まれたのである。
ゴールの無い道標・・・!!! 2010.09.07
円安と国民の幸福・・・!!! 2010.09.06
退院しました・・・。 2010.09.06