人がさりげなく言った言葉が
ずっと残ることがある。
若いころ通ったテニスクラブの近くに、
スタンドだけの小さなカフェがあって、
僕よりは年上だけどたぶんまだ30代の
どこかアンニュイな女性がオーナーだった。
早く養老院に行きたい、と
あるとき彼女は言った。
よほどの心境だと思った。
まみちゃんの親友のみどりちゃんも、
とても育ちのよさそうな女性だったけど、
インドの宗教家に帰依していて、
若いのに不思議なオーラがあった。
親子ほど年はちがうのに、
あるとき、
心配してもしなくても結果はおんなじよ、
とやさしく僕に言った。
高齢者事業で同僚だった吉村くんは、
退職後ときどき遊ぶ間柄だったが、
あるとき、
前後の文脈は忘れたが、
生きてても死んでても同じだから、
とさらりと言ったのだった。
僕は深く考えることは不得手だから、
未だに人間のことも人生のこともあまりよくは分からない。
ただ、
始まりがあるから終わりがある、
始まりがなければ終わりもない。
それなのにああそれなのに、
始まりはやはりいいものだ。
終わりがあるから始まりがある。