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こうして無事5回目のニュンネは終わったのでした。
今回も ニュンネ明けのチャイ は美味しかったし、
そのうえM僧が参加者全員に
ダライラマ法王が祈祷してくれたマニピル
を3粒ずつくれた!
1 粒はニュンネ明けの今飲んでもいいし、
残りは祭壇にお供えして病気をしたり必要な時に飲めばいいから、と。
Wow! Rejoice!!
思いもよらず頂いてしまった、ダライラマ法王のマニピル!
1つは、体調が優れず参加できなかったダディンにあげよう。
それから自分と子どもたちと、
む む む …、マズイな、半端な数だ。
どう等分しようか?
ニュンネ明けの朝食 はスピ友たちと
それぞれのニュンネ体験をお喋りしながら食べた。
「ニュンネは2度目なんだけど」と、ハニちゃん ( 仮名 ) が話してくれた。
彼女は土曜日のセッションで既にくたくたになってしまい、
もうこれ以上はできそうにない、明日は止めておこうと思ったのだそうだ。
するとキム姉がアドバイスしてくれた。
「しんど過ぎてもう自分のためにはできないのならば、
誰かのためにやればいい」、と。
結局彼女は日曜日も参加した。
そうして筋肉痛で立っているのも辛くなるたびに
息子のために1回、母のためにもう1回と、なんとかやり続けたのだそうだ。
するとどこかから力が湧いてくるのが不思議だった、と。
それを聞いて日曜の最後のセッションを思い出していた。
ニュンネでは観想や瞑想、真言詠唱や五体投地なんかをすると書いたけど、
なかでも 五体投地 Prostration は、
全身を床に伏して礼拝するため、なかなか キツイ のだ。
とりわけ慢性的運動不足の身には、
全身で突っ伏しては立ち上がるという一連の動作を
延々と繰り返しているうちに、まず筋肉痛になってしまう。
そのうえ断飲や断食もあるので日曜の午後ともなれば
筋肉痛と疲労にくわえ喉の渇きと空腹で ヘロヘロ 。
とりわけ半時間程く長~い五体投地では、
もうダメだ モードに入ってしまう。
ああ、これ以上はもう一回たりともできない…と思ったとき、
ふいに小学校5年生のときに亡くなった
愛犬ゴンちゃんのことが思い出されたのだった。
ゴン ( 正式名は父の命名で権太礼須―ゴンタレースと読む。とほほほ… ) は、
オスのブルドックだった。
私が小学4年生のとき両親が買ってきたのだけれど、
まだ生後間もないうえに、季節も2月か3月で寒かったため
暫くは室内で飼うようにと言われたそうだ。
ブルドックは私の憧れの犬種ではなかったものの、
物心ついたときから犬を屋内で飼うのが夢だった私は有頂天になった。
ゴンはとても頭の良い犬で、
「ごはん」や「トイレ」なんて言葉はもちろん、
「みかん」や「こたつ」なんて単語もすぐに覚えてしまった。
利口でお茶目で可愛いゴンちゃんと
私も妹もすぐに大の仲良しになった。
ゴンちゃんは私たちと一緒に炬燵に入るのが大好きだった。
犬の躾には父が軍隊的に厳しかったので、
一家団欒の食事のときには
頭から炬燵に潜り込み、おねだりもせずに蹲っていた。
切なそうに時折「ぶぅ~ん」と鳴くのが不憫だったけど、
自分の夕食の番になると炬燵から飛び出してきて
尻尾を千切れるように振っていた。
だけどそのうち春が来て、
ある日ゴンちゃんは外に出された。
家の脇の狭い通路のような所で飼われることになった。
私と妹は大泣きして猛反対し、
家の中で飼ってくれるようにと何度も頼んだ。
だけど父は頑として許さなかった。
我が家はその数年前に建てたばかりだったので家が傷むから、と。
母も当時、犬は番犬として外で飼うのが当たり前だったような土地柄で、
仕方ないよ、と言っていた。
それでも私は泣いて、頼んで、怒って、怒鳴って、
また泣いて、哀願し―、
けれど2度とゴンちゃんが家の中に戻ることはなかった。
私はゴンちゃんよりも畳を優先する父の態度に反発し、
その出来事は両親、
とりわけ父と私との間に深い軋轢を残したのだった。
そうしてその2年後に、ゴンちゃんはその土地の寄生虫にかかって、
あっけなく亡くなってしまった。
後で母から聞いた話では、
家の中で飼っていれば罹らなかった病気だと獣医に言われたそうだ。
いずれにしても、ゴンはとても家に戻りたがっていたから、
あんな場所で長生きしたくはなかったのだろう。
いつも狭い通路にぼんやりとお座りをして
ブロック塀の隙間から外を見ていた姿が忘れられない。
私は今でも母が、ゴンはあの夜
一晩中悲しそうに泣いていたんだよ、とか
地べたに座ることができずに夜中ずっと立っていたんだよ、とか
不用意な思い出話をすると、叫び出したくなってしまう。
ゴンに対するすまなさと
子どもだった自分の無力感に圧倒されてしまうのだ。
五体投地をしながらそんなことを思い出した。
ごめんね、ゴン。
ゴンちゃんのためにもう 1 回だけやろう、と思った。
ゴンの供養のためにやらなくては―
すると突然、全身に自分でもびっくりしたほど
力が漲ってしまった。
ゴンちゃんのお供養のために1回。
ゴンのためにもう1回。
もう1回。もう1回。もう1回―
ゴンの供養のためにとやり続けているうちに、
ふっと思った。
あのとき、 実は自分にはもっとできることがあった のだ、と。
あのときどうして自分は
ゴンちゃんがそうされることを許してしまったのだろうか?
ゴンが戻れないなら自分も外で寝る!と
ゴンを庇い一緒に居続けることで、
また家の中に戻してあげることもできたのかもしれなかった。
そうなのだ。
自分は姉だったから、たぶん妹を説得し、
姉妹一丸となってそうすることもできたハズだ。
どんなに父が横暴でも、娘二人が夜が更けても頑として動かなければ、
態度を変えていたかもしれない。
祖母はいつも私たちに寄り添ってくれていたから、
そのうち彼女が私たちの味方になってくれたはずだ。
祖母が私からもお願いします、と両親に頭を下げてくれれば、
そのうち母も味方になってくれただろう。
4人から反対されれば、父も折れてくれたかもしれない。
確かに私は子どもだったけど、
ゴンちゃんを助けてあげることができたかもしれなかったのだ。
どうして自分はそこまですることができなかったのだろうか!
そこまで思いつかなった。
ごめんね、ゴン…
悔恨の思いとともにそのとき何かが、破れた。
心の根深いどこかに今でも巣食っていた父に対する怒りが
母に対する複雑な思いが溶けていくのがわかった。
同時に今、愛犬を自分の家の中で飼える
我が身の幸運さが思われた。
家の中どころか、私は親元を離れて初めて飼った犬から
眠るのも一緒に生活をしているのだから。
今度は自分の飼った犬たちを想ってプロストレーションをした。
逝ってしまったモモちゃんのために、
ロリィのために、
ムムのお供養のために、と五体投地を続けた。
今飼っているポーポーのために1回、
チャールスのためにもう1回―
あの子たちは 7 年前にロストドッグホームから縁組したのだった。
すると RSPCA 動物愛護協会の会報に載っていた
ワンちゃんのことが思い出された。
前の飼い主から虐待され、保護されたというワンちゃん。
あの犬の幸福のためにもう 1 回だけやろう、と思った。
するとまたもう 1 回、次にやるべき理由が浮かんでくるのだ。
誰かのことを想うほど、
もうダメだと思っていた自分は消えてゆく。
そうしてどこからか力が湧いてくる のだった。
あのとき気がつけば、限りない感謝の想いに満たされていた。
ただここでこうして行をしている、
それが堪らなく嬉しく、ありがたかった。
感謝の気持ちは力に変わって、またもう 1 回ができる のだった。
スピ友たちと一緒にできた喜び。
それぞれのニュンネ体験を思い出し、お喋りしながらとった朝食―
メニューはポリッジとトーストにヨーグルトと、
シンプルだったけど、とてつもなく美味しかった。
「そうだ、3粒をお湯で溶かしてコップ 4 杯に分けて
蜂蜜を入れて飲むっていうのは?
フェアに分けられるし、子どもたちも喜びそうだし」と、メルちゃん ( 仮名 ) 。
「あ、それいいじゃん。うちもそうすることにしよ♪」
3粒のダライラマ法王から頂いたマニピルを 4 人で均等に分けて頂く方法を
やはり4人家族のメルちゃんが提案してくれたのだった。
早速、今夜みんなで頂くことにしよう。
あ、うちはワンたちもいるから6杯分かな?
今回もニュンネ修行、できて良かったとしみじみ思う。
次回もまたやりたいと願う。
写真は我が家の愛犬 ポーポーちゃん と チャールス君 。
永遠のパピー姿ですが、年齢は不詳。
ポーポーなど7年前に出会ったときから成犬だったので、
実はもうかなりのご高齢なのかもしれません。 (^ ^)
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