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毎日忙しく、本当に時間が足らなくて困っています。自分の身体、心が疲れきっているのも実感するし、言葉にならない疲れをここ最近毎日感じています。そんな私の気持ちや行動を身近に見ている旦那様からプレゼントをいただきました。大好きなハワイで癒してほしいと思っても実際に行くのは無理なので、せめてこのDSで気分転換でもと思ったようです。DSのソフトで「地球の歩き方・ハワイ」で10月に入って発売されたようです。まだサラーとしかやっていませんが、これを片手にハワイをお散歩なんて便利そうです。《NintendoDSソフトds(任天堂DS)》DS 地球の歩き方DS ハワイいつ行けるかどうかまだ不明ですが、行けた時には絶対に役に立つと思っています。
October 31, 2007
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お父ちゃんの告別式はお通夜に続いてたくさんの方がお別れに来てくださいました。お通夜、告別式共にいらっしゃれなかったと云う方が葬儀の後自宅にお参りに来てくださったりと感謝の毎日です。ただここで疑問が生じました。どの方もお包みを持ってお線香をあげに来てくださるのですが、そのお返しに困ってしまったんです。全国どこでも一緒かどうかはわかりませんが、この辺では御香典袋に「新生活」や「お返し辞退します」と書かれていると、会葬御礼の品物をお渡しします。他に書かれていない方にはお返しらしいお返しを返しています。先日お父ちゃんの同級生の方が横浜からわざわざお線香をあげに来てくださいました。祭壇に御香典袋を供えていただきちょっと見たところ「新生活」や「お返し辞退」と云う文字は見受けられずにお返しらしいお返しを帰りに持って行っていただいたんです。その御香典の袋がとっても立派な包みで、申し訳ないほどでした。お帰りになり、帳簿に付けようと思い中を確認したら・・・。この金額は「新生活」「お返し辞退」の一般的な数字だったんです。でも横浜から来ていただいたんだから、御車代として差し上げたんだって思っていますが、ああ云う場合本当に困ってしまうなぁって思ってしまいました。お供えしてすぐその場で中を確認する事も出来ず、また「おいくらですか?」なんて聞く事も出来ず。ただ反対でないだけよかったと思っていますが、もし私がこれからこのような立場にたった時は相手が疑問に思わないようにしていかないとって思いました。不謹慎な内容でごめんなさい。
October 25, 2007
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以前のブログを読んでお父ちゃんの様子からすでに察した方もいらしたと思いますが、9月後半から信じられない症状が出てきました。お父ちゃんの元気だった頃は「恥」をかかせては可哀想と思い詳しくは書きませんでした。でも今はきっと天国から「俺の事が少しでも参考になれば・・・」って云ってるに違いありません。自分の親が認知症になるって誰でも信じられないと思います。お父ちゃんの行動に「アレッ!?」って思うようになったのは9月20日頃からでした。一番最初に感じたのはトイレのドアを締めなかった事。でもこれはたまたま忘れた・・・って思っていました。お父ちゃんに「また締めてなかったよ」って云うと「忘れただけだ」ってちゃんとした答えが返ってきました。それから間もなく、今度は冷蔵庫の製氷庫を開けっ放しにしていたようです。それも夜中一人で氷を食べてそのまま開けっ放し状態だった為、お母ちゃんが朝起きて氷が溶けてしまった製氷庫を見て驚いていました。その時はこれもまた、たまたまと思っていました。その後家族で買い物にと思い車に乗せたところ、ドアを閉める事が出来なくてここで私はたまたまではないと思ったんです。それと同時に足元がおぼつかなくて見てる方がはらはらしてしまう感じだし。極めつけは薬が少なくなってる事でした。いつもお父ちゃんは自分の薬をきちんと管理し、一日3回きちんと飲んでいたのにお母ちゃんが見たらもっと残っていていいはずの薬がない。これにはもうどうしていいかわからなかった程です。もしかして今までの変わった行動はこの薬の誤飲によるものなのか・・・なんて思ったりもしました。すぐ主治医に相談をし薬は飲まなくてもいいから残ってる薬は処分してくださいと指示されました。我が家のお風呂は二階にあり、お父ちゃんはお母ちゃんと毎晩二人で入っていました。家で最後に入ったのは9月25日だったかなぁ・・・。二階に上がるのは何とか調子よく上がった来ても、下りる時が大変でした。足が思うように出ないんです。一歩ずつゆっくり下りるように横で私とお母ちゃんが「今度はこっちの足だよ」って云いながらがんばってもどうやるのかさえ悩んでいたお父ちゃん。この時は冗談交じりにきつい事云ったけどごめんね。入院して脳のCTを見て先生はビックリしていました。脳への転移の進行が予想以上だったようです。この認知症状はこの転移によるものだそうです。右側の前頭葉と側面辺りに広がっているせいで、左半身が特に思うようにいかないとか。その「証」が今玄関に置かれてるお父ちゃんの履いた靴に出ていました。スニーカーだから磨く事もないので、手にとって見る事なんてなかっただけに今見てビックリです。左の靴の擦れ方がすごいんです。これだけ左の方に負担があったって事なんですね。足元がおぼつかなかったのはこのせいでした。お父ちゃんは家でのんびりしすぎて認知症状が出てしまったなんて安易に考えてしまって本当に申し訳なく思っています。入院してからも他の症状が出てきたりしていましたが、周りに迷惑を掛ける事はほとんどなくて助かりました。でも今思うと少しはお母ちゃんや私たちに「看病」「看護」と云う物を味じわせてくれたけど、長い期間でなくほんのわずかの期間。この期間があったとなかったでは色々な面で大きな違いがあるように感じます。きっと一番大変だったお母ちゃんの事を思い、天に召させたのだと思います。わがまま言い放題のお父ちゃんだったけど、本当は家族の事しか考えていなかったのかもって思っています。
October 23, 2007
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たくさんの方からのコメント、本当にありがとうございます。ひとつひとつのコメントを何度も何度も読み返し、ただただ感謝あるのみです。先日も書きましたが、ここへのコメントの他にメールを送ってくださったりととても嬉しく感じています。初めての書き込みをしてくださった方や初めてメールを送ってくださった方と、お父ちゃんのおかげでまたまたお友達が増えお父ちゃんにも感謝してたりもしています。あるお友達はお父ちゃんにお供えをしてくださいとハワイアンレイを作って送ってくださいました。早速お父ちゃんが亡くなってからいただいた感謝状とメダルと一緒にお供えさせていただきました。そしてお父ちゃんだけでなく、甘い物で疲れを癒して・・・って私にまでおいしい物を送ってくださったりと、私って幸せ者だなぁ・・・ってつくづく感じています。本当にありがとうございます。これからはなるべくお父ちゃんの事とは違った内容のブログをって思っているのですが、まだまだ気持ちが切り替えられなくて困っています。自分では切り替えられてるって思っていたけど、それって何かに我慢しているんだって昨日気付きました。思い出さないようにしよう・・・とか必死に自分の気持ちを押させている事に気付いたんです。昨日は糸の切れたタコのように、突然泣いてしまいました。夕暮れになった時に張りつめていたものが切れてしまうようです。私だけではなく、私以上なのがお母ちゃん。どうしようもない位に泣いています。それを埋められるもの・・・やっぱりお父ちゃんしかいないのかも。いつも一緒にお風呂に入っていたから、お母ちゃんはお風呂に入るたびにまた泣いてるし、すべてが想い出なんですよね。そんな二人の愛をしっかり受け止めてきた私。私も二人のような夫婦になると今更だけど強く誓いました。私は親の愛、旦那様からの愛、娘からの愛、そしてこのブログを通して知り合った方からの愛をしかっりと受け止めてこれからもがんばっていこうと思っています。私って支えてもらわないとダメな弱い人間だけど、これからもよろしくお願いします。
October 22, 2007
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この1週間、たくさんの方から温かいメールや書き込み本当にありがとうございました。またお花まで送っていただいたりと本当に嬉しく思っています。ミキティーさんの書き込みの通り、お父ちゃんは11日の午前7時37分旅立ちました。病院から「急変しました」と連絡がありすぐ向かったのですが残念な事に間に合わなかったのが心残りです。でも看取ってくれた看護士の方は眠るように旅立ったと教えてくれ、それだけでもよかったと思っています。10日は娘の誕生日でもあり、中間テストでもあって、きっと無事終わるのを確認して逝ったのだと思います。穏やかに眠ってるお父ちゃんの顔、本当に苦しみや痛みから解放され安心したかのようにうっすらと笑みを浮かべていました。13日にお通夜、そして14日に告別式にはたくさんの方が来てくださり、父の偉大さを改めて知りました。歌の好きだったお父ちゃんの為に、両日とも式場内でお父ちゃんの生前録音した歌を流しました。なにやらお父ちゃんの歌はプロ並みと云われているらしく、参列された方々に喜んでいただけたようです。「もうこの声は聞けないんだね・・・」って云われるととっても辛く、涙はどんどん出てきてしまいました。告別式の出棺の時にはお父ちゃんの歌ではなく、お父ちゃんが宴会があると必ず歌う岡晴夫の「憧れのハワイ航路」をかけました。明るい歌なので不向きだったかもしれませんが、この曲は昔からお父ちゃんの十八番とする曲でリクエストが来るくらいそっくりだとか。この歌が好きだったから私もハワイが好きになったのかもね・・・なんて話した事もありました。お父ちゃんの遺影を選ぶのにかなり迷いましたが、結果的にはとってもいい写真があり合成もせず出来上がりました。今もその笑顔に見つめられています。この写真はみなさんからお誉めをいただいて嬉しい限りです。でも本当にいい顔なんですよ。今世間では親子の問題などが話題になったりしていますが、私は本当にお父ちゃんの子に生まれてよかったって思っています。子供は親を選ぶ事出来ない・・・そんな事を最近実感していましたが、私はこのお父ちゃんの子でよかった。告別式は終わっても色々とやらなければならない事があり、毎日忙しくしています。まだまだ落ち着かない毎日ですが、お線香をあげる度にお父ちゃんの遺影を見ては涙が出て来てしまいます。その度に思う事・・・逢いたい・・・。本当に逢いたい。自分がこんなにお父ちゃんに依存していたのかって思う位逢いたいんです。「逢うのは無理なんだよ・・・」ってわかっているのに、逢いたくて仕方ないんです。どこに行けば逢えるんだろう・・・なんて真剣に考えてしまったりもするし。無理はわかっているから夢の中に出てきて欲しい。私は旦那様が横にいてくれるからいいけど、お母ちゃんにはいない。夜寝る時お母ちゃんは一人で寝てるんだ・・・って思うとものすごく辛く悲しくなってしまいます。お父ちゃんが家で寝ていた11日と12日、私と娘がお母ちゃんと一緒にお父ちゃんを同じ部屋で寝ました。そしてお母ちゃんが一人になった日は娘が一緒に寝ると言ってくれとても嬉しかったです。早いもので今日で一七日(ひとなのか)先週の今ごろは・・・なんて思ってしまいました。逢いたい・・・。
October 17, 2007
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去年もこの10月10日を『出産記念日』と題して日記を書きました。私の出産記念日、つまり娘のお誕生日です。今日で15歳になりました。「おめでとう~!」って声を大にしてお祝いしたいけど、やっぱり今年はちょっと、いえかなり違いがあります。いつもならプレゼントにケーキにご馳走・・・を何にしようか考えていたのに、今年はそれを考える余裕と云うか気持ちと云うか・・・ないんです。お父ちゃんの事。お父ちゃんの命の期限、あと数日のようです。でも必死にかんばっています。まだまだガンに負けじと戦っています。苦しいながらも痛みと格闘しています。そんなお父ちゃん、勇敢で頼もしくて力強くて惚れ惚れしてしまいます。緩和治療をしていてもやっぱり辛さは出てくるみたいで、必死に訴えてる姿言葉に出来ません。何かを云いたくても言葉を上手く発せないもどかしさがとっても辛いようです。云いたい事が私たちに伝わればいいけど、それが出来なくて周りも辛いんです。でもこちらからの問いかけはわかるから、一生懸命話しかけている毎日。昨日は「笑って!」って云ったらものすごくいい笑顔で笑ってくれました。まるで童心にでも返ったかのようにいい笑顔。その写真携帯で撮って身内に発信し、みんなが一生保存しておくと云っていました。こんな笑顔見たことない・・・。いつまでもこの笑顔をこの目で見ていたい。ここ数日の間に心配してくださってメールをしてくださった方々のただただ感謝しています。本当にありがとうございます。お返事をまだ出していませんが、お許し下さい。
October 10, 2007
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今まで父と書いて来ましたが、今日からは普段呼んでるように「お父ちゃん」と書いていく事にしました。いい歳したおばさんがお父ちゃんなんてみっともない・・・なんて思われてる方もいるかもしれませんが、あしからず。今日のお父ちゃんは昨日とは違って気分がよかったようです。朝お父ちゃんにお断りをしておかない事があったのでしっかりと伝えました。今日は旦那様の大好きな井上陽水のコンサートがあり、チケットを取る事が出来たので一緒に行く事になっていました。なので仕事が終わったらお父ちゃんの所には寄らずに今日はまっすぐ帰る予定だったんです。でも午後主治医からちょっと話を聞かされ、無性に少しの時間でもお父ちゃんと一緒にいたい・・・って思い、わがままではあるけど仕事を1時間早く上がらせてもらいお父ちゃんの所に行きました。夕方だったけど、やっぱり今日は話す気力あったようで昨日の辛かった事などを嘘のように鮮明に話てくれたんです。プリンが食べたいと言うので食べさせてあげたりし、あとは手を握って色々と話してました。その時急に「持つべきものは子供だな・・・」って目を潤ませながら言いだし、たまらなくなんてしまいました。でも私の目からの熱い物をお父ちゃんにはわからないように「でもさぁ、子供よりやっぱりお母ちゃんがいいよね・・・」って言ったら何も云わずにうなずいていました。お母ちゃんとはまる二日会ってないものね。明日はお母ちゃんと一緒に行くからね・・・って約束して帰って来ました。お父ちゃんの言葉、ひとつひとつ大事にしてしっかりと憶えておかないとって思っています。今日は携帯を家に置いて出掛けてしまい、不自由な一日でした。帰ってチェックした友達Hちゃんからのメールにまた涙してしまいました。これと云って気の利いた事を云ってるのではないけど、そのさりげない言葉の裏の温かさに感謝しています。昨日は昨日で職場の人からメールをいただき、これにも泣けてしまいました。あの人もそう思ってくれてたんだ・・・って事も教えていただき、更に嬉しく感じたんです。私って人間、本当に温かい人に囲まれてとってもありがたく思っています。そして今日の井上陽水のコンサート楽しんできました。本当はこの状況でコンサートに行くって気持ちなかったけど、せっかく取れたチケットなんだからと思い行って来ました。最高でした。音響がよかったのか、楽器の性能がよかったのかわからないけど、音的には素晴らしかったです。トークは決して滑舌ではないけど、的を得ていてとても笑わせてもらいました。ただある一曲だけは我慢できずに泣いてしまいました。「人生が二度あれば」押さえていたのにダメでした。やっぱり生のステージはいいですねぇ~。
October 5, 2007
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今日は朝からものすごい動悸を感じ病院へ向かいました。その頃はいくらか治まったけど、父の様子を見てまた不安定な状態に陥ってしまったんです。でも仕事をこなし何とか午前中は過ぎたものの、午後は仕事をしながら自分の体調の悪さを実感し安定剤を飲んだ方がいいと判断しました。私が処方されて飲んでいる安定剤は『ドグマチール』と云う薬です。お守り代わりにいつも持っているのですが、最近は出番がなく久々の登場でした。夕方には効果が出てきて、お夕飯の用意も出来ホッとしました。夜になったらまた少し不安定な感じがしたので、飲んで寝ることにします。今夜お風呂から出て自分の顔を見たら、思いきり目の下にクマができてるではありませんか。今までもクマはできた事あるけど、こんなにハッキリしたのは初めてかも。やっぱり全身で疲れてるって事なんですね。
October 4, 2007
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毎日更新していたブログ、今回は初めて連日空白日をなってしまいました。父の事で頭がいっぱいの毎日で、自分が何をしているのかわからないほど一日がアッと云う間に過ぎてしまいました。全身の疲労感がものすごくて自分の身体をコントロール出来ない感じでした。身体はそれほど動いてるわけではないのに・・・精神的な疲れってすごいんですねぇ。父は昨日再入院しました。憎きガンの生命力の強さ、本当にすごいです。父がおいしく食べた物の栄養をすべてガンに持っていかれ本当に腹立たしいです。ガン細胞の食べさせてる訳ではないのに。それに父の身体の中を勝手に動き回るし、誰か止める事出来ないのかなぁ・・・。明日から放射線を照射します。どの程度の効果が出るかわからないけど、心配している症状に効果あればって思っています。前回のような入院生活とは全然違い、父も戸惑いをみせています。でも看護士さんたちは同じチームだから安心してね・・・って優しく声を掛けられ、ホッとしている父。私は私で友達から力になるから遠慮せず困った時は何でも云ってね・・・って嬉しい言葉をかけられ、涙流してしまいました。職場でも色々と面倒をみてもらい、感謝の毎日です。他人の為に色々としてくれる人達の温かさ、これほど大切なものってないです。私も人の為に何かしなければって改めて思いました。「自分さえよければ」って考えが最近は多いみたいですが「自分に厳しく、人には優しく」精神をみんなが持てば、きっといい世の中になるんではないのかなぁ。明日からは明るい話題でいきたいと思っています。
October 3, 2007
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