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カテゴリ: 江戸末・明治以降
             溥儀の居住区(紫禁城内)

 紫禁城に残ることを許された溥儀はそこで、近代的教育を受けることになります。

 当時、中国に来ていた英国人役人のジョンストンを家庭教師とし、英語などを学んでいます。上の写真は故宮に残る溥儀の居住区を再現したものですが、ヨーロッパ調の調度品が今でもならんでいますね。

 紫禁城にすんでいた溥儀はいっけん平穏そうに見えましたが、紫禁城の外の中国は激動の時代を向かえていました。第一次大戦で列強が中国から手を引いていきましたが、各地に残る軍閥(有力者)と孫文の中華民国、そしてあらたに中国共産党が出来て中国内は混乱し始めます。

 ついに1924年、大正の終わりごろ、溥儀は紫禁城を追い出され、天津にあった日本の租界地へと逃げ込みます。

 ここで、日本とかかわりを持ったことで、今度は日本人を相手にした生活が始まってくるのです。当時の日本は混乱する中国に進出する機会を狙ってましたから、溥儀はまたとない「お客さん」でした。

 そして中国への日本の進出が具体化していきます。





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最終更新日  2006年02月04日 17時43分01秒
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Re:宮殿から租界地へ!!(02/04)  
夕日620  さん
先日のNHKで弟の嫁の浩さんがおじさん(溥儀)が弾いてくれたとグランドピアノを懐かしんでおられました。唯一の居住区に今も残るものの思い出とか。 (2006年02月04日 12時13分09秒)

紫禁城  
北京へは、出張で一度しか行ったことがないのですが、その時に紫禁城をゆっくりと見て廻る時間があり、中の奥の方の英国風?といういわれる建物のテラスで、溥儀になりきったように「お茶」を楽しませて頂きました。 初めの一杯のお茶を頂くまでの儀式的なお茶の入れ方に、戸惑いもありましたが、素晴らしいお茶の香りと味・・・

彼の波乱万丈の生涯は、この宮殿を出る頃からとくに如実になりますね~ (2006年02月04日 13時05分18秒)

Re:宮殿から租界地へ!!(02/04)  
面白いですね。
歴史に翻弄された、一人の皇帝。
満州帝国。
父も満州の地へ・・・ (2006年02月04日 17時20分46秒)

Re:宮殿から租界地へ!!(ラストエンペラーの生涯3)(02/04)  
マア、こういうところで生活してたんですね。
(2006年02月04日 20時12分49秒)

Re:宮殿から租界地へ!!(ラストエンペラーの生涯3)(02/04)  
夕日620  さん
訂正
浩さんの娘さんのコセイさんでした。 (2006年02月06日 10時23分25秒)

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