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HMV-5b は4個確認されます。ビクターのトレードマークはこの犬が付いてビクターのマークになつたのです。His Master,s voics と書いてHMVとなります。ビクターとHMVは同じ生まれなのです。1887年 ドイツからの移民青年であったエミール・ベルリーナは蓄音機の最初の特許を申請した。1993年 U・S・グラモフォン社をワシントンDC.に設立した。1995年 事業拡大のため、ベルリーナ、グラムフホン社を設立1897年 イギリスへ派遣されたウイリアム・バリー・オーウェンはこの年12月、ロンドンのセシールホテルの1室にグラムフホン社を設立した。その翌年には同じロンドンに本社を造った。1899年 オーウェンは画家のフランシス・パラウドに出会う。蓄音機と犬の絵を見せられたが、それはエジソンの蓄音機だった。この絵を自社の蓄音機に書き換える様に頼み、数ヶ月後、新型グラムフホンに書き換えられたパラウドの絵はヒズ・マスターボイスと題され、100ポンドでグラムフホン社に購入されている。ロンドンての絵を見た、エミール・ベルリナーは1900年、早速アメリカの商標登録を申請しそれを取得している。
2017.12.30
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グラムフホン&タイプライター社のサウンドボックス アメリカのビクターとイギリスのグラムフホン社は兄弟見たいな物です。後にH.M.vとなります。
2017.12.28
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マイカとは雲母のことです。ビクターのサウンドボックス№2です。蓄音機ではマイカはジュラルミン製よりも前に作られたものです。1911年頃 vv-8型 vv-9型の卓上型に使われていたようです。
2017.12.27
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これは珍品だと思います。長年集めた内でもこれ1個と言うから珍しいです。世界の蓄音機と言う本にも、載って居ません。前記の金色の物は、クレデンザのサウンドボックスとして載っていました。貸してあげたのにね。私には声が掛からなかったのです。蓄音機の針缶だって、700種類はあったのですが、これも手放してしまった。
2017.12.26
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ビクターのサウンドボックス ですが、初期モデルのクレデンザに付いていたものです。特徴は裏ぶたが金属です。前の図を見ていただくと、裏ブタはアンチモニーです。経年で割れて来るのが欠点です。50年経ってくると次々と割れて来るのです。ビクターは金がかかると言うことで、アンチモニーに代えましたが、これが失敗でした。100年先のことは、判りませんからね。これはカムデン、ニュージャージと言うことで、アメリカ製です。3-4個ありましたが、売ってくれと言う懇願に負けて、最後の1個となりました。
2017.12.25
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ビクターのオルソホニック サウンドボックスです。これは日本製です。アメリカのカムデンが良いのですが中々ありません。これが振動板をみると、斜めでしょう。hmvが真似したものです。
2017.12.23
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蓄音機の心臓部、これが無くては音は出ません。番号は、hmv5a です。振動板の形が良く見ると、斜めになっています。hmvの上級機にはこのサウンドボックスが付いています。hmv5b と言うのもあります。形は変わりませんが、振動板はギザギサが真直ぐです。この振動板が命なのです。この斜めの振動板がビクターのクレデンザと同じような形で特許を侵害したと言うので、クレームがつき、辞めたのでした。
2017.12.22
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セイコー社の掛け時計ですが大正から昭和初期だと思いますが、資料がありません。何処か資料で見たことが有りますが、捜してもありません。確か何処かに在った様だが、もう買わないと思っていたが、業者の市場でつい、声をかけてしまった。良く動いている。
2017.12.19
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ニューヘブン社の時計ですが、どれがこの写真なのか、判りません。もう一度確認します。コレクションしているが、こんな時計が在ったのかと、今更ながら、ビックリです。
2017.12.18
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備前の型物です。恵比寿、大黒 布袋が定番でした。これらは明治の物です。火鉢は輪島塗のものです。戦前の物でしょう。桐火鉢も金沢の伝統工芸品です。1つは使われて居ないようです。今は保冷効果もありワインクーラなども使われています。
2017.12.16
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台風で捲れた小屋根 12ミリの構造パネルを張り塗料を塗ったところです。この上に貼るものは、思案中です。上部の木の部分は塗料で綺麗になりました。
2017.12.15
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大聖寺伊万里と言われています。伊万里焼のコピーです。しかし九谷焼ですよ。南蛮船が描かれています。
2017.12.14
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もう1つの物は愛知時計でした。こちらがオリジナルですね。何処の時計なのかと謎でした。前の時計は、文字盤だけ張り替えたようです。
2017.12.13
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頭丸時計といわれています。蓋を開けると大きな枠が見えます。しかし奥付けは愛知時計とあります。大分経った後に同じ様な時計を手に入れました。この次に写真を掲載します。
2017.12.08
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メダルの有無は年代の特定に重要で明治35年 1903年と言うことは、仏領ハノイで万国博が開かれて金賞を貰ったと言うことです。第一次世界大戦の前この様な事があったと言うことは、資料としても大事なことです。この後第一次世界大戦があり、軍需産業に多くを取られて、資料が無いと言うことです。
2017.12.07
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2017.12.07
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箱は確かにベルリンですが、中身が違うようです。本物の中身は文字盤が琺瑯です。振り子も違います。明治44年パリーと富士とベルリンが3羽カラスと言われていました。パリーが1番人気でした。ベルリンが最後の1台でした。ケースは黒柿の物か上手です。
2017.12.05
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明治4年の年号が記されていますが、パテンドを取った日ですからもう少し後ではないかと思います。私の調べた アメリカ8大 時計製造会社セス・トーマス 1813ー1934イングラハム 1831ー1967ギルバード 1841ー1957アンソニア 1850ー1929ニューヘブン 1853ー1960ウォーターベリー 1857ー1944ハワード 1859ー1934ウエルチ 1864ー1903と言うことで、1871年は正しい事になる。ニューヘブン社は、嘉永6年 1857年創業となる。一番古いセス・トーマス社は1813年と言うから文化10年という江戸時代の会社になる。
2017.12.04
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柳島 本庄の中型の機械だと推察します。部品取りに買ったのですが、生かされてはいません。明治30年頃からの製造だと言うことです。
2017.12.01
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