月の旅人

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アルテミス神殿と聖母マリアの家

アルテミス神殿と聖母マリアの家




アルテミス神殿
革製品のお店から30分ほど走っただろうか。
到着したのは『アルテミス神殿遺跡』である。
アルテミスは富と大地の豊穣、そして多産の女神で、初期の神殿は紀元前700年頃から120年もの歳月をかけて建設されたそうだ。なのに、破壊や浸水での港の埋没などで再建が7回も繰り返されたとか。紀元前356年には、ただ自分の名を歴史に残したいというただそれだけの理由で男が放火し全焼したこともあると知って、いつの世にも自分のことしか頭にない傍迷惑も甚だしい輩がいるもんだと大いに呆れたものだ。
紀元前4世紀頃に建設され、のちにこの放火炎上によって崩壊するアルテミス神殿は、大理石の円柱を127本も使用し、正面幅55m、奥行き115m、高さ19mもある巨大な神殿だった。アテネのパルテノン神殿が円柱58本、正面幅31m、奥行き70m、高さ10mだったため、倍近い大きさだったわけだ。中には黄金や宝石に覆われた高さ15mのアルテミス像が置かれていたらしい。
そんな立派な神殿を放火するなんてっ。(-_-+)
言い伝えでは、放火されたこの日はアルテミス神がアレキサンダー大王の誕生に立ち会うために神殿を離れていたため、不届きな男の放火を防ぐことができなかったとか……。

かつては世界の七不思議の1つに数えられたというアルテミス神殿だが紀元前263年にゴート人の侵入により破壊され、その後はキリスト教文化が進んで石材の多くは教会やモスクを建てるために持ち出され、イスタンブールのアヤソフィアにもその一部が使われているそうだ。耐震対策のために湿地に建っていた神殿は川が運んでくる土砂に次第に埋まり長い間その存在が忘れられていたが、1869年にイギリスの学者によって地下7mから遺構が発掘された。が、放火以後この場所に再建されることはなかったため、現在のアルテミス神殿跡には柱がたった1本、ぽつりと寂しげに復元されているだけである。
それでもEさんいわくこの遺跡はとても珍しい景観を見せてくれる、貴重な場所なのだそうだ。
なぜなら、ギリシャの神であるアルテミス神殿跡の向こう側に見える立派な建物は14世紀セルジュク朝とオスマン朝の2つの建築様式の中間期1375年に建設されたイスラム教のモスクで(ちなみにこのモスクの建築にもアルテミス神殿の柱の一部が使われている)、その奥の丘の城砦は聖母マリアと共にエフェソスへ伝道に訪れてこの地で亡くなったイエスの12使徒の1人聖ヨハネの埋葬された教会であり、3つの異なった宗教の建造物を直線状に見ることができる、おそらく世界で唯一の場所であるらしい。

その説明を聞いた途端、私を含め幾人もの口から一様に「おお~(* ̄O ̄)」と声が洩れた。(笑)
そんな貴重な場所を写真に撮らないわけにはいくまい、ってことで撮ったのが上の写真。
ここにも売り子のおじさん(お兄さん?)はいて、日本語版の遺跡ガイドブックや10枚綴りのポストカードを売り込んでいた。ガイドブックの値段は忘れたけど、ポストカードはなんと10枚もあるのに100円。Σ( ̄- ̄*)
「1つください」
あまりの安さに買ってしまった。こんなにお買い得なポストカードは最初で最後、きっともう出会えないにちがいない。日本のポストカードよりやや大判なそれには、アクロポリスとアスクレピオンの他、この日の観光予定に組まれているエフェソス遺跡の綺麗な写真があった。やっぱりお買い得である。(* ̄ー ̄)
トロイ遺跡でも思ったが、ガイドブックも本来ならほしいところだ。日本で見るガイドブックなどよりよほど詳しく書かれていると聞いていたから。でもそれではキリがないし、誘惑に負けないうちにさっさとバスに乗り込んだ。
ちなみにポストカードはそのものずばり、日本円の100円玉で支払った。100円玉がなければ1ドルでもいいと言われたが、それじゃあ十数円やけど損になるやんっと思いつつしっかり100円玉を渡した。(笑)
するとそのおじさん、溜まった100円玉を見せて千円札に替えてくれと言う。100円玉ではさすがに銀行が両替を受け付けてくれないのだ。残念ながらすでにトロイの宝石店で使い切ってしまったため持ち合わせがなく、役には立てなかった。せっかく素敵なポストカードを売ってもらったのにごめんね、おじさん。


アルテミス神殿遺跡から20分ほどで到着したのは『聖母マリアの家』。
トルコはイスラム教だという認識が強いため、キリスト教の聖地だと言われてもなかなかピンとこなかった。歴史を知るには思考をやわらかくするところから始めないといけないのかもしれない。それとも宗教を知るには、だろうか。
聖母マリアはイエスの死後に聖ヨハネと共にこの地を伝道のために訪れて移り住み、余生を過ごしたらしい。だが、このマリアの家の場所は長い間忘れられていたそうだ。19世紀になってドイツの修道女が天啓を受け、1度も訪れたことがないこの場所や遺構を記録に残し、のちにこの記録を元にトルコのイズミールという地の司教が突き止めたそうだ。
すごい。すご過ぎる。神様っているのかもっ。(* ̄- ̄*)
現在は、その『聖母マリアの家』の跡に小さな教会が建てられている。キリスト教徒が一生に一度は訪れたい聖地の1つになっているとか。

聖母マリアの家駐車場から石畳に沿ってオリーブの実が幾つも落ちて踏み潰されている石畳を進むと、入口左に大きな木が守るように枝を広げて立っている石造りの四角い建物があった。それが教会だった。本当に小さい。高さ4、5mの正方形に近い長方形の正面の真ん中にアーチ型の入口があり、西洋人らしき観光客たちが静々とその中に入っていく。中にはスカーフなどで頭を隠して入っていく女性もいた。
この教会の前でも猫を見つけた。頭部の鼻の下から首筋、腹部、そして前後の足の前側だけが白い毛並みであとは耳の先から尻尾の先まで黒い、ちょっぴりお洒落な毛並みの猫だった。木洩れ日の中で大きなあくびをしている瞬間を、見事にカメラでキャッチ! かわいい~♪

中は狭いうえ静かにしなくてはならないため、猫が愛嬌をふりまく教会前で説明が行われ、11時までの約30分の自由散策時間が設けられた。すぐに中に入っていく人たちで中が混み合うのを避けようと、まずは教会前でOさんと3人で写真を撮る。そしてそれを撮ってくれた73歳のお姉さんと旅をしている妹さんのHさんたちもお返しにみきちゃんが写してあげて、いよいよ中へ。
入った途端、入口付近にいた白人のお姉さん数人から視線を浴びてちょっとひるみつつ(笑)、内部をキョロキョロと見回しながら前進する。燭台にある蝋燭と陽射しの向きとは異なる位置にあった小窓の明かりだけで、薄ぼんやりとして暗かった。明るい外との落差が激しいため目がなかなか慣れなかったせいもあるけど。
教会の正面奥には、といっても入口から数mの所だけど、黒い聖母マリア像が作りつけのアーチの棚に飾られていた。その前で小学生くらいの兄妹を連れた金髪のお母さんが何やら小声で話をしていて、子供たちはマリア像を見上げてそれを聞いていた。が、2人とも傍に立った私たちの存在のほうが気になったようでチラチラと見上げてきた。f(^^;) 東洋人が珍しかったのかな。

L字になっているその教会を聖母マリア像の右側にある出口から出た。出口の右側、L字の窪みになっている部分にも左にねじれて立つ立派な木があり、木洩れ日が降って何となく神秘的に見えるそこでまた写真を撮った。内部も撮りたい気持ちでいっぱいだったけど、私たちが入ったときには中は西洋人ばかりで、誰もがキリスト教徒なのか厳かな空気に包まれていてとてもカメラを取り出せる雰囲気ではなかったため、「写真撮りたいけどあかんのかなぁ」と囁き声でみきちゃんと言い
交わしながら、結局カメラを構えることもできずに出てしまった……。かなり残念。

聖母マリアの家のおまじない
出口を出て少し左手に見えた階段を降りると、壁一面に何やら結び付けられて白い帯状になっている所に出た。
近づいて見てみると、日本人が神社で引いたおみくじを境内の木の枝に結び付けているのに似て、布や紙やティッシュが結び付けられていた。どうやら格子状の網か何かが壁に設置されているらしいが、もう隙間がないほどにぎっちりと結ばれているためよくわからなかった。
ちょうどその前で一緒になったKさん夫妻とそれを眺めていると、だんなさんのけんさんが自分の名前を書いたものをここに結ぶと願いが叶うらしいと教えてくれた。そこで私たち2人もそそくさとティッシュペーパーを取り出して持っていたボールペンで破れないように慎重に名前を書き、縦にくるくると折って挑戦した。が、
「ほんまに結ぶとこあらへんっ。きつきつやでっ」
探してみても結べる隙間など見つかりそうになく、仕方なく誰かが結んだ布の一部にしがみつくように結ぶ。その瞬間もちゃっかり写してもらいながら、手を合わせて祈る。
マリア様、どうか……。

そのあと、前夜ホテルで書いておいたトロイ遺跡で買ったポストカードを急いで駐車場傍にあった狭く小さな郵便局で出し、新たにコインでおつりをもらって「コインは使えへんあからいらん~。換えて~」と言いつつ換えてもらえなかったみきちゃんと、使えなくても記念になるからいっか、と単純にあっさりと思った私は(笑)、3枚もポストカードを書いていたOさんに訊いて郵便局のすぐ横のトイレへ数段の階段を降りて向かった。みきちゃんはその間に他の場所を見てくると言って、私のデジカメも持って去っていった。
トイレを出ると、私より一足先にトイレから出ていたMさんの奥さんが、郵便局前の通路の奥で兵隊さん2人に挟まれて写真を撮ってもらっていた。その写真を撮ってあげていた元軍人だというおじさんが「いいなぁ~」と言いながら傍に寄った私に、兵隊さんが手にしている銃が本物だと教えてくれた。それは拳銃などではなく、片手で銃身を持って撃つちょっと大型のものだった。銃のことなんてさっぱりわからない私には、それがどういった種類であるのか案の定さっぱりわからなかったけど。
「あんたも撮ってあげようか?」
おじさんにそう言われ「お願いしますっ」と喜び勇んで言った私だったが、そこでカメラを持っていないことをハッと思い出した。
「あっ、みきちゃんに預けたんやったっ。みきちゃん探してきますっε≡≡≡ヘ(* ̄- ̄)ノ」
郵便局前のお土産屋さんを見ていた人やOさんなど、その辺りにいた数人にみきちゃんをみなかったかと訊ねると、その中の1人がMさんのだんなさんと一緒にいたところを見たとその方角を教えてくれた。行ってみるとそこにみきちゃんを見つけ、
「みきちゃん兵隊さんと一緒に写真撮ってもらお~(*^o^)」
それには賛成したみきちゃんだったが、先に撮りたい場所があると言って私を導いた。そこは郵便局と聖母マリアの家の中間地点で、前方後円墳か錠前の鍵穴かといったような形の、円の部分が直径3m以上もある穴があった。とても全体をカメラに収めきれないため、みきちゃんが穴の中に入り私は彼女の頭上に立って、円形の下に突き出た四角い部分を入れて何とか形がわかる程度にMさんに写してもらう。穴の深さはみきちゃんの背丈より少し高い170cmほどだった。
「何なんやろうなぁ?」
疑問が解決せぬままさらにそれに隣接して石畳より数段高い位置にあった野外の祭壇のような場所をバックにその前にあったベンチに腰掛けて写し、ようやく郵便局に戻る。
元軍人のおじさんが走ってきた私たちに気づき、彼女たちとも写真を撮ってやってくれ、と英語で頼んでくれて、快く笑顔で頷いてくれた兵隊さんと横一列に並んで撮ってもらった。
あとで写真をよく見ると、兵隊さんの1人がおなかの前に持った銃の銃口がみきちゃんの頭に向いているように見える、ちょっと怖い写真になっていた……。



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