
無事にバスの席を確保して座り、現地ガイドのNさんも乗り込んで本日唯一の観光であるポルトの街を走り出す。
その旧市街へ向かって約15分後、『グレリゴスの塔』の前で停車した。
ものすごくあっさりと5分ほどで出発となり、次に向かったのは『カテドラル(セ大聖堂)』。高台にあり、ずいぶんと見晴らしがいい。赤屋根の続く旧市街を見下ろせる場所を通過したときには思わず「お~っ」と声があがった。
カテドラルは、要塞を兼ねて12~13世紀にかけてロマネスク様式で建てられた大聖堂である。が、ゴシック様式、バロック様式と増改築が進み、17~18世紀に大部分の改修が成されて当時の面影はほとんどない。内部はバロック期に改装され、ゴシック様式の回廊とバロック様式の銀細工のサクラメント祭壇が見所である。
エンリケ航海王子はリスボン以後何度か名前が登場しているが、ポルトガル初代国王ジョアン1世の第5子として生まれたのはこのポルトである。1415年に北アフリカのセウタをイスラム教徒から攻略したのを機にマディラ、アソレス、ベルデ岬諸島を発見し、ヨーロッパ諸国に先駆けてポルトガルを大航海時代へと導いた英雄中の英雄とされていて、なぜかリスボンを中心とする王家にはあまり友好的でないらしいポルトも、この地出身のエンリケ航海王子だけは別格であるという。
が、中に入って驚愕した。
サン・フランシスコ教会の見学を終えてドウロ川北岸から次に向かったのは、ローマ時代にカレと呼ばれていた南岸の港『ヴィラ・ノーヴァ・デ・ガイア地区』である。
またもや10分もしないうちに、ポートワインを試飲させてくれるというワイン工場『SANDEMAN(サンデマン)』に到着。1790年にジョージ・サンデマンによって設立された会社で、工場は1811年からの歴史である。
さらに奥へと移動して、タイトルをつけるなら『ポートワインができるまで』てな感じのビデオ上映を見た。
が、現在このラベーロは実際に使われておらず、ワイン工場などの広告塔の役目を担っている。
やっときたそれをおいしくいただき、さらにまた間が開く。そしてまたもや30分近く、次の料理が出てこなかった。その間にアコーディオンを演奏しにきた2人組みがいたが、「それより早く次の料理を~(:ー_ー)ノ彡☆」と言いたかった。いや、実際にボソッと呟いていた。(^-^;)
そこへ、なんともレトロでちんまりとしたエレクトリコ(路面電車)がやってきた。( ̄- ̄*)なんかかわいい♪
さすがに聖なる巡礼地のサンチアゴで危険はないだろうと思っていたが語学もできないため心細かったのは事実で、添乗員さんまで一緒に行ってくれることになって気分的に楽になる。
動く歩道のようなエスカレーターを上って2階へ行くと、そこは日用雑貨と食料品売り場だった。36ロール入りトイレットペーパーなど、またもや大きな商品に驚きつつくるりとフロアを回り、その上の服飾売り場もくるりと見てすぐに1階に下りる。早くも集合時間が迫っていたため、集合場所に程近い雑貨店であれこれと見ていた。
最盛期の11世紀にはヨーロッパ各地から年間50万人を越える巡礼者が訪れたため、彼らを守るために結成されたのが始まりの騎士団である。主要な町や村に屯所を置いて山賊などから巡礼者を守り、それに伴って救護院や宿場も整備されたという。巡礼路沿いに住む人々も巡礼者に便宜を図ったり宿として提供してりしていたのだとか。そのため巡礼者は自分がサンチアゴの巡礼者であることの証として、聖ヤコブの象徴であるホタテ貝を携帯するようになったのだ。
それでも一緒に写真を撮ったりしてその画像を見せてあげるとニコッと微笑んでくれたりし、みきちゃんと「かわいい~♪」を連呼していた。


