仏壇は今夜 やるぞ やるぞ絶対に(親父の怒り顔がぁぁぁ)
子供の頃 爺様の実家(こいつも親父も婿養子 あたしゃ婿なしで)で餅つきしていました。
朝早く 爺様の自転車にくくりつけられ いつも一緒。
爺様は 砂糖とあんこ きなこをどっさり買い込み持参です。
あんころ餠やきなこ餅も作りますので 餅米は農家だからあちら様持ち。
せいろでふかした餅米を男性が交代でつきます。
女性は手返し 役割は決まっています。
ついでに私は 周りを飛び回っているだけの能なし。
餅つき姿の爺様は なんかかっこよかった。
爺様と言っても 当時52.3才 あたしが生まれた時爺様47歳くらいでした。
ここの家にはあまり行きたくないのですが 爺様はいつも連れていくつもり。
なにがいやかと言って ご飯が大きな丼まがいのヤツにてんこ盛り。
昭和30年辺りは まだまだ真っ白の炊きたてご飯はおご馳走だったんです。
残すと叱られるけど 小さい子に丼一杯のご飯は無理ですよね。
あんころ餠も食べたいし お腹にいれる隙間も確保しておきたい。
20日過ぎると 爺様は鱠(紅白の大根にんじんの酢で漬けたやつ)作りをします。
干したり 漬け込んだりと食べるまでに一週間くらいかかります。
あの爺様の鱠 絶品でした。
あれほどおいしい鱠は もう食べられない。
煮付け 沢庵作り 鱠 数の子もどし 昔八百屋をしていたので 本当に上手でしたね。
沢庵は うまいと評判だったそうで 遠くから買いにきたらしい。
沢庵も作るのはかなり面倒で 子供達は河原に大根干しをさせられ張り番もした。
母も叔母もみんな 八百屋の子です。
みかんと林檎が食べ放題で 友達を連れてきて 隠れて振る舞っていたらしい。
八百屋は戦時中 廃業したので 私は知りません。
あまり細かい事は覚えていない弟も 鱠の味だけは覚えているようで
「あれはおいしかったね また食べたいね」なんて言います。
食い物の記憶ってすごいです。
明日は お供えを飾ってくださいね 大晦日ではいけません。一夜飾りはNGです。
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