聞いたところでは 散歩というよりトイレタイムらしい。
犬も屋内で飼われると なんか可哀想。
特殊な犬は別として 家の中だと 犬はストレスが溜まるんだろうね。
みんな落ち着いた お利口なワンコばかり。
犬の渡世?には 吠えない事が 今や必須だ。
猫だって鼠を捕るなんて とんでもない。
病気が移るからだめなんでしょ。
猫が鼠を捕らないなんて 狩猟本能はどこかに行ったのかしらん。
猫に小遣いもらっていた私には 鼠くらい捕らせたらと思うのだけどね。
落語では 猫は「猫久」「猫と金魚」「猫の忠信」なんていろいろ。
「猫定」なんかは ギャンブル好きにはヨダレの出そうな猫。
犬は「元犬」 人間になった犬のお話。
犬は主役にはなれないみたい。
落語と言えば 最近の落語を聞いて なんかイライラする。
古い大看板にはあまりない「ございます」「けれども」これがやったら多い。
一番聞いて ムカムカしてくるのが三遊亭白鳥の語尾だね。
古今亭志ん朝が どっちかというとこの語尾。
学歴の若い高い噺家は 二重敬語が多いし 言葉尻が断定しない言い回しがほとんど。
過去の志の輔は 家元風に 断定言葉だったけど 最近はございますだね。
まあ 悪く言うと「田舎者」か。
過去には 江戸落語家は 江戸っ子限定だった。
語尾は威勢のいい言い切り トントンと調子の良い言い回しが心地よかった。
白鳥も 人間の台詞になると面白いのに 説明部分なんかでボルテージはダダ下がり。
侍でも町人でも 声の調子は同じだし 子供の声は薄っ気味わるいったらありゃしない。
古今亭志ん朝は うまい落語家なんだろうけど 二度同じ噺は聞きたくない。
くどいし 説明が多いし ある意味不器用だからね。
立川一門でいうと 談志の狂気を継いでいるのが志らく・談笑だ。
惜しいけど 志らくは 声が悪い。だから貧相な噺になる。
声だけなら 談春がいいけど これもやや志ん朝より。
なぜか一門となじんでいないのも気に掛かる。気難しいという事も聞いているけど。
新作を作るのも 古典もこなすというと志の輔はやはり群を抜いている。
声の悪さと語尾・二重敬語でかなり損をしているね。
合点して頂けましたでしょうか。
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