ヒーリング・カウンセラー溝口あゆかイギリス便り
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ロンドンはとても涼しいです。寝やすくて助かりますが、つい寝すぎてしまうことも・・・。インターネットが一日以上つながらず、更新できませんでした。が、インターネットのない暮らしもいいですね。前回ご紹介した詩「The Invitation」が好評で、たいへん嬉しかったです。やっぱり自分が良いと思ったものをシェアして、ほかの人も良いと思ってくれると嬉しいですね。(*^。^*)また、この詩は、何度か書いていますが、「神様は、私たちが何をやっているかよりも、どんな人であるかに興味がある」ということをすんなりわからせてもくれるとも思います。勝ち組という言葉が流行っているようですが、勝ち組になっても、例えばすべてを失ったときに内側から自分を支えになるものを築きあげていなければ、本当の意味では虚しいなと思います。もし、興味があれば、この詩に返事を書いてみると面白いと思うのです。例えば、自分が何に心を痛めているか? ハートが何を求めているか? 恋に人生に他人を気にせず夢中になって最大限に“自分”を表現できるか? 悲しさをじっと見つめたことがあるか? 自分のネガティブな感情を批判せずにただ受け入れることができるか? どんなに絶望し、疲れ果てたときでも、日常の細々したことができるか? 失敗した自分を責めたり、後悔したりせずに、まるごとひきうけて人生を肯定できるか? 他人を失望させてでも、自分にどれだけ正直になれるか? すべてを失ったときに自分を支えるものは何か?自分をどれだけ好きか?こうやってまた改めて自分に問うと、私たちの魂が目指しているのは、失敗しない人間になるとか、ネガティブな感情を絶対持たない人になる、または悪いことが起きないように精神性を高めるとか、そういうことではないんだなとはっきり感じます。悲しみ、絶望、失敗をどう扱うか、自分のネガティブな部分を受け入れることができるか、また自分らしさを最大限に表現しているかどうかだと思うのです。なぜならこれが自分と自分の人生への無条件の愛への方向だからです。しかし、条件つき愛に、私たちはかなり深くはまっていると思うのです。私のなかでも、つい無意識に “~~まで達成できたら、ガイドさまもよしよしと言ってくれるに違いない”とか考えている自分を発見します。そんな思いに気がつくたびに、条件つきの愛が自分のなかに深く染み込んでいるのを感じるのです。また、自分を無条件に愛するというのは、自分の人生もまるごと愛しているということでもあります。自分は愛しているけど、自分が作り上げた人生は嫌いというのは矛盾します。例えば、どなたかもコメントに書いていらっしゃいましたが、私もパートナーが仕事がうまく行かず、イライラして当たってこられると、腹が立ち、嫌だなと思ってしまいます。ですから、なんとか状況を変えようと、パートナーにアドバイスをしたり、それに耳を傾けてくれないと、passive aggressive(受身の攻撃)になって、むっつりして自分の部屋に逃げてしまったりしてしまいます。しかし、そうしながらも、そんなことをしている自分は嫌だとずっと感じ続けているので、なんとかそこから脱出しようと瞑想したり、好きな音楽を聴きながら、好きな本を読んだりします。で、やっと気がつくのです。まず、私は彼に“どんなときでも、私のために自分でどうにかしてハッピーでいて欲しい。”という要求をしていること。この要求が通らないから、自分もイライラしてしまい、相手にも腹が立ち、苦しくなってしまっていること。そして、この状態に抵抗している(嫌だという思いは、強い抵抗のエネルギーです)から、疲れるし、ちっとも状況が良くならないということ。嫌だという思いは、実は私たちが感じている以上に多大なエネルギーを消費しています。ですから、嫌な状態にいるときは、疲弊するわけです。で、まず要求をあきらめ、状況に抵抗するのをやめ、そのまま受け入れたとたん、自分の中に空気が流れ始めたような感覚がします。つまり、自分から要求という荷物と、嫌だという黒い塊のようなエネルギーの荷物を降ろすので、エネルギーの風通しが良くなるんですね。ある意味面白いと思います。ネガティブなものを受け入れたとたん、それがなくなってしまうのですから。しかしこれが、サイコセラピーの父と言われているカール・ロジャースが言う、“どんな気違いじみたことでも、受け入れたとたんに回復への変化が起きる”というやつですね。ちなみに以前に、成長とは苦労に耐えることではなく、苦労から抜け出ることだと書きました。万が一混乱する方がいるといけないので書き加えると、耐えることと受け入れることは、エネルギーがまったく違います。耐えているときは、重たいものをずっと抱えている状態です。だから苦しい。しかし、受け入れれば、それが落ちるので、はぁ~と楽になります。受け入れるとは愛ですから(人からどんな自分でも受け入れてもらえれば、深い愛を感じますよね)、どんな嫌な状況でも受け入れれば、自分の人生に対する無条件の愛になり、流れが変わって行きます。私のパートナーは、相変わらずうまくいかないとイライラオーラを家中に振りまきますが、気分転換が一人でできるようになりました!(彼の名誉のために、私が自分のことでイライラしているときは、とても助けてくれます。)しかし、もっとも大切なのは、私がだいぶ楽になったことです。やはり相手をなんとか変えて、自分の幸せを確保しようとするより、そんな状況でも楽になれる自分になったほうが楽ですね。(ただ、虐待や暴力といった環境にいる人は、一刻も早く物理的な助けを求めてください。)今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつもありがとうございます!!↓人気Blogランキングへ
2006年08月14日
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