超!俺流

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2022年04月08日
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爺ちゃんの名前「正直」って書いて「マサナオ」。

目が見えなかった。全盲。
片方だけ義眼を入れてて、始めてそれを外して洗ってるのを見た時は怖すぎて泣いてもうたのを覚えてるよね。
ウチの親父がまだ子供の頃に、働いてた工場で鉄の破片が目に刺さったらしく、始めは片方だけ失明してその後の手術でもう片方も見えなくなったとウチの婆ちゃんがよく話してた。「あれは病院のミスや。今やったら金取れた。」みたいな感じの事。

ウチの親父は3人兄弟で、爺ちゃんが全盲になった時はまだ親父が長男で中学生、その下が小学生、もう1つ下は幼稚園くらい。だから親父等が何歳になっても爺ちゃんの中ではその当時の面影しかない訳で、いつまでも小さい子供に話しかける様に話してるのが印象に残ってる。

そんな爺ちゃんには特技があって、孫8人の手を触るだけで誰だか分かるのだ。なんで分かるのか聞いてみた事があった。手相で分かるらしい。いや、嘘つけっ!って小さい時は思ってたけども、今思えば確かに手相に沿って指を動かしてた様に思う。なんちゅ〜か、目が見えない分、指先の感覚が研ぎ澄まされてたんやろな。間違いない。

そんな爺ちゃんが死んだのは突然の事だった。

年明けの朝方。婆ちゃんが物凄い勢いで階段を駆け上がってくる音。「お爺さんが息してない。」そんな言葉は和音で、やけに耳障りの良い言葉の様に思えた。
2階から飛び降りる様なイメージで親父と俺は1階に降りた。瞬間に親父が「おいっ!おいっ!」と何度も呼びかけ、心臓あたりを叩きながら人工呼吸をする。何度も、何度も。それを後ろで見てた俺は、始めて見る光景に何も出来ない。声も出ない。手も足も出ない。



その親父の一言に温かさを感じた。

と、同時に泣いてる親父を初めて見た。

人間はいつか死ぬって事なんか当たり前に分かってたし、そんなもんやろと少し冷めた感情があったが、生まれて初めてその瞬間を目の当たりにし、それが如何に悲しい事なのか辛い事なのか尊いものなのか分かった気がした時だった。

よく葬式で聞く言葉「この歳まで生きれたら大往生や。」そんな言葉はクソだ。生き続けて欲しいし、終わりなんかなくていい。金がなかろうが、家がボロであろうが、酒飲みであろうが、全盲であろうが、いつまでも生きていて欲しい。しかしそうは行かないのは誰もが分かってる。だから俺は絶対に「大往生だ。」なんて言葉は口にしないとこの時に決めた。

爺ちゃんの葬式にタカラダが来て、棺桶の横でガキの頃に爺ちゃんに教えてもらった韓国語の「もしもし亀よ」を泣きながら歌ってる姿が鮮明に頭の中に残ってる。

「ヨ〜ボヨ〜ボ♪カンボジ〜♪メ〜デンカンダボ〜♪」

これがホンマに正しい韓国語なのか?
今となってはもう分からない。





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Last updated  2022年04月08日 07時10分26秒
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