私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2015年11月19日
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カテゴリ: 千の朝
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 物理的・生理的存在としてなら、区別できないはずだ。

 問題は、社会関係の違いなんだから。

 これは、音素のときとよく似ている。

 音声学は、音素をなんとか区別できないか、一所懸命やったけれども、成功しなかった。

 音素と音素の対立は、物理現象のなかに根拠のない、恣意的な対立なのである。

 これと同じで、ごしゃごしゃと暮らしている大勢のなかで、どういう範囲の女性が「姉妹」となり、どういう範囲の女性が「妻」となるかは、多分に恣意的な問題なのだ。

 ここでモースの考え方を、思い出してみよう。

 彼によると、“価値があるから交換する”じゃなくて、“交換するから価値がある”だった。



 社会や親族を生きることを離れて、タブーもないわけだ。

 社会関係を切り離して、インセスト・タブーを心理的な実体みたいに考えてしまってはいけない、ということがわかる。

「はじめての構造主義」 橋爪 大二郎 講談社現代新書





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最終更新日  2015年11月19日 07時27分12秒
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