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この間、といってもお盆前の話なのだけど、父方の伯母が両親の家に一泊した。80歳にもなる伯母は頭ははっきりしていてすこぶる元気なのだが、80にして日々、家事をこなさなきゃならないのに加え、入退院を繰り返す伯父に精神的ストレスと家に一人ぼっちという寂しさから数日間眠れずにいた為、 「家にとめてくれないか」となったらしい。その晩、bebe母と同じ部屋で布団を敷き、と、言っても私が実家に帰るとそうしているように私が使っている布団で伯母は床についた。そして、その翌朝、久しぶりにぐっすり眠れた伯母はbebe母にこう言い出した。 おば 「昨日(昨晩)、bebeちゃん帰って来たね」 おば 「見たら、足元にbebeちゃんが立ってて 『bebeちゃんの布団使っちゃってごめんねぇ』って言ったら・・・」 おば 「bebeちゃん、私の頭の上の辺で寝てたよ」 それは夢じゃないか、というbebe母に おば 「え~、だって、bebeちゃんと会話したよ」だって!!絶対夢だというbebe母に対し、伯母は一歩も譲らない態度でいたらしい。っつ~ことはそれは私の生霊?!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!確かに伯母は霊○会の信者で、昔、家に呼ばれて行ってみたら信者達の集会で、子供ながらに何やら霊界的な話をしていたと記憶している。もしかしたら、伯母には霊感があって実際に私の生霊と話をしたのかもしれない??でもよ?考え方によっちゃー私の使ってる布団で、私の寝汗が染み付いた布団で、私のヨダレが染み付いた布団で寝たってことだからある意味、私に優しくベールのように包まれた心地になって私の夢をみた、というか、私の匂いのおかげでうなされていた?!というのならば、私は快く『それは確かに私の生霊だった』と胸を張って選ぼうじゃないか。ま、私の生霊に会ってから伯母はかなりぐっすり眠れたらしいが、布団を取られて「うらめしや~」と出なくて良かったぞ。私。にしても、よく出る部屋ですね。(*それにしても、bebe母もbebe母で実際にその晩、私が実家に帰ってないと分かっていながらも「昨日の晩、どこにいた」だなんて人聞きの悪い。)
2007年08月31日
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どうも私の周りの野郎(男)共は、って具体的にあげちゃうと『bebe父』と『旦那・豊』なのだけど、この2人の知ったかぶりには時に周りを迷惑に追いやる。まぁ、私も小学生時分に『駅伝』を自信満々に「食べたことある!!」って答え、『駅弁』と間違えちゃったことに皆のキョトン顔で気が付いた時には顔から火の出る思いだったことは今でも忘れない。その忘れられないほどの知ったかぶりを前出の2人に披露されちゃったって話なのだけど、昔、家族で遠出した帰り道、どこに行ったか定かじゃあないが皆、くたくたに疲れてたし、お腹が空いていた。そんな家族に気を使ってか、厳格であり、子煩悩のbebe父は皆にエネルギー注入するが如く、運転しながらこんなことを言い出した。「あ!!!俺ここ知ってる。すげぇでけぇスーパーなんだぜ。 何度か来たけど、ほっっっんっっとにすげぇでっけぇんだ。 ちょっと行って何か買わず←(「買おう」という意味)。」その言葉に私含め兄弟達もすでに降りる態勢をとり食べ物にありつけることに一気に目が輝いた。その中でも一番輝いていたのは忘れもしない、bebe父だ。広々とした駐車場にはびっしりと車が並び、確かに広そうなスーパーだが、店の中に入ったらボーリング場だった・・・そんなかっこ悪い知ったかぶりをしてしまったbebe父は「確かにスーパーだったはず」と知りもしないくせにシラを切り通したツワモノなのだ。そして、昨日、一昨日に引き続きパスタを作っていた時だ。『前日のパスタはニンニクの香りがしなかった』からと「こうやって香りを出すんだ」といきなり台所に立った、豊。フライパンにオリーブオイルを垂らし、まな板の上でバシンッと潰したニンニクを炒め始めた。火力は最強だ。横から見ていた私は「ちゃうやろ~、ちゃうやろ~」と心の中でツッコミをし、そんな姿に暖かく、そして、冷ややかに見守っていた。ジリジリとキツネ色に茶色く、そしてこれでもかって~くらいにニンニクを焦がしていく香りはイタリアンの店でよく嗅ぐ香しい香りとは程遠なっていく。そして、トマトを投入~♪したらこんなものが出来上がった。そして、豊の言う「程よいニンニクの香りの出し方」とはまるでゲンゴロウの集団みたいだった。 ゲンゴロウのイメージ像 ↓ 丸焦げじゃん・・・
2007年08月22日
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猿回しにまんまと踊らされてしまった小心者bebe。電話嫌いもあって緊張はピークに達していた。手の震えだって止まらない。携帯を握る手から冷や汗が沸いてくる。携帯が湿って手から滑り落ちそうだ。しかし、チケット代の値切りなんて前代未聞だ。いっくら交渉術に長けてる旦那・豊だからと言っていっくらなんでもチケット代までも負けさせた、だなんてそんなことありえるのか?旅行会社の担当者を呼び出してもらうが、私は未だにどう話を切り出せばいいのかどんな風にしたら相手は承諾してくれるのか頭の中では全くと言っていいほど整理ができていなかった。担当者がもう電話口に出てくるではないか・・担当者がもう来ちゃうじゃないか・・そんなウジウジしながら待ってる様はまるで、新人お笑い芸人が舞台裏から自分の出番を「今か」「今か」と待ってるようで、早口言葉にも似た機関銃トークを「噛んじゃうんじゃないか」とか「自分のネタを客が笑ってくれないんじゃないか」とか「失敗して仕事がなくなったらどうしよう」とか今にも泣き出しそうな、ちびりそうな感にも似た『頭が真っ白』状態だった。芸人bebeが紹介され、BGMと共にスポットライトを浴びながらステージに出て行った時だった。bebe「主人から話を聞きましたぁ!ありがとうございます♪」bebe「それでですね、もうちょっとお願いがあるのですがぁ」bebe「もう、1,000円負けて頂いて一人34,800円にして頂けませんかぁ?」 さっきまでの不安が表に出ていない。 まるで芸人魂である。トークに噛みはない。bebe「実はですね、主人の父親が香港に住んでおりまして 家族が日本におるものですから、 香港―日本としょっちゅう行ったり来たりしてるんですよ!」bebe「それにですね、今年から主人の弟が香港に駐在になりまして、 この機会にこれからも御社のお世話になりたいと思いまして」bebe「ええ、家族皆に○村さん指名でチケットを取るように宣伝しておきますね!」bebe「ですから、今回の所、どうにかよろしくお願いします♪」こんな大阪のおばちゃんみたいな機関銃トークに相手の担当者は「ええ・・はぁ・・」と口も挟めない状態だったが、「○村さん指名で!」の言葉に担当者はとっても気を良くした感じだった。こんな展開に繰り広げていったからかその担当者はしぶしぶと、そして快くチケット代お一人様34,800円(tax別)にしてくれたのだった。豊より更に1,000円負けさせ、交渉を成功することが出来た私。機関銃トークをぶっ放して得たものは「カ ・ イ ・ カ ・ ン♪」だった。そう、薬師丸ひろ子の世界なのだ。
2007年08月18日
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先月、香港に行くに当たってエアーチケットをとったのはこのあたしだ。出発予定の約2週間前に、修理屋へ出張中のパソコンに代わり携帯モバイルから格安チケットを探し出し、世間の3連休と重なり満席の続く中でもなんとか安めの席を予約できた。←(お一人様31,300円Tax別 チーン!)・・にも関わらず、旦那・豊は「出発日を1週間早めるかもしれない」だって。それを決定できるのは旅行会社へ支払期日(7月3日)の前日なんだと!!当初の予定から1週間早めても7月7日出発になる。そんな席もあるかないかの状態で勝手に予定を繰り上げられてもこっちが困るっちゅうねん!*******さて、出発決定日*******夕方近い午後に豊から連絡を受けたのはやっぱりかいな「7日出発!」だった。私は即座に他の旅行会社を探し、電話をするも満席で席がない。仕方がないので予約してあった旅行会社に連絡し、7日出発の席があるかどうか聞いたところギリギリあるという。だが、一つ難点だったのは予定が1週間早まったため、チケット代が37,800円と高くなってしまったことだ。これはかなりイタイ話だ。豊にそう告げると豊は旅行会社と連絡をとりなにやら交渉が始まった。次に豊から連絡を受けた時には「35,800円までは値切れた。あと1,000円負けさせろ!」となにやら業務命令のようなものが下された。かくいう私は猿回しに調教されたサルのように自分の下された命令を果たさなければならない衝動にかられ、手の震える中、ひと深呼吸をし、一つ一つダイヤルを押した。つづく・・
2007年08月18日
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先月、1週間の滞在で香港に行ってきた。この機会を逃したら、今度はいつ夫婦揃って香港に行けるかわからないからと私用で香港に行かなければならない旦那・豊について私も行った。今年、3月以来の香港。久しぶりの香港の目まぐるしい展開の速さに置いてきぼり感を味わう。おんぼろ家のおんぼろビルも何を血迷ったか外壁工事をしていた。何年もかかって建設していた目の前のマンションの売り出しに備え、マンション周りの外観を良くする為の工事だと察する。不動産屋が通行人を呼び止めてはキャッチセールスのようにしつこいのが窓から伺える。そんな中で、私の知っている空間が依然と変わらなかったものは3月に干したまんま部屋を出て行った時の洗濯物が部屋の中央にぶら下がっていたことだった。ハンガーの形に沿って型崩れしている洗濯物が殺伐とした部屋に溶け込んでいたことが置いてきぼり感を一層強くさせた。久しぶりの香港のはずなのに、掃除、洗濯とこなすなどなんら日常と変わりのないことをしていることに少々腹が立つ。そして、久しぶりの香港のはずなのに、家でダラけて日中寝ている態度に自己嫌悪を抱いた。久しぶりの香港だからこそ行動的に動かなきゃいけないのにほとんど家の界隈しか行っていない。そして、久しぶりの香港だからこそ美味しいものを沢山食べなきゃいけないのに「車仔麺」が続いた。そういえば、なんちゃってふかひれも食べてないし、海鮮もまともに食べてない。近所で精油をオトナ買いをしたはいいが、ネットにも出てこないほど無名ブランドだった。シンセンで欲しかった茶器も買ったけど、好きな鉄観音が安すぎて美味くない。今回、夜景も見てなきゃ、フェリーにも乗ってないことに帰りの飛行機の中で気がついた。そして、何年も体験したはずの香港の夏に体がついていけていなかったことに私は何か取り戻せないものを失った気がした。
2007年08月16日
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この間、と言っても6月ですが、bebe宛にこんなもんが送られてきた。ワイドショーで何度も取り上げられた『永田町1-1-6』です。このはがきを見た旦那が「何をしでかしたんだ?」って。こんなにも真面目な私が訴えられるようなことするわけないじゃあ~りませんかっ! (ン?)『裁判取り下げ期日』が6月4日ってことだから、1日前の6月3日に届いたのだけど「詐欺」って判っていても正直言って、めちゃめちゃ、ビビる!!!!!ここで旦那。「よし、電話してみるぞ!」 って。そんなあほなっ!!そんなことしたら、ねぎ担いで、味噌担いで、土鍋担いで、もしくは醤油だってオーブンだって、ついでにナイフとフォークだって担いじゃってるバージョンアップのカモじゃねえかっ!そんで、どうしたと思います?電話、かけてみましたよ。←(旦那がね)ただね、発信番号はいれずに非通知でね。ヤツぁ(詐欺師)、電話にでるこたぁありませんでした。これで番号を入れたら逆にかかってきちゃうからね。これはいわゆる、ライフルスコープから狙いを定めているハンターの視界に通りすがって「的はここだ!さあ撃て。」だなんて、仲間のカモをかばう感じに格好よさげに決めてるわりにはちょっと意地悪チックにあっち行き、こっち行きやってるようなもんでめちゃめちゃ肝が据わっていない勇敢なカモが余裕しゃくしゃくでハンターをおちょくって気分爽快でしたがね、←(イッパイイッパイってこと)これ以上拘わると、ご丁寧に他の調理器具まで背負ってあまりの重さに自爆しそうなのでやめときました。←(って負け惜しみ)でも、私の動揺が消えなかったのでね、さらに、どうしたと思います?悪いことしてないけど、警察に出向きました。小心者bebeであるが故、警察から「これは『詐欺』ですよ」って一言聞いて安心したかったんです。悪いことしてないのに取調室で調書をとられ、悪いことしてないのに免許証のコピーまでとらされましたよ。悪いことしてないのに訴訟の葉書き、悪いことしてないのに調書と免許証のコピー、悪いことしてないけど気分が悪くなりました。
2007年08月03日
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実家から高速で1時間ほどのこの土地に移り住んで早、2,3ヶ月。(ビミョー)チャリンコでブイブイ、時には車でブイブイ言わせながら市街を探索している。ほとんどがチャリ移動だからエコロジーな分、肌は人様より一段と色黒く健康的だが年齢的にはちと悲しい。そんでもって、まず気づいたのは半径1キロ以内にブラジリアンショップを3つ発見したってこと。一見、不気味そうな雰囲気がプンプン漂っているその店に日本人の私らはしり込みして到底入っていけそうにないが私はここで香港で培った(?)東南アジア人チックな風貌 ←こんなあたし +←(プラス) チャリ移動で黒焦げた肌 ∥←(イコール) 何人なのかわからないの振りをして店に出入りしている。そして、そこで毎回香菜(後にCOENTROと教わった)を買うだけでいたのだが、昨日は前から気になっていたオージー牛を買ってみた。そう、ステーキが食べたくなったからだ。(ぐふっ♪)100g98円と毎日安売り状態だし、しかも肉自体メチャクチャでかい。なので昨日の夕飯はプレート皿から滴り落ちそうなほどのステークを美味しく頂いた、っちゅうちょっと自慢話じゃあないが、中華食材屋があったり、タイマッサージ&食材屋があってみたりで食べてるものは前となんら変わらない地域に私は今、住んでいる。(昨日、初めて店の人に「日本の方?」と聞かれ正体がバレた。やっぱり日本人の来店はめずらしいんだとか。ま、これからも行きますが、ね。)
2007年08月01日
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