9~さよなら、しまちゃん



危機一髪のところで、帝王切開により無事出産したつれみと仔猫たち、計4つの大切な命を抱いて、大人3人とネコ4匹の共同生活が始まりました。

手乗り系鳥類以外の生き物を住まわせた経験のない家に、ある日突然ネコがやってくる、ウロウロ勝手に歩き回っては毛を落とす。
勝手に脱走して帰ってきては、今度は子供を産んで、半年も経たないうちに一気にネコ人口が4倍に増えてしまった。

潔癖症の母にとっては、おそらく一大事だったことでしょう。

しかし、人間、年をとっても環境に適応することは十分可能なのですね。
絨毯をガムテープでペタペタ作業…は続いたものの、つれみ親子は十分、この狭い家の住人として認めてもらえていたようです。
時には、『こうすれば落ちる前に取れる』と言って、直にガムテープをつれみの背に貼っては『フーッ』と怒られてみたり…(な、なんてことを)。

ネコたちは、家の狭さを大して気に留めるでもなく。

掌サイズの仔猫たち『しま・きくの・ともたろう』は、あまりにもすくすくと育っていくようでした。
初めは同じ大きさだったのに、男の子である、しま・ともたろうはだんだん骨太に、きくのは、つれみより線の細い、かわいらしい女の子に成長してゆきます。

そして、つれみはというと~こんなにも性格が変わるものかとわたしは驚いたのです~どこから見ても、母の顔。その落ち着きは、一体どこで、拾ッテキタノデスカ?
仔猫を見守る、立派な母ネコになっているのです。

当たり前な話ですが、過保護でもなく放任でもなく、生き物が生き物としての流れに逆らわず生きている本来の姿を目にすることによって、この家の住人たちも癒されていたのかもしれません。

ネコ親子はますます元気。日中は4匹でゴロ寝。時々走って、またゴロ寝。夜は3畳の部屋で1人と4匹で…
ネコは夜行性と聞きますが、夜中じゅう活動しているわけではないのでしょう、しかしわたしが寝る時間にはいつも元気いっぱい。

ある夜などは『寝るよ、オヤスミー』とわたしが横になった途端、脚から頭に向かって4匹がダーッと駆け上がってきたことがありました。
一体、何がしたかったのでしょう。
マンガならば確実に足跡だらけになっている状態、駆け上がった拍子に、誰かの足がわたしの口にズボッ。
その後から走ってきた誰かの爪が、わたしの上唇の山の部分にグサッ。

…以前飼っていたハムスターに耳を齧られて以来の大流血沙汰で、13年ほど経った今でも、思い出の傷跡が残っています。

ところで。

きくのとともたろうは、真っ白。
しまは、白地に耳と鼻のところがグレーっぽいアクセントのある仔猫でした。
そんな、しまを欲しい、という人が現れました。

そういえば、つれみが初めからお世話になっていた病院のチェーン店が、車で20分ほどの所にあり、そこの掲示板に『もらってください』を、出していたのです。
でも、なかなか貰い手は見つかりにくいということを聞いて、正直そのまま忘れていたような状態でした。

忘れた頃に、貰い手が現れました。

1人暮らしの、若い女の子でした。
連絡を受け、実際に見に来た彼女はしまをひと目で気に入り、ニコニコ笑いながら、そのまま籠に入ったしまを連れて帰りました。

しまはきっと、彼女と仲良く暮らしたことでしょう。
可愛がってもらったことでしょう。

そう思っていても、ずーっと引っかかっている気持ちが何だったのか、わたしは後から気付いたのでした。
気付いて、すごくおかしくってかなしくなりました。

わたしは、しまを手放したくなかったのでした。

育てるのが楽だったわけではありません、確かに複数のネコを世話するのは楽じゃなかったけれど。

つれみの子供を、1匹たりとも手放したくなかったのでした。
わたしは、つれみ親子とずっと一緒にいたかったのでした。
しまが連れられて行くその時に、気付いたのです。

しまを見送りながらわたしは、後から、後からポロポロと、涙がこぼれて仕方がなかったのです。


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