オセロ

2006/05/16
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カテゴリ: 壊れた
全てを一つ一つクリヤーしてやっと今日ご褒美のようにインターネットが出来るようになった。

彼を失って1週間。事実をここに記すときがきたように思います。
この後の文章で傷付かれる方がきっといると思います。
それなら読まないで下さい。

5月7日(日曜日)
いつものように部屋でゴロゴロ。
彼氏はずっと眠っているので暇になり私は内緒の瀉血を少ししました。
そして午後4時ごろ。

私はバイトの時間まで眠りたいといい、寝ようとした。
それを子供のように邪魔する彼氏がいました。
「なんで寝るの!あいちゃん遊ぼうよ。」
「だって今まで眠れなくて眠いんだもの・・・」
「駄目!ねちゃ嫌!!」
「うるさいよ!!寝ます!」
という私にがっかりしながらもパソコンをひらいてやってました。
サクちゃんとメッセをしてるのは眠りながらも分かっていました。
だからあえてみることもなくぐっすり眠りました。
午後5時45分。
「愛ちゃんごめん!遅れちゃった。」

その前に家を出る時に彼が「ねえ、どうして俺に治療してほしいの?」と聞いてきました。
私は急いでることを理由に「だって治さないと駄目なんでしょ?病院からいわれてるんだから。」
と答えました。
彼は「そっか。それだけか・・・」って一言つぶやくようにいいました。
少し私はその言葉が気になりました。

でも、午後9時。
バイト先ですごい離人感と吐き気に襲われ帰るか、帰らないかを迷っていました。
でも、もう一人すごく風邪でつらい年上の人がいて、悪いなぁって思って我慢しました。
どうにかバイトを終わり22時32分。彼氏に「終わったよ!」
というメールをして待つことに。
23時になってもメールも電話もない。
でも、心配などしてなかった。
また寝てるのか!と思ってました。
そして23時15分頃やっと自分で帰る事を決断。
いつもなら列車で帰ったりするのだが、その日はとても歩きたい気分でブラブラと歩いて帰りました。
幻の母親のことで彼氏とうまく話し合えないことが悔しくて。
それのことを思いただ泣けなかったのにやっと泣けて。
何かがすっとして。
でも、モヤモヤして何かにあたりたいような気分でした。
そして途中で彼氏に電話。でもでない。
でも、何も思わなかった。
帰りの商店街でネコがこっちをみてるので写真をとったりとのんきなことをしていました。
そして、少しキレたような気持ちで私は部屋に戻りドアをあけました。
そしたら案の定携帯を両手でもったまま眠っている彼氏がいました。
起こしちゃかわいそうか。って思ってそっとトイレをすまして手を洗いました。
でも、電気つけないわけにもいかないよね?って思って電気をつけました。
その時みたものは大量の薬と真っ青の唇をした彼氏でした。
私は叫びました。
「何してるの!」そしてすぐに救急車へ。
泣きすぎて何を話してるか分からない私におちつくように言ってくれました。
そして、早くこないと死んじゃう!といい泣き叫んだ記憶があります。
そして、彼を何度も叩いたり心臓をさわったりしてました。
その救急車がくるまでの時間が何時間もあったように思えました。まだ?まだなの!って。
大量の薬にぞっとしました。その薬はラボナだった。
怖くてしょうがなかった。
でも、大丈夫と思った。
救急隊の人と警察がきて私はいろいろ聞かれて彼氏はとにかく救急車へ。
必死の人工マッサージをしてくださいました。
私は警察とのやりとりと彼氏の処置の間にたたされました。
一生懸命救急隊員の方はいろんな病院を電話で聞いてくれました。
一つ一つと病院から拒否されていく。悔しかった。
心肺停止の人をうけいれることをどの病院もこばみました。
結局東大阪病院というところまで行くことになりました。
長い道だと思った。
でも、救急隊員の人がかわりごうたいにマッサージをしてくれていた。
そして「だいぶ血色もよくなってきたし心臓もやわらかくなってきた。」と言っていました。
「頑張るからね」と私にいい続けてくれました。
救急車がとまって後ろの扉があいたらすぐに下りるようにと命じられました。
その通り急いでおりました。
看護婦と医者がまっていました。
私は待合室に。
医者と救急隊との話声や看護婦の声が聞こえました。
ラボナ?ってなんだ。という声。
私には彼はどこか悪いところはないのか?と聞かれ心臓と腎臓とすい臓が悪いと答えました。
それから点滴やらマッサージは続けられた様子です。
そして先生がでてきて「今いろいろやってるんだけどまったく反応がないんだよ。これから他にもいろいろやります。だけど、ほど駄目だと思ってください」といわれました。
家族には発見の時に電話をしてありました。
私はただ泣きました。おお泣きすることはできなかった。
なぜか実家に電話をしていた。
そして私は一生懸命祈った。
だが無理だった。後のほうは家族を待つ処置だけになった。
この現実をしらない家族がかわいそうだった。
お母さんとお父さんが到着。
お母さんは変わり果てた彼をみて「うそ」を連発して泣き崩れました。
私に抱きついて泣いてました。
彼のお父さんは薬をみてはぁ・・・と。
そして、医者から「もうみこみはありません。心肺停止状態が30分たっています。これ以上の処置をすることにより他の臓器が苦しくなるだけです。家族の方の決断しだいです」と言われました。お父さんはすぐに「やめてください。」といわれました。
私は嫌だ!と思い彼氏の顔を思いっきりひらてうちしてしまっていた。
「いつまで寝てるの!馬鹿!」と両親の前で。
お母さんも「起きなさい!うそ・・・」と。
そんな私たちをみて先生はマッサージを続けました。
でも、お父さんが「中止してください」と。
そして彼の体につけられていたものがとられました。
ピーっという音。医者が携帯をみて死亡時刻を告げました。
私たちはとても辛かった。
そして、彼のお母さんは動けなくなりどうにか椅子に座らせて。
でも、私を抱いてくれました。私はおもいっきり泣いていました。
そして、またされました。
警察がきて私は話を聞きたいからとつれていかれることに。
そしてご両親も。
彼の遺体は警察の車で運ばれると。
私は警察3人にかこまれて車に乗りました。
もう周りの光がつらかった。
そして、私の部屋でどのようにして倒れていたかなどを私がやることに。
辛かった。なぜ?と思った。
そしてその後は警察につれていかれて調書をかかされて。
もう朝だった。
私の家に戻りご両親と沈黙の時間をすごしました。
そして私の両親がついたところでご両親は帰られました。
私はただ泣いて眠ろうとしても眠れなくて。
少しの睡眠をとれば彼氏がでてきて。苦しかった。
現実をうけとめれない私はそこにまだいました。
そして、彼の体は司法解剖されることに。
なんで。もういいじゃないと思いました。
夕方彼が安置されてるところに行きました。
お供えを持って。
ですが、そこに眠っている彼は偽者だろうと思いました。
泣くこともできなかった。
帰りはただ呆然としていた。
実感にもどり北斗にしがみつき泣いた。
次の日また大阪へ行きお通夜、お葬式と行われていく。
精神は限界を超えていました。
でも、さくちゃんとみきちゃんがきてくれて。どうにか笑えた。
でも、みんなでこんな再会は嫌だと言った。
私も思った。
そして、私は喪服などなく実家で買った。
高かった。そこにはドレスもあった。
どうせならドレスがよかったと何度も思った。
いつもドレスをみていいなぁ~っていう私に彼は「まだあいちゃんは早いの!」と言っていた。
いつになったらきせてくれるんだろうか・・・・
お通夜の日は誰かがつきそうのが礼儀だと父がいっていた。
私は付き添うことを決めた。
お風呂に入って彼の好きな音楽を聴きながら。
0時になった瞬間におめでとうと言った。26歳になっていたのだ。
それから4時まで付き添った。
みんなは眠っていた。
だが、一人は寂しいだろうと思い。
でも、4時が限界だった。
私は彼氏に寝るよといい、お棺をしめた。
うれしそうに笑っている彼氏。
何度も馬鹿!といってやった。
そして愛してるとも。
それが今思い出せる現実。現実にしたくないけど現実。

人の死をみたら死にたくなくなるといった。
だが、私は猛烈に死にたいと思う時がある。
一人いきることが辛いから。
だが、後追いをすることは駄目でできない。
今辛さをどうにか耐えている状態です。
みなさん本当にありがとう。
コメントができるようになればコメントします。
そして、私たちの秘密の交換日記をおみせします。
彼のうそつきがよくわかりますよ。本当に・・・
障害恋愛 出合ったころは頻繁だった日記です。私はさぼっていたような・・・
あ~彼氏がもどってきてくれるならなんでもするのに。





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最終更新日  2006/05/16 02:30:38 PM
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