アオイネイロ

October 6, 2010
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カテゴリ: 小説
「ねえ、紅亜」
「…………何?」
小さな声で呼びかけると、ややあった沈黙の後に紅亜が応える。
「好きなひと、いる?」
「…………」
また小さな声で問いかけると、紅亜はぼうっと窓の外に目をやった。
そして少しの間、空を飛び囀る小鳥たちを見つめていたが、やがて口を開いた。
「いた」
はっきりとした口調で、それは過去形で、

「今はもう、いないよ」
窓の外から視線をずらして、紅亜は椅子の上に上げていた膝にあごを乗せた。
そして少し眠そうに、目を伏せる。
でも知っている、
彼女は決して眠いからその行動に出るのではないと
彼女は自分や他人をごまかす時、よくその行動をとるから
だから今回も、自分自身と、そして私をごまかす為。

「人を好きになるって、苦しいよね」
「……そう? 幸せだと思うケド」

小さく呟いて俯く私に、少し飄々とした声がかかる。
少し訛るその言葉は、嘘は言わない。

少し他人行儀に、丁寧になる。彼女が普段絶対に使わないコトバ。
「だって、辛いよ。自分の事を見てくれないと、違う女の子に優しいと」
拗ねたような声になった。きっと、顔だってむくれた表情をしているのだろう。
「そう……。だけど、きっと随分と幸せなことなんだと思うよ。その感情も」
彼女は小さく笑ってそう言った。

だってずっと一緒に居たい。私だけを見て欲しい
我儘だと分かってても、思わずにはいられない感情。
決して気まずくはない、優しい沈黙が流れた。
“羨ましい”と、紅亜の唇が動いた気がした。
この感情が?
聞き返す事はとてもできなかった。
知っていた。彼女がある人を見つめて、時折寂しそうにするのを
紅亜は優しくて、強い女性だった。私の、憧れの。
子ども扱いしないで、私を見てくれている気がして
この空間が、距離が、会話が
くすぐったくて気持ちよかった。





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Last updated  October 6, 2010 11:00:05 PM
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