沈思黙考中
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中国では知らない人がいないぐらい有名な長編小説に、『紅楼夢』というのがあります。『三国演義』(『三国志』に基づいた小説)、『西遊記』『水滸伝』と並んで、「四大小説」と称されています。清朝に書かれたものですが、一人の容貌も才能もすぐれた貴公子と彼を囲む美しい女性たちの物語と、時代の流れによるその一族の栄枯盛衰が語られているということで、『源氏物語』と共通点が多く、よく比較されるのですが、意外とこの小説は日本ではあまり広くは知られていないようです。共通点については、上智大学の吉田とよ子先生の著書『色は匂へど』のなかに書かれているので、ここではあえて書きません。光源氏と『紅楼夢』の主役賈宝玉(か ほうぎょく)の違いについて、3回に分けて述べてみたいと思います。一つ目は年齢の違いです。光源氏は生まれたときから亡くなる50代まで書かれていますが、賈宝玉は20代までしか書かれていません。しかも、物語の大半はその10代の時、すなわち結婚前の話となっています。二つ目は人生観の違いです。光源氏は出世願望がたいへん強い人物だと考えられます。実際、準太上天皇にまでなりました。が、賈宝玉はそもそも「女の子の骨肉は水でできている。男の子の骨肉は泥でできている。女の子を見ているとすがすがしい気持ちになるけれど、男の子を見ていると、汚くて臭くて気持ちが悪くなる」という彼の名ぜりふが示すとおり、汚いことばかり考えたりする男に伍することを嫌うことから、男が主導する現実の社会で立身出世しようなんて最初から考えていなかったし、そういう考えを頭から軽蔑していました。また、そのように説教されるのもいやでした。才気煥発で非常によく勉強もしているのに、立身出世の話にはまったく取り合わなかったのです。では、次回は、女性に対する光源氏と賈宝玉の優しさの違いについてです。乞うご期待!
2007/06/27
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