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夫婦生活の第二期に入ったものは、両性互いに相飽きて其処には何か知ら無意識的に新しい刺激を求めている。その時、幸か不幸かが襲い来って夫妻の何れかが死にゆく。涙の哀愁に閉されて三十五日、四十九日、百ケ日、一年忌と経て行く内に、その残された一人即(すなわ)ち夫か妻かの胸三寸の何処かに微かなる欲求が芽生えて来る。或る意味に於ては夫婦の生別は 呪咀 (じゅそ) を残すけれども、死別は即ち解放だ。他語で云えば天恵 (てんけい) の若返り法だ。
2026年05月03日
故(ことさ)らに其妻を愛するものは必ず他の方面に或る欠陥を有する男なるべし。妻の求むる儘に美衣金環(きんかん)を買い興え、妻の欲する儘に花見芝居に伴れ行く主人には必ず一種の秘密あるべし。夫妻の愛は自然の儘にて可なり。故らに人為的の愛情を表わすは、他の満足せざる或物に対する謝罪的意義の表現と見るを得べし。
2026年05月03日
「馬鹿を云えー」とは妻より痛い急所を突かれて自らの乱れたるを掩わんととする男の弱き武装なり。
2026年05月02日
今の結婚は即(すなわ)ち一種の就職だ。喰えない処に何等の愛が湧こう。喰べさせて貰うから愛する。生きなければ操もないと云うのだ。其商売的なるに於て妻妾同格だ。
2026年05月02日
外出時に於ける一切の行為を妻の前に語り得るものにして初めて家長たるの資格あり。門の戸一枚、是れ当代紳士が出でで仏となり、入って鬼となる変化術の中幕なり。人生行状の美醜は敷居を跨げる一瞬時に分る。
2026年05月01日
若夫婦、手を握りて街頭を歩む。差して他人より羨(うらや)まれず。亦当人も割に楽しからず。夫婦の極印に愛の制限を附せられたる時、人生の花は既に半ばを過ぐ。
2026年05月01日
百万の敵に打勝つ英傑も、妻の焼餅一個にて頓死するものなり。男の所有者としての女は、携帯に便なるべく男を殺さずんば承知せず。或意味に於て妻より以上の毒婦なし。
2026年04月30日
夫若(も)し失敗すれば妻は口汚く男の腑甲斐なきを罵る。夫若し成功すれば妻は鼻を高くして自ら内助の力を誇る。自己矛盾に平気なるは女の特質なり。
2026年04月30日
一代でノシ上げた主人の壮年時には必ず幾多の黒点を孕むを常とする。それを最も詳細に知るものは賢明なる奥さんだ。知名の主人を訪うの時、奥さんは客の憧れる主人尊敬に対し幾パーセントかの割引を不言の舌で要求する。それは必ずしも主人を陥れるのでなく、斯(し)かる古瘡(ふるきず)ある主人をして今日あらしめた隠れたる「内助」の效(こう)を宣伝するものだ。
2026年04月29日
今の若い夫婦の恋愛生活は長くて二年くらいしか続かない。男が浮気を始める。女も亦分裂作用を起す。それは「愛の鹽(しお)」を加えることを忘れるから来る悲劇だ。男女が互いに絶えず工夫して軽い程度の嫉妬心を抱かしめるのだ。つまり愛の惑溺(わくでき)に依って、夫に妻に極度の安心を興えないないようにするのだ。妻は夫以外の男性にも愛される価値あるを示し、夫は妻以外の女性にも恋さる人徳あるを見せるのだ。この意味に於て徹底せざる浮気は却って夫妻愛を濃密化する逆作用を有するものだというが、体験者の声か?
2026年04月28日
米薪の費に窮し、夫婦の中絶えず小衝突を継続する間は、正しく人生最高の花の時代なり。
2026年04月28日
昼食時に大丸へ行って見ると、食堂は満々員の盛況だ。そしてお客の九分九厘までは婦人だ。いかに女が消費者であるかの雄弁。その裏に働いているサラリーマンその他の主人公の姿が想像されて来る。而(しか)して又、昼間働くものは夕遊ぶ原則の 遵奉者 (じゅんぽうしゃ)たる男の夜景が偲ばれる。夜四畳半に酔興する主人は。昼デパートへ妻君を送る。正に夫婦の相互清算だ。
2026年04月27日
夫が幾度となく恋愛経験を繰り返しては小説に書いている。妻はそれを文学者の「創作」として飽くまでも寛容の態度を崩さない。それ等は文学者以外には全く諒解され得ない世界だろう。
2026年04月26日
微妙な再婚心理、夫に死に別れた女は必ず健康の男を求め、夫の放埓(ほうらつ)から別れた女は妙に背徳の強い異性を求める。男は妻に幾度別れても若い美しい女性を望み、余程の欠陥あるものでない以上、再婚夫人を求めないそうだ。
2026年04月25日
人 生 日 録 家 庭
2026年04月24日
「あんた、お父さんに対してゾンザイな言葉でズケズケ物をいうナア。ウチらとこにはお父さんに向いては家内中が年中正月言葉でチリチリ恐がっているのやワ。」今日の世の中には畢竟(ひっきょう)どちらがいいんだか。
2026年04月24日
毎朝時間正しくその日の労働に就く。愉快限りなし。労働は恵まれたる享楽だ。何も一人で威張っちゃいけない。汝を労働に就かしむべく、幾多の隠れたる犠牲的労働者あることを忘れてはならない。「家族」はそれだ。「女中」はそれだ。主人の労働には必らず報われざる陰の労働者があることを感謝すべきだ。
2026年04月24日
男は外に働いて金を儲け、全部一まとめに之を女に提供して、更に其内より小使銭を貰うて楽しむものなり。女は内に遊びながら収入金を按配(あんばい)して、先ず大部分を自己の虚栄に充て、申譯的に男の浴衣一枚ぐらいを買うてやるものなり。男は儲けるもの、女は使うもの、これを円満なる家庭と謂(い)う。
2026年04月23日
愛妻イュン二イの慰藉(いしゃ)、親友エンゲルスの後援がなかったら、マルクスの資本論も或は世に生れないで埋没したかも知れない。内に誠意に燃ゆる妻の愛情があり、外に義心に溢るる友の支持があり、而(しか)して水火をも弁せざる勇気と感激とが生れる。
2026年04月23日
同性の前で頻(しき)りに泣言を吐く男でも、若い婦人の前では金持ちらしく振舞うものだ。婦人の前には男は決して貧乏でなく、男の前には決して富裕な男はないものだ。美しい娘を持つ家は貧乏ながらに明るく、若いものを欠如する家は富裕ながらに暗い。
2026年04月23日
「便所」はその家の内情を覗くべき節穴だ。設備はいかに拙くとも清く掃除されてある家庭はキット充実している。料理屋などへ行っても便所の汚い不潔さを見ると落城の近きを物語るように感ずる。便所と主婦、家庭、内政など考え来って、興更に深い。
2026年04月22日
親の親たる孝子 (こうし) は多く老後の父母を養わず、親の最後は常に反逆児の懐に安けらく眠り往くものだ。
2026年04月22日
げにや恵まれ過ぎた人は去勢されている。テンデ食うことぐらいと頭から考慮にも置いていない。それと同じく主人一人の労働の力に依って食わされている家族なるものも亦、生れながらにして食うことの大事件たるを知らない。一椀の食が彼等の口に入るまでには如何なる刻苦精励の骨汗が注がれているかを覚(さと)らない。だから平気で食卓に就き、平気で飽食し、然して平気で味の好悪を語る。慣れることは恐しいことだ。
2026年04月21日
たとい子孫のために美田を買うの余力なきまでも、彼が冥目後直ちに子孫をして他人の厄介者たらしむるは不面目として、死後三年の計を最大限度としての小産を遺すを可とするとの彼が宿願すら今は根本的に抹殺し去られて、人間万事一切絶望を叫ぶ彼は、たとい小産にても残すことは却って子孫を或る罪悪に導くものとまで転換して来た。
2026年04月21日
夫が放埒(ほうらつ)だから妻も貞操を乱すのに何の不当があろう。妻が邪淫を働いているから夫も他の女に戯れるのに何の不思議があろう。こうなっちゃ一家も社会もメチャメチャだ。不貞の妻に厳格を持する夫、放蕩(ほうとう)の夫に貞淑を守る妻、それが寧(むし)ろ大なる復讐だろうに。
2026年04月21日
他人の妻は余り貞淑(ていしゅく)で汚ない方が好感を引くと或る男は云った。貞淑専売の家庭は第三者の眼には妙に底冷えして見えるらしい。
2026年04月20日
川沿いに黄蝶は踊り狂うかな
2026年04月20日
他の家庭闘争を評する時、女は必ず女に同情し、男は必ず男に同情する。それは女は女を通じて自己を保護し、男は男を通じて自己を説明しているのだ。
2026年04月20日
厳粛なる夫と厳粛なる妻と相合して築かれた家庭には、春風の底に氷雪の冷点が潜んでいる。過度の厳粛は時に人生を毒する。
2026年04月20日
嘘で固めた家庭などの縺(もつ)れ合いは何かの動機で其一角が崩れなきゃ解決の着くものではない。或る一人が自責の刃で腹を割いて死ぬるか、又は強制的に其一人を奪う天意の発露を待つか、即(すなわ)ち「良心」か「時」かの問題に帰するものだ。
2026年04月19日
娘にお婿さんを迎えんとする。それは全一家の最大歓喜でなければならぬ。親としては嬉しいには嬉しいが、何処かの一角に襲いくる寂しい影法師。何かしら、最愛の実を奪われて行くような、掌上の玉を掴み去られるような、妬(ねた)ましいような惜しいような、悲しいような、おいてけぼりにされたような、何とも形容し難い自然に対する反逆の心がこんがらがって湧き出るものだ。嬉しい中の淋しみ、淋しい中の嬉しさ、端なくも父子相 擁 (よう)して其処に泣いた。之は苟(いやし)くも女の子を持つ親の等しく実験した心理状態であろう。
2026年04月19日
交際界で憧れの的となる新家庭も実は子供の生れ出るまでだ。家に子供が生れれば友人などの来訪が自ら遠のいて来る。つまり家の内が賑かになれば家の外が淋しくなる。社会人として漸(ようや)く堅実味を持って来る。或る意味では即(すなわ)ち老化の第一歩を挙げたものだ。人間の一生涯というものも短いものだ。その間に花も咲き実も結ぶのだから忙がしい。
2026年04月18日
日夕、町屋の子供が集って遊び戯れている。そのあどけない個々の姿を観ていると活きた家庭訓を掲示されているように感ずる。その父、その母、その兄姉、見ない人の性行がありありと見えて来る。げに「子供は云うようにはならぬが、する通りになる」と述懐された人の実験が味われる。人間の耳には底なく、眼には焼付の電気板が備えられてある。
2026年04月18日
三人住めば三人、五人暮せば五人の世界だ。みんな別々の心で一本の棟木の下で一ツ鍋の飯を食っているのだ。親子と云い、夫婦と云い、兄弟という。畢竟(ひっきょう)して地上に憩うものの気休めだ。
2026年04月17日
美しい多淫の妻を鞭ちて裂傷に血の滲むを見て痛快がる男の心理、淫蕩な夫の頬肉を搔きむしりて、外出を憚(はばか)るまでの傷を興えて喜ぶ女の心情、父の娘に対する愛着、母の息子に対する娭視(しっし)、姉の弟に対する憎悪の愛など、迚 (とて) も第三者の 窺 (うかが)い得ざる境地なのだ。
2026年04月16日
妻の同情する男客は多く主人に持てるものなり。夫の同情する女客は必ず女房に嫌わるるものなり。男女本性の自ら異れる点を見るべし。
2026年04月16日
妻に理解されないのではない。実は疾(はや)くに 汚穢 (おわい) の夫が愛想を尽かされているのだ。子が云うことを聴かないのじゃない。実は天に代って不良の親を鞭っているのだ。家庭を解放するのではない。居るに耐えないで、光明の下から暗いどん底へと逃避するのだ。しかも尚告別の弁を修飾して強いては最後の虚栄を博せんとするのだ。逃げる犬の苦しい吠声である。
2026年04月15日
漸(ようや)く 爛熟 (らんじゅく) せる一家庭の安静を破らんとせば、若き男一人又は若き女一人を混入せしめることだ。時ならぬ妬風嫉雨は荒みて一家攪乱の 暗鬼 (あんき) を生み来る。世に「家庭」と呼ばれるものは其れほど不安全地帯に築かれた楼閣だ。
2026年04月15日
今の男子にして真に終生、唯(た)だ一人の女性以外に何者も知らないものが果たして幾人あるであろう。ことほど左様に一般男子の貞節というものが乱れていると。同じく女子に於ても亦た同様の事を云い得る。斯(か)くも「性の混乱」を見る時代に於ては父系を主とすることは最も不合理だ。早晩必ず母系制度の時代が来るだろうと観測しているものがある。
2026年04月14日
人 生 日 録 自 己
2026年04月14日
総ての係争事件は還元し又還元し、も一度還元して考えることだ。そしてそこに最後に残るものは即(すなわ)ち醜い自分を発見するであろう。皆が自分まで帰結して考えれば、そこには唯(た)だ反省あるのみ、慚愧 (ざんき) あるのみだ。
2026年04月13日
人は自己より以外を語ることは能(で)きぬものだ。他人に事寄せ、世間に 藉口 (しゃこう)しては、何時でも自己を語っている。
2026年04月13日
この骨、この血、この魂、それ等の何処に自分が宿る。自分を求めて自分を得ず、漸(ようや)く自分本来の面目の如きものに触るれば夢は破れる。自分に最も近い自分、それは全体何者だ。鬼風一たび吹き来って自分は終に何処に往く。
2026年04月12日
昔は妻を売るものを最後の破産者とした。今は自己を売るものが一番に偉大なのだ。而(しか)して万人が皆偉大となった。
2026年04月12日
吾を欺くものは吾だ。故に亦吾に勝つものも吾だ。私を滅ぼすものは私だ。故に亦私を生きるものも私だ。吾の外に吾なく、私の外に私はない。
2026年04月12日
数時間前の吾は何を為せし乎(や)、数時間後の吾は何を為さんとする乎現在の吾は果して生存の意義を領せる乎。是れ根本の疑問なり。
2026年04月11日
自分から云えば死んでよい日は一日もない。が、他人から観れば、殆んど皆死んでも構わぬ人ばかりだ。
2026年04月11日
極度に自己を買い被(かぶ)るもの八、最低に自己を値切るもの二、而(しか)して厳正に自己を評価し得るものは零とす、自己を知るの難きを思う。
2026年04月11日
一個の自己が二つの自己に別れて相背き、相抱き、相和し相戦っているのが即(すなわ)ち一人の自己だ。一の自己は犯罪者にして他の自己は弁護人だ。而(しか)して、時には犯罪の自己が即(すなわ)ち弁護人となり、弁護の自己が即ち犯罪人となっている。苦悩は自己が自己に投げたる復讐作用であり、陰鬱は自己が自己に興えた支払請求である。恰(あたか)も統一の形を見せては忽(たちま)ち分裂する。矛盾の姿を示しては辛く一致している。裁断の主を求めんとしては自己以外に何者もなく自己の心に頼まんとしては終に安住地点なきに苦しむ。善か光か、而して「真実」は常に暗黒だ。悪か闇か、而して一抹すれば則(すなわ)ち塵影だに留めない。自己は自己を刹那に殺しては刹那に活き、瞬間に屠(ほふ)っては瞬間に蘇る。それは人間生活の一日とする。
2026年04月10日
信ずる人の前に立てば総てを語らねばならず、総てを語るには余りに苦しい。足幾度か門を出でて低徊(ていかい)空しく帰る。而(しか)して不去不来の独床に眠る。思い切って誤解されることは苦しいけれども痛快だ。全く見当を外れたる批判を受けることは忌わしいが勝利だ。何事も語りたくはない。語らないで死んで行きたい。永劫の謎、それは人間そのものの自体だもの。
2026年04月10日
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